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21 正式契約

「いや、取り乱して申し訳ない。わしは狐人族の族長のヴォルペという。遠路はるばるお越しいただきありがとう」


「柊勇馬です。あくまでも仕事としてお受けしたまでですのでお気遣いなく」


 勇馬はヴォルペと握手を交わした。この後は族長の館で正式な契約を結んだ後、歓迎の宴が開かれるということだった。



 そしてこの日の夕刻、族長の館。


 応接室では孤人族族長ヴォルペそして勇馬がテーブルを挟んで椅子に腰かけていた。それぞれの後ろには護衛が3名ずつ立って控えている。


「それではこの度の正式な契約をさせていただきます」


 初老の狐獣人の男性が横からそれぞれにこの度の契約内容が記載された契約書を差し出した。


 契約の概要はこうだ。


 勇馬は1日300本以上のポーションを少なくとも1か月間(正確には30日)供給する。


 ただし、週に1度の安息日を設けることができる。


 また、1か月の途中に最低納品数である9000本のポーションを納めた場合はその時点で上記の縛りはなくなり、自宅に戻ろうが、納品を継続しようが自由である。


 納品数の上限については特に設けず、状況に応じて協議することとなっている。もっとも、口頭での話ではあるが現時点において獣王国側は1万本以上納品してもらっても買取をするという意思を示している。


 納品するポーションの種類は問わない。ただし、生産個数は『初級≧中級≧上級』とすることが定められている。


 ポーションの買取価格は獣王国の調達価格の5割。現時点でのラムダ公国の獣王国の国境に一番近い街における小売価格である。ただし、ポーションの原料、瓶詰め作業の人手、勇馬たちの生活に必要なものについては獣人国側が提供する。


 勇馬たちの滞在中、世話係としてルナールがついて対応する。


 あのときの手紙に記載されていたもう1つの条件。


『貴殿滞在中にはこの度使者として使わせた私の娘であるルナールを世話係としてお付けする。日常生活の雑事から下の処理まで文字通り好きに使ってもらって構わない。ただし、下の処理についてはポーションを5000本以上納品されてからとさせていただく』


 手紙には間違いなくこのように記載されていた。


 そしてこの場でもこの手紙に書かれて内容が両者の間で確認された。


「以上でよろしいですか?」 


 ヴォルペも勇馬も軽く頷き返した。


 双方が契約書面に署名し、契約は正式に成立した。



 族長の館の別の部屋には宴の準備がされていた。


 宴会場には机や椅子はなく、床に敷物が敷かれている。


 いわゆる上座の中央には族長であるヴォルペと客人である勇馬が並んで座る。


 ヴォルペの右隣りには使者として成果を上げたルナールが座り、勇馬の左隣には勇馬の護衛としてアイリスが座る。


 上座に座るヴォルペと勇馬に向かい合って座るのは狐人族の参加者だ。


 ちなみにクレアとエクレールは勇馬たちと向かい合う一番近い席が用意された。


「さあさあ、今日はゆっくりと英気を養って下さい」


 ヴォルペからエールをグラスに注がれ、勇馬はありがたく頂戴した。


 もっとも、ヴォルペの言葉には『明日からはその分気張れよ』という言外の意味を感じた勇馬は「はは……」と愛想笑いで返すことしかできなかった。



 宴も半ばに差し掛かり、ヴォルペにも酔いが回ってきたとき、勇馬は気になっていたことを思い切って聞いてみることにした。


「ヴォルペさん、今回の仕事の条件について確認したいことがあるのですが?」


「んっ? 何か気になることがありましたかな? 今更条件の変更はさすがにききませんぞ?」


「いえ、娘さんの、何というかその、私への『特別な供応』についてなんですが……」


「それが何か? もしかしてうちの娘が気に入らないとでも?」


 若干凄みの入った顔でそう迫られて勇馬は慌てて首を横に振った。


「いえいえ滅相もない! その逆ですよ。立場のある娘さんですし、ヴォルペさんも娘さんを溺愛されているように思いましたので今回の条件が意外に思えたものですから」


「ああ、そういうことでしたか。いえ、今回のことには我が国の未来が掛かっていますからね。そのためにはこのくらいのことは必要だと思っています。実は当初は娘ではなく、他の器量のいい娘をという話もあったのです。しかし娘自身がそれに反対しましてね。自分が族長の娘として責任を果たしたいとわしに談判してきたのですよ。わしも娘の覚悟を受け入れて親として、族長として覚悟を決めたのです」


「……そうでしたか。失礼しました、変なことを聞いてしまって」


 勇馬はヴォルペとルナールの覚悟に対して鳥肌が立つ思いだった。


 ひょっとしたらこの世界、というよりもこの国はそういう観念が緩いのかとも思った。しかし、求めるもののためにそうした覚悟のうえでの話ということならば勇馬もそれに敬意を示すだけだ。



(明日からのポーション作りは全力で頑張ろう!)



 勇馬はそう決意するとヴォルペの隣で料理に舌鼓を打っているルナールの横顔をしばらく眺めた。





 勇馬とヴォルペがそんなやり取りをしている頃、この宴に参加していた狐獣人たちは上座を横目にひそひそと話をしていた。


「あれがポーション作りに来た錬金術師か、意外と若いやつだな」

「あれでも隣国で一番の腕って話だ」

「でも女癖は悪いらしいぜ」


 獣王国が今回、勇馬を勧誘のターゲットにした理由はラムダ公国内の錬金ギルドで勇馬が最も多くのポーションを納めていたという情報を掴んだからである。


 勇馬を勧誘するために何が一番効果的かという議題では、勇馬が周りに美女を侍らせている無類の女好きという推測は圧倒的な支持を得た。そのため、金だけではなく、誰かを世話係にするという条件が付いたのだ。


 ちなみに獣王国のスパイが勇馬について聞き込みをしたところ、今はいないが以前には獣人の女の子も侍らせていたという有力情報があったことから身内の器量良しを差し出すことになったのであるが、勇馬がそれを知る由もない。

 投稿開始からちょうど1年です

 ここまで読んでいただいた皆様ありがとうございました

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