12 とある冒険者の懐事情
勇馬の疑問の1つ目は、何故無理をして3か月近くという長い期間の付与を求めるのかという点である。
通常、冒険者は1週間,長くても2週間か4週間の付与を依頼する。
そしてもう1つは、トニーが何故お金に困っているのかという点である。
冒険者のうち護衛依頼を受けることができるのは、冒険者としてある程度実績を積んだCランク以上のパーティーだ。
そのレベルの冒険者であれば多少高くても必要経費として支払いも難しくないのが一般的だ。
「1つ目ですが隣国のラムダ公国にいくまでの行程は10日前後を予定しています。そして、隣国ではダンジョン探索に準備期間や休息を含めて50日程度時間をかける予定です。もしかしたらそれ以上かかるかもしれません。帰りの行程は行きよりも短縮できるとは思いますが同様に護衛依頼があれば受けようと思っていますし、そうするとさらに同程度の日数がかかります。休息日や予備日を考えれば行って帰るまで最低でも70日となりますのでプラスアルファを考えて約3か月は欲しいと思っています」
「それでしたらラムダ公国の付与魔法ギルドに依頼するということはできないのですか? それができれば2週間の付与で足りそうですが……」
「今、ラムダ公国は付与師が足りておらず、待たされるだけならともかく受注制限がされているという噂です。それも自国民優先とのことですのでこの国の人間である私が隣国で依頼できるかは未知数なんです」
隣国に行っても他国の冒険者であるトニーが魔法付与依頼を必ず受け付けてもらえる保証はないのが現状となっている。
また、付与魔法使いの数や需給状況、端的に言えば支払わなければならない報酬の相場も国や地域によってまちまちであるので、いつものところでできるのであればそれが一番安心なのだ。
12週間の付与が必要ということは勇馬も納得できたため1つ大きく頷いた。
「次にお金がない理由ですが……」
「ああ、その先は私が既に聞いているから説明するよ」
若干言いよどんでいたトニーの話をトーマスが引き取り勇馬に説明する。
要約するとそもそもの話としてトニーたちは最近Cランクに昇格したばかりであり、これまではDランクパーティーとしての活動であったという。
そのためこれまでの活動ではそこまで高額な報酬を得ることまではできていなかったらしい。
それに加えてトニーの家庭の事情が大きく影響していた。
トニーは母親と2人暮らし。
母親は女手ひとつでトニーを育ててくれたのだが無理がたたったのか『白蝋病』という病に罹ってしまったそうだ。
この病気の治療薬はあるにはあるが、それは高価な材料を集め、腕のいい薬師に調合してもらわなければならない。
トニーは『白蝋病』の治療薬の材料集めと薬師に支払う費用の積み立てをしながら母親の病気の進行を遅らせるための対症療法にもお金をかけていて蓄えは一切ないという。
それどころかそのためにパーティーメンバーたちからもお金を借りて何とかしているという状況だ。そのパーティーメンバーたちも自分たちの生活や今回急に決まった護衛依頼のために必要な馬や物資の準備でトニーに貸せるだけの余裕がない。
今回隣国のダンジョンに行く目的も『白蝋病』の治療薬の最後の材料となる『ひかり苔』の採取が目的とのことだった。
トニーたちとしては、ダンジョン探索だけを目的として隣国に行くと収支がまずいことになるため、Cランクへの昇格と隣国までの護衛クエストを受注できるのをずっと待っており、今回ようやくその機会が訪れたということだ。
「この条件でやってもいいと思うのならきみに任せたいと思うがどうだい?」
トーマスの言葉に勇馬は静かに頷いた。
「それでは武具をお預かりします」
冒険者ギルドの受付でトニーの武具一式を預かった。
「さっそく作業部屋をお借りします」
勇馬はそう言うと武具が積まれた台車を押して空いている作業部屋へと向かった。




