11 後払いは信用の証
「エリシアさん、おはようございます。仕事を! 仕事を下さい!」
朝から付与魔法ギルドへとやってきた勇馬は受付のエリシアにそう迫った。
「ちょ、ちょっとユーマさん! 近いです、近いですって!」
「ああ、すみません。ちょっと気が競ってしまって……」
「まずは今日用意をしている仕事をお願いします。その後のことは上の者と相談しますので……」
取り敢えず勇馬は用意されていた仕事をこなしていくことにした。
最初に割り当てられた仕事を直ぐに終えると勇馬は作業部屋から出て受付へと向かう。
するとロビーの端にある対面机でトーマスが冒険者の装いをした若い男と話し込んでいたのが目に入った。
その男の近くには同じパーティーのメンバーなのだろう、4人の男女が2人の様子を静かに見守っていた。
「対応して差し上げたいのはやまやまなんですが、引き受け手を確保できるかどうか……」
トーマスが申し訳なさそうに男に話した。
「無理を言っているのは承知しています。その条件が難しければできる限りの範囲で結構ですので」
勇馬がなんとなしにトーマスたちの方を見ていると、勇馬の存在に気が付いたトーマスが椅子から立ち上がり、勇馬の元へとやってきた。
「ちょっと彼の話を聞いてあげてくれないかい?」
4人掛けの応接テーブルに場所を変えて勇馬は男から自己紹介を受ける。
「僕はこの街を拠点にしている冒険者パーティー『暁に咲く花』のリーダーのトニーといいます。あそこにいるのは僕のパーティーのメンバーたちです」
勇馬が視線を送るとトニーのパーティーメンバーたちは軽く会釈を返した。
話によるとこのパーティーは今日の昼一番に商人を護衛するクエストで隣国のラムダ公国へ向けて出発し、護衛のクエスト終了後にはその国にあるダンジョンに潜る予定とのことだった。
このクエストは本来他のパーティーが受けていたもので今日の朝に出発する予定だったのだが今朝方その受任していた他のパーティーに事故があったため、急きょ再募集されたクエストということだ。
そのクエストを受けた『暁に咲く花』のメンバーたちは主戦力となるトニーの武具への付与を求めて大慌てで付与魔法ギルドへ駆け込んできたのだ。
相談内容は前衛役であるトニーの武具に強化と重量軽減の付与をして欲しいというものだった。
「先ほど、副ギルドマスターにもお話しましたが、報酬については分割払としていただいて半分は後払いでお願いしたのです」
トニーが頼みたいという付与は鉄の剣、鎧、盾に対してぞれぞれに強度1・5倍、重量軽減20%、有効期間12週間というものであった。
しかも納期も今日の昼前までだという。
付与魔法ギルドが一般的に受注する業務は一般的な付与師がこなすことができるレベルの内容である。
武具の強化は強度1・5倍まで、重量軽減は20%までであり、付与できる機能も2つまでと決められている。それ以上のレベルの付与を依頼したいときはその内容ができる付与師に対して個別に指名依頼という形をとることになる。
トニーが依頼したいという内容は、付与魔法ギルドが一般的に受けている最も高いレベルの付与である。
しかも有効期間が約3か月となっている。
有効期間を長くする場合には魔力も技術力も比例して必要となり、費用についても同様である。
つまりトニーが依頼をしたいというのはギルドにおいて結構な高額案件ということだ。
そして金額の高低以上に問題となっているのはこの世界は現代日本以上に後払いでの取引には慎重であるということだ。
後払い取引には当然のことながら大きな信用が必要である。
その点で言えば、冒険者という職業ほど信用のない職業もない。
冒険者は拠点を定めて活動するとはいえ、それを変えることは比較的容易である。
また人柄や人物が信用に値する冒険者であっても次の日には魔物に殺されたということは日常茶飯事だ。
そのため冒険者との取引は引き換え払いというのがこの世界の常識である。
「仕事のレベルと納期までの時間を考えると中級付与師でも下のランクでは厳しいだろう。かといってそれができる連中にはだいたいもう予定が入っているしそもそも後払いでは引き受けてくれない」
トーマスが確認の意味を込めてギルド内の実情をそう総括した。
付与師はあくまでも付与魔法ギルドに登録をしているというだけであってギルドの社員ではない。
これは冒険者ギルドと同じであり、付与師はギルドから斡旋されたクエストを受注してこなしているに過ぎない。仕事を受けるか受けないかはそれぞれの付与師の判断でありギルドがお願いして受けてもらうことはあっても強制することはできない。
一方、勇馬としては少しでも稼ぎたい思いがあるため、本音は一部であってももらえるのであればそれはそれでやっても良いくらいには思っている。
しかし、確認するべきことは今後のこともあるため確認しておこうと考えた。
「引き受けるかどうかを決めるのにいくつか質問をしてもいいですか?」
勇馬はトニーが頷いたのを見て一つずつ疑問を確認させてもらうことにした。




