7 リア充
「お客様2名ご来店です」
勇馬とエリシアが女性店員から案内されて入ったのはさっきエリシアが入口でメニュー表とにらめっこしていた件の店の中である。店員に窓際で日当たりのいい席に案内された二人はテーブルを挟んで向かい合う形でほぼ同時に椅子に腰を下ろした。
「私はもう決まっていますからユーマさんはメニューをどうぞ」
勇馬はエリシアからメニュー表を受け取ると待たせるのも悪いとさっさと注文したいものを決めた。勇馬が近くにいた女性店員に視線を送ると意図を察した店員が注文票を片手にテーブルまでやってきた。
「私はこれをお願いします」
「えっと、俺はクラブサンドとホットのカフェオレをお願いします」
女性店員は注文を受けると一礼してその場から離れた。
「それにしても最初は誰だかわかりませんでしたよ」
ユーマの目の前にいるエリシアはいつも付与魔法ギルドで見る姿とは違っていた。
いつもは髪を三つ編みにして地味目な色使いの事務服を着ているのだが、髪は括られておらずきれいに梳かれているのがわかる。
さらさらとした茶色の髪が背中に広がり優雅な佇まいをかもしだしている。服装は薄いピンク色のワンピースであり、ところどころにくどくない程度のフリルがあしらわれている。エリシアは付与魔法ギルドの顔となる受付を任されるだけあり元々美人ではあるのだが今日はその装いからか普段の5割増しの美しさと言っても過言ではない。
「そうですか? まあユーマさんは直ぐにわかりましたけどね」
この辺りではほとんどお目にかかれない黒髪黒目の男でありエリシアが見間違うはずがない。それに加えて彗星のごとく現れた勇馬は付与魔法ギルドの職員の間でも噂になっておりエリシア自身も個人的に勇馬には注目している。
「エリシアさんはよくこういうお店に来られるんですか?」
「お休みの日にはよくお店を回っていますね。今日は1人ですけど職場の同僚とか友達とかと一緒に行くことも多いですよ」
今入っている店はこの街でも若者に人気のお店であり、今の時間は昼食の時間にはまだ少し早い時間ということもあり満席にはなってはいない。しかしある程度は席が埋まっていることからも人気店であることが見て取れる。
「お待たせしました」
話をしていると注文した品が運ばれてきた。
勇馬の前には注文したクラブサンドとホットのカフェオレが、そしてエリシアの前には大きなパフェが置かれた。
「こちら、カップル限定パフェになります」
エリシアは満面の笑みで置かれたパフェに視線を落とした。
この店の前で勇馬がエリシアに頼まれたこと。
それは一緒に店に入って欲しいというただそれだけだった。
理由を尋ねるとカップル限定でしか頼めないパフェを食べたいという至極単純なもので、聞けばエリシアはスイーツ好きであり、休みの日にはこうして甘いものを食べ歩いているという。この世界にもスイーツは存在しており現代日本と遜色ないものを食べることができる。
しかし甘いものは現代日本と比べて高価なものとされており、この世界では値段はお高めである。エリシアは日々の生活では節約しつつ、休みの日には自分へのご褒美と称してこうして贅沢をしているということだ。
「う~ん、おいしい! この一口のために生きてます!」
エリシアがパフェを一口食べるとニコニコ顔でそう言った。
「それはよかったです」
勇馬としても1人で食事をするより誰かと食事をした方がいい。それもこんなに美人のエリシアとであればなおさらだ。
「ユーマさんは確か『宿り木』に泊まられてるって話でしたよね?」
「ええ、食事も美味しいですし、お風呂もありますしいい宿ですよ」
勇馬の泊まる『宿り木』には一部の部屋を除いては部屋にお風呂はついていない。
しかし1階に大浴場(男女別)がついていて宿泊客は自由に入ることができる。後でわかったことだが低級宿には風呂は一切ついていないし中級宿でもついているところといないところがあるという。
日本人である勇馬にとって風呂場は心の洗濯の場でありこの宿を教えてくれた親切な衛兵さんには感謝してもしきれない。
勇馬がふと隣のテーブルに目をやると2人組の男女がエリシアの頼んだパフェと同じ物を食べていた。パフェにはスプーンが2つついており、それぞれが相手にパフェを掬って食べさせ合っている。俗にいう『あ~ん』というやつだ。
(リア充どもめ!)
勇馬が鋭い視線をそちらに送っていると向かいのエリシアから声を掛けられた。
「あの、ユーマさんもパフェ、好きなんですか?」
どうやらユーマが隣のカップルを睨んでいたのをパフェを凝視していたと勘違いされたようだ。確かに勇馬も男とはいえ甘い物は好きだ。
「ええ、好きですよ。ただ1つだとちょっと多いですね」
好きとはいえドカ食いはしないし、甘過ぎるのはちょっと苦手でもある。程よい上品な甘さのものを少量食べるというのが勇馬の好みだ。
「じゃ、じゃあどうぞ……」
そう言ったエリシアは手つかずでパフェに刺さっていた2つ目のスプーンを手にとってパフェを掬うと勇馬の前に差し出した。
それを見た勇馬は固まってしまった。先ほど目の前で行われていた別世界の出来事がまさか自分にも起ころうとは。
「あのっ、早く食べてもらえませんか?」
スプーンを差し出したままの態勢でエリシアが頬を赤く染めてそう懇願した。
「あ、はい」
勇馬は口を開けて目の前のスプーンにぱくっとかぶりついた。
「どうですか?」
「……甘いです」
勇馬は初めてのことに意識はいっぱいいっぱいで正直味はよくわからなかった。
ただ、パフェの甘さなのか空気の甘さなのかはわからなかったがとにかく『甘い』とだけ感じたのだった。勇馬のその感想にエリシアも相好を崩した。
「今日はありがとうございました!」
店を出てエリシアはそう礼を言った。
会計の際、勇馬が全部出すと言ったのだがそれをエリシアは固辞した。
最終的には勇馬は自分も食べたのでということでパフェについては割り勘にすることになった。エリシアは「ほとんど私が食べたのに」と恐縮していたが勇馬としてはあの一口にはそれだけの価値があったと確信している。
「それではまた明日ギルドでお会いしましょう!」
そう言ってエリシアは勇馬に手を振ると人ごみの中へと消えて行った。




