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第七章 Moscow Mule

Moscow Mule (Liberté 137)




 賑やかなパーティ会場。響き渡るクラシック音楽と、さざめくような人々の話し声。美しいシャンデリアの下、大ぶりのワイングラスを手にした人々に黒服の男がカードを渡していく。それを受け取った人々は、満足げな笑みを浮かべていた。

 夜の闇に紛れる犯罪。それは決して珍しいものではない。今宵も賑やかなパーティの水面下で"それ"は行われる……そのはずだった。

 瞬間、華やかなその場の空気を破ったのは、勢いよく開いたドアの音。何事だ、と声をあげる人々の前に立つのは、白い服の騎士たちだった。


「ディアロ城騎士団だ、おとなしくしろ!」


 響く、鋭い声。


「盗賊団ウィドウズキス、お前らを捕縛する!」


 剣を構えた騎士たちが、素早く乗り込んでくる。

 彼らが目指すのは黒服の男たち。そして、先刻彼らからカードを受け取っていたワイングラスを手にした人々。上がる悲鳴は、事情を知らぬ参加者たちのもの。騎士たちは素早くそんな人々を保護しつつ、逃げようとする盗賊団のメンバーたちを追いかけた。

 彼ら……盗賊団は、人々から金銭を奪い取ることは勿論、それを元手にある商売をしていた。それは、違法な武器や人間の密輸入。そしてそれをこうしたパーティの裏で売りさばくのだ。

 ディアロ城騎士団はその情報を得た。そしてこうして乗り込んできたのだ。真正面から乗り込んできたのは炎豹の騎士たち。血気盛んな若い騎士の中にはスファルの姿もあった。彼は真っ先に飛び込み、逃げ惑う人間を追いかけ、剣で逃亡を防ぐ。剣の柄で殴りつけて昏倒させたり、剣で足を軽く斬りつけたり……


「あぁっ、面倒くせぇ」


 会場に乗り込んできた炎豹の騎士の一人、スファルは思わず、そう毒づく。相手を殺さず昏倒させるという器用なことは決して得意ではなかったが、魔獣討伐の任務が少ない今、こうした人間相手の任務にも出ざるを得なかった。

 とはいえこれは炎豹の騎士たちには珍しい任務。いつもならば風隼の騎士のみで行くのだが……スファルが親しい風隼の少年、リスタは、まぁたまにはそういうこともあるさ、と笑っていた。

 かくいうリスタは休みだと聞いている。病み上がりだし、無理はしないことにすると。それが良いだろうとスファルも笑って、彼に見送られてこの任務に就いたのである。

 ふぅっと息をつく。大分事態は収束した様子だ。騎士たちに捕縛された盗賊団のメンバーは悔し気に、しかし諦めたように項垂れている。スファルはそれを一瞥したが……その瞬間、会場の隅からそっと廊下に出ていく人影を見つけた。それは、黒服でもなければワイングラスを持った人間でもない。しかしこの状況元、あんな風に逃げだす者はきっと、無実の人間ではなかろう。そう思い、スファルはその男を追いかけた。




***




「おい、そこのお前!」


 スファルが廊下に出て声をあげると男はびくりと肩を跳ねさせた。そして振り向くと同時、男は険しい顔をして、剣を片手にスファルの方へ飛びかかってきた。

 それを見て、剣を構えるスファル。こうした状況には慣れている。上手く往なして、攻撃をしかければ良い。そう思った、その刹那……――不意に体を強く、突き飛ばされた。


「っぐ……」


 壁に体を打ち付けて、思わず呻く。慌てて体を起こした彼は大きく目を見開いた。

 そこには長い銀髪の少年が男を組み伏せていた。その男のすぐ傍には小瓶が転がっている。男を取り押さえている少年……リスタはふぅと息を吐き出して、言った。


「捕まえた、危ない薬を使われるのは厄介なんでね」


 そう言うと同時、彼は拘束魔術を男にかけた。彼が一番得意とする、拘束魔術。男がぐったりとその場に潰れるのを見てリスタは立ち上がる。そしてぽんぽんと服についた埃を払ってから、スファルの方へ歩み寄った。


「大丈夫か、スファル」


 ごめんな、と詫びる彼。その言葉から、自分を突き飛ばしたのが彼だということを悟る。

 スファルは小さく頷いてから立ち上がり一つ溜息を吐き出す。そして静かな声で彼に問うた。


「……何のつもりだ、リスタ」


 彼に低い声で問われ、リスタは一瞬きょとんとした顔をした。銀灰色の瞳が、ぱちぱちと瞬く。


「何のって……あぁ、ごめん、いきなりあんな風に現れたら驚くよな。突き飛ばしちまったし」


 すまなそうに眉を下げてそう言うリスタ。しかしスファルはゆっくりと、首を振った。そうではない、と。


「? じゃあ、何で……」


 どうやらスファルが何か怒っているらしいことは理解出来たが、理由がわからない。怪訝そうな顔をするリスタを険しい表情で見つめながら、彼はいった。


「そうじゃない。何故、俺に嘘をついた?」


 低い声。それは確かな怒気を含んだもので。


「今日は一日城に居るって言ってたろ、まだ体調完全でもないんだから」


 そう。リスタは今日、任務に出ないと言っていた。それなのに、何故此処に居るのか。スファルはリスタにそう問いかけた。

 やっと彼の言葉の、そして怒りの理由を理解して、リスタは視線を揺るがせる。それからそのまま目を伏せて、ぽつりと呟くように言った。


「……任務を任されてた、お前たちが行く任務に同行して、その中でその一人……この男を捕らえるのが俺の仕事だったんだ。混乱に乗じて逃げるタイプだってことは予め聞いてたからな」


 彼はそう事情を説明した。

 彼の部隊……風隼の任務の特質はスファルも分かっている。それを考えたら、彼らが来ることは目に見えていた。……けれど。

 スファルは彼の説明を聞いて一層険しい表情を浮かべた。そしてぐっと拳を握りしめて、怒鳴るように言った。


「それならそれで、先に言えば良かっただろ?! お前は城に居るって言ってたのに!」


 どうして嘘をついた。咎める口調でそう言うスファル。険しい彼の表情と吠えるような口調にリスタはむっとした顔をした。それは分かってるけど、と彼は言葉を紡ぐ。


「話せなかったんだ、俺の仕事わかってるだろ?」


 風隼は密偵部隊。彼らの任務内容は確かに、秘密にされることが多い。秘密はそのことはスファルもよく知っていた。しかし……――


「俺にもか? 機密事項だというなら、俺は絶対に誰にも話さない。……俺の事が信用できないか」


 怒りに震えるスファルの手。橙の瞳が燃えるような光を灯している。リスタもそれを見てぐっと拳を握り、叫ぶように言った。


「そうじゃないけど!」

「だったら!」


 そう怒鳴り合う二人。どちらも今にも掴みかかりそうだ。

 刹那、二人は後ろからぐいっと体を引かれた。


「煩いですよ二人とも」


 呆れたような溜息混じりの声音。それはスファルの肩を引っ張る、カルセのもの。


「いい加減におとなしくしようね」


 外まで聞こえてたよ、と言う苦笑混じりの声はクレースのもの。炎豹の騎士と共に任務に赴くことが多い草鹿の騎士たちも補助のために来ていることを、二人ともすっかり忘れていたのである。


「良い子にしてなさいな、スファル」

「リスタも熱くなりすぎだよ」


 二人はそういって、まぁまぁとスファルとリスタを宥める。しかし二人は相変わらずに、睨み合ったままだった。




***




 その数時間後。一同は無事に任務を終え、城に戻っていた。

 リスタに突き飛ばされた時に軽く怪我をしたスファルは手当をしてもらったものの、まだ気持ちの方が落ち着かず、イライラした様子で食堂にいた。

 と、そんな彼の目の前にことりとカップが置かれた。中には湯気を立てる紅茶が入っている。スファルが驚いて視線を上げると、長い淡水色の髪の見慣れた少年の姿があった。深い藍色の瞳が困ったように細められる。


「カルセ」


 スファルが小さな声で彼の名を紡ぐ。


「まだそんな顔をしているのですね」


 カルセはそう言って、彼の傍の椅子に腰かけた。そして小さく首を傾げて、問う。


「何故あんな喧嘩を?」


 カルセの問いかけにスファルはぷいとそっぽを向いた。そして吐き捨てるように、言い放つ。


「……リスタが俺のことを信用しないからだよ」


 彼の声は硬い。頑固な彼らしい、と思いながら、カルセは苦笑した。


「信用してないなんて、いつ彼が言いました?」

「……言っちゃあいないけど」


 スファルはそう呟くと、悪そうに俯いてしまった。カルセはそれを見て目を細めながら、思う。

きっと彼も、わかっているのだろう。リスタにそんなつもりはなかったことも、彼は彼の理念で動いたことも。それでもああいう行動、言動に出てしまったのはスファルの性格故だ。カルセはそれを良く理解している。


「まったく、貴方の悪い癖ですよ。リスタの任務に関しては貴方もよくわかっているでしょう?」


 宥めるようにカルセは言う。それを聞いてスファルは眉を寄せた。


「わかっちゃあ、いるけど」


 ぼそり、と呟く彼。恐らくわかってはいても、受け入れることが出来ないのだろう。そんなところも彼らしさだとは思うけれど……そう思いながらカルセは息を吐く。


「まったく」


 そう呟いたカルセはぐしゃりと、スファルの頭を撫でた。まるで聞き分けのない子供にするように。

 驚いたスファルが彼の方を見ると、彼は困ったように笑っている。その藍色の瞳に灯るのは、優しい光だった。


「本当はただリスタのことを心配しているだけなのでしょう?」


 緩く首を傾げ、そう問いかけるカルセの声に、スファルは大きく目を見開く。橙の瞳が、揺らぐ。それを伏せた後、彼は小さく、呟くように言った。


「……そりゃ心配するよ」


 伏せられた瞳に灯るのは、確かな心配の色。彼は先程とは違う意味で拳を握りしめながら、言った。


「彼奴は無理をし過ぎだ」


 彼……リスタは、すぐに無理をする。この前もその所為で体調を崩していた。そんな病み上がりだから、任務になど行かないはずだと思っていたのに……あんな調子でいつも通りに働いているものだから、思わず怒ってしまったのだ。

 カルセは彼の言葉に苦笑する。そして、肩を竦めながら、言った。


「それは私も思いますけどねぇ」


 医療部隊の騎士として、そして何より彼の友人として……リスタのあの癖は、直してやりたいと思う。周囲に頼ることなく、一人で全てを解決しようとしてしまう。そんな彼のことが心配なのは、カルセも同じことだった。

 スファルも、幾分気持ちが落ち着いたのだろう。ふぅと息を吐き出して、苦笑まじりに言った。


「……彼奴は俺たちよりずっと年下なんだから、もっと俺たちに頼ってくれても良いのに」

「そうですねぇ。でも、そんなあの子が素直に甘えられるようにしてあげるのが、私たち先輩の役割なのではありませんか? ねぇ、スファル」


 カルセは微笑みながら、そういう。言外に感情任せに彼を叱り飛ばしたスファルを窘めるように。スファルはそれを聞いて肩を竦めたのだった。




***




 静かな、城の中庭。すっかり夜になった中庭に人影はなく、静かな空間に一人きりでいられる。この空間が、リスタには気にいりだった。殊更、今のような気分の時には……そう思いながら彼はふっと息を吐き出した。

 不意に肩にふわりと、柔らかなものがかけられた。びくっと肩を跳ねさせて振り向くと。


「あ、ごめん」


 長い緑髪の少年が、すまなそうに詫びた。聞き慣れたそれを聞いて、リスタはふっと表情を綻ばせる。


「何だ、クレースか……」


 そう、そこにいたのはクレース。肩にかけられたのは、彼の白衣のようだった。リスタの言葉にクレースはほわりと優しく微笑んだ。


「隣、良い?」


 穏やかに微笑みながら、クレースは彼に問いかける。少し迷ってからリスタが頷けば、彼は静かに、リスタの隣に腰かけた。そしてこてり、と首を傾げながら、彼はリスタに問う。


「ちょっとは落ち着いた?」


 おっとりとした口調でそう問われて、リスタはくっと息を止めた。そしてふ、と息を吐き出して……彼は項垂れる。


「……悪いことしたなって思ってる」


 ぽつんと呟くように言う彼。それを聞いてクレースは苦笑した。それからぽんぽんと彼の頭を撫でて、言った。


「スファルもわかってるよ、ちょっと熱くなっちゃっただけだから大丈夫」


 きっと彼も怒ってはいないよ。そう言って笑うクレース。

 リスタはそれに少し笑みを返しつつ、軽く肩を竦めた。そして困ったような表情を浮かべながら、言う。


「……どうしても、こうなっちゃうんだよなぁ。あんまり、周りに頼るとか、そういう経験なかったから」


 今まで、誰かに頼ったことなど殆どなかった。家で弱音を吐けば情けないと叱られたし、外では失敗出来ないというプレッシャーから、一人必死になっていた記憶しかない。リスタがそう言うと、クレースは少し悲し気な顔をして、溜息を吐き出した。


「あー……そればっかりは、ねえ」


 性分と言われてしまえばそれまでだ。今まで人に頼る機会がなかった人間に頼れ、と言ったって難しいだろう。……自分の恋人にも同じことが言える。器用な人間ほど、人に頼る方法を知らないのだ。そう思いながらクレースは困ったように目を伏せた。

 上手い言葉が見つからず黙り込む彼を見て苦笑すると、リスタは空を見上げながら、ぽつんと呟くように言った。


「性格、っていったら話が終わるけど……何とかすべきなんだろうな。今回だって、その所為でスファルに酷いこと言っちゃったし……」


 リスタはそう呟くと、ひとつ溜息を吐き出して立ち上がった。そんな彼を見て、クレースは少し驚いて、瞬きをする。


「どこいくの?」

「謝りに行ってくるよ」


 スファルのとこ、といって微笑むリスタ。クレースはそれを聞くと一瞬きょとんとしたように瞬きをした。それからすぐに、穏やかに微笑む。


「そうだね……いってらっしゃい。きっとすぐに仲直り出来るよ」


 そう言って微笑むクレース。吹っ切れた様子のリスタは彼に頷いて見せると、スファルの気配を探して、歩いていったのだった。




***




 食堂で一人、カップを傾ける。カルセは先に部屋に戻っていった。スファルはもう少し頭を冷やそうとしていたのである。


「はぁ……」 


 小さく息を吐き出す。くしゃりと短い橙色の髪を掻き揚げたその時。


「スファル」


 控えめな声で、名を呼ばれた。スファルは驚いた顔をしてその声の主の方を見て……瞳を大きく見開いた。


「……リスタ」


 そこにいたのは他でもない、リスタで。彼は少し、銀の瞳を揺るがせていたが、やがて小さく息を吐き出した。そして、スファルの方を見て、言う。


「……悪かった」


 リスタはそういいながら頭を下げる。スファルはそんな彼を見て、幾度か瞬きをした後、ふっと笑った。そしてくしゃりと自分の短い髪を掻き揚げて、溜め息を一つ。そして逆に、頭を下げる。


「……否、俺が悪ぃ。お前の仕事も、部隊の特質もよくわかってんのに、あんなこといって……」

「いや、お前は心配してくれただけだって、わかってるから……」

 

 そう、互いに謝り合う。顔を上げ、視線がぶつかった所で、二人は可笑しそうに噴き出した。


「何してんだか、俺ら」

「本当にな」


 そう言って二人は笑い合う。そしてふと、スファルが真剣な表情を浮かべた。リスタはそれを見て、驚いたように瞬きをする。少し緊張した表情を浮かべるリスタ。それを見つめて、スファルは口を開いた。


「仲直り、してくれるか?」


 そう問いかけ、スファルは彼に手を差し出した。リスタはそれを聞いて、ふっと笑うと、その手を握り返した。


「此方こそ……ごめんな」


 もう一度詫びれば、スファルは明るく笑って、わしゃわしゃっとリスタの頭を撫でる。リスタは少し驚いた顔をしながらもそれを甘んじて受け、照れたように微笑んだのだった。


















第七章 Fin

(モスコミュール:喧嘩をしたらその日のうちに仲直り)

 

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