小野飛鳥
「お嬢様、どこですか?」
俺は朝から飛鳥お嬢様を探していた。
あのお転婆、ちょっと目を離すと簡単にいなくなる。
「令人さん、お嬢様ならいつもの欅です」
「姉さん、助かります。お茶の準備をして待っていて下さい」
千代子が飛鳥お嬢様を発見していたようだ。
俺は物置から梯子を持ち出して、お嬢様と初めて会った欅のある、庭の隅へ向かった。
「お嬢様ー!」
「やっと来たわね、教育係」
木の上から見下ろすようにお嬢様は俺を見ている。
「待ちくたびれたわ。早く降ろしなさい」
お嬢様の腰掛けている枝の根元へ梯子を架ける。ゆっくりとお嬢様は降りて来た。
「まずまずね」
何がまずまずなのだろうか?
「千代子のお菓子は用意しているのでしょう?」
「そのように手配してからお迎えにあがりました」
飛鳥お嬢様は嬉しそうに笑っている。こうして見ると年相応の可愛さだ。
「あら、あれは?」
お嬢様が何かを見つけたようだ。頼むからこれ以上の揉め事は勘弁して欲しい。
「お嬢様ー」
「千代子だわ」
確かに千代子だった。両手に多くの荷物を持って、小脇に何やら丸めた筒状の物を抱えている。
「お嬢様、本日はこちらでお茶になさいましょう」
千代子はお茶の用意をして持って来ていた。筒状の物は敷物で、それを広げて手にしていた道具類を置いてゆく。
「お外で飲むお茶もよろしいと思います」
「悪くないわね」
うむ、確かに野外で飲食するのは開放的で良いとは思う。
思うが千代子よ、何故に本格的な茶道具を持参した?
「さあお嬢様、こちらでお待ち下さい」
千代子は敷物の上、欅側へお嬢様を座らせた。千代子本人は鉄瓶からお湯を茶碗に注いで、茶筅を洗っている。
しかし、メイド服でお茶を点てるって、かなりシュールな絵だな。俺は面白いが、お嬢様は退屈そうだ。
「お茶の嗜みは大人の女性に必要不可欠です」
お嬢様の様子を察したように千代子は呟く。その間もお茶を点てる手は止まらない。滑らかな動きで茶筅を置き、お嬢様の前に茶碗を差し出した。
「粗茶でございますが」
「ありがたく頂くわ」
それなりの所作でお嬢様はお茶を召す。
「結構なお点前で」
「ありがとうございます」
うむむ、俺には入り難い雰囲気だ。何のかんの言いつつ、お嬢様もそれなりの作法は心得ているようだし。
だとすると、この木登りには何か秘密がありそうだな。
庭の隅で堂々と枝を伸ばす欅の木。庭全体はもとより、塀の向こうまで見渡せそうだ。
塀?
そう言えば、この屋敷を囲う塀はこの辺りだけ異様に高い。反対側の倍ぐらいはありそうだ。その塀の向こう側を覗こうと思うなら、木登りするのが良いだろう。
「お嬢様、この塀の向こうには何がご覧になれますか?」
「知らないわ」
拒絶された。これはますます怪しい。
「左様でございますか、失礼しました」
だが深追いはしない。ゲームを進めて行けば、この謎を解く鍵が手に入るはずだから。
「お嬢様、こちらのお菓子をどうぞお召し上がり下さい」
「あら、美味しそうね」
千代子はお嬢様と打ち解けているようだし、後で情報を聞き出そう。
野点が終わり、俺と千代子は道具類を分担して運ぶ。お嬢様を先頭にして屋敷へ戻った。
可もなく不可もなくという感じの進行だったが、旦那様から呼び出された。
またか?
「伊集院くん、君の頑張りは評価するよ」
千代子と並んでいる以上、これはまただな。
「だが申し訳ないが、君たちは当家には馴染まなかったようだ。荷物をまとめて今夜中に出て行ってくれたまえ」
本当にまた解雇だけど、意外と持ちこたえたと思う。
勝手口で千代子と合流すると、彼女は泣いていた。
「令人さん、次こそは勤め上げましょうね」
ハンカチを口で噛みながらという古典的表現は何度見ても微笑ましい。
「ああ、次こそは、な」
勝手口から出ると、俺の意識は現実世界に戻って来た。
「やれやれ」
上体を起こして頭部端末を外すと、再び寝台の上に身を投げ出した。
「先輩に聞いてみるか」
攻略法を知っていそうな先輩に相談しながら進めるしかないだろう。
俺は本体の電源を切って、寝ることにした。
声の想定
伊集院 令人 小林祐介さん
伊集院 千代子 今井麻美さん
小野 飛鳥 ゆかなさん
小野 潔 子安武人さん




