波打ち際の砂浜、語るに落ちる
コテージの窓から、男は波打つビーチを眺め続けていた。仕事の漁業に長期休暇を取ったがすることがなく、ただただ物思いに耽るのみである。
人はおらず、砂浜が真っ白のまま波に呑まれたりを繰り返す。
男は少し寂しげな気持ちになる。この場に一人でいることに中々慣れない。彼女と一緒に過ごしたあの砂浜の思い出が、感情から中々離れない。
男は持ってきたラジカセのアンテナを立て、窓辺に置いて電源を点ける。
たまたま繋げたチャンネルは、ある歌手のインタビューだったらしい。歌手の声がスピーカーから流れる。
《え──です──この度──アルバムが出来て──がとうございます》
途切れ途切れのスピーカーから聞こえる声に、男は思わずラジカセを手に取り、耳に当てて声がよく聴こえるようにする。
《こち──今年デビューし──歌手の“nagi”さんです!》
ひょうきんな声の司会が、歌手である彼女の紹介をする。その名前は、かつてこの砂浜で「歌手を目指したい」と宣言した彼女のアーティスト名だった。
──「歌手を目指したい」
砂浜で夕焼け空を共に眺めていたとき、彼女は自分の夢と、この地から離れて都会に行くことを男に告白した。
男はこの海で漁業を営んでおり、この地から離れることは出来ない。彼女の夢を応援し、メールは送り続けると言って都会に行く彼女を見送った。
最初の内はメールは共にビーチを散歩した頃と変わらず会話が弾んだ。しかし徐々に彼女からの連絡は途絶えがちになり、男は何度も都会の暮らし、男への思いを聞くようになった。
彼女のからの返信がなくなると共に、男は彼女への想いを断ち切った。そう考えるのは男の論理的思考だけであり、感情は彼女への想いを捨てきれずにいた。
今となっては、男は彼女を心配しすぎて、何度も問い詰め過ぎたのだろう。反省するが、それで彼女がこの砂浜に戻るはずはないのだから。
──男は思考を止め、ただ“nagi”の声を聞いた。電源を消さず、今の彼女の歌を聴くことにした。
──砂浜に目をやると、彼女と歩いた思い出が甦る。
ただ嬉しく楽しかった。こうして共に楽しめ、相手を慈しめる人が隣にいることに。
いつも互いを想い、そして共にこの景色の色鮮やかさに感動した。どこまでも青く澄みきった海と、仄かに暗く燃え続ける夕焼け、この地でずっと一緒にいるだろうと思っていたこの時間、本当の夢の為に離れた幻の景色。
常に忘れられない互いの想い、届け続けていたメールに込められた想い、今はもう互いの暮らしがあるだろうが、この想いは消えずにいられてるか──
──“nagi”の歌は、男との思い出を綴っていた。
男との思い出を大切にし、その思いと共にこの歌が作曲されたことが伝わった。
歌手の紹介が切り替わると共に、男はラジカセの電源を切って外に出た。また彼女と共に砂浜を歩きたい、その気持ちでサンダルを砂浜に足跡づけた。
──白い砂浜に、刻まれ続ける、二人の足跡──