捜索
緑は自宅を飛び出すと、まず戒の家へと向かった。
戒の自宅までは徒歩五分程だ。
走ればかなり近い。
すぐに緑は走り出した。
心なしか体が軽く感じた。
やはりあの刀のせいだ、と緑は確信していた。
秋の朗らかな陽気はこんな時でも爽やかで、心地よい風が吹き抜けていた。
すぐに戒の家へと到着した緑は、迷わずにドアノブに手をかけた。
鍵は掛かったままだ。
それはつまり皆、出掛けていたということになる。
もしくは家の中に籠り鍵をかけて息を潜めているのかもしれない。
念のため庭の方へ回り家の中を確認しようとした。
その時だった。
突然、裏口の方からガシャン!とガラスが割れる音がした。緑は急ぎ裏手へと回った。
そして衝撃な光景を目の当たりにする。
割れた窓から侵入しようとしているのは、戒の母親だったのだ。
目は正気を失い、口元からは涎を垂れ流している。
緑はあまりの衝撃に動くことができなかった。
いつもは上品でとても綺麗な友達の母親が、今ではまるで獣のように窓に張りついていたのだ。
割れたガラスであちらこちらを怪我し、血だらけになっても、まるで痛みを感じていないように無我夢中で家の中に入ろうとしていた。
「……お、おばさん。」
緑は目から溢れだす涙を拭いて、頭の中を冷静に保とうとした。
彼女が家に入ろうとしている理由は、そこが自分の家だと認識しているからだろうか?
それとも、もしかしたら家の中に誰かいるのかもしれない。
そう結論づけた緑は、玄関側に戻りインターホンを連打した。
最初は何の反応もなかった。
しかし、少しの間をおいて声が聞こえた。
「――緑君?」
そのか細い声の主は凛香だった。
「凛香ちゃん!凛香ちゃん一人か?」
「うん。」
「早くこっちにおいで。ここは危ない。」
緑は凛香をとにかく急かした。
おそらくまだ母親のことには気づいていないだろう。
何としても彼女と母親を会わせたくない一心だった。
それからすぐに凛香は玄関から飛び出すように出てきた。
「緑君、お兄ちゃんは?ママもどこに行ったか分からないし外には変な人が沢山いて――。」
緑は彼女の恐怖心を和らげてあげたかったが今は時間がなかった。
「とにかく、ここから離れよう。」
緑は半ば強引に凛香の手を引いた。
一旦自宅に凛香を預けてからまた捜索に出ようと考えた緑はもう一度、さっき来た道を引き返そうとした。
ところが、さっきまで人気のなかった道に数人の人影が見えた。
その挙動不審な動きから、それがすぐに異変者だと気づいた。
「こ、こっちは駄目だ。あっちへ廻ろう。」
再び緑は凛香の手を強く引いた。
しばらく辺りを警戒しながら歩いていくと一人の男が声をかけてきた。
「き、君たちこっちは行っては駄目だ。」
その男は警官だった。
緑は少し安心した。
警官なら自分たちを守ってくれるに違いない。
そう思ったからだ。
しかしその希望はすぐに無情にも壊されてしまった。
突然警官の背後から無数の手が現れたかと思ったら警官を引きずり倒してしまった。
そこに群れるように異変者たちが集まってきた。
「に、逃げろ……。」
警官は緑たちにそう告げると異変者の群れの中へと引き込まれて見えなくなった。
およそ十名ほどの異変者の一人が緑たちの方へと意識を向けた。警官を助けてあげれる余裕など無かった。
緑と凛香は急いでその場を離れていった。
逃げながら二人は辺りを見回した。
街の至る所には異変者たちが溢れるように群がり、正常な人々を襲っているという、日常とはかけ離れた光景が広がっていたのであった。