新たな世界
辺りは暗闇に覆われていた。
その闇の中をまるで水に浮かんでいるような、そんな変わった感覚を感じていた。
意識があるようでないような奇妙な感じではあったが、不思議と心地よかった。
緑は自分がまだ目を瞑ったままだということに気づき、ゆっくりとその眼を開いた。
「――こ、ここは?」
緑が見たものはまさしく宇宙そのものだった。
いったい幾つの星々があるのか見当もつかないが、その闇を明るく照らしている光の中に緑は漂うように存在していた。
「そうか……俺、死んだんだな。」
そう結論づけた緑は少し記憶を遡ってみた。
確か、神ネメシスとの戦いで敗れたはずだ。
そのまま死んでしまったのだろう。
そしてここが死後の世界。
なるほど死後の世界は宇宙にあったのかと、緑は冷静に納得していた。
そんな緑の頭の中に突然声が届いた。
耳から入ってくる声ではなく、脳に直接語りかけてくるような、妙な声だったが、その声に聞き覚えがあった。
それは紛れもなく神ネメシスの声であった。
「――緑よ。お前との戦いは久々に楽しかったぞ。それにお前の考えが私は好きだ。」
緑はその声をただ漠然と聞いていた。
「我は神なり。故に過ちなどはない。あるのは未来だけだ。今回はお前の勇気に免じてしばらくの猶予を与えよう。」
「ずいぶん気紛れなんですね。」
緑はその声に身を委ねながら言った。
「ふっ、その通りだ。神は気分屋なのだ。だからまたいつ気が変わり人類を滅しようとするか分からんぞ。」
「その時はまた俺が相手しますよ。」
最後に緑は一言「ありがとうございます。」と付け加えた。
緑はあれから完全に意識を失った。
次に目が覚めると、そこには見慣れた天井が目の前にあった。
「――あれ?ここ俺の部屋。」
どうやら自室のベッドの上にいるようで、ゆっくりと体を起こして確認してみた。
そこは間違いなく自分の部屋だ。
ということは、ここは自宅だとはっきりと認識した。
緑はおそるおそる、一階へ降りる階段に足をかけた。
もしも、この世界に誰もいなくて自分だけだったらと、不安に駆られた。
ゆっくりと居間にいき、そーっと覗くようにリビングを見た。
「緑、何やってんの?」
背後からかけられた声に緑は飛び上がりそうになった。
「か、母さん?」
「なに寝ぼけてんのかしらね、この子は。」
涙が出そうになった。
もう何年も会っていなかったような、そんな気分だった。
「どうした、朝から騒々しい。」
テーブルの椅子に腰を下ろし新聞を広げていたのは、父だった。
「父さん!良かった無事だったんだね。」
完全に異変者と化していた父が正常な状態で目の前にいる。
いったい何がどうなっているのか、緑はまだ混乱していた。
「うん?無事?ああ、昨夜はちょっと飲み過ぎてな、恥ずかしいところ見せちゃったな。ハハハ。」
「本当よ。玄関で倒れてるんだから驚いたわよ。もう少し考えてもらわないと。」
ふと見ると父の向かいにも見慣れた女性が座っていた。
「姉ちゃん?なんでここに?」
緑の言葉に全員がキョトンとした表情を見せた。
「なんでって私の家だからでしょうが。あんたまだ寝ぼけてるの?早く冷たい水で顔でも洗ってきたら。」
どうやらここは、以前と全く同じという訳ではなさそうだった。
「あのさ、紫野は?」
再び家族皆がキョトンとしていた。
「誰?」
これにはさすがに緑も同様を隠せなかった。
「い、いや弟の紫野だよ。」
「お前に弟なんていやしないだろう。緑お前、大丈夫か?母さん病院に連れていった方がいいかもしれないぞ?」
「い、いや大丈夫だから。ちょっとボーッとしててさ、ごめんごめん。」
緑は慌てて弁明した。
おそらく紫野はマチルダと共に生きていくと決めたのだ。
それが紫野にとっての人生なんだと、緑はすぐに理解した。
ピンポーン!
チャイムが鳴り、皆が一斉に来客者へと意識を移した。
「おお、戒君だな。このインターホンの押し方は。」
「お父さん、そんなので分かる訳ないじゃない。」
「ほら緑、出てきなさい。」
緑は母に言われるがまま玄関へと向かった。
扉を開くとそこには懐かしい顔があった。
「おはよう緑。ってかお前まだなんも準備してねえじゃん。遅刻するぞ。」
「おはよう緑君。」
「り、凛香ちゃん?」
「ああ、なんか今日はついていくってきかなくてな。連れてきちまった。」
緑の中でようやく落ち着きが戻ってきた。
結論からいえば、神ネメシスは本当に自分たち人間に猶予を与えたのだと。
おそらく他にも日常に何かしらの変化があった人間もいるだろう。
だが、この平和に満ちた世界が戻ってきたのは事実だ。
緑は学校へ行き、一日を過ごした。
「終わった!緑、帰ろうぜ。」
戒の誘いに緑は、「悪い。今日はちょっと用事があるんだ。」と、断りを入れてからある場所へと走った。
空は真っ青に突き抜けて、真っ白な雲が気持ちよく流れていた。
緑は目的の場所に辿り着くと、躊躇いもなく飛び込んだ。
その店の看板には『喫茶エルフ』と書かれていた。
店に入るとカウンターに一人、男が似合わないエプロンを着けて出迎えた。
「いらっしゃーい。」
やる気のない、挨拶に緑は笑顔で応えた。
そして男は緑を見て、一言発した。
「おかえり、緑。」と。
(完)
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