怪しい男
緑は偶然に出会った男に助けられた形となり、なんとか戒のもとから逃げ延びた。
「あの、助かりました。それに戒のことも、ありがとうございました。」
「別に助けたとかじゃねえし。たまたまだよ……だけどな、お前の友達はもう元には戻らねえぞ。」
「う、うそだ。」
「嘘じゃねえよ。それが真実だ。」
緑はそれでも半信半疑だった。
見も知らぬ男にそんなことを言われて『はい、そうですか』とはならない。
「あなたは――。」
「バーンだ。俺の名はバーン。それで君は?」
「あっ、僕は直毘 緑といいます。」
「直毘君か珍しい名前だね。」
それはこっちの台詞だと緑は強く思った。
「あのバーンさん、それで結局あれはなんなんですか?」
「直毘君――呼びづらいから緑って呼ぶけど、君は何だと思う?」
緑は少し頭にきた。
質問を質問で返されるのもそうだが、答えを知っているのならさっさと教えて欲しかった。
「……分かりません。」
「だろうね。そりゃあそうだ。あんな訳の分からんこと俺にだって分かりゃあしない。」
バーンの発言に今度は本気で堪忍袋の緒が切れた。
「いや、あなた知ってる風に言ってましたよね。戒はもう元には戻らないとか。そんなの無責任なんじゃないですか!」
普段怒ることなど滅多にない緑だが、この時ばかりは凄い剣幕でバーンに詰め寄った。
「――だまれ。」
バーンは怒った緑を睨むように低い声で一言放った。
その静かだが迫力のある言葉に緑の熱も一気に引いていった。
「俺は嘘は言っていない。お前の友達はもう戻らない。だが、その理由については詳しく言えない。なぜならお前をまだ信用していないからだ。分かったか。」
緑は言葉を失った。
どうすれば良いのか分からずに。
だがそれでは何の解決にもならない。
緑は違う質問を投げかけた。
「じ、じゃあ僕たちみたいに何の異変も起こさなかった人間とそうじゃあない人間がいたんでしょうか?」
「うーん、分からん。それについては本当に知らん。悪いな。」
緑はふと思った。
この人は実は何も知らないのではないだろうか。
そう考えれば戒のことだってまだ分からない。
もしかしたら今頃、元に戻ってしまっているかも知れない。
そう思うと少し希望を持てた。
「そうだ!お前をパパに会わせてやる。パパならきっと答えを教えてくれるはずだ。」
「パパ?それはバーンさんのお父さんということですか?」
「パパっていったらそれしかないだろ。あーでも、パパがお前のことを気に入ればって話な。もし気に入られなければ何も教えてはくれないだろうけど、会って損はないぞ。」
この時点で緑は既にバーンのことを全く信用していなかった。
そもそも拳銃なんて持ち歩いているような男を信用するほうが無理だ。
パパという話しも何だか胡散臭い。
それよりも家族のことが気がかりだった。
自分の家族もそうだが、戒の家族のことも気になっていた。
そう思うといてもたってもいられなかった。
「僕は帰ります。助けてもらったことは感謝しています。ありがとうございました。」
「そうか、なら仕方ないな。だけどすぐに又会うことになるだろうぜ。困ったことがあったらこの近くのエルフっていう喫茶店まで来な――とは言ってもこの状況じゃ店が無事だって保証はないけど……まあ、いいや緑お前も気をつけてな、じゃあ。」
それだけ残しバーンはスキップするように軽やかな足取りで去って行ったのだった。