崩壊した日常
突然脳内に響き渡った声に緑は恐怖を感じた。
「――なんなんだ、今のは?」
自分がどこか変になってしまったのではないかという不安を抱えたまま、緑は戒の方を見た。
すると、何か戒の方も様子が変だ。
「か、戒……。」
その様子は明らかにおかしい。
額に濃い血管が浮かび上がり目も血走っている。
口からは溢れんばかりの大量の唾液が溢れ落ちていた。
その姿はまるで野生の獣だった。
「うぅっう!」
よく見てみると異変は戒だけではない。
周囲にいた人々も次々に戒と同じ様な状態になっている。
それとは逆に緑のように普通の状態の人間も多々いた。
しかし、異常をきたした人々がそうではない人々に襲いかかっているような状況だった。
そして今、緑の前にいる戒も唸り声を上げ、今にも緑へと襲いかかってきそうだった。
「か、戒。もう分かったからさ、冗談はやめろよ。」
そんな緑の声に戒は反応を示さなかった。
そして、遂には緑へと飛びかかったのである。
間一髪、緑は戒のパンチを避けきった。
空を切った戒のパンチはコンクリートの建物に食い込むように突き刺さった。
コンクリートがひび割れている。
もちろん戒にそんな力はない。
よく見てみると戒の手首は折れているようで、有り得ない角度に 曲がっていた。
「やめてくれよ、戒。怪我してるじゃないか!」
緑は半分涙ながらに戒に訴えたのだが、やはり戒には届かなかった。
それどころか、怪我をした痛みにさえ本人は気づかないようで、さらに緑へと迫った。
なんとか逃げようとする緑だが、焦ってしまい近くに落ちていた鉄パイプに足を引っ掛けてしまい転倒してしまった。
そこへ戒は勢いよく走ってきた。
そして倒れている緑に何の躊躇もなく殴りかかった。
「――やめろ!」
緑は目を瞑り両腕でガードした。
――しかし戒の攻撃がこない。
恐る恐る緑はゆっくりと目を開いてみた。
するとそこには見馴れない男が立っていた。
華奢な体で背が高いその男は妙に細長かった。
年の頃は二十歳前後くらいだろうか、短髪の髪は夕陽のような色をしていた。
「大丈夫か?ちょっと待ってろ、すぐ片付けやるから。」
そう言った男は懐から銀色の物を取り出した――拳銃だ。
その標的は戒だった。
その男に動揺の色は微塵も感じなかった。
冷静に獲物をしとめるハンターのようだ。
「ち、ちょっと待ってください。そいつ友達なんです。殺さないで!」
緑は必死に男に頼んだ。
いくら自分を襲って殺そうとしたとはいえ、あれは紛れもなく親友の戒だ。
きっと何かの間違いで少し混乱しているだけなんだと、緑はそう確信していた。
その緑の声で男は冷静さを少し失っていた。
「友達がこんなことしないだろ!?いや、友達だったというのは分かるけど今はもう違うだろ、どう考えても。」
「違いません。どんな状態でもあいつは戒だ。だから殺さないで。」
「そんなこと言ってもよ。じゃあどうすんだこの状況。覚醒してんのはこいつだけじゃないぜ。他のもすぐに寄ってくるぞ。」
緑の頭の中は不思議とクリアな状態になっていた。
こんな時でも、その男が言った言葉が引っかかたのだ。
「あの、覚醒って?」
「今はそんなこと説明している暇なんてないでしょうが!あーもう仕方ねえ、ついてこい逃げるぞ。」
緑は言われた通り男の背中に続いた。
周囲の光景は目を疑いたくなるような惨事に包まれていた。
だが、緑はそんな光景がどこか美しいと感じた。




