勇者カツヒコの冒険 ~異世界転生、チートスキルもらったけどだんだん劣化するなんて聞いてない!~
俺の名はオオクマガヤ・カツヒコ。中小企業のしがないサラリーマンだ。
仕事終わりに近所のコンビニで缶ビールと弁当を買ってアパートに帰る途中で、道に迷ってしまった。
有り得ない。
最寄駅からアーケード街を抜けて、3つ目の信号を左にまがり、あとは直進するだけでアパートにつく。考え事をしながら無意識に歩いてたって迷うはずがないシンプルな道のりだ。
だが今、いつのまにか俺は、うっそうとした木々が生い茂る森の中にいた。
「なんだよ、コレ?」
俺はとりあえずスマホで状況を確認しようとする。
「ここはいわゆる『異世界』じゃ」
突然耳元で声がし、腰が抜けるほど驚いた。振り返るとそこには、高齢のじいさんが立っていた。
長い白髪、白いローブを着て、手にはでかい杖を持っている。いわゆる「仙人」のような恰好をしたじいさんだ。
「あ、あんたは一体!?」
「わしはスレイオン。この異世界の、まぁ水先案内人みたいなもんじゃな」
じいさんはそういって長いあごひげをしごく。
「い、異世界!?」
「そうじゃ。」
なんということだ。ネット小説でよく読むやつだ。
ついに俺にも、異世界転生のチャンスが巡ってきたというわけか。
「つ、つまり俺はこれから異世界に転生してチートスキルをもらってハッピーライフを満喫できるというわけか!?」
「な、何でそんなに詳しいんじゃ。まぁ概ね正解じゃよ。もっとも、『力』を得たお前さんがこの世界で何をするかは、お前さん次第じゃがね」
そういって、じいさんは杖を振りかざす。たちまち、俺の中にいままで感じたことが無い強力な「魔力」が目覚めたことに気づく。
「じゃあ、せいぜい頑張るんじゃぞ」
じいさんはもう一回杖を振る。俺の視界が徐々に暗くなっていく。ついにこれから転生するんだ!俺は期待と興奮で踊りだしそうになりながら、流れに身をまかせた。
意識が完全に沈む直前、じいさんが何か喋っていたが、聞き取れなかった。
「あっ、しまった。魔法は人生で『1万回』しか使えんと説明するの忘れてた……」
気が付くと俺は草原に立っていた。見晴らしが非常に良い。どうやら山の中腹のような場所みたいだ。はるか眼下に小さく村のようなものが見える。
「さて、とりあえずは村に行ってみますか!」
俺は意気揚々と歩きだす。
「きゃぁぁぁあああ!!!」
突然、女の子の叫び声が聞こえ、俺は声のする方を振り返る。
女の子がでかい毛むくじゃらの魔物に襲われている。どっかで見たパターンだ。
俺は早速魔法を詠唱する。
「ファイアボール!」
初級の炎魔法のつもりが、想像を絶する火力だ。魔物は一瞬で蒸発し、炭も残っていない。
どうやらチートスキルというのは本当のようだ。ありがとうじいさん!
「あ、あの……」
女の子が俺に話しかける。美しく輝くような白い髪に、褐色の肌をした可愛らしい少女だ。
髪色にそっくりな白のワンピースを着ている。
「助けてくれてありがとう。けどあんた、ずいぶん変な格好ね」
思ったより口が悪いな……。
確かに今の俺はヨレヨレのワイシャツにシワシワのネクタイ、泥だらけのズボンと革靴といったいでたちだ。まさに企業戦士の成れの果て。お世辞にも格好いいとはいえない。
仕方ないじゃないか。仕事帰りにふらっと異世界に迷い込んでしまったんだから。
「私はミナ。エルフのミナよ。あんたは?」
少女は自己紹介をする。
「俺はカツヒコ、職業はええっと……」
そこで言葉に詰まる。この場合、中小企業でサラリーマンをやってましたというべきだろうか?
「あんたもしかして、別の世界から来た『英雄』?」
おや、知っているなら話が早い。俺がそうだと答えると、ミナは少し感心したように口を開く。
「へぇー、あんたが。私たちエルフの間に、『世界の危機に別の世界から英雄が現れる』っていうのがあるのよ。あんたの恰好、それにさっきのケタ違いの魔力を見て、もしかしてって思ったの」
「そういうことなら話は別ね。ついてきて。私がこの世界のこといろいろ教えてあげる」
ミナはそう言って俺の手を取り、歩き出した。
「まず、この世界には2つの大陸があるの。私たちが今いる『名もなき大陸』と『暗黒大陸』よ」
「暗黒大陸には魔王城があって、そこから魔王軍が名もなき大陸に押し寄せてくるの。人間もエルフも、なすすべなく殺され蹂躙されているわ」
「おまけに人間同士、エルフ同士でもたくさんの国に分かれて戦争をしているの」
「なんで? みんなで協力して魔王軍と戦うべきじゃないのか?」
俺は思わず口をはさんだ。
「最初の頃はそうしてたわ。でも、魔王軍との戦争が激しくなって、どこの国も食料や物資が不足し始めたの。そしたらみんな自分より弱い国から足りないものを奪うようになったのよ。今は弱肉強食。誰も信用できない世の中よ」
「ついたわ。私たちの村よ」
ミナが立ち止まる。先ほど山から見えた村まで降りてきたようだ。
「なっ!」
俺は思わず目を見張る。畑は枯れて地面はひび割れ、ろくな作物はない。村の屋根や壁はところどころ壊れ、雨風が吹きさらしだ。
住人も家畜も痩せ細り、うつろな表情をしている。
「私たちエルフは平気だけれども、人間の住人には餓死者も出ているわ。これが私たちエルフと人間が共生する、名もなき大陸最弱の村、通称『負け犬の村』よ」
ミナは悲しそうに言う。
俺は、俺は異世界に来て、このチートスキルを自分のハッピーライフのために使うつもりでいた。だが、この現状を目の当たりにして無視できるほど冷血ではない。
「ミナ、俺に任せてくれ。この村を、いや、この大陸を救ってみせるよ」
俺の言葉を聞くと、ミナは嬉しそうにほほ笑んだ。初めて見る笑顔だ。
「なんとなく、そう言ってくれると思ってた。あんた、目が優しいもん」
それから俺は、チートスキルを使いまくった。
治癒魔法で村人たちの治療を行い、水魔法で荒れた畑を潤した。魔王軍やほかの国からの侵略者たちは攻撃魔法で追い払った。
やがて村が豊かになってくると、俺はほかの人間やエルフの国をまわり、皆で協力して魔王軍と戦うことの必要性を説いて回った。
そのころにはすでに「負け犬の村」にケタ外れの魔導士がいると大陸中で話題になっていたため、各国の首脳も俺の話を聞いてくれるようになっていた。
俺は人間同士、エルフ同士で争ってみても、結局魔王軍の侵攻は止まらない点や、各国が相互扶助の仕組みを作って魔王軍の侵攻があった地域に救援物資を送った方が、国同士で争うよりはるかに優れている点を熱心に説明した。
もともと中小企業のサラリーマンで、営業職であったためこういうのは得意な方だ。もっとも、まさか異世界で王様相手に営業する日がこようとは思ってもみなかったが。
そんなこんなで、気づいたらいつの間にか「人間・エルフ連王国」で協力して魔王軍を討伐しようという話にまでなってしまった。
俺は連王国軍の最高司令官に任命され、名実ともに名もなき大陸の英雄に祭り上げられていた。
「カツヒコ、君とともに戦えることを、僕は誇りに思う」
勇者が俺に話しかける。かつて王たちの説得をしていた頃に意見の違いから言い争いになり、決闘をした相手だ。名もなき大陸最強の剣士だったらしいが、チートスキルでワンパンしてしまった。
以来俺の強さにほれ込んだとかで、旅についてきた。最初は嫌な奴だと思ったが、今では信頼できる相棒だ。
「カツヒコく~ん、契約通り、魔王を倒した暁には、うちの王国の利権はしっかり守ってね」
女魔導士だ。とある王国の女王で、彼女が一番説得に苦労した相手だ。腹黒女との異名を取っていたが、実際は誰よりも国を大切に想う性格の持ち主であり、その点に気づけたからこそ何とか説得できた。
「では一週間後、ディアナ王国の港から船で魔王討伐の軍を派遣する。暗黒大陸に乗り込もう!」
勇者が意気揚々と宣言する。
「はぁ……」
会議が終わって一人になると、俺は深くため息をついた。今の状況に不満があるわけではない。最近あることが気がかりなのだ。
「カツヒコ、あんた何か悩んでない?」
突然ミナが話しかけてきた。
「えっ!? あっ? な、何でもないよ……」
驚いたのと、図星なのとで、俺はとっさに嘘をついた。
「そうは見えないけど。何かあったら何でも相談しなさいよ。私たちは大切なパートナーなんだから」
ミナはそう言って去っていった。だが、こればっかりはミナにも言えない。
――最近明らかにチートスキルの威力が落ちてきたのだ。
以前は一撃で蹴散らせていた魔王軍を、最近では2発、3発と攻撃しないと倒せなくなってきた。最初は気のせいだと自分に言い聞かせていたが、もう言い訳ができないほど目に見えて威力が弱くなっている。
今はまだ誰にもバレていないが、これ以上弱くなれば、いずれ気づかれてしまうだろう。
「ハロー、元気しとるかね?」
突然声をかけられ、飛び上がるほど驚く。いつの間にか、まわりが真っ暗になっている。目の前に、最初にこの世界に来た時に水先案内人だといっていたじいさんが立っている。
「じ、じいさん!? あんた一体いつの間に? どうやって?」
「いやー、ようやく繋がったわい。お前さんの結界が強すぎて、スキルが弱まるまで全く会話ができなかったんじゃ」
じいさんが頭をポリポリとかく。今何かすごく不吉なこと言わなかったか?
「スキルが弱まるまでって、いったい?」
「そう、それそれ。大事なこと言うの忘れとったんじゃ」
じいさんはビシっと指を立てる。
「お前さんのチートスキルは『1万回』しか使えん。どんな魔法でも1回使えば使用回数1消費、使い切ってしまったら、お前さんは元の人間に戻ってしまうんじゃ」
「なっ!?」
「しかも、チートスキルは使うごとにだんだん弱くなっていく。同じ魔法でも、最初はチートクラスの威力だったものが、上級魔導士レベル、下級魔導士レベル、最後にはゴブリンすら倒せん威力になって、おしまいじゃ」
「そ、そんな!?」
目の前が真っ暗になる。冗談じゃないぞ。こんなの詐欺だ!!
「そんなこと言われても仕方ないじゃろ。そういう使用じゃ。ではわしはそれを伝えに来ただけなんで、これにてご無礼」
「まっ、待ってくれ!」
俺はじいさんを必死で呼び止める。
「何じゃ?」
「スキルは、スキルはあと何回使えるんだ?」
「むぅ、ホントはそういうこと言っちゃまずいんじゃが。まぁ使用回数の件を伝え忘れてたわしの責任もあるし、今回だけ特別に教えてやろう」
じいさんは何やなメモ帳のようなものを取り出し、ペラペラとめくりながら思案している。
「お前さんの今までのスキル使用回数は5963回じゃ、つまり後4037回スキルが使える」
「……」
二度目の衝撃に言葉も出ない。つまり人生で使えるスキルの6割近くをすでに消費してしまったことになる。
「じゃ、じゃあわしはもう行くぞい。アディオス!」
じいさんは俺のあまりの放心ぶりに若干引いたのか、逃げるように消えてしまった。同時に視界が元に戻る。
ど、どうしよう……。
急に怖くなってきてしまった。チートスキルを失ってしまったら、俺は元の中小企業のしがないサラリーマンだ。
そんな俺が連王国軍の最高司令官? 大陸の英雄? どう考えても分不相応だ。俺に務まるはずがない。
能力がなくなってしまったら、各国の王たちは俺を追放するんじゃないだろうか? 俺の実力にほれ込んだといっていた勇者は俺を見捨てるんじゃないか? 契約を守れないと知った女魔導士は俺を糾弾するのではないか?
そしてミナは、俺のことを誰よりも気にかけてくれる大切な存在。彼女は、俺のことをどう思うだろうか?
その日の夜、俺は一睡もできずにいた。様々な感情が頭の中をぐるぐると駆け巡り、思考がまとまらない。
間もなく、暗黒大陸に攻め込み魔王を討ち取るための戦いに出なければならない。今の残り少ないチートスキルで戦い抜くのは極めて難しいだろう。
いっそのこと逃げてしまうか? いや、逃げたらもう、この名もなき大陸にも居場所はなくなってしまう。残りの人生、弱体化したチートスキルで逃亡生活なんて冗談じゃない。
コンコン
突然、寝室のドアがノックされる。ミナが部屋に入ってきた。
「ど、どうしたんだい。ミナ?」
俺は彼女に尋ねる。
「カツヒコ、やっぱりあなた様子が変よ。何か困ったことがあるなら言って。何でも相談に乗るから」
ミナはそういって優しく俺の手を握る。本気で心配してくれているんだ。
俺は意を決して彼女にチートスキルの弱体化の件を話した。
「そう、能力が使えなくなっちゃうんだ」
薄暗い室内、ミナの表情はよく見えない。
「ミナ、俺はどうしたらいいだろうか?」
俺は彼女に相談する。
「私は、チートスキルが使えなくなっても、絶対にあんたを見捨てたりしないわ。私はチートスキルじゃなくて、あんた自身のことが、その、す、好きなのよ……」
「み、ミナ……」
彼女の言葉に涙が出そうになる。
「そしてそれは、勇者さんや女魔導士さんも同じだと思うの。確かにきっかけはチートスキルだったかもしれないけど、あんたに優しさや情熱、人としての魅力があったから、皆ついてきてくれたんだと思うわ」
「だからもしチートスキルを失っても、あんたはあんた。何も変わらないわ。堂々と胸を張ってなさい」
彼女の言葉に、消えかけていた火が再び勢いよく燃え出すような感覚を覚える。さっきまでの小さな悩みはどこかに吹っ飛んでいた。
翌朝、俺は皆を集め、弱体化の件を包み隠さず話した。
「そうか、僕たちは君に頼りすぎていたのかもしれないな。これからは、君がなるべくスキルを使わなくて済むよう、僕が前線で戦うよ」
勇者はそう言って俺の肩をたたく。
「攻撃は私たちに任せなさい。カツヒコ君は、私たちが使えない治癒魔法で、重症者が出た時だけサポートしてちょうだい。これからは皆で戦いましょう」
女魔導士が俺に笑いかける。
「よかったわね。カツヒコ」
「ありがとう、ミナのおかげだ」
もう俺に迷いはない。この世界で、大切な仲間たちとともに、なすべきことをなすだけだ。
数日後、俺たちは暗黒大陸に向けて船で出発した。船旅の道中、飛行タイプの魔物の襲撃がなんどもあった。
「はっ!」
勇者が敵を一刀両断する。本当に見事な剣さばきだ。初めて決闘をしたときは、俺がチートスキルでワンパンしてしまったため、今日まで気付くことできていなかった。
「それっ!」
女魔導士が攻撃魔法を炸裂させる。火・水・風・土、多彩な魔法を見事に使いこなしている。特に水の魔法は芸術的で、凄まじい破壊力だ。
「やぁ!」
ミナはそんな二人を補助魔法でフォローしている。直接的な攻撃魔法は使えないが、絶妙なタイミングでの的確なカバーが光る。
俺は皆のことを何も知らなかった。皮肉なことに、チートスキルが弱まって初めて、それに気づくことができたのだ。
やがて、船は暗黒大陸に到着した。皆のおかげで、いまのところ俺はほとんどスキルを使用せずに済んでいる。
「さぁ、行こう!」
俺は皆に声をかけ、はるか遠くに見える魔王城を目指して出発した。
道中、これまでとは比べ物にならないほど強力な魔王軍が俺たちに襲い掛かる。皆のフォローがあるとはいえ、チートスキルを使わざるを得ない場面に何度も遭遇する。
大きな山脈を超える。スキルを1000近く消費。残り使用回数3000。
うっそうとした森を抜ける。残り使用回数2000。
魔王城で四天王たちと戦う。残り使用回数1000。
ついに、「魔王の間」の直前の扉にたどり着いた時には、俺のチートスキルの残り使用回数は、あと1回になってしまっていた。
「なに、君は指示だけ出してくれればいい。僕たちだけで魔王を倒してやるさ」
「カツヒコ君はスキルを使っちゃだめよ。最後の1回ぐらい、自分のために残しときなさい」
「カツヒコ、あんたは間違いなく、私たちの『英雄』よ。最後の戦い、皆で生き抜きましょう!」
3人の言葉に、力強くうなずく。俺は勢いよく扉を開けた。
「……キサマらが、人間の英雄とその一行か?」
広い部屋の中、玉座に座った魔王が俺たちに声をかける。
不気味な紫の肌に真っ赤な目。
この世のものとは思えない異形の出で立ちだ。
全身にぞわぞわと寒気が走る。
血の気がサーッと引いていくのが分かる。
金縛りにあったように一歩も動けない。
ヤバイヤバイヤバイ。
信じられない魔力だ。
桁外れなんてものじゃない。
チートスキル全盛期の俺でも倒せるかどうかわからない。
少なくとも、ハッキリ言えることは、「今の俺たちでは絶対に勝てない」ということだ。
「どうした? そんなところで固まって、ワシを倒しに来たんじゃないのか?」
魔王は不敵に笑う。まるで心の中を見透かされているような感覚だ。
「そ、そうだ……」
俺はようやく声を振り絞る。うまく息ができない。のどがカラカラだ。
「なるほど、中々に肝が据わっておる。『力』を失いつつなお、大した度胸だ」
魔王がゆっくりと立ち上がる。
バレている。
心臓がバクバク鳴る。
「そんなキサマに敬意を表して相談だ。どうだ、ワシと取引をしないか?」
魔王は突然、予想外のことを口にする。
「ワシの力で、キサマのチートスキルを復活させてやろう。再び1万回、スキルが使えるようにしてやるぞ」
な、なにを言い出すんだ?
「その代わり、キサマはそこにいる3人の仲間を殺せ。取引が成立すれば、もちろんキサマは無事に帰してやろう。どうだ、悪くない条件だろう?」
な、なんということだ。
魔王の取引とは、仲間3人の命と引き換えに、チートスキルを復活させるというものらしい。
これは「悪魔の契約」だ。恐らく本当にチートスキルを復活させることができるだろう。
「どうせ今のお前たちではワシには勝てんのだ。ここで4人全員死ぬより、1人だけでも生きて帰れる方が、はるかに賢明な選択だと思うがな?」
魔王は意地の悪い笑みを浮かべ、俺を見つめる。
確かにそうだ。
このまま戦えば間違いなく全員死ぬ。
そもそも俺はこの世界でチートスキルを使いハッピーライフを満喫するために来たんだ。
スキルを失い、さらに異世界のために犬死なんて、バカなんじゃないか?
「さて、これ以上は待たぬ。答えを聞こうか?」
魔王は俺に問いかける。
答えだって?
そんなもの聞くまでもない。
最初から決まっている。
俺はゆっくりと息を吸い、高らかに宣言する。
「取引はしない!俺たちは、お前と戦う!!」
「よくいった!わが友よ!!」
勇者が剣を抜く。
「ステキ、惚れちゃいそう」
女魔導士が詠唱を始める。
「カツヒコ!!」
ミナが俺を見つめ、静かにうなずく。
言葉はいらない。それで十分だ。
「不届きなり!!!」
魔王が激怒する。
戦闘開始だ!
俺は詠唱を開始する。
どうせ最後の一撃だ。すべてを出し切ってやる!
俺は持てる力のすべてをぶつけるつもりで、魔力を込める。
すると、予想外のことが起こった。
魔力を込めれば込めるほど、威力が際限なく上がっていくのだ。
目の前の魔力の球が、留まることなくどんどんと大きくなっていくのが分かる。
「おのれ、気付きおったか!!」
魔王が俺を狙う。
そうか、そういうことだったんだ……。
俺は魔王に向けて、ありったけの魔力を開放する。
「喰らえ、ファイナルブレイブ!!!」
次の瞬間、閃光であたりが真っ白になる。
城が崩れるほどの轟音が響き渡る。
「バカな、ワシが人間ごときに……」
魔王の最後の言葉が聞こえる。
勝負ありだ。
ゆっくりと視界が回復してきた。
部屋の様子は、先ほどと何も変わっていない。
唯一、魔王がいない、ということを除いては。
「か、勝てたのか?」
勇者が腰を抜かしている。
「し、信じられないわ」
女魔導士が啞然としている。
「カツヒコ!!」
ミナが抱き着いてきた。
「大丈夫だよ。ミナ。俺たちの勝ちだ」
俺はそう言ってミナの頭をやさしくなでた。
「ホッホッホッ。見事、魔王を倒したようじゃな」
声がして振り返ると、いつものじいさんがそこに立っていた。
「じいさん。あんたまた、『言い忘れた』な?」
「ホッホッホ。バレちゃった? 最後の一発だけは特別大サービス、『願いを叶える魔法』が使えるんじゃ」
じいさんは悪びれた様子もなく、長いあごひげをしごいている。
「とにかく、わしからも礼を言う。お前さんたち、本当によくやってくれた。ありがとう」
「あ、あなたはもしかして始祖スレイ……」
ミナが声を上げるのを、じいさんが制止する。
「わしはただの水先案内人じゃ。さて、お前さんたちを『名もなき大陸』に転送してやろう。魔王を倒してくれたお礼代わりじゃ」
じいさんが詠唱を始めると、俺たちのまわりに白い魔法陣が浮かび上がる。
「さらばじゃ。異世界からの『英雄』とその仲間たちよ」
そこで、俺の視界は真っ白になった。
あれから半年がたった。
あの後俺たち4人は、名もなき大陸の「負け犬の村」で目を覚ました。
魔王との戦いが夢だったのではないかと思うほど、あっけないものだった。
だが、魔王軍の侵攻はぴたりがピタリと止まったのは、魔王が消滅した何よりの証拠だろう。時折残党が散発的に攻め込んでくることはまだあるが、組織的な侵攻は一切なくなった。
俺は完全にチートスキルを失ってしまった。正真正銘、ただの人間だ。
だが、俺はあの戦いを通じて、チートスキルよりはるかに大切なものを手に入れたんだ。
「さぁ、みんなお待ちかねだ。早く行こう!」
勇者が目を輝かせながら俺を引っ張る。
「残念、もっと早くツバをつけとけば良かったわ」
女魔導士が茶化すように言う。
今日は記念すべき日だ。
俺は魔王を討ち取った功績で、連王国全体を統べる皇帝に推薦された。魔王を討ち取ったとはいえ、名もなき大陸の復興にはまだまだ時間がかかる。
いままで以上に各国が協力して復興に当たるべきということで、その全体を指揮するものとして、名目上皇帝という立場が必要になるわけだ。
今日はその皇帝としての就任式の日と……。
俺とミナの結婚式の日だ。
控室に入ると、純白のドレスに身を包んだミナの姿があった。
天使かと見まごうほどの、まばゆいばかりの美しさだ。
「あなた、スピーチの準備はちゃんと大丈夫なの? すごい数の参列者よ。緊張して噛んでもしらないから」
ミナが俺に微笑みかける。口の悪さは相変わらずだ。
「もちろんさ」
俺はどーんと胸を張る。
話したいことはいくらでもある。
だがまずは、決めなければいけないことがある。
この世界に住む皆がより協力して暮らしていけるように。
そして、俺とミナの間に生まれてくる子が、しあわせに暮らしていけるように。
まずはこの「名もなき大陸」に名前を付けよう。
この大陸の名前は――
おしまい。
6/8
初投稿で不安でしたが、読んでくださった皆様、本当にありがとうございます!
また、評価・ブックマークまで頂けるとは思ってもみなかったので、感動で泣きそうでした。
今後もゆるゆると投稿していければなぁと思っておりますので、もしお時間あればぜひまた
よろしくお願いいたします。
モカ亭
6/10追記
連載小説 機械と魔法の異世界クロス スタートしました。
2つの世界を交差する、王道冒険ファンタジーです。
宜しければぜひ、お読みいただければ幸いです。
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