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幸せの先にある永遠  作者: 青葉奏多
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言えなかった言葉

 暖かく心地のいい風が吹き抜ける中庭で、二人はただ茫々と広がる夜空を見上げていた。二人の間に言葉はなく、まさに蕭然とした空間である。けれど、二人は言葉を求めない。今のこの状況に、ある種の満足感を感じているのだ。こうしている時間が、変わらなくあり続けるこの時間が、二人の心を満たしている。

 しかし不変であり、永遠である時間などあるはずがない。全ての事象は須らく、変わりゆくものである。永遠に変わらないという考えは、自己欺瞞でしかないのだ。

 二人はそのことを知っている。知っているが、今この瞬間だけはこのままでいる。それが最善であると信じてやまないのである。


 ある春の朝、ぎりぎりで学校の下駄箱に到着した俺は、そこにある信じがたいものに頭を悩まされていた。

「手紙なんて初めて見た」

 場所も場所であるが、もう高校三年生になるというにもかかわらず、一度も手紙をもらったことがない。いや、もらうようなことが無かったというのが正しいだろう。女性との付き合いはほとんどなく、男の友人さえも少ない俺である。こういった場合ではどうするのが正解なのかわからないのだ。

「とりあえず見てみるか」

 まるで運動をした後かのような心拍数の中、半分におられた手紙を開いた。するとどうだろう、とても可愛らしい柄の便箋に一言、屋上に来てくださいと書かれていた。便箋、筆跡から考えるに、女子で間違いないはずだ。ただ、差出人の名前は書かれておらず、誰に向けられたものかも書かれていない。別の人に宛てた手紙が風で落ちてしまい、それを見つけた誰かが俺のところに入れたということもあるかもしれない。考えすぎているという自覚はあるのだが、なにぶん貰ったことのないものだ。

 まだ何かあった訳でもないのに、俺の心臓が早鐘を打つのを感じた。それ程までに、変な期待を抱いているのだ。

「あ、最悪だ」

 その期待は、遅刻寸前だったということを埋もれさせてしまうほどである。結果、聞き慣れたチャイムの音が、学校中に響き渡った。しかし、悪い気のしない遅刻ではあった。

「入室許可書を取りに行かないとな」

 貰った手紙を右手で握りしめ、遅刻した人間とは思えないほど陽気に職員室へと向かった。


 朝礼が終わった後の休み時間、遅刻寸前のことはあれど、遅刻することのなかった俺が遅刻したということで、友人の『大上段 武夫』が心配そうな表情を浮かべ、話しかけてきた。

「なんかあったのか? 朝からなんか妙な顔をしてるが」

「ああ、実はな」

 俺が女子から手紙をもらったなどとは思ってもいない武夫に、朝の出来事を説明してやると、まるで鳩が豆鉄砲を食ったような顔になったかと思えば、驚き交じりに言った。

「お前それ、ラブレターってやつか」

「まだそうだと決まった訳じゃないけど、多分そう」

 困り顔でそう返事をしてやると、軽く頭を叩かれてしまった。

「なんでそんな顔してんだよ」

「だってさ、ラブレターかどうか定かじゃないんだぜ。怖いじゃん」

 冷静に考えて、ラブレターである可能性は低くはない。ただ、低くはないだけで、決して確実ではないのだ。イタズラというケースや、拾った誰かの入れ間違いというはじめに考えたケースもある。故に、仮にラブレターであったとしても喜ぶことができないのである。

「手紙で屋上とかさ、ちょっと古風な気もするけどラブレター以外ないだろ。いや、どう見てもラブレターだ」

「分かったから。俺が悪かった。喜んで向かわせてもらう」

 女子から好意を持たれやすい武夫がそう言うのだ。きっとそうなのだろう。経験がない俺にはイマイチ理解できないが、こういう場合はそうであるという確信のようなものを武夫からは感じた。だから、無駄なことは考えず、黙って屋上に行ってみることにした。

「分かってくれりゃ良いけどさ、時間いつか分かんのかよ?」

 その質問を投げかけられ、まるでアニメのワンシーンかのような固まり方をしてしまった。考えてみればそうである。手紙には場所の指定しかなく、いつ行けば良いか分からないのだ。普通に考えるのならば放課後の屋上であるはずだが、昼休みというのもない話ではない。尤も、全てはアニメからの知識であり、実際でもその限りであるかは不明である。

「良いこと教えてやる。それは間違いなく放課後の話だ」

 妙に自信を持って言う武夫だが、以前に似たようなことでもあったのだろうか。それともどこかにヒントでも見つけたのか。不思議そうな目で見ていると、やってやったと言わんばかりの笑顔で言った。

「お前朝礼はじめの時おらんかったもんな。そりゃ知らんか」

「なんだよ。さては昼になんかあるな」

「おう。昼休みは全校集会だ。つまり、差出人が誰であれ、昼に屋上は無理だ」

 もちろんそんな話は初めて聞くため、とても間抜けな顔になった。昼休みに態々体育館に集まらなくてはならないと考えると、とても面倒である。一気に気分が落ちていくのを感じながら、ゆっくりと自分の席に帰っていく。

「おい、まだチャイム鳴ってないぞ」

「なんか一気にモチベが下がった。もう座らせてもらうわ」

 分かったと言って、武夫も自分の席に向かっていった。お互いの席が遠いため、話をするときは丁度真ん中のあたりで話をしているのだ。その所為でチャイムが鳴ってすぐに座れず、遅刻になりそうになったことが幾度となくあるのである。

「はぁ」

 俺は自分の席に突っ伏し、一日の終わりを待つのであった。


 面倒な一日が終わり、あっという間に放課後となった。空はなんとも美しく色付いており、窓から窓へと吹き抜ける風は、とても心地が良かった。屋上で話をするにはもってこいの状況である。

「それじゃあ、言ってくるわ」

「どうだったかは後でメールな」

 やたら気持ちの悪い顔でスマートフォンを突き出したかと思えば、さっと教室を出て行ってしまった。もとより報告はしてやるつもりだったが、こうも気持ちの悪い顔を向けられると、やってやる気がそれがれてしまった。

「よし、じゃあ俺も」

 机の横にぶら下げてあるバックを手に取り、やや急ぎ足で屋上を目指した。


 屋上の扉の前に来ると、ガラス越しにシルエットが見て取れた。どうやら放課後で間違いなかったらしい。残念なことに、シルエットから得られる情報はまったく無く、入って見ないことには何も分からない。

 緊張で震える手をなんとか落ち着かせ、ドアノブを握った俺は、ゆっくりと回して扉を開けた。その先に広がる光景に、自然と声が漏れてしまっていた。

「綺麗」

 扉の先にいたのは、肩の辺りまで伸びた綺麗な黒髪を靡かせ、空を見上げている二年の女子生徒だった。一言で言い表せないほどに美しい様は、無意識に声が出てしまうほどだ。

「え?」

 俺の声に気づいた女子生徒は、心底驚いたように振り返ると、こちらを見るなりニコッと笑顔になった。透き通るようなその表情に、恍惚として見入ってしまった。

「来てくれたんですね。えっと、私の名前は春香っていいます。今日は当然呼び出してごめんなさい」

 予想していた展開の遥か上をいく状況であるため、心拍がより早くなっていくのを感じた。だが決して表には出さない。俺の中に眠っていたプライドが、そうさせてくれないからである。

「い、いや大丈夫だよ。どうせ暇だったから」

 と思ったのもつかの間、緊張のあまりなんとも的外れなことを言ってしまった。彼女が謝っているのはそんなことではないと分かってはいるのにだ。しかし、どれだけ思ったところで、口には出なかった。

「実はですね......」

 なにかを言い出そうとした女子生徒の動きが止まり、その表情は夕日の所為か何なのか、薄っすらと赤色に染まっていた。そんな顔も、この上なく優美であった。

「一目惚れをしました。付き合ってください」

「は!?」

 思いがけないことというのは基本的に、一度では終わらないものである。容姿端麗な女子と会話をするということ自体が、俺という人間には最高のプレゼントだというのに、そこに輪をかけてきた。人生初めての、女子生徒からの告白である。カップル達の幸せに満ちた表情を、まざまざと見せつけられてきた自分が、過去に類を見ないほどの美女から告白される。こんな事があっていいのかと、心から思った。

「急な話で可笑しいですよね。私もきっとそんな反応をすると思います」

 女子が勇気を出して告白してくれているというのに、上手く言葉を送る事ができない自分に、苛立ちを覚えた。けれど、心拍数がすっかり上がってしまった俺には、どうしてあげることもできなかった。これが、俺という人間である。

「けど、自分に嘘をついて後悔したくなくて。だから、今すぐじゃなくてもいいので、返事を聞かせてください」

 切なげな表情でそう言うと、扉の方に向かって走り出してしまった。

 流石にこのままではだめだと確信した俺は、急いで春香を呼び止めた。何も考えてはいないが、呼び止める事が最善であると直感的に理解したのだ。

「春香さん! ちょっと待って」

「え?」

 力強く春香の名前を叫び、屋上から出ようとしていたところを呼び止めた。振り返った彼女の目は、少しだけ濡れていた。俺があまりにも何も言わないものだから、振られてしまったと思ったのであろう。その顔を見て俺の胸は、強く締め付けられた。

「えっと、俺」

 当然言葉など考えておらず、俺は俯いてしまった。しかし、ただ俯いただけでは無い。どう言葉を返すか、真剣に考えているのだ。目を閉じ、心を落ち着ける。これ以上彼女を待たせたく無いという気持ちから、俺の思考は加速していた。

 彼女が一目惚れだというのならば、こちらもそうである。同じ立場である彼女は、素直に気持ちを伝えてくれた。ならば、俺も気持ちを伝えるべきである。それぐらいの甲斐性はあるはずだ。覚悟を決めて、閉じていた瞼をゆっくり開け、春香のいる方へと顔を上げた。

「お、俺も......」

 俺も好きだ、そう言うつもりだった。だがどうだろう。目を開けた先に、彼女の姿はなかった。それどころか、先ほどまでいた屋上とは全く異なる場所に立っていた。すっかりと場所が変わってしまっているのである。

「え、どういうことだよこれ!」

 常軌を逸した状況に、過去に経験したことのないほどの動揺を覚えた。ただでさえ緊張している状態であったのにも関わらず、輪をかけて心拍を上昇させられ、頭が回らなかった。


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