【チョコ物語】〜チョコとは儚く砕け散るもの〜
――神様、どうかお許してください。
なぜそんなことを世界(主に日本)が待ちわびた2月14日、17時00分の夕日が差し込む路地裏にて 相川充が考えたのか。ことの始まりは入学式のすぐ後に行われた自己紹介まで遡る。
○ ○ ○
「西中から来ました、相川充っす。あんま知り合いいないんで仲良くしてくれたら嬉しいです。特に女子!」
「おーい、男子は切り捨てかよ」
「うっせ、頭下げたら考えるわ」
クラスに満ちる笑い声。そんな軽快なジョークを挟みつつ始まったバラ色の高校生活。新調したばかりの紺色の学生服、そのボタンはもちろん閉めたりはしない。薄く茶色に染めた髪の毛も毎日鏡の前でアイロンをじっくり10分以上はかけてバッチリキメる。メガネともおさらばし、靴も全て新品に履き替えた。俗にいえば高校生デビューだが、同中のほとんどいない高校に来てしまえばノープロブレム、……のはずだった。
「あらあらあら相川くん。もしかして、デビューしちゃった?」
この、 冬坂サクラに出会わなければ。
「ふ、冬坂さん。お、同じ高校だったんだ」
露骨に動揺を見せる充を見てイタズラにふふっと笑う彼女は、上目遣いに視線でなじる。
腰まで伸びる艶がかった美しいストレートの黒髪。そして、それを際立たせる愛くるしい小顔と長いまつ毛に縁取られた、濡れたアメジストのような瞳。下ろしたてのはずである紺色のセーラーと膝上5cmに揃えられたスカートは彼女を一層魅力的に仕立てあげる。
「今年のバレンタインも期待していてね」
ニヒルな笑みを浮かべて立ち去る彼女に、相川充は高校生デビューの力を見せつけたのだ。
「こ、今年はいらないから。チョコレート!!!」
冬坂サクラはドSである。毎年毎年、バレンタインが近づくと充の周囲をうろつき始め、当日には何個貰ったか聞いてくる。当然の如く見栄を張る。それを聞くと彼女は決まって同じことをする。
「――じゃあこれいらないね」
そう言いながら、隠していたチョコレートを目の前で握りつぶす。粉々に。
故に、充はデビューした。今年こそは真実のチョコレートを手に入れ、サクラの眼前に突きつけるために。
○ ○ ○
当日。路地裏へ呼び出された俺は、見事に獲得したチョコレート3個を突きつける。勝った、と思った瞬間。
「――っ!」
サクラは充の腕を払い、チョコレートを床に叩きつけると、それらを踏み潰した。何度も何度も何度も。
――バキッバキバキバキバキバキバキバキバキバキバキバキバキバキ、バキッ!
充の勝利は初めから存在しなかった。見栄を張っても、真実のチョコを出しても。どうあがいても砕かれるのだ。神への祈りを捧げる。どうか俺の罪を、彼女の前にチョコをわざわざ見せてしまった俺の罪を、お許しください、と。
いつの間にか粉砕の音は消え、頬に紅の散るサクラは自らの呼吸を整えるために大きく息を吐き出すと、充へ思いの丈を言い放つ。
「素直にチョコくれって言いなさいよっ!」
それを捨てゼリフに自前のチョコを充に叩きつけると、サクラは賑わう街へと消えていく。呆然とたたずむ充はこの日、人生で初めての割れていないチョコレートを手に入れた。
END