水の巫女と炎の巫女と、ユウ=サンダー
「ニム! わたしだよ! 杏奈だよ! そんなところに居ないで一緒にシュターゼンへ帰ろう!」
杏奈は祭壇へ向けた叫んだ。だけど壇上のニムは微塵も揺らがず、ただ冷たい視線を落とすだけだった。
ニムの姿をしたリヴァイアの支配者:ウンディーネは錫杖を鳴らしながら、突きあげる。
瞬間、錫杖に青い輝きが迸った。
「いでよ、わが哨兵! リヴァイアに栄光を! 一千年の恨みを今、晴らさん!」
錫杖から三つの大きな輝きが発せられた。祭壇の下に落ちたソレは眩しく光ながら、形を成してゆく。
「GAAAA!!」
現れたのは見上げるほど巨大な水で造られた大蜥蜴。
咆哮が最深部を激しく揺るがし、大きな足が一歩を踏み出す。
しかしドラゴンの足元へ、突然稲妻が落ちた。巨体が動きを止め、視線が足もとへ落ちた。
「大型モンスターが三匹も。これは良い報酬が貰えそうね。ねぇ、オウバ?」
翳した腕に紫電を纏わせながら、シャギは妖艶な笑みを浮かべてそう云い、
「姉さまのおっしゃる通り! お金、ざっくざくですねぇ! あはは!」
オウバは口元だけに盛大な笑みを浮かべて、高笑いを上げている。
正直、むっちゃ怖い。どうみても悪の大幹部な、アイス姉妹。
だけどこの状況だと、むしろ頼もしさを覚える。
「ここは私達が!」
シャギは内、一匹の水の大蜥蜴へ稲妻を放って飛んだ。
「精霊様達は殿下のところへ!」
オウバも別の一匹へ、岩の剣を撃ちこむ。
二匹の水の大蜥蜴はまんまとアイス姉妹の誘いに乗って、ノコノコと道を開ける。
そして残る一匹の水の大蜥蜴が、ごろろと喉を鳴らしながら、ユウ団長・杏奈・俺の三人を見下ろしている。
だけど目標は目の前の大蜥蜴じゃない。
俺たちは再び祭壇の上にいるウンディーネと視線を交わし合う。
「精霊様、巫女様、私が姫様をお助けします。すみませんがお二方は私の援護をおねがいできませんか?」
やはりどこかユウ団長から妙な雰囲気を感じる俺だった。だけど団長は何も変わっていないし、具体的に何がおかしいとははっきりと指摘できない。でも、今は妙に感じても、策があるというユウ団長を信じるしかない。
「分かった。ニムのことをお願いね」
「はっ! 御心のままに!」
「行くぞ、杏奈ぁ!」
「うん!」
水のドラゴンがあんぐりと口を開けた。水が集まってゆくのが見える。
この気配はテフ=シャークの時と一緒。
この後、きっとくるのは!
「ファイヤーウォール!」
真っ先に飛び出したのは杏奈。杖を掲げて、炎の壁を発する。
近くに俺がいるから、バフで壁が強く燃え上がり、水のドラゴンが放った水流放射――メイルストロム――を受け止める。
「トカゲ! 行って!」
「はいよー!」
そして俺は炎を纏いながら、炎の壁を突き抜けて飛んだ。
纏った炎と、オウバ特製みんなで頑張って作った耐水装備のおかげで、俺は激流の中をひたすら真っ直ぐ飛んでゆく。
「GAA!」
激流の中を抜け、水のドラゴンを肉薄した俺は、奴の喉へ目がけて爪を繰り出した。
手ごたえはあるような、ないような。まるで蛇口から垂れ流されている水を切っているようだった。
怯んではいるけどダメージが与えられているようには見えない。
だけどそれで十分!
「こっちだ、蜥蜴野郎!」
「お前可愛くない! お前なんて怖くない!」
俺と杏奈は水のドラゴンの足元をグルグル回りながら、攻撃を与え続ける。たぶん頭が単純な水の大蜥蜴は夢中になって俺たちへ水を吐き、大きな足でスタンプ攻撃を繰り出してくる。
そして狙い通りターゲット外になったユウ団長は一人、ウンディーネの佇む祭壇へ向けて疾駆してゆく。
壇上のウンディーネは錫杖をユウ団長へ突きつける。
刹那、激流のような無数のウォーターガンが、放たれた。
ユウ団長は華麗なステップで回避し、水流を剣で切り裂いて、ただひたすら真っ直ぐと駆けてゆく。
そして一気に飛んだ。
「ウ、ウンディーネ様!!」
ガロンドの声が響き、ユウ団長の剣を、祭壇のウンディーネが錫杖を鳴らしながら受け止める。
「よい! ガロンドよ、そなたは大海魔を!」
「は、ははっ!」
ガロンドは祭壇の奥にある通路へ駆けこんでゆく。
ユウ団長がガロンドの背中へ向けて、ナイフを投げる。
しかし瞬時に間に入ったウンディーネが錫杖で弾き落とした。
「久しいな。してこれはどういうつもりだ? 何を企んでおるのだ?」
ユウ団長は回答の代わりにウンディーネを剣で切り付けた。
ひらりとかわしたウンディーネは忌々しそうにニムの顔を歪ませる。
「謀り? そんなもの、今の私に有ろうはずがない……」
殺気を漲らせたユウ団長は剣へ指を滑らせた。鋼の剣が紫電を帯びる。
冷酷な太刀筋がウンディーネを狙うも、奴も奴で緩やかに錫杖を翳して、斬撃を受け流していた。
「貴様正気か!? それで良いのか!!」
「黙れッ!」
ウンディーネの激高を、ユウ団長は一言で切り捨てた。
ウンディーネは更に顔を歪ませて、ウォーターガンを放つ。
「くっ……わ、我らの悲願を忘れたわけではあるまい! リヴァイア一千年の恨みを!」
「忘れてなどいない!」
ヒュンと、ユウ団長の太刀が過った。ウンディーネは間一髪、飛び退いて鋭い一撃を避けた。
「憎しみはまだ私の中に存在はしている。それは確かだ!」
「な、ならば!」
「だがしかし! 今の私は既に”ユウ=サンダー”! ニム=シュターゼン第三皇女殿下にお仕えするシュターゼンの戦士だぁっ!」
ユウ団長は剣を構えて、突撃を図る。
「たった十数年でこの器に心を奪われたか、愚かものがぁ!」
ウンディーネの激昂と共に、錫杖から青い魔力が迸る。
「ッ!?」
それはユウ団長の足元で弾け、彼女をその場に釘づける。
ユウ団長は必死に身をよじるが、足元が凍り、動けなくなっていた。
(助けないと!)
「トカゲ!!」
杏奈の声で飛び退き、大蜥蜴の尻尾のプレス攻撃を飛び退いて回避する。
ユウ団長を助けに行きたい。だけど俺も、杏奈も、アイス姉妹も水の大蜥蜴を相手取るので精一杯。
「かはっ!」
その時祭壇にいるユウ団長が悲鳴を上げ、”ビクン!”と身体を振わせた。
団長の背中からは鋭い氷柱の先端が覗いている。
ニムの姿をしたウンディーネは、魔力で形作った氷柱で、ユウ団長を貫いていた。
「かかったな。この瞬間を、待っていた……!」
「貴様!?」
ウンディーネはユウ団長に腕を掴まれたじろいでいる。
団長を指した氷柱を引き抜こうとする。だけどユウ団長は決してウンディーネの細腕を離そうとはしなかった。
「さぁ、戻ってこい、私の片割れ! そして共に滅び、母なる海へと帰ろうぞ!」
そしてユウ団長とウンディーネから青白い輝きが発せられた。
輝きが祭壇を埋め尽くし、驚愕するニムの姿をしたウンディーネを飲み込んでゆく。
ウンディーネの背後からまるで人の形のような影が浮かび上がった。
「お、おのれ、こ、こんな筈……我らリヴァイア一千年の恨み――ぎゃあぁぁぁ!!」
影が叫びをあげて、光の中で消えて行く。それは青い粒のようになって舞い散った。
そしてユウ団長へ吸い込まれてゆく。
さっきまでウンディーネを掴んでいた団長の手に、亀裂が走る。
腕甲と一緒に団長の表面が砕けて見えたもの――それは”水のように青色をした腕”だった。
同時に俺達が相手取っていた水の大蜥蜴が、瞬時に溶けて消えて行く。
「な、なによ、これ……?」
訳が分からないといった風にシャギが声を漏らす。
「ユウ……! 目を開けてよ、ユウッ!!」
静寂を引き裂いて、ニムの悲痛な声が響き渡る。
ニムは壇上で項垂れるユウ団長の肩を必死に揺さぶっていた。
俺たちは急いで祭壇を駆け上ってゆく。




