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海魔の胎動


「テフが、死んだ……? それ嘘じゃない……?」


 水の国リヴァイアの中心地、海底遺跡の最深部へ、ガロンドの愕然とした声が響き渡った。


 ガロンドの求めに応じて、辛うじて帰還した一匹のゲルコマンドは、リヴァイア独特の言語でテフの勇猛果敢な最期を語る。


「ゲェールぅ……」


 そうして役目を終えたゲルコマンドは断末魔を上げ、元の水へと戻るのであった。


 ガンロドとテフ――二人は元々貧民の出であった。

互いの先祖は、亡国のリヴァイアでは貴族階級にあったという。更にガロンドは司祭を、テフは戦を取り仕切る、国の中枢の家系であった。

しかし国が無ければ、家系など意味は無い。先祖がどんな立場であろうとも今はただの貧民。

奪われ、虐げられ、世界を憎む。


 それでもガロンドとテフは来るべき日を希望とし、支え合って必死に生き永らえていた。


――いつの日か水の国リヴァイアを復興し、国を滅ぼしたシュターゼンへ復讐をする。

ガロンドを愚弄し、テフを傷つけ続けた世界を見返し、蹂躙し、跪かせる。

それこそ、ガロンドとテフの悲願であり、二人が長年夢見た希望。


 しかし既に、ずっと傍にいたテフは散り、ガロンドは一人きりになってしまった。


 まるで体の一部を失ったかのような痛みがガロンドの胸を締め付けた。

悲しみが彼を襲い、気力を奪い去る。


 そんな彼を現実に引き戻したのは、リヴァイアの支配者が打ち鳴らした、美しい錫杖の音であった。


「ガロンドよ、そなたの半身は母なる海へと帰ったのだ」


 ニム=シュターゼンの姿をしたリヴァイアの支配者:水の精霊ウンディーネ。

彼女の言葉こそ凛然としているが、どこかにガロンドを思いやる温かみが感じられる。


「ウンディーネ様……ありがとうございます」


 主の慈愛に心打たれたガロンドは膝を突き、深々と頭を下げた。



「偉大なる戦士、テフ=シャークの魂は水の民たる我らリヴァイアと共にある。水がこの世にあり続ける限りな」

「全く持って、そうじゃない……」


 テフは死んだのではない。母なる海へ帰り、リヴァイアの一部となったのだ。

 ガロンドはそう強く想い、悲しみを堪える。


そして悲しみの果てに、彼は怒った。


 自分たちを虐げた世界を。テフを葬った、シュターゼンを。


「一気にかたをつける。ガロンドよ、神殿を浮上させよ!」

「御心のままに!」


 ウンディーネの指示を受け、ガロンドは祭壇を跡にする。


 そして祭壇の背後へ浮かび上がる黄金の輝きと、蠢く巨大な影。


 リヴァイアを守る巨大な海魔は胎動を始めるのだった。


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