半漁人女戦士
シュターゼンの城下町から、暫く進んだところに広がっている巨大な森林地帯。
そこには高い山々が聳えていて、年間の降水量は大陸の中でも随一らしい。
元々、水が少ないというシュターゼンは、数百年前にその山を切り開いて、山々の間へ海のように大きな湖を作ったという。
その水は北方のシュターゼン城下町に注がれていて、国全体に張り巡らせた用水路によって潤いをもたらしている。
シュターゼンにとっては生命線ともいえる湖。
しかし、その水はシュターゼンにとってもろ刃の刃でもあるらしい。
兵士からの報告を受けて、俺達はすぐさま、シュターゼン自慢の飛竜に乗っかって、速やかに南方の水がめへと向かう。
既に竜騎兵隊は先行して進軍しているらしい。
幾らリヴィアが沢山のモンスターを引き連れていようとも、水がめは山の高いところにある。
竜騎兵隊さえあれば、この前の戦いみたいに空から爆撃を仕掛ければ、ことは簡単に収まる筈。
だけど俺たちが森林地帯へたどり着くと、目下の草原には翼を下ろした飛竜と竜騎兵隊の姿があった。
ぐったり鎌首を擡げている飛竜も居れば、無残に翼に穴をあけられて白目を向いている個体も居る。
「これはどういうことだ! 何があったんだ!」
飛竜を降りるなり、ユウ団長はすごく厳しい口調で竜騎兵隊の隊長へ聞く。
「申し訳ございません。ですがこれ以上、飛竜での進軍は不可能です」
隊長はそういって、部下へ指示を出す。
すると部下の兵士は魔力を発して、ドッジボールくらいの火の玉を形作る。
それを綺麗なフォームで、森林地帯の方へと投げた。
森から鋭く水が矢のように噴き出て、火の玉を撃つ。
球は一瞬で消えてなくなった。
「このように森には”空飛ぶものを撃ち落とす何か”が潜んでいるようでして……」
”対空迎撃”のなにかしらが森の中に潜んでいるらしい。
それは竜騎兵隊も空からの進軍は不可能だった。
おそらく、この対策を考えたのは――第三皇女であったニム。
みんなそのことには気づいているけど、誰一人そのことを口にしようとはしない。
「んじゃまぁ、その何かしらをやっつけましょうか? そうすれば竜騎兵隊で山中の水がめに向えますよね?」
重苦しい雰囲気を打ち壊したのはミキオの明るいが、頼もしい言葉だった。
「それしかなさそうだな。ならば二手に別れよう。片方は竜騎兵隊と共に森林地帯の攻略を。もう片方は先行し、水がめへ向かうリヴァイアの軍勢を可能な限り食い止める。しかる後、両面より挟み撃ちにしこれを殲滅」
ユウ団長は即興で作戦を口にし、誰も意義を唱えない。
「なら先発隊に志願してもいいかしら? 速度なら私達がこの中で一番の筈よ。ねぇ、オウバ?」
声を上げたのはシャギだった。
「姉さまの仰る通りです。でも私たちだけでは少々難儀です。できれば精霊様とアンちゃんんに一緒に来てもらいたいんだけどどうですか?」
オウバも提案に乗る。
「トカゲ、どうする?」
杏奈は肩にちょこんと乗っかった俺へ聞いてくる。
正しい判断なんて、元は凡人の俺には良くわからない。
だけど一つだけ、確かに判断できることがある。
「杏奈、俺たちもシャギ達と一緒に行こう!」
「トカゲとわたしも一緒に行く!」
杏奈は即答し、話はまとまった。
俺は丸い瞳をきょろりと動かし、シャギの背中をみる。
やっぱりシャギの背中は、予想通りどこか強張って見えるのだった。
●●●
「貴様たちがァァァ!!」
シャギのまるで悪役みたいな叫びが森の中に響いた。
明らかに怒りの籠った黒い稲妻が迸り、森の中にいたゲルコマンドを蹴散らしている。
「姉さま! まって!」
オウバは一人でどんどん突っこんでゆくシャギを慌てて追う。
そんなアイス姉妹の周りをうろうろとして、露払いをするのが、もっぱら杏奈と俺の仕事になっていた。
(やっぱ、予想通りだなぁ……)
思った通り、シャギは未だに海底神殿の最後の扉を開けてしまったことに、強い責任を感じている様子だった。
責任感が強いことは良いことだとは思う。
だけどそれは時として、挽回しようと焦るあまり、無茶な行動取らせることがある。
しかも相手はこっちの手の内を知り尽くしている、リヴァイアの支配者となってしまった、第三皇女のニム=シュターゼン。
(敵がこの程度なら良いんだろうけど……)
そして俺の予想は杞憂に終わらず、空から突然”三叉槍”が飛んでくると言った形で現実になる。
水がめのある山の手前。
脇に真っ暗な谷の見える空白地帯に、槍を構えた女戦士が凛然と佇んでいた。
「やっぱり出たな、テフ=シャーク!」
シャギは眉間に皺を寄せて叫ぶも、水着の様な鎧を身に付けたテフは一切動じない。
「これより先は私の命に代えても通しません!」
テフは三又槍を空高く突きつけた。
「水の精霊ウンディーネ様、私に力を! そして水の民たる我を真の姿へ!」
テフの叫びに応じて遥か山の向こうから蒼い閃光がひた走る。
それは矢のように、稲妻のように、テフを頭から打ち、全身へ青い輝きを帯びさせた。
そして光の中で、テフの白磁の肌に亀裂が走って、鱗となった。
長い髪の間から鰭が耳のように伸びて行く。
全身が水のように青ざめ、その中に黄金の双眸が輝いた。
【半漁人の女戦士】――不気味な見た目だが、どこか美しさもあって、それ以上にテフから発せられる闘気は、俺たちに息を飲ませる。
俺は杏奈の肩から飛び降りると、リザードマンへ変身し、守るように立ち塞がった。
シャギ達も腕に魔力を纏い、臨戦態勢を取ってテフの出方を伺う。
するとテフは手早く槍を逆さに持ち、切っ先を地面へ向けた。
槍が壮絶な青い輝きを反つ。
「滑空!」
オウバが魔法を発動させ、俺たちは足から風船のように浮き上がる。
瞬間、空白地帯の乾いた大地が水で満たされた。
どこから共なく現れた水は、脇の谷へ流れ込み、すぐさま激しい滝を形作る。
山間へテフを中心に突然現れた水のフィールド。
「こんな結界がどうした! 魔法大会三年連続優勝を舐めんなぁ!」
「姉さま!」
オウバの静止も聞かず、シャギは水の上を滑空しながら、稲妻魔法を垂直に半漁人戦士のテフへ放つ。
しかしテフはまるで踊るように槍を振り、全ての稲妻を弾いて見せた。
「ッ!?」
「貴方は愚か者です、シャギ=アイス。貴方は魔導師で後衛。対する私は槍使い前衛職。体術でかなうとお思いですか?」
瞬時にシャギの懐へ潜りこんでいたテフは槍の柄を思いきり振り上げた。
シャギの身体が槍の柄でくの時に折れ曲がった。
綺麗な放物線を描いて、思いきりふっ飛ばさせる。
「ウンディーネ様に力を賜った私に貴方程度が叶うはずがありません!」
テフの槍が無防備に飛ぶシャギの心臓を狙う。
しかし間に俺と杏奈が入って、炎の壁を発した。
壁はあっさりとテフの槍に切り裂かれ消えてしまう。
俺は杏奈を抱えて後ろに下がった。
既にシャギはオウバに受け止められている。
「こんの野郎ぉ!」
完全にブチ切れているシャギは、オウバを振り払い、俺と杏奈の脇を素早く過って、再びテフへ突っ込む。
黒い魔力で形作った大爪を装備し、突出し、薙いで、テフを狙う。
「この! この! このぉ!」
「なんですかその動きは? まだ御目覚めになられる前の、ウンディーネ様のほうがまだ良い動きをされていましたよ?」
だけど全部大振りで、テフは槍であっさりと爪激を弾いて見せる。
俺の目から見ても、今のシャギの動きは明らかに精彩を欠いていた。
「姉さま下がって! そんなのじゃダメです!」
「シャギ! オウバの言うこと聞く!! 下がる!」
オウバと杏奈は、必死にそう叫ぶがその声はシャギに届いていない。
攻め込むシャギが逆に邪魔になって、テフへ攻撃の妨げになっている。
(シャギを早く落ち着けないと!)
ダメージを貰う覚悟で、俺は足元の水面に、ぶるっと身体を振わせながら膝を曲げる。
その時再び、テフの槍がシャギをボールのように打ち上げた。
「かはっ!」
「面倒です! これで終いにさせていただきます!」
テフは槍の切っ先を水面へ付けて、踊り子のように舞う。
槍の切っ先が水面へ良くわからない文様の浮かぶ魔方陣を描いた。
魔方陣からの輝きがすぐさま槍を青白く輝かせる。
(これ結構マズイ!!)
「みんな、防御を! ワンパンのアレが来る!!」
「全てを押し流せ! メイルストロム!」
槍が海龍のような激流を呼び起こした。
テフが半漁人になったことで、威力はこの間観た時よりも圧倒的に勢いづいている。
俺と杏奈は手をつないで、できる限り大きく炎の壁を張った。
オウバはぐったり項垂れるシャギを抱きかかえつつ、白磁の障壁を張る。
だけど、激流は炎を壁を掻きけし、更にオウバの障壁を粉々に打ち砕いた。
「「「「わぁーーっ!!」」」
幸い、威力が減退したおかげで、瞬殺にはならなかった。
それでも激しい水が俺たちを飲みこむ。
俺たちは水に飲みこまれ、脇にあった谷へ真っ逆さまに落ちて行くのだった。




