唯一前衛のサラマンダー。貝類集めに勤しむ。
「ミ、ミキオ!? 元気にしてる?」
『やっほー、元気だよ。急にどしたのさ? もしかして俺の声が聞きたくなったとか?』
「ば、バカ! そんなじゃないわよ!」
珍しくシャギの動揺した声が響き渡る。
出発の朝、骨組みにやっと壁が付いた程度のグリモワールの一階で、シャギは宙に浮かべた黒い球へ話しかけていた。
「なにやってる?」
「魔法で交信しているんですよ」
杏奈の問いにオウバが答えた。
「誰と話してるの?」
「姉さまの彼氏とです」
「だ、誰が、彼氏よ! ミキオはただのお、幼馴染よ!」
地獄耳身なんだろうシャギは顔をまっかに染めて叫んだ。
『あはー。ひっどいなぁ。俺はシャギの彼氏のつもりなんだけど?』
球が若くて少し軽めな男の声と共に明滅する。
「な、なな! 何を言いだすのよ! バカバカバカ! バカミキオ!」
『なんだよ、ミキオ、シャギちゃんと話してるのか? おーい、オウバん、近くにいるー?』
「ウィンドくん!」
と、別の甲高い少年のような声が聞こえてくると、オウバはスカートの中で尻尾を揺らして飛び出した。
「元気? ちゃんとご飯食べてる?」
姉のシャギを押し退けて球へ話しかけ始めた。
『おう! 毎晩オウバんに教えてもらったレシピで飯作ってるぜ。でも、やっぱ早くオウバんが作ったもんを食べたいよ!」
「ウィンドくんのためならいつでも! でも、ごはんだけ?」
『あ、いや……も、勿論、オウバんにも会いたいぜ! なッ? シャドウ?」
「うふふ。私もだよ、ウィンドくんっ」
「ちょっと、オウバ? 人の魔力でのろけるなんてどういつもりかしら?」
シャギはがオウバの前から球を奪う。
オウバはぷっくり頬を膨らませて「のろけない姉さまの代わりにしたまででです!」ときっぱり言い切る。
(ラ、ラブコメだ! 本物のラブコメだぁ!)
リアルなラブコメを前にしていると、横の杏奈もフルフルと振るていることに気が付く。
「杏奈、君はもしかして?」
「トカゲも?」
俺達は同志の視線を交わし合い、
「ラブコメは!」
「はたから見るに限る!」
パチンとハイタッチ。仲良しさんな俺とと杏奈なのだった。
そんな俺たちの前で、輝きを失った球を手にシャギはすごく残念そうに肩を落としていた。
「姉さま、そう落ち込まないで」
「彼氏に会えないから?」
「はぁ、もう、杏奈まで……でも参ったわ」
「何か問題でもあるのか?」
シャギは”海底遺跡”に際して、仲間の【ミキオ】と【ウィンド】という冒険者に同行をお願いしたが、二人は別件で手が離せないらしく断られてしまったらしい。
「場所が”海底遺跡”だから今のパーティー構成だと少し不安が残るのよ。オウバと杏奈、私は後衛だし、サラマンドラさんは前衛だけど火属性でしょ? 盾役としてヘイトを引き受けて欲しいんだけどねぇ……」
「敵の大半が水属性だからか?」
「そうよ」
たとえ炎の精霊である俺でも、やっぱり水属性を一手に引き受けるのはマズいことらしい。
確かにニムの発した”水属性の魔法”を見た時、例えようもない不快感というか、気持ち悪さを覚えたような気がする。
「だったらアレをつくるしかありませんね、姉さま?」
「あ、うん……それしかないわね」
オウバは嬉しそうだったが、シャギは何故か渋々といった様子だった。
「なに作るつもりなの?」
「「耐水装備よ!」」
杏奈に声を揃えて答えるアイス姉妹だった。
●●●
白い砂浜と、麗らかな陽光。
海は青く、波は静かで、南国さながらにヤシの木っぽいものが潮風に吹かれて揺れている。
ここはシュターゼン国の東の沿岸にある海岸地帯。
水平線の向こうに見える石造りの山のようにみえるのが例の”海底神殿”というものらしい。
そんな南国の雰囲気と遺跡ロマンを併せ持つここは、きちんと開発すれば凄く良いリゾート地になるんじゃないかと思う。
だけどそんな海岸には人っ子一人おらず代わりに――
「フジュル~!」
巨大なヤドカリや蟹みたいなモンスターが綺麗な砂浜の上をうじゃうじゃ跋扈していた。
「いたわ」
防風林の間に隠れて砂浜のモンスターを観察していたシャギが指さす先。
そこには黒光りする”巨大な貝”がまるでそこの主かのように殻を閉じて、どーんと居座っている。
*鑑定結果
【名称】:デビルシェル
【種族】:海魔
【属性】:水
【概要】:海岸を根城とする砂浜の親玉。多数の海魔を使役する。酒をかけて蒸すと美味。殻は耐水装備の主原料となる。
(ようはおっきなハマグリってことか)
「良い? 手筈通りに頼むわよ」
「おう!」
「じゃあ、行くわよ!」
シャギとオウバは足元に魔力を発して、木々の間を疾駆し、海岸へ飛び出した。
突然海岸に現れたシャギとオウバをヤドカリと蟹のモンスターが見上げる。
「サンダー!」
「アースソードッ!」
シャギの黒い稲妻が巨大ヤドカリの大きな殻を粉砕し、白い砂浜から生えた鋭い岩の剣が固そうな蟹モンスターを真っ二つに両断する。
海魔は一斉に注意を砂浜に降り立ったアイス姉妹へ注いだ。
ヤドカリと蟹の集団が怒涛のように押し寄せる。
「いくわよ、オウバ!」
「はい、姉さま!」
シャギは黒い爪を装備して蟹へ切りかかり、オウバは鉄球を振り回してヤドカリの中身と叩き潰す。
「おらおら! ぶった切ってやるぞぉ!」
シャギのは降り注ぐべとべとな粘液を気にせず爪で蟹を引き裂き、
「ん~! この味、いつ味わっても最高! あはは!」
オウバは鉄球の鎖についたヤドカリの粘液を赤い舌で舐めて、妖艶な笑みを浮かべる。
いつみても二人のあの姿は前衛職だし、あの戦闘狂な雰囲気はいまでも悪役に見えてしまう俺なのだった。
「トカゲ、行く!」
「お、おう! 形態変化!」
トカゲ形態に変化した俺は杏奈の肩にぺたりと乗る。
後ろへ向けて火炎放射を吐く。
杏奈は戦闘機みたいに背中の炎の後押しを受けて飛ぶ。
アイス姉妹が暴れまわっている間に、俺と杏奈は木々の間から飛び出した。
しかし行く手を巨大な蟹が塞ぐ。
「あーんなぱぁぁぁんち!」
「ぶじゅ!?」
杏奈のパンチは蟹の腹を打ち抜いて、大きな風穴を開けた。
間を通った時に香った”焼き蟹”の香ばしい香り。
お腹が空いて仕方が無かった。
「トカゲ!」
「しゃー!」
既にデビルシェルを肉薄していた俺は火炎放射を止めて、杏奈の肩の上でぴょこんと跳ねて方向転換。
(喰らえ、ファイヤーボール!)
喉の奥で燃え盛っていた炎を一気に吐き出す。
火球は太陽のような輝きを伴いながら、固い殻を閉じていたデビルシェルへぶつかった。
「じゅわ~!」
すると大きくて黒光りする殻をパカン! と開いた。
殻の中の粘液はすっかり茹って、苦しそうに触手を震わせる貝の中身。
杏奈はその上に降り立って、杖を呼び出し、手に収める。
「てやぁぁぁ!」
「ぶじゅーっ!」
杖の鋭いお尻を貝に突き立てた。
少し白濁した粘液が杏奈に降りかかる。
杏奈はその独特の匂いに少し顔をしかめながらも、更に杖を突き立てる。
「てやぁ!」
「ぶじゅっ!」
「それぇっ!」
「ぶじゅっ!」
「ひゃう! 貝臭い……てやぁ!」
「ぶじゅーっ!!……」
遂に貝の中身は触手をぺたりと倒して、動かなくなったのだった。
「杏奈、大丈夫?」
すっかり粘液でべとべとになった杏奈を心配すると、
「大丈夫。これ、ちょっと気持ち良い!」
「あ、ああ、そう……」
ちょっとアイス姉妹に影響されつつあると感じる俺なのだった。
「杏奈! 次来るわよ!」
「急いで!」
同じく粘液でべとべとなアイス姉妹が声を上げる。
海の中からまた新しいヤドカリと蟹のモンスターが、デビルシェルを担いで現れた。
「トカゲ!」
「おう!」
俺は火炎放射を吐いて、杏奈を空へ飛ばす。
俺たちの海魔の蹂躙は暫くの間続くのだった。




