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大乱闘


「ニム!?」


突然のニムの登場に杏奈は握っていたお玉を鍋へ落とし、


「皇女殿下!?」


オウバも唖然としている。


「何事!? ってニム殿下!? なんでここに!?」


 騒ぎに駆けつけたシャギも驚きで目を見開いていた。


 さっきまで暴れまわっていたガロンド一味も、まるで時間停止魔法を喰らったかのようにぴたりと動きを止めている。


「えいえいえーい! 頭がたかぁーい! この紋章が目に入らぬかぁ! 控えおろう!」


 ユウは懐から”炎のまとった蜥蜴”の紋章が付いたコンパクトのようなものを取り出して、高々と掲げる。


「「「ははーっ!!」」」


 するとシャギもオウバも、ガロンド一味や、逃げ遅れたお客さんも一斉に深々と頭を下げながら、跪く。


「水戸〇門?」

「杏奈、それ言っちゃダメ」


 精霊と巫女の俺と杏奈は特に跪く必要は無いので事態を見守ることにした。


「姫様、お願いします」

「う、うん!」


 ニムはふんぞり返って、まな板胸を張りだした。


「そ、その方の狼藉、私もちゃんと見てたぞぉ! それに杏奈がお料理に石を入れるうっかりさんなもんか!」

「そうです、その通り! 姫様ではあるまいし!」

「ええっ!? ちょ、ちょっと、ユウ、それは秘密だっ……こほん! というわけでシュターゼン国第三皇女としてそなた等へ命じる! 即刻、杏奈へごめんなさいしろー! そしたらこの件は許してやるぞぉ!」


 全く威厳の感じられない第三皇女殿下のお裁きが告げられる。

すると、もじゃもじゃワカメヘアーのガロンドの方が俄かに震えた。



「ええい、こんなところに皇女殿下がいるわけないじゃない! こいつは皇女殿下を語る不届きもじゃない! 切れぃ! 切って捨てるじゃなぁい!」


 ガロンド一味は立ち上がり、再び武器を構えなおする。

一瞬で空気が張り詰めた。



「う、うわぁ!? ど、どうしよう、ユウ?」

「姫様、ここはビシッと私へご命じください」

「わ、わかった! えっと……すぅー……はぁ……んっ! ユウ、悪い奴等をやっておしまいなさい!」

「御意!」


 ユウ団長は素早く立ち上がり、腰元から剣を抜く。

片刃の長剣をカチッと音を立てながら、峰を返す。

彼女の瞳が鋭い眼光を放った。


「死に晒せぇー!」


 そして悪者が一斉に切りかかる、テンプレパターン。


「せいっ!」

「がふっ!」


 ユウの鮮やかな峰打ちが悪党の腹を打ち抜き、床へ転がした。

 すかさず他の悪党が切りかかろうとすると、ユウの鋭い眼光が"カッ!”と光る。

まるで石化魔法みたいに、悪者の動きがぴたりと止まった。


「せい! やっ! そらっ!」

「「「ぐわぁ~!」」」


 剣が幾つもの鮮やかな軌跡を描き、悪者があっという間にバタバタとなぎ倒された。


「この程度か。他愛もない」

「くっ……もっとくるじゃなぁい!」


 ガロンドの叫びが響き渡って、開いた巻物が蒼い輝きを放つ。

輝きが店のホールで幾つもはじけ飛び、素早くを形を成す。


「「「ゲェール ゲルゲル!!」」」


 そうして現れたのは数えきれない程、気持ち悪い”液体人間”

スライム人間といってもよさそうな、とっても気色の悪いモンスターだった。



*鑑定結果



【名称】ゲルコマンド

【種族】魔族

【属性】水

【概要】水の魔力と彷徨える魂が融合した姿。失われし水の国リヴァイアの民の成れの果てという噂もある。


(やっぱ水属性か。だけど!)



 視界に写る鑑定結果の向こうでは、ユウ団長が迫りくるゲルコマンドへ剣を振っている。

 ゲルコマンドは弱いモンスターみたいで、ユウ団長の斬撃は、敵をあっさりと切り捨てる。

しかし幾ら弱くても多勢に無勢。

 ユウ団長は苦虫を噛み潰したように顔を歪めて、必死に剣を振るっていた。


「っ!?」

「ゲェール!」


 少し油断していたユウ団長の背中へ、腕を斧のように変形させたゲルコマンドが影を落とす。


「ぬおぉぉっ!」

「ゲェーールぅぅぅ~……!!」


 しかし寸前のところで飛び出した俺は伸ばした爪でゲルコマンドを切り裂く。

俺は剣を構えるユウ団長に、背中合わせに立った。


「ありがとうございます、精霊様。助かりました!」

「いえいえ、これぐらい」

「共に参りましょう!」

「おう!」


 俺とユウ団長は一斉に飛び出した。


魔法剣マジックブレード三の太刀――!」


 ユウ団長が剣の刃を撫でる。

鋼の剣が紫電を帯びて、光り輝いた。


「電光雷撃剣!」


 稲妻が迸り、お皿が宙を舞い、ゲルコマンドをまとめて切り裂き蒸発させる。


「GAAAA!」


 俺も負けじと爪を振って、椅子を叩き割り、ゲルコマンドをまとめて切り倒す。

それでも数で勝るゲルコマンドは、机をなぎ倒しながら、波のように迫りくる。



「「てめぇら、いい加減にしろ! 喧嘩なら外でやれぇー!!」」


 店を滅茶苦茶にされて遂にブチ切れたシャギとオウバも、額に青筋血管を浮かべながら飛び込んできた。


「死ねぇ!」

「ゲェールぅーー……!」


 シャギの腕を覆う魔力の黒い大爪が、カーテンとゲルコマンドを引き千切り、


「あは! あはは! やっぱ直殴りって最高ぉ~! きゃははは!!」

「ゲ、ゲルゥ~……――」


 オウバの魔力が形作る鉄球モーニングスターは、お店の床ごとゲルコマンドを叩き潰す。


「ねぇ、ニム、みんなこのお店を壊すつもりなのかな?」

「さぁ……」

「ていうかなんでいる? もしかして私に会いたくなった?」

「ッ! そ、そんなことないんだから! たまたまなんだからぁ!」


 そんな会話を安全な階段の下でしていた杏奈とニムなのだった。



 ユウ団長の魔法剣が鋭く光り、シャギの大爪が敵をズタズタに引き裂く。

オウバの鉄球が全てを叩き潰し、俺の爪が切り裂く快感を覚えながら疼く。


 爪を振る度に心臓が異様に高鳴り、身体が燃えるように熱い。

闘争本能ともいうべきか。

 全身を駆け巡る熱情が、破壊衝動を実行に移させて、快感を覚えさせる。


(もっと壊す! 破壊する! 蹂躙する! 破壊、破壊、破壊!)


「GAA!」


 気が付くと俺は”ヒートクロー”をいつの間にか発動させていて、真っ赤に燃え盛る爪をゲルコマンドへ振り落としていた。


「や、やべっ!!」


 思わず声を上げて、巻き上がった火の粉を消そうと床へ足を叩きつける。

しかし舞い散った火の粉は床に零れたアルコールに引火し、砕けた机や椅子の残骸に炎が燃え移る。

グリモワールのカフェスペースはあっという間に真っ赤な炎に彩られてしまった。


「みなさん、十分じゃない。ずらかるじゃない!」


 悪党のガロンドはようやく意識を取り戻した一味と一緒に炎の中から、店の外へと飛び出してゆく。


「みなさま! ここは危険です、逃げましょう!」

「「にがすかぁー!」」


 ユウを過って、アイス姉妹がガロンドを追って店の外へと飛び出した。


「「死に晒せぇ、ガロンドぉー!」」

「なっーー!!」


 アイス姉妹が飛びかかり、ガロンドは息を飲む。

しかし、両者の間に青い閃光が過り、アイス姉妹は舌打ちをしながら緊急着地した。


「ガロンド、無事ですか?」

「た、助かったよ、【テフ】!」


 突然現れたのは水のように透き通った肌に、水着のようなビキニアーマーを身にまとった女戦士。

彼女はガロンドを守るように立ちふさがり、三又の大槍を地面へ突き立てる。


「ガロンドに危害を加えるなら、許しません」

「「ちぃっ! 槍使いの【テフ】か! 忌々しい!!」」

「店は良いのですか?」

「「っ!!」


 アイス姉妹は慌てて踵を返した。

ホールの炎は既に、店の一階部分を真っ赤な炎で包み込んでいた。


「GAA!」


 俺は必死に炎を喰らって消火を試み、


「消えろ! 消えろ!」


 杏奈は近くの井戸から必死に水を汲んで、一生懸命消火活動を行う。

 アイス姉妹も加わり、逃げ出したお店のお客さん達も総出になって、消火活動を行う。

しかし火勢が強く、火は一向に消える気配を見せない。



「……!」


 そんな中、ニムが眉を吊り上げて、一歩を踏み出した。


「姫様!」


 慌てた様子のユウがニムの腕を掴む。


「そんなこと言ってる場合じゃないでしょ! 私、やるからね!」

「姫様ッ!」


 ニムはユウの腕を弾き飛ばして、走り出す。


「みんな、ちょっと退いて! 危ないよ!」


 ニムの声が響き渡り、消火活動を行っていた全員が彼女に視線を移す。

既にニムの小柄な体からは”青い水のような波濤”があふれ出ていた。

 尋常ならざるニムの様子に、その場にいた全員が自然と後ろづさる。


 更に俺はニムから”相容れない不快な感覚”を気取っていた。


(この力はもしかして……!?)



 ニムは地面を踏みしめ、腕を翳す。

波濤のようにあふれ出ていた蒼い魔力が、ニムの翳した腕に収束した。


水矢アクアボルト!」


 ニムが呼び起こしたのは勢いのある”龍のような激流”だった。

 多量の水は紅蓮の炎を一瞬でかき消し、真っ白な蒸気がもわもわと上がり始める。

グリモワールの一階を包み込んでいた真っ赤な炎は、ニムの放った水によって、あっという間に消火されたのだった。


「なんでシュターゼンの皇女様が……?」


 シャギは口火を震わせて、


「水、属性の力でしたよね、姉さま……?」


 オウバも訳が分からないといった具合に呟く。


 周囲にいた人たちも口を揃えて”どうして皇女殿下が水の力を?”と囁き始めていた。


「なんかおかしいの? ねぇ、トカゲ……」

「……」

「トカゲ?」


 俺はただただニムから発せられる”相容れない感覚”に戸惑いを覚えていた。


「きゃっ!」


 そんな中、注目されるニムをユウ団長が慌てて小脇に抱える。


「精霊様、巫女様! これにして失礼いたします! お二人の旅のご無事を祈っております!」

「ちょ、ちょっと、ユウ! うわぁっ!」


 ユウ団長はニムを脇に抱えたまま、矢のような速さで駆けて行く。

 ニムが遠ざかるにつれて、俺に沸き起こった”相容れない”といった感覚が次第に弱まって行った。


(確かに妙だな。ニムは炎の国の皇女様。だったら当然炎の魔力が強い筈なのに、あんな水の力を使えるだなんて。それにこの”相容れない”感覚って……)


 妙な気分の中、背中がちょんちょんと突かれる。


「なに、杏奈……ひぃっ!?」


 振り返ると俺と杏奈は、鬼の表情のアイス姉妹をみて思わず悲鳴を上げた。



「サラマンドラさん、暴れるのは良いのだけれど、店を燃やすのはどうかと思うわ。そうは思わないオウバ?」

「はい、姉ささま。たとえ炎の精霊様であろうとも、見逃すわけには参りませんね」

「い、いやぁ、あれはその……」


 なんかプチンと、空気が弾けたような気がした。



「「ぶっ壊した店の修理費とかいろいろ、てめぇの身体で払ってもらうぞぉ! そこに直れぇ!」」

「しゃぁ~~~!!」

「とかげぇー!!」


 俺の悲鳴が杏奈が絶句する。

 俺はアイス姉妹に尻尾をちょん切られるのだった。


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