第5話
後の事はよく覚えていない。
傷口を的場薫少尉が手当てしている最中に、優は出血性ショックで気を失ってしまった。
覚えているのは少尉が「伍長! 伍長!」と呼ぶ声と、何処か遠くから聞こえる教会の鐘の音色だけである。
そう言えば、“死神に愛された男”という意味だが、上陸する少し前に雨竜大尉から聞いていた。
曰く、的場薫と同じ部隊に配属になると必ず死ぬそうだ。
今まで少尉と同じ隊になって、三度と出撃出来た部隊はいないらしい。
そう言った理由から、“死神的場”と『ワイルドバンチ』の中では呼ばれているそうだ。
それが今回の被弾とどう関係しているかは、言うまでも無いだろう。全く、とんだ貧乏クジを引いてしまったものだ。
「“トリアージ”の順に負傷者を診ていけ! そこの担架! 邪魔だから退けろ!」
誰かが金切り声で喚いている。
お陰で心地好く眠っていたというのに、叩き起こされてしまった。
「…………ここは?」
一ノ瀬優は土嚢を枕に寝かされていた。
どうやら敵バンカー内に作られた救護所のようで、軍医が血眼になって患者を診ている。狭苦しい救護所の中は、負傷した兵士で埋め尽くされている。
戦闘がどうなったのか、ここからは確かめられないが、まだ銃声が轟いている事から決着は着いていないのだろう。
「一ノ瀬伍長、生きていたか!?」
不意に声を掛けられ、そちらを見れば的場薫少尉の姿があった。
少尉の両手は血で真っ赤に染まっていた。
「良かった……本当に良かった…………」
少尉は優の傍で膝を着くと、手を取って涙ぐんだ。
「銃弾が太ももの大動脈を貫通してて、血が止まらなかったんだ。救護所が近くにあって、直ぐ衛生兵に診て貰えたから」
「少尉がここまで、俺を…………?」
「あぁ、人一人運ぶくらい造作も無いよ」
少尉は少し照れ臭そうに言った。
先程までの勇敢な姿からは想像も付かない、普通の男の子の顔をしている。
「後の事は僕に任せて、君はゆっくり休んでくれ」
そう言うと、的場少尉はアンティークなレバーアクションライフルを持上げて立ち上がった。恐らくこれが少尉の『適性銃器』なのだろう。
「まだ戦いに行くのか?」
「敵の砲台が農場で発見された。それを叩かねばならない」
的場少尉の顔は、もう既に元の軍人のものへと戻っていた。
「心配するな。味方も大多数がビーチを突破出来た。制圧にそれほど時間は掛からないだろう」
的場少尉ははにかむと、優の肩を叩いてその場を去ろうとした。
その瞬間、この場で何か声を掛けねば後悔するような予感が脳裏を過った。
「少尉!」
「ん?」
思わず呼び止めてしまったが、何を伝えるべきか分からなかった。
だから、こんな言葉しか浮かんで来なかった。
「ご武運を」
在り来たりな言葉である。
的場少尉は敬礼で答えてくれて、救護所を去っていった。
その後は、救護船に乗せられて後送されたから人伝にしか聞いていないから詳しくは分からない。
ただ農場の砲台を守っていた敵『不死人』は堅牢に防備を固めていたらしく、制圧に三時間以上も掛かったらしい。結果的にビーチを制圧した『ワイルドバンチ』は、休む間も無くヨーロッパ解放戦線に参戦せねばならなかった。
一方、『ワイルドバンチ』やその他大隊を囮に使ってまで行った本隊の電撃戦は、一応の成功を納めたそうだ。が、上層部にしてはその戦果は芳しくなかったという。
的場薫少尉は今も最前線で戦っている。
得意のスナイピングと短機関銃による制圧力をフルに生かし、軍を勝利へ導いているそうだ。
一ノ瀬優はまだ病院で治療中だが、早く復帰してまた的場少尉の下に戻るつもりでいる。“死神的場”というジンクスを打破する最初の一人になろうと考えての事だ。
それにあれだけ部下を想う上官というのも珍しいし、何より優は的場少尉を気に入っていた。
今はただ、一日も早い復帰を目指してリハビリするのみである。




