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「ここは常世の国に近い地らしいな。」

 一人の男性がつぶやいた。彼の名を屋主忍男武雄心やぬしおしおたけおごころ、またの名を武猪心(たけおごころ)という。

「そうは言っても私は常世の国に行ったことはございませんけどね。」

 そう言って一人の女性が微笑んだ。彼女は大和姫(やまとひめ)

「そうか、しかしこの地に神宮を建立されたのは常世の国に近いからだと聞いたが。」

「そうですね、この伊勢の地の海岸には常世の国から波が押し寄せているようですわ。」

 二人は伊勢の海岸から海を眺めていた。

「綺麗だな。」

「そうでしょ?私はここが好きなんです。」

 そういったきり、二人は暫く海の景色に見とれるように沈黙した。




「橘を食べても不老不死にはなれませんでしたね。」

 ふいに大和姫が口を開いた。

「これまで常世の国に行ってきた人は幾人か聞いたことがありますが。」

「ああ、その通りだ。私も常世の国に行ったことはあるが、不老不死になった気はしない。」

「武さん、一つ聴きたいのですが・・・・。」

「どうした?」

「常世の国に行った目的は、父上と同じく不老不死が目的だったのでしょうか?」

「先代の大王か・・・・。」

 大和姫の父である前の大王は不老不死を異常に懇願していた。田道間守(たじまもり)が大王の命令で常世の国に行き不老不死の果実として橘の木を持って帰ってきたことは有名だ。

「私が常世の国に行ったのは、気の迷いみたいなものだな・・・・。」

「言いたくないことがあるのですか?」

「そうだな、まぁ、いつの機会にか話そう。」

「そうですか・・・・。まぁ、いいです。ところで伊勢に来られた目的は?大和での政務はどうなされたのでしょうか?」

「お主の兄君が思いの外立派でな。私の出る幕などない。」

「ほう、従姪孫(いとこおおおい)を称えるとは貴方様らしくありません。」

「いや、なぁに。別に喧嘩しているわけでもない。ただ少し、神様を祀りたくなっただけだ。」

「天照大御神様にご挨拶ですか?」

「そうだな。久しぶりに従姪孫(いとこおおめい)に逢いたくなったというのもあるが。」

「兄上が大王の座に上られたのは数年前のことでしたね。」

「祭祀をして支える妹の存在があってのことだな。」

「支えるといっても肝心の兄とは全然会えませんけどね。」

「まぁ、大王様はよく頑張っておられるよ。橘を食べると不老不死になれると思い込むような人ではない。」

「何気に父上を貶してくださりありがとうございます。」

「――ところで、今日は用事があったのではなかったかな?」

「話を逸らしましたね。まぁ丁度そろそろ準備をしないといけないのですからそれでいいですけど。」

「美濃の国から――」

神骨(かむぼね)という方が来られます。」

「骨さんか。」

「くれぐれも本人の前でそのようなあだ名で呼ぶことのなきよう。」

「怪しげな占いでもしていそうな名前だ。」

「魚の骨を眺めて我が国の(まつりごと)を占うわけですか?」

「その発想はなかった。そうじゃなくて太占(ふとまに)だよ、鹿の骨を焼いて占いをするやつ。」

「ああ、あれは鹿さんが可哀想ですね。」

「占いのために殺されるんだもんな。」

「占いをしないと政治ができないような国は終わりですね。」

「巫女の長がそんなこと言っていいのか?」

「祭祀と呪術は違いますから。」

「そうか、ところで魚の骨の占いって何だ?」

「ああ、鰯の頭も信心から、という奴ですよ。そんな占いが当たった(ため)しはありませんけどね。」

「当たり前だ。魚の骨で(まつりごと)が決まってたまるか。」

「しかし、この伊勢の地でも『鰯の頭を拝むと病が癒えた』というような体験談が続出です。」

「マジか、大丈夫か?そういう淫祠邪教は伊勢の斎宮として取り締まるべきではないのか?」

「信じたければ信じておけば良いのです。民草が何を信じようが私は知りません。私はただ、天照大御神様に仕えるだけです。」

「そういうものか。なんか、身も蓋もない話だな。」

「では、そろそろ神骨さんと娘さんたちが来られるので。」

「娘さん?」

「ええ、神骨さんとこの娘さんは二人おられますが、二人とも美貌の持ち主で有名ですよ?」

「ほぉ、その二人が来るのか。」

「武さんも早くお嫁さんを貰われたらいいのに。神骨の娘さんたちに求婚されてはどうですか?」

「それ、本気か冗談か、どっちで言っている?」

「冗談ですよ。神骨って、彼は結構腹黒いのですよ?お薦めできませんね。」

「そうか、では出迎え頑張って。」

「ええ。武さんもゆっくり休んで下さい。」




 大和姫が去った後も武猪心は海を眺めていた。

 海岸に打ち寄せる波を見ると常世の国を連想する。

(常世の国は永遠(とこしえ)の世界を意味するが――)

 海辺を歩きながら思いを巡らせた。

(この海から死の世界を連想する人もいる。ある人は常世の国に永遠の生を求め、ある人は死後の世界を連想するんだな。)

 大海原の彼方にある理想郷に想いを寄せながら、彼の脳裏には神骨の話が浮かぶ。

(そう言えば、美濃に入ったことがなかったな。)

 そして大和姫の言っていた二人の娘の話を思い出した。

(私が嫁をとるのが遅いからだろうか?中々気持ちは若いつもりでいるからよくわからん。)

 不老長寿を追い求めるのも自分の老いを自覚しているからではないか、と武猪心は考える。

(どうしてわざわざ、世の人は自分が老いぼれているなどと考えるのか?それほど無意味なことはないだろうに。)

 そんな彼は常世の国に不老不死を求めに行く気もさらさらなかった。

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