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出会い

「いらっしゃいませ。」


聴いていて、決して嫌になることは無いオーナー、アレクセイの落ち着いた声が部屋の隅々に反響していく。


そして、憩いの家「アリエス」に新たな羊が迷い込む。

先までは気を落としていたハルアキだっだが、お客の来訪に直ぐに気を引き締め、扉の方へと迎えに向かう。


「いらっしゃいませ。」


アレクセイの助言を受けたのが、ほんの少し前の事だったので、流石にちょっとやそっとで凝り固まった体の強張りは溶けていなかった。


勢い良く直角に屈んで、お辞儀をする姿からそれがよく窺えた。


ガチャっとドアの閉まる音が鳴ると、足元の先からどこか聴いたことのあるような、軽快な音が聞こえた。


やがて、その音も止み、店内が一気に静かになったその時だった。


「やっほー!こんにちは、ハル君。」


ハルアキはその声を聞いて、驚いた。


咄嗟に顔を上げて、正面を向くと、そこにはハルアキだけではなく、アレクセイもよく見て知っている顔ぶれがあった。


「心配だから、来ちゃったよ。」


「コ、コゼットさん?」


豆鉄砲でも食らったよう表情を浮かべるハルアキとは異なり、コゼットは余りあるほどの快活な表情を浮かべていた。


ハルアキはそんなコゼットを苦笑しながら、適当に相槌を打っていると、彼女の隣に見知らぬ女性が立っている事に気づく。


「あの、コゼットさん。

そちらの方は?」


すると、コゼットはハルアキの疑問に答えようと直ぐに彼女を紹介しようとするが、それは彼女本人によって止められてしまう。


「いいわ、自分で云うから。」


そして、彼女はハルアキの方へと目線を向けた。


「初めまして。

コゼットの友達で、シーナといいます。

ご覧の通り、私も彼女と同じパルテミア学園の4年生です。」


艶やかな長い金髪を揺らしながら、そう話す彼女はハルアキにとって、どこかミステリアスにも思えた。


「ハルアキです。よ、よろしくお願いします。」


「えぇ、こちらこそよろしく。」


そして、彼女はハルアキに向けて微笑した。


そんな彼女に言いえぬ違和感を感じながらも、ハルアキは従業員として、真面目に彼女達を席へと案内した。







彼女達の通うアルノイド学園はここ、商業都市オーレリアにある国内有数の四年制の私学校であり、各学年によって制服の色が違う。

一年生は黄色、そしてその次は赤、青、白という順に変わっていくのだ。


またアルノイド学園の生徒数は5000人を超え、皇族や貴族の子息から各地の商人の子弟、オーレリア市民の子供が勉学の研鑽を積むため、足繁く通っている。


皇族や高位の貴族は下位の貴族やそれに副次する商人や市民とは校舎ごと分けられ、特別高級学科。

通称特高科と呼ばれる場所で学ぶ。



「それで、ハル君。

私がいない間、接客の方は大丈夫だった?」


乳白色のコップに注がれたブラックコーヒーがその色のコントラストを際立たせながら、テーブルの上から湯気と香ばしい香りを漂わせている。


テーブルの上にはコップが3つあった。


それらはそれぞれコゼット、シーナそして、ハルアキの分である。


彼女達から注文を受けた後、ハルアキはアレクセイに「コゼット君以外、お客様もいないから、先に休憩していてもいいよ」と言われた。


そこで、彼は好きに自由な時間を過ごそう、と店を出ようとしたのだが、通りかかったコゼットに呼び止められ、気づけばハルアキは、彼女達の会話の輪に半ば強引に参加させられたのだ。


「すみません。

接客はまだ、十分とは到底言えないです。」


そう俯き気味に話す姿は、先にアレクセイと話していた時の彼と酷似していた。


「そっか……。まあ、しょうがないよ。

それに、そんな暗い顔しなくても、私は大丈夫だと思うよ。

あまり深く考え込まなくても、ハル君なら其の内慣れていくと思うからね。」


「同じような事をアレクセイさんにも、言われました。

取り敢えずは何とか、ミスをしないよう頑張ってみたいと思います。」


先の見えない自分のその混迷とした未来を、少しでも拭い去ろうと、ハルアキは無理矢理作り笑いを零しながらそう意気込んだ。


すると、彼の脇で少し浮かない表情を浮かべながら彼等の話を聞いていたシーナがハルアキの目を見ながら話し始めた。


蒼く澄んだシーナのその双眸は何もかも見透かしているようで、ハルアキは少し動揺した。



「ハルアキ君。

貴方、何か誤解しているのではなくて?」


「誤解ですか?」


急に口の中で溜まった唾を喉に押し込み、ハルアキは噛み殺すようにじっと彼女の話を聞く。


「人間失敗をしないで生活するなんて、絶対に無理よ。

でも、貴方は失敗をしないようにと願っている。

その気概は向上心が窺えて良い事なのだけれど、私はそれ以前に間違っていると思うわ。」


饒舌な喋り方と澄んだ声でシーナはそう云うと、テーブル上のコップを手に取り、コーヒーを一口含んだ。

やがて、再び変わらぬ透徹たる眼差しでハルアキを見つめながら、語りだす。


「人間は本質的に不器用な生き物だから、全てやろうとすると、返ってその全てを台無しにしてしまうわ。

だから、私が貴方に言いたいことは"少しずつ、段階的に改善していきなさい"という事よ。

ごめんなさいね。

偉そうに年上振った言い方で、癪に障ったかしら?」


最後に突然、やや申し訳なさそうに謝ったシーナにハルアキは困惑していた。


「い、いえ。

とても、参考になりました。

シーナさん。初めてあった俺にそんな事を言ってくれるなんて、本当にありがとうございます。」


「いいのよ。

別に感謝されるほどの事でもないから。

そう言ってくれても、本当に受け止めてくれる人は少ないし……」


そんな声にならないような心の叫びにも似た言葉が、誰に届くこともなくボソッと呟かれていた。


「それで、さっきコゼットから聞いたのだけれど、貴方もアルノイド学園の生徒なのよね?」


そう訊ねるシーナはまるで別人が彼女と入れ替わってハルアキ達と話しているかのように、雰囲気や声のトーンまでもがガラッと変わっていた。


だが、ハルアキにとって今の彼女の方が何処か面と向かって話しやすい感じではあった。


「はい。

自分は今年の春に入学しました。」


「そう。

それなら、貴方もすっかり忘れてしまっているでしょうけど、私一応貴方の先輩なのよ?」


真面目なのか、からかって言っているのか、判断し難い口振りで詰め寄るようにシーナはそう云う。


ハルアキにはその真意は掴めず、ただ今までの彼女に対する呼び方に謝るしかなかった。


「す、すみません。

これからは気をつけます。シーナ先輩」


すると、そう呼ばれた当の本人はハルアキに向けて嫌味のない、いたずら笑いを浮かべた。


それは作り笑いではなく、彼女が自然と零した笑だった。



「ごめんなさいね、ちょっと貴方をからかってしまったわ。

それに、先輩なんて畏まらなくていいのよ、コゼットのようにさん付けで呼んでちょうだい。」


「分かりました。

では、次からはシーナさんと呼ばせていただきます。」


「えぇ、よろしくね」


気持ちのいいほどに、潑剌としたハルアキの返事にシーナは雀の囀りのように小さく笑った。


「ところで、コゼットさんは今日は学園の研究会に行かれていたのですか?」


「うん、シーナも一緒にね。」


そう言って、コゼットはシーナの顔を見やる。


「なるほど、それでお二人共制服を着ていたのですか。」


ハルアキは納得顔を浮かべた。

横では、そんな彼にシーナは弟の世話を焼く姉のような優しい眼差しを送っていた。


「シーナ、今日は良い気分転換ができた?」


隣のコゼットがシーナに耳打ちするように、小声で彼女にそう訊ねる。


「えぇ、お陰様で。」


そんなシーナの声は、外の賑わいに簡単に掻き消されてしまいそうな、ただの独り言のようにも聞こえた。


だが、親友のコゼットはそれを決して聞き逃さず、彼女には「どういたしまして」と返すのであった。







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