降り出す林檎
それは青天の霹靂だった。否、晴天が急に嵐になることは実際に起こりうる。それは例えるとしたら空が急に真っ赤に染まり、林檎の雨が降り出すくらいにありえない事だった。
腹違いの兄と話す時間、年の離れすぎた異母兄妹の親睦を深めるために毎月1回はやっているティーパーティー。いつもならぼんやりした世間話をしているそれはまさに晴天で、曇り空どころか、ましてや空が真っ赤に変わる様子なんて一切見られなかった。
「アシュリー、俺は運命の女性を見つけたかもしれない。」
私は飲んでいた紅茶を吹き出した。
ジャスミンティーが白いテーブルクロスに染み入る。
はっと目を疑いごしごしこする。しかし目の前には頬を赤らめているオリヴァー兄様。見間違いではない。
さっきから数度見返しているが頬を赤らめている以外はいつもの兄様と同じだ。
兄が頬を染めるなんて飲酒時以外に見たことがない。
「正気ですの兄様!?」
思わず言葉が飛び出る。兄様は心ここに在らずな顔で頷いた。
「ああ、本気だ。」
「魔界の鬼族ですか? それとも西方の獣人? 兄様だったらドラゴンでも不思議ではなくってよ!」
「流石に俺でもそれはない。竜は気性が荒くて妻には向いてなそうだったし獣人はいくら話しても心を開いてくれないし鬼族は愛が深すぎてこちらが殺されそうだったからな。」
サラッと言う兄様に軽く引く。未開の種族で国交は全くない鎖国状態なのに会ったことはあるのですわね…。
「じゃあ幽霊のたぐいかしら?」
「いや、現在進行形で生きている令嬢なんだが……少々年が離れててな」
「何歳ですの?」
「アシュリーと同じ14歳だった気がする。」
お兄様は頬をまた染める。今度こそ私はびっくりして飛び退いた。お兄様は人が違ってしまったのかもしれない。
「お兄様……ご自分の歳をわかっていらして?」
お兄様は生粋の騎士で色恋とは無縁に生きてきたはずだ。そして、齢40半ばになる。
「ああ。」
それが?とでも言ったふうに兄は不思議そうに返す。
「その、正気で私と同い年の令嬢がお兄さまのようなかたと結婚すると思ってますの……?」
「だから聞いてるんだ、アシュリー。14歳の少女の好みを教えてくれないか。」
私は何が何だかわからなくて頬に手を当てため息をついた。見たこともない林檎の雨がざあざあ降り出していた。