第四話「近付けば、気づくこともある」
シリアスは、静かにやってくる
「冒険!冒険!イオりん、楽しくてなんだかワクワクしますね‼︎」
「恐怖でなんだかぞわぞわするんだ…帰りたい」
アリスに森に引きずり込まれて約半時間、アリスはそこら辺で拾ったヒノキの棒を武器に装備して楽しそうにブンブン振り回していた。オレはそこら辺で拾ったヒノキの棒を杖代わりにしてアリスの後ろを必死について行っていた。
早すぎるがオレの体力の限界が近い。
体力馬鹿のアリスは疲れなど知らないとばかりにズンズン進んでいくが、オレはもう息を切らしながらヒノキの杖を頼りに転けないようにするだけで精一杯である。
いっそ今すぐ180度回れ右して帰りたいが、いつ腹を空かせたオオカミが出るかわからないのでアリスのそばを離れるわけにもいかない。つまりここでアリスから離れるのは冗談抜きでオレの死に直結する。
森の中にはオオカミがいる、魔女がいる、化け物がいる。だから危険だ、近づくな。
全部、日本で昔聞いた子供向けの童話や昔話の出だし文句によく使われていた言葉である
日本で子供だった頃のオレはただの物語として聞いていたが、大きくなってそれらは子供に向けた警告であったと何かの資料で知り、異世界に来て初めてその意味を実感した。
整備されていない森に入ったことがある人が日本にはいったいどれくらいいただろうか?
ここは山ではなく森なので急勾配になっているところはないが、そのぶんいくら進んでも進んでいる気にならないし、どの方向に向かって進んでいるのかも曖昧になってくる。
行けども行けどもあるのは木、木、木。
陰樹ばかりで高い密度で構成されているので日光がほぼ遮られているため、昼間だというのにものすごく薄暗く、初冬だというのにジメジメしていて肌寒く、不気味な雰囲気が漂っている。
日に照らされづらい足元には草などは少ないが、代わりに木の根元などにびっしりと苔が生えていてそれがまた薄気味悪さを増幅させている。
影と深緑で染まる世界にところどころに生えているキノコの様々な色が、これ以上行くなという警告にしか見えない。
魔女だろうがオオカミだろうが出てきてもおかしくない。というか、実際にこの森にはオオカミはいるはずだ。ちなみにオオカミは冬眠しない。
こんな場所に迷い込もうものなら、普通に生きて帰ることは難しいだろう。
「ハァハァ、…アリス、もう無理、ちょっと休憩しよう」
「早すぎるのですよ、イオりん。まだちょっとしか進んでいないのです」
「体力馬鹿なお前と一緒と思わないでくれ。整備されてないところ慎重に進むだけでこっちは体力も気力もガリガリ削れるんだよ。そういえばお前さ、帰り道わかってんの?」
「そんなものはいらないのです‼︎家までたどり着けば勝手に入口まで帰れるのです‼︎」
「そうかそうか、よかったよかった」
何がよかったって?どうせそんなことだろうと思ってここに来る間に目印をわかりやすく大量につけてきたことだ。
この調子なら、迷って森の中で餓死や凍死ということはないだろう。
「んー?しょうがないのです。ほら、イオりん」
「え?何その体制?」
アリスはしゃがんで背中をオレに向け手を広げていた。
いや、なんとなくわかるけどさ。
「何って、おんぶなのですよ。イオりんにたまにしてあげたことありましたよね?おとうさまはアリスが疲れた時とかによくやってくれるのです」
「いや、できれば休憩して自分で歩きたいんだけど…というかお前の背中の上とか嫌な思い出しかない」
こいつとゼロ距離接触とか、サラブレッド級の死の香りしかしない。むしろサラブレッドのほうがまだ乗りこなせる自信がある。
勇者特急なのです〜、とか言ってアリスに無理やり乗せられるたびに酔うわ、吐くわ、怪我するわ、骨折るわetc.etc.
なのに、次はもっとうまく運ぶのです‼︎、とか言って後日無理やり乗せられ、その度にシスターに魔法による治療をしてもらう羽目にあっている。
お姫様抱っこで社会的な死を迎えたあとだ、おんぶで肉体的な死だけでも避けたい
あとさっきこいつの口から疲れという言葉が出てきたことに静かに驚いていた。
「おんぶが嫌なら抱っこでもいいのですよ。好きな方を選ぶのです‼︎」
「いや、どっちも嫌なんだけど…」
というかこれでもオレは男だし、一応プライドというものが
「じゃあアリスが好きな方を選ぶのです‼︎やっぱりおんぶがいいのです‼︎そっちの方がきっとあったかいのです‼︎」
「何故そうなる⁉︎だからオレはさっきから休ませろと言って…ておいやめろ‼︎寄るな!触れるな!近ずくな!」
「ダメなのです、もうおんぶすると決めたのです‼︎」
その後、例のごとくオレは勇者の腕力にものを言わせたアリスに無理やり背負われたのであった。
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「イオりんあったかいのです〜。それになんだか不思議と胸のあたりがポカポカしてくるのです〜。よければもう少しだけくっついて欲しいのです」
「なあアリス、やっぱり降ろしてくれ。なんだか不思議と胸のあたりがものすごく痛いんだ。せめてもう少しでいいから静かにゆっくり歩いてくれないか」
アリスにおんぶされサラブレッド級の死を覚悟したオレだったが、流石のアリスも森の中では走ろうとはしないようで心配は杞憂に終わったと思ったが別の問題が発生していた。
なんだか揺れるたびに胸のあたり、正確には肋骨が痛い、物凄く痛い。
たぶん朝にアリスに折られてリーアに治してもらった骨が、さっき無理やりおんぶされた時にまた折れたのかもしれない。いや、たぶんまだヒビですんでると思う。骨折経験豊富なオレの勘がそう言っている。
「どうせならスキマないくらい密着して欲しいのです。そうしてもらわなくては少し寒いのです……そうなのです‼︎走れば身体はあったまるはずなのです‼︎」
「まて!まて!まて!まて!それはダメだって‼︎」
問題が発生した。流石のアリスは森の中を走るとか言い出した。
ヤバイ、止めなきゃ。アリス特急なんて平常状態でも危険なのに森の中を猛スピードで蛇行されたら、今の状態じゃ肋骨折れて内臓に突き刺さる未来しか見えない。
「ダメなのですか?じゃあもっとくっついて欲しいのです」
「わ、わかった。こうか?」
「もっとなのです‼︎」
「…はいはい」
「これでいいのです。あったかいですね、イオりん。なんだかとっても落ち着くのです〜」
「ハァ………せめてもう少しだけ揺らさないように静かに歩いてくれないか?」
「了解なのです‼︎」
オレはアリスの肩を掴んでいた手を、首にまわして顔を右肩に乗せアリスの背中に完全に密着するというなんだかとっても恥ずかしい体制をとらされていた。もう何も考えたくなくなってきた……
アリスとは短くは無い付き合いだが、ここまで密着することは今までしたことがなかったのでなんとなく気づくことが多い。
オレより背の高いアリスだが背中は広くなく、小柄すぎるオレ一人背負っても実はあまりオレと変わらないということ。
こんだけ活発なやつなのに、実は体温はあまり高くないということ。
花のようないい香りがすること。
その身体は決してガチガチの筋肉の塊なんかじゃなく、むしろ普通に柔らかくあの力強さは感じられないこと。
心臓の鼓動がトクトクと早いが大きくない子供らしい音を立てていること。
どれをとっても普通の少女となんら変わりはなく人外の域の力を持つ者とは思えない。
…もし、こいつが勇者じゃなかったら、こいつはただの女の子だったのだろうか?
そんな疑問がふと浮かんできた。
勇者として神に選ばれることがなければ、こいつはもっと普通なやつだったんじゃ無いかと。
でも、もしこいつが勇者じゃなかったら多分オレは……
「ーーーーです‼︎……イオりん、聞いてるですか?」
「ん?ああ、ワルイワルイ。ちょっとボーとしてた。なんの話だっけ?」
「イオりんにはどんな服が似合うかなっていう話なのです‼︎イオりん、全く聞いてなかったですか?」
「ごめん、ちょっと朝から(お前のせいで)疲れててな」
「そうなのですか?じゃあ安心してアリスの背中で眠っていてもいいのですよ!家に着いたら起こすのです!」
「いや、安心できないからいいよ、起きてる」
サラブレッドの背中より安心できないのにアリスの背中で寝るのは無理難題である。
寝たら最後、二度と起きれないぞ!寝るなオレ!
「…じゃあイオりんが寝るまで、少しだけお話し聞いてもらってもいいですか?」
「いや、寝ないからね。というか急に改まってどうした⁉︎今度は何を考えてる⁉︎」
ヤバイ、こいつがお話ししてもいいですか?、なんて聞いてくるとかありえない。
普段はなんの突飛押しもなく訳のわからん話を始める電波だぞ!
これまでに無い何かを言い出すに違い無い‼︎
「アリスがいなくなっても……イオりんは大丈夫ですか?」
「………は?」
本当に、アリスはこれまでに無いことを言い出した。
「この前、アリスの家に皇都から聖騎士団の人が来たのです。もうすぐ成人だからその前にこれからは皇都の聖騎士団で鍛錬を積むべきだ、と」
「………」
勇者とは人類だけでなく世界の希望である。
もし、その代に現れる魔王に負けたとなれば世界は滅びる。そう伝わっているし、おっさん神のメールからしてもたぶん事実だろう。
そのため、この国では国内で勇者が現れた際にはどんなに遅くとも成人とされている15歳までに騎士団で修行を始めることになる。
アリスは今年で12歳。
確かに、そろそろ声がかかってもおかしくは無いはずだ。
「……騎士団で経験を積むより、お前の父さんに剣を教えてもらう方がよっぽど効率的だと思うけどな」
実際、本当にアリスの父親は聖騎士が束になっても相手にならないくらい強いはずだ。それならこいつは家にいた方がいいし、というかあの親バカがアリスをそう簡単に手放すとは思えないのだが…
「おとうさまもそう言って騎士の方を怒らせたあと返り討ちにしたのです。だからアリスはきっと成人するまではこの街にいれると思うのです。…でも、大人になったらアリスはこの街に帰ってこれなくなるかもしれないのです。その間、アリスがいない間、イオりんは本当に大丈夫ですか?」
騎士の人、南無三。きっと本当にボコボコにされたに違い無い。
「そうだな、アリスに会うたびにオレが死にかけることがなくなると思うと安心できるな。それにオレも成人したら孤児院出なきゃいけないし、いつまでもシスターを頼るわけにはいけないだろうしな」
「そうでは無いのです。そうではなくてですねーーー」
「就職なら大丈夫だよ。無駄に手先は器用だから職人に弟子入りもできるだろうし、計算とか得意だから商人の下で会計職にでもつけるだろうし、見た目はいいから店員としても雇ってもらえるだろうし」
「それはわかっているのです‼︎でもイオりんはーー」
「大丈夫‼︎やっていけるって‼︎」
……本当は、こいつがいったい何を言いたいのかオレはわかっている。
「イオりん、もしよければなのですが、大人になったら本当にアリスと一緒に冒険しないですか?
一緒に皇都に行って、一緒のお家に住んで……アリスは騎士団で経験を積まなくていけないので、その間はイオりんには家のことを任せるのです。アリスが帰ってくる頃には、いつも温かいご飯があると嬉しいのです!アリスは騎士として皇都の治安も守るので安心して生活していいのですよ。イオりんのことだからきっとご近所さんたちとも仲良くできて楽しい日常が送れるはずなのです。アリスがお休みの日は一緒にお散歩して、お買い物に行って、いっぱい遊んでくださいなのです。あ、ペットを飼ってみるのもいいですね?イオりんは犬とか猫とかどんな動物がいいですか?アリスはでっかい犬を飼ってみたいのです‼︎名前は何がいいですかね?その時までにイオりんも考えておいてください。新しい街に新しい家、そこにアリスとイオりんとでっかい犬の3人で住んで…きっと楽しい日々が待っているのです‼︎
そうだとしたら月日が経っていざ旅に出なくてはいけなくなった時はきっと家を手放すのが名残惜しくなってしまってると思うのです。でも、いく先々でいろいろな仲間達と出会って、別れて、次の街に行って、そんな新しい仲間との出会いが待っていると思うと何だかワクワクしませんか?旅路の途中で襲ってきた盗賊なんかを撃退して逆に溜め込んでいる財宝ををぶんどってやるのです‼︎魔獣や魔物から困っている人々を救って、ダンジョンで仲間達と協力して奥深くに眠るお宝を手に入れて…そしていつか魔王の居場所がわかったら、それまでに出会った頼れる素敵な仲間達を集めて、世界の平和を勝ち取るのです‼︎
きっと、長く険しい冒険になるのです。だから、アリスはとっても不安なのです…でもイオりんが一緒にいてくれたらきっとアリスは安心できるし寂しく無いのです‼︎だから、一緒に来てくれないですか?」
アリスが思い描いている世界では、きっとオレもアリスも幸せそうに笑っているのだろう。
悪くは無い世界だと思った。本当に本心から純粋にこいつがこう言ってくれていたのなら、この告白のような誘いにオレは頷いてしまったのかもしれない。
……短くない仲だ、こいつが、オレに対してどんな気持ちを持っているかもわかっている。
なのに、その気持ちよりも、その気持ちに隠してでさえもオレのことを本当に心配してこんなことを言ってくれているのはわかっている。
こいつが本当は何を一番不安に思ってこんなことを言っているかもわかっている。
それでも、オレはこう言い返すことしか出来ない。
「何度も言わせんな、オレは大丈夫だって。というか、お前の冒険にオレがついて行けるわけ無いだろ。だいたい今だってこの始末だし…オレはこの街にいるよ。平気だってば、昔よりは治安もいいし、人もいいし、兄貴達だって何人かはここにいるし、たまにはガキどもを見に行ってやらなきゃいけないだろうし…もしもの時はシスターだっているし」
普段は電波なくせに、珍しくこんな風に真面目に話してきたというのに、こんなときに限って、オレはアリスの本当に聞いていることに対して嘘をつくことしか出来ない。
「だからオレは大丈夫だよ、安心して魔王なり何なりぶっ倒して帰ってこい。オレはずっとここにいるから」
「……はいなのです」
きっと、アリスが帰って来る時にはオレはここにはいないだろう。
オレは、アリスがいなかったら、この街どころかこの世界で生きることは困難だったのだから。
「……やっぱり、少し寝る。おやすみ」
「おやすみなのです…」
そのあと、オレは狸寝入りを決め込んだため会話が続くことはなかった。
瞳を閉じた真っ暗な世界の中、静かに揺れる感覚とアリスの不安そうな心臓の音だけが伝わってきた。
「「あ……」」
そして次に言葉を発したタイミングは二人とも一緒だった。
……ただしその内容は違ったが
「イオりん‼︎起きてください‼︎本当にあったのです‼︎家を見つけたのです‼︎」
「……ヤバイ、途中から目印つけてくるの忘れてた、帰り道どうしよう」
無事にオオカミの一匹にも襲われることなく目的地にたどり着けたというのに、二人の反応は全く逆であった。
シリアスってほどシリアスな気もしない
というかシリアスって何だっけ?