第三話「社会的人生の終わり、冒険のはじまり」
「さあ‼︎ついたのですよイオりん‼︎今日は森なのです」
「おまえさ……なんでここに来るのに街道のメインストリート通るんだよ………オレしばらく街歩けねぇよ……」
場所は変わって森の前。
通称、《餓狼の森》とか言われているやばい場所だがもうそんなことはどうでもいい。
このアホはいきなり、『そういえば勇者の出陣にはパレードがつきものなのです‼︎』とか言い出して進路変更してわざわざ朝一で賑わっている街のメインストリートをオレをお姫様抱っこしたまま行進しやがった。
祭り好きで妙にノリのいい街の人たちも混んでいた道のど真ん中ををいっせいに開け、どこから取り出したのか紙吹雪やら演奏やらをしてくれやがった。しかも、魔導カメラのシャッターオンまで鳴り響いていたから今頃その写真が加工されて出回り高値で取引されているだろう。
もうしばらく通りを大手を振って歩けない………
「イオりんは楽しくなかったのですか?アリスはもちろん楽しかったのです。街の皆さんも楽しそうにしてたですよ〜。帰りも絶対やるのです‼︎」
「かんべんしてくれぇ……」
もう一度やられたら本格的な社会的な死を迎えることになる…もう手遅れな気もするが…
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「さて‼︎さっそく冒険を開始するのです‼︎今日はイオりんのためにきたのですよ‼︎絶対見つけるのです‼︎」
「えっ?オレのため?お前今度はなに考えてるの、というかなにを見つける気なの?」
森の入り口付近まで連れてきた時点で全然オレのためにはなっていないのだが。
餓狼の森
街から数キロ程度離れたこの森は文字どうり腹を空かせたオオカミの縄張りでそいつらが大量にいる森である。
そのうえこの森はマナの淀みが強い場所でも有名だ。
一応、ここはファンタジックな世界であると神が言うくらいだからもちろん魔法という概念がある。
魔法を使うにはゲームでいうMPみたいなのが必要であり、それはこの世界の生き物はどんなものでも多少は持っている。
そして自然によって生産され空中に漂う天然物の魔力はマナと呼ばれ、その土地質に影響することがある。
マナはある程度なら土地にいい影響がある。木の実や野菜が大きく上質に育ったり、いい魔法の素材が手に入りやすかったりなどなど。
ただし、マナがある一定の濃度を越しその質が悪くなりだすとマナの淀みが生まれる。そしてその付近の生き物を『魔獣』に変えることがあるのだ。
さらに、あまりにもひどい場所では『魔物』すら生まれることもある。
魔獣も魔物も一般人なんか軽く殺されるくらい強いから、この森は本当に危険で街の猟師ですらめったに近寄らないのに、こいつはいったい何を考えているのだろうか?
「アリスは最近気になっていたのです!」
「何を?」
「イオりんが私服を着ているところを見たことが無いと」
「は?」
会話がつながっていないんだが。
そしてオレがいつも修道服なのはこれが制服であり私服でもあるからなのだが…
「アリスは思ったのです。いくら仕方ないとはいえイオりんみたいな美人さんが、いつまでも男物の修道服を着ていたらもったいないと‼︎」
「いや、オレ男だからね」
確かに周りから見たら男装している美少女にしか見えないかもしれないが、オレは男だ。
「だから昨日、アリスは決めたのです。今日はイオりんに服をプレゼントしてあげたいと」
「はぁ、それで?」
「だから森に来たのです‼︎」
「何故そうなる⁉︎」
おかしい、絶対おかしい。
だってさ、『友達に服プレゼントしてやりたいなぁ、よし!森に行こう』ってなるか⁉︎ならねーよ‼︎
「アレか⁉︎オオカミの皮でも採ってそれを加工するのか?だからそれを採るためにここに来たのか?」
「ハ?イオりんは何を言ってるのです?」
いや、お前が何を言っているんだ、じゃあ本当に何しにきたんだよ⁉︎
「イオりんはこの森の噂を知らないのですか?」
「噂?」
「はいなのです。実は〜ーーー」
アリスの話を要約するとだ。
この森には街でこんな噂が広まっているらしい。
森をさまよっているといつの間にか一軒の不思議な家にたどり着くことがある。
その家は妙に年季が入った木の家なのに、いつからそこにあるのかわからない上、最近まで見たことのある人がいない。
その家の扉を開けてみるとそこで意識は途切れ、気がつくと森の入り口に倒れている。
そしてまれに、自分が倒れていたすぐ近くにーー
「ーーその人にとっても似合う服が落ちているというのです‼︎しかももともと着ていた服は何故かほつれや破れていたところが手入れしてあって…てイオりん!アリスのくせっ毛引っ張らないでくださいなのです〜」
「黙れ、電波。訳のわからん噂に踊らされやがって。だいたい森の中の不思議な家なんて面倒ごとしかないって相場が決まってんだよ。そもそも服が欲しいなら服屋に行けばいいだろうが!なんなら、布さえあればオレは服の一着や二着ぐらい簡単に作れるんだよ。わざわざそんな理由で森に来やがって‼︎」
つまりこいつは、昔話の魔女でも住んでいそうな家に服をもらいに行くと言っているのである。
そんな理由でホラーハウスの可能性がある場所に行くわけにはいかない。
というか誰だ⁉︎そんな訳のわからん噂を流した奴は‼︎
「う〜、痛かったのです〜。ひどいですイオりん、パーティリーダーに反抗的すぎるのですよ〜」
「誰がいつお前のパーティに入った。言っとくがオレは修道服着てても僧侶じゃないし回復魔法どころか魔法も魔術も一切使えない上に戦闘力2の役立たずのゴミだぞ」
正直、自分で言ってて悲しいがこれが実態である。下手をしたら道端のスライムどころかチュートリアルの魔物ですら殺される可能性が高いくらい弱いのだ。
「大丈夫なのです‼︎イオりんにもちゃんとやってもらう役目はあるのです」
「………ちなみになんだ?」
あんまり聞きたくはないが聞いてくれと言わんばかりの顔である。アホ毛もブンブン揺れている。
「よくぞ聞いてくれたのです‼︎イオりんには勇者の冒険に欠かせないポジション、『お嫁さん』をやってもらうのです。勇者の最初の仲間は妻になるっていうのがお約束だって、おかあさまが言っていたのです。さあ、一緒に支えあって冒険するのです‼︎」
「いつのドラ◯エの話だ‼︎それから何度も言うがオレは男だしお前は女だろ⁉︎普通オレが夫じゃないのかよ‼︎というかお前と所帯持つなんざ死んでもするか‼︎」
こいつと結婚するとか、命がいくつあっても足りやしない、本当に。
この電波め!次から次へと問題発言しやがって‼︎
「イオりんよりアリスの方が強いのでアリスが旦那さまなのです‼︎そしてアリスよりイオりんの方が美人さんなのでイオりんがお嫁さんなのです‼︎何も間違っていないのです‼︎」
「間違ってるよ!その発想から間違ってるよ!」
腹たつ、こいつのドヤ顔が腹たつ。
「そして勇者は頼れる仲間たちとともに助け合いながら冒険をするのです‼︎」
「いや、自分で言っちゃなんだがオレ頼りないからね、村人Cにも劣る雑魚だからね」
一度オレは、街で『パルテア春のパンと腕相撲祭り』なんて面倒な催し物に強制参加させられたとき、5つも年下の女の子にも負けたのだ。本当は戦闘力2もあるかすら疑わしいのだ……ちなみに優勝はアリスだった…
「大丈夫なのです‼︎勇者パーティーは、仲間同士で互いの欠点を補いあうのです‼︎イオりんにはアリスには出来ないことをやってもらうのです‼︎」
「いや、お前に出来なきゃオレに出来るわけが…」
「アリスは主に剣と魔法と指揮とその他もろもろの戦闘をするのです‼︎イオりんは主にご飯と傷の手当と洗濯と洗い物と財政管理とお掃除と服直しなどをお願いするのです‼︎」
「雑用じゃねーか‼︎」
完全に馬車の住民の仕事である。きっとト◯ネコとかのポジションだ。だってトル◯コってそういうの得意そうじゃん。
「でもアリスはその中の何一つまともに出来ないのです‼︎やっぱりイオりんがいなければ勇者パーティーは成立しないのです‼︎」
「オマエ、一応端くれでも女の子だろ、そんなんでいいのかお前の人生」
「だから‼︎アリスが旦那さまなのです‼︎これで問題なく全て解決するのです‼︎」
「問題しか残ってねーんだよ‼︎」
何が問題って、全部だよ。
「さあ、そろそろ出発するのですよ‼︎絶対にイオりんにカワイイ服を着せてあげるのです‼︎」
「行かねーよ、手を引っぱるなぁ‼︎というか今からでも街に戻ってから服屋に行けばいいじゃねーか‼︎」
結局、必死の足掻きも説得もむなしくオレはアリスにそのまま森の中に引きずり込まれたのであった。
イオ君の写真は街で金貨単位で取引されています