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世界は、狂わしいほど騒がしく、そしてーー  作者: やかやか
一章「ワンダーランドな勇者様」
19/23

第十四話「守は勇者、守られるのはーー」

お久しぶりです。募る話は後書きにて。


グロ注意?です。

苦手な方は後書きで簡略的なものを書いておきます。

 森は地面は凹凸や木の根、水溜りなどで走りにくいことこの上なく、そして薄暗い。さらには無造作に生い茂る木々の障害物でとても全力で駆け抜けることなど出来ない。

 歴史的な合戦などで、森は奇襲などによく使われる理由の一つはこのような馬ですらまともに走ることができないためである。


 だというのに、アリスは今、そんな場所を馬以上の非常識なスピードで駆け抜けていた。


 目標はほんの数十秒前、常人を超えた勇者の感覚が感じた歪な気配。

 それは紫陰という、常識はずれで巨大な存在と出会った後に感覚が少し麻痺していたというのに、遠くから危機感を感じるほどの集団。

 明らかに通常の獣とは異なっていた。


(今度こそ、イオりんを守るのです!)


 もし、イオを担いで逃げていたらおそらくしばらくは逃げ切れるだろう。だが出口を見つけて森から出る前に追いつかれてしまう可能性が高い。

 追いつかれて、もしくは待ち構えて戦った場合、1対1、せめて3〜4までなら相手にしてもなんとかなっていたかもしれない。

 しかし、それ以上となると、イオが傍にいれば守りきれなくなってくる。

 そして、アリスの感じた敵の気配は少なくとも14体。

 この森の狼の群としても明らかにおかしな数であった。


 だから、アリスはイオを守るため一人で強敵に立ち向かいに行く。

 たった一人の大切な友達を守るために。



(いたのです‼︎)



 走り始めて約2分ほど。

 アリスはとうとう約200メートル先に相手を"目視"で確認する。


 それは、オオカミではあった。

 あった、というのはその群れが明らかに異質な集団だったため、ただのオオカミとは判断できなかったためである。


 まず、一番近いのは普通のサイズの黒い狼。

 大きさ自体は通常のものと大して変わらない。その暗い色をした毛は主人を森の闇に溶かして隠していた。

 だが、目立つのはその目だ。体の色とは対象に薄暗い森の中で爛々と怪しく赤色に光っている。

 その数は6匹。


 次に、その後ろにいる通常の2倍以上のサイズを持つ狼。

 こちらも同じく黒い体に赤い目ではあるが、その高さは四足歩行の時点で既にアリスより大きかった。

 ただの子供はおろか、大人でさえ出会った時点で死を覚悟するだろう、それが5匹。



 だが、一番危ないと警告するのは彼らの後ろにいる白いオオカミである。

 迷彩などを全く考慮しない、非常識なまでの白。それはアルビノとはまた違う。遺伝子の突然変異で起こる美しきアルビノとは違い、その白さは迷彩や保護色など生き残るための進化などただの小細工でまるで意味のない、この私には必要ない、と訴えてくるような攻撃的な白さであった。

 尾は三つに別れていて、全身を覆う獣毛は柔らかくありながら、針のような鋭さを秘めている。


 そして、さらに異質なのは彼らは待ち構えているのである。

 白い狼を最後列で守るように、凹の字を書くように陣形を組んでいた。

 もしこのまま突っ込んでいったらたちまち狼の反撃を受けるであろう。万全の守りというのを攻め崩すのは如何なることにおいても難しいのだ。


 狼の数は目に見える範囲で合わせて12体。アリスの感より2体ほど少ないのが気がかりである。

 どこかに潜伏している可能性、もしくはまだ目視で捉えられていないだけの可能性も有る。


 だが、アリスにとって今最も問題なのはその2体だけはイオを追っているかもしれないということだ。

 足の遅いイオはいくら全力で逃げても魔狼になどすぐに追いつかれて一瞬で殺されてしまうだろう。

 そうでなくてもこの森はただの狼だって出るのだ。


 時間は限られている。

 故に、アリスは短時間で決着をつける必要があった。



 アリスには魔獣との戦いの経験がある。

 戦闘訓練として父に連れられ、何度か単体や群れ相手をさせられた。


 その中でアリスが学んだ魔獣戦での注意点の一つは、魔獣は賢いというところだ。


 魔力の淀みで自然発生する生物でない"魔物"は、異常なほどのスペックを誇るが、何かを破壊するという本能のみで動くため十分な実力と準備があれば、罠にはめて叩きつづけるなど、もはや作業の様な戦いも可能となる。


 対して魔獣は、獣が魔獣化した時点で能力は上がるが、その存在自体は生物であるため、根本的に存在の異なる魔物にはスペックで劣る。

 だが、問題は上昇する能力に思考能力が含まれる事である。


 例えば、今回の狼のごとく、群れが陣形をとって待ち構えている事。

 先程までこちらに向かって近づいて来ていたというのに、おそらく群もアリスが近づいて来たと察したのかその場にとどまり"陣形"を組んで待ち構えているのだ。

 普通の獣はそんなことをするだろうか?いや、多少のフォーメーションを取ったとしても、まるで人間の軍隊の様に隊列や陣形を組むことなどあり得ない。


 以上のことから、魔獣は熟練の冒険者たちの間でも出来る限り相手をしたがらない。


 魔物の相手をまともにしようものなら手間と時間がかかることなどアリスは分かっていた。


 故に、アリスは情けも容赦も一切無しに、初手から鬼札をきった。


「『金色の代理者の名において。神代より繰り広げられし御伽に習いてその散華を再現せよ。廻りて舞え、上がりて落ちよ。嵐よ来たりて船をも壊せ、風も束ねら波となる、ーーー【テンペスト】』」



 ーーーー



 アリスが放った魔法の前に、陣形を組んで待ち構えていた魔狼達はただただ一方的に蹂躙されていた。


 それは小規模な大災害であった。

 遠目からそれを見れば、森の中に突如として柱が現れたとしか思えない。


 アリスの出現させた巨大な柱の正体は、小さな大嵐であった。


 バケツどころか海をそのまま空に向かってひっくり返したのではないかと思うほどの雨、大地すら問答無用で抉り取り続ける竜巻が約100メートル範囲にて、共存していた。

 竜巻は地上にあるすべてのものを吹き飛ばすだけに飽き足らず、大地を抉りながらなおその勢いを増す。

 吹き上げられた物体は全てが音に追いつくのではないかという速度で凶器と化して嵐の中を飛び回る。

 雨は空気抵抗を忘れたかのように一粒一粒が弾丸とかして地を穿つ。


 勇者が魔法で作り出した嵐は本来共存するはずのない光景を無理やり作り出す、例えるならそれは巨大ミキサーである。


 その光景は、圧倒的な力のその先にあるものーー暴力の具現化であった。



 合計12体の魔狼の群れ。

 騎士団を派遣しなければならない程の10体をこえる魔獣に対しアリスはただただ一方的な勝利を収めた。



 ーーー


 アリスと別れてすぐの頃、静寂に包まれた森の中オレはただひたすら走っていた。

 どこに向かっているかわからない。ひょっとしたら街とは全く逆の方向かもしれない。


 逃げる、逃げる、逃げる、逃げる、逃げ続ける。


 本来、狼に追われた時に取るべきベストの解答の一つは木に登ることである。

 如何に狼の足が速く、人間を噛みちぎれるだけの力を持ち、狩のプロだとしても、彼らはイヌ科であり手がない。

 前足と表現されるように、走力の代償に失った手の指では木に登ることはできない。


 だが、あくまで普通の狼の場合である。

 魔物というものは時に想像のつかない進化をする。

 四足歩行だった獣が手を持ったなどしょっちゅう聞く話だ。場合によっては腕が生えてくることもあるという。

 そもそも魔獣の時点で木の一本や二本くらい簡単に倒してくるだろう。


 だから、逃げる。


 勇者であるアリスは魔獣になどやられるわけがない。なんせ、魔王が勇者にしか倒せないように、勇者も魔王にしか倒せないのだから。

 運命そのものに干渉できるような紫陰のような存在を除き勇者が負けるわけがない。


 息を荒げ、時に木の根に躓きながらもとにかく走る。

 アリスに対する不安はない。どんな結果であろうと、アリスは勝つはずだ。

 だというのに何故だろうか?胸の内を焦燥をかる。


 ……しかたがない。

 だって、オレができるのは逃げることだけなのだ。


 ふと場違いな記憶が蘇る。

 前世の世界で読んだ小説のワンシーン。もうどんなタイトルでどんな内容だったかも覚えていない。

 主人公たちを突如襲った強敵、それを前に戦う仲間に対して逃げろと言われるにもかかわらず俺も戦いますという主人公。


 ありきたりな展開だ。使い古された展開だというのになぜか人を惹きつけるそのシーン。

 思えば、それはきっと主人公を引き立たせるのと同時に、その力を見せつけるシーンでもあったのだろう。


 ーーなら、果たしてオレはどうか?


「ハァ…ハァ……クソっ!クッッソォ‼︎」


 守ってくれる女の子に対して背を向け、無様に逃げる自分に対して罵倒を吐き続け、それでも逃げることをやめないオレはいったいどうか?


 答えは簡単だーーー『役立たず』である。


 きっとそれはしかたない。

 だってアリスは勇者でオレは孤児だ。

 剣もろくに振ることができないし魔法も魔術も使えない。

 あるのは無駄に綺麗な容姿と魔力と裁縫。


 針一本、相手に刺せればなんだって殺せる。スマホと言う名のほぼ無限に使える音爆弾だって持っている。

 だが、それだけだ。

 力がない、技術もない。体力もなければ運動神経もない。


 オレが魔獣一体倒せたとして、その間にアリスは何体の魔獣を倒せるだろうか?

 オレが魔獣一体を倒そうとして、その間に魔獣はいったい何回オレを殺せるであろうか?


 故に、役立たず。


 だからきっと、オレの胸の内を無駄に掻き立てるのだろう。

 胸の内に響く声に、今更ながら気づいた。

 本当は、こんな時に…こんな時くらいあいつの隣で戦いたかったんだ。


 昔から、一緒に冒険に連れて行かれる日々。

 獣に襲われれば、アリスは一瞬で叩きのめし、オレはそれを呆れ顔で眺めていた。

 それが普通だった。

 だってあいつが負けるはずはなくて、むしろ襲いかかってくる方が気の毒なくらいで……


 だが、今日、その認識が変わった。

 アリスにだって負けることもある。

 相手が悪いといえば悪すぎたが、紫陰相手に手も足も出なかった。


 だからこそ…勇者は最強でも無敵でも無いとわかってしまったからこそ、自分もそこに並べるのでは無いかなどと思ってしまったのだ。

 自惚れているわけでは無い。ただただ不安なのだ、自分が知らないところで勇者が負けることが。

 だが、自惚れているのかもしれない。絶対的に見えた勇者のわずかな隙間に、自分を当てはめられるのでは無いかと。


 ………ああ、そうか。

 本当はそうじゃ無い。


 それはきっと言い訳に過ぎないんんだ。

 オレはただただ……いつでもアリスの隣に立っていたいだけなのだ。

 勇者が無敵で無い以上、彼女を支えるためにきっとその隣にはたくさんの仲間たちが集まるだろう。だから、その中にその片隅でいいからオレもそこにいたい、などという立派な根性なんかじゃ無い。

 ……本心は、その全てをオレで埋めたいという歪んだドス黒い独占欲。


 いつからだろう?そう思い始めたのは?

 きっと今日じゃ無い。今の今まで気づいていなかった…いや、目を背けていたんだ。

 いつからだろう…こうもアリスに依存してしまったのは…。

 いや、きっと最初からだったのかもしれない。


 オレが今のままである以上、必ず訪れるであろう事を恐れて、それに気づかないフリをしていただけなのだ。

 だが、気づいたからといってどうしようもできるはずがない。


 勇者が無敵で無いとわかった今、それはオレが最も恐れる事が現実となりうる事を示唆していて…紫陰との出会いはそれを証明してしまったのだ。

 オレに、いつまでもあいつの隣にいる資格は無い。




アリスはオレを将来の冒険に誘ってくれた。だが、一緒に戦って欲しくて誘ったんじゃない、あいつはオレを守るために誘ったのだ。

 それに、あいつは言っていたんだ、アリスにできないことをして欲しいって。つまるところ、オレは戦力として求められていないのだ。

 そう、どこまでいっても、アリスにとってオレは護衛対象なのだ。


 なら、護衛対象に求められることはただ一つ。

 どうやっても生き残ることである。


 無駄なタイミングで気づいてしまった自分の本心なんて無視だ。聞き分けのないガキみたいなことを言っている場合じゃない。

 無様に逃げようと、惨めに背を向けようとも、ただただ生き残る。

 それで"ようやく役に立つ"ことになる。


 逃げて、逃げて、逃げ延びる。

 本当に危ない時くらいは足を引っ張らないようにしよう。

 今までずっとやっていた事だ。これからも、いつまでもずっとそうすればいい。

 そしていつか、いつの日か、最後まで全てから逃げ切ったら……あとは、アリスからも逃げればいい。


 全ての逃走の清算はオレ一人で担うべきなのだ。





 暗い森の中、息を切らしながらただただ全力で走る。


 しかし不意に、足に草が絡みつき転んでしまう。


 思いきり前のめりに転んで、いたるところに怪我を負うがそんなもの知ったことではない。

 だが、痛みを無視して立ち上がり前を見た瞬間、そいつはそこに現れた。


 くすんだ灰褐色の体毛に包まれた獣。

 四足歩行で立ち、長い胴を持っていてその先端の尾は警戒しているかのように立ち上がっている。

 獲物を見る目は不気味に爛々と輝き、半ばあいた口からはいかにも獣臭そうな唾液がダラダラと垂れ流され、鋭い牙は新鮮な肉を噛みちぎりたいとうったえている。


 狼。ただの狼である。

 魔獣ではない。餓狼の森でよく出るという"飢えた"狼である。



 最悪だ。

 きっとこの状況は最も悪い状態ではないにしろ十分に最悪だ。

 魔獣じゃないだけまだマシかもしれないなどというのはただの気休めである。


 古今東西ありとあらゆるおとぎ話で適役をなす狼だ。

 曰く、赤ずきんを一口で飲み込む。曰く、豚の造った木の家を吹き飛ばす。


 きっとそんな力は目の前のこいつにはないだろう。

 だが、オレを殺すには十分すぎる力をこいつは持っているのだ。


 ーーー殺らなきゃ、殺される。



『ヲォォォオオオオ』

 狼の威嚇か、雄叫びか、その鳴き声が合図となった。



 吠え終えたと同時に狼はこちらに向かってまっすぐと突き進んできた。

 ただの突進も、そのスピードはオレなんかじゃ到底敵うはずのない速さである。




 ………だが、出会い頭のアリスの突進よりは幾分も遅い。


『ギィャヤ⁉︎』


 狼に飛び付かれる瞬間、オレは横ではなくまっすぐと後ろに倒れるように飛んだ。

 狼は空中で姿勢を変えオレに覆いかぶさって来るような体制に変えようとするが、空中では思ったように勢いは殺しきれない。

 オレは背中から地面に着地したことを利用して、オレの上を少しばかり越そうとする狼の下腹部に向かって全力で蹴りを放った。


「げぇ……」


 その瞬間、ナニかを蹴りおったり砕いたりしたような感触が足に伝わる。


「うわぁ……そして狼にまで発情されるかぁ…」


 空中で蹴り上げられた狼は地面に不恰好な体制で落ちたが、体の衝撃よりも明らかに別の痛みでのたうち回っていた。


 街歩けば万人を魅了する美貌は狼にも有効らしい。だが、今この状況ではその傍迷惑な容姿も珍しく吉となった。

 ナニがどうなったと、詳細は省くがいきり立たせながら襲ってきた狼はその一点にオレの蹴りと狼の全体重を受け、見るも無残な状態になっていた。

 ……男だからこそわかる、アレは痛いではすまない。


 高い声で泣きわめき、ナニからか出た血液を撒き散らしながらのたうち回る狼に同情の意思を示しながらも、オレは突如振り込んだ幸運を逃すつもりは無かった。

 後ろ髪の内側から仕込み針を抜き出すと暴れまわる狼の腹に勢いよく突き刺す。


 瞬間、ミスリル針を導線として狼に純粋なオレの魔力が注入される。


 すると狼は急に大人しくなり地面に横たわったまま、口をだらりと開き目を白黒させ始めた。

 糸の千切れた操り人形のように動かなくなったところでオレはその場から離れた。

 狼はそのまま横たわり続けている。


 突如、泡が弾けるような音が静寂をきる。


 その音は連鎖して次から次へと起こった。

 そして突然、狼の口や目などありとあらゆる穴から赤い泡が溢れた。

 だが、それは血液などでできた泡ではない。ーーー正しくは泡のような形状で体から噴き出す"肉"であった。

 肉は次第に口だけでなく腹や足などからも噴き出し始める。

 沸騰したような肉の塊はたまに弾けては大量の血液をはじき出し内側からまた肉を噴き出す。

 外からは見えないが、内臓は既に膨れ上がった肉の泡に押しつぶされているか、そもそも内臓そのものも泡と化しているだろう。


 ほんの数十秒もしないうちに、灰褐色の狼は真っ赤で巨大な泡肉の塊と化した。


 暗い森の中、この世の理を冒涜するような肉塊が出現し、あたり一面血液を腐らせたような異常な匂いが立ち込め、肉の泡から弾け飛んだ血液で真っ赤になった。


「うえ、気持ちわるい」


 なんだか見ていたらSAN値がガリガリ削られそうな肉塊の完成である。

 これ、常人が見たら発狂したりしないだろうなあ?たぶん吐くくらいはすると思う。

 放っておくのはどうかと思うが、あいにく処理する方法がないため放っておく以外に道がない。そのうちアリにでも食われるだろう。…アリもこうなったりしないよな?


 ほんの少量、オレの魔力を流した結果がこれだ。

 死塊の完成。そう、死体じゃない、死塊だ。

 もはや生前の力強い獣の姿はそこにない。


 だが、そんなことはどうでもいい。

 とにかく、今は逃げないといけない。


だがーーー


「しまった⁉︎」


 ーーーーそう思った時はもう遅かった。


 狼は、『群れ』で行動する。

 狼に襲われた時点で気づくべきだった、狼が一匹な訳がないことを。


 オレがエンカウントした狼は襲えかかる前に吠えたのだ。

 アレは威嚇じゃない、仲間を呼ぶための声であったのだ。


 目に見える範囲で5匹、囲まれていた。

 狼は攻めて来ようとしない。もしかしたら先ほどの一部始終を見ていたのかもしれない。


 ジリジリと距離を詰めて来る狼たち。

 対してオレは木を背にして追い詰められていた。


 今度こそ本当に絶体絶命。

 右も左も前も狼。

 スマホでラッパを鳴らすか?だが素直にいじらせてくれるのか?

 必殺の針も集団相手じゃ分が悪すぎる。


 そして、とうとう狼の一匹が飛びかかろうとしたその瞬間ーーー


 ーーー近くの一帯で、まるで空が崩れたような音がなった。


 見ればまるで柱の嵐のようなものがが森の一部をミキサーにかけていた。

 飛びかかろうとした狼も、他の奴らも驚愕にかられそれを見続けていた。


 だが、オレは違った。

 あんなもの、誰がやったかなんて予想がつく。

 あれは、異常気象でも無ければ神や悪魔の仕業でもない。


 アリスが起こした魔法、そう瞬間的に理解した途端、オレはその場を逃げ出した。


 幸いにもあの柱から出る爆音や稲光などのお陰でオレの気配に狼たちは気づくのが遅れた。

 チャンスは今しかない。狼にバレる前に、逃げるしかない。



 またアリスに助けられたことを思いながら、オレは10匹に満たない狼の群れから逃走を始めた。




 ーーー



「イオりん‼︎イオりん‼︎どこなのです‼︎」


 嵐の柱を起こしたあと、アリスはただひたすらにイオを探した。

 魔狼の群れは全部死んだかわからないが、少なくともあの嵐に巻き込まれて無事な者はいるはずが無い。

 アリスの目的は狼の殲滅ではなく、イオを守ることである。故に魔狼の群れが全滅していようがそうでなかろうが、重傷を負い追いかけて来ることが困難になれば十分であったため、魔法を打った後は即座にイオを探し始めた。


 アリスにはイオがどこに向かったかはわかるはずはない。

 だが、ただ一直線にそこに向かっていた。

 手がかりは全くないが、その方向にイオがいるということをアリスは確信している。


 大魔法の展開で魔力切れの初期症状を起こし始めているだるい体に鞭を打ち、ただひたすらに全力で走り続けた。



 しかい、ふと、アリスの足が止まった。

 そして、彼女の視界に異様な光景が写り込む。


「な…何なのですか…コレは…」


 アリスの目の前に現れたそれは、肉塊がそのまま沸騰したような異常な塊。

 膨れ上がったその肉は、今もなお泡が弾ける音を立てて肥大化しながらあたり一面に血を飛び散られて真っ赤に染めていた。

 聴くだけで鳥肌が止まらなくなるようなおぞましく不快を越す音が鼓膜を、劣悪な環境下で腐敗し尽くした粘液のような異臭が鼻腔を蹂躙する。


 この世の理を鼻で笑い飛ばし冒涜するようなその光景は、即座にアリスの五感のうち視覚、聴覚、嗅覚の三つを蹂躙し尽くした。


「うぅ、オエェぇええ」


 突如、下を向いて座り込んだアリスは胃の中にあったものを全て流し出した。


 当然の反応である。

 この世ならざるその光景は、悪魔の狂気をかき集めたような光景であり、常人が見てまともな精神でいられるようなものではない。これを見て『気持ち悪い』程度で済むような輩はきっと狂人に違いない。

 ……だからきっと、アリスはその光景が幼馴染が自衛の末に創り出したものだとは微塵も思わないであろう。


 肉塊の光景はアリスの精神を容赦なく蝕み続ける。

 その存在を五感を通し、脳が認識するたびに背筋に太い注射器で恐怖や狂気などの負の感情を直接大量に注入されたかのように精神の平衡が失われていく。

 自分の中で何か失ってはいけない大事なものが音を立てて荒く乱暴に削られていく。


 身体はガタガタと止まる事なく震え続け、心臓はバクバクと破れてしまいそうなほどなり続けていた。

 全身が寒い、頭が痛い、身体が動かない、胃がひっくり返りそう、恐い、恐い、恐い、恐い恐い恐い恐い恐イ恐イ恐イコワイコワイコワイコワイーーーーーー。


 この時、アリスはようやく理解する事を放棄した。でなければ、このままだと理性が蒸発してしまいそうだったからだ。


「あ、ああ、あア……ア……ぅ……うええぇええ」


 もはや空っぽになった胃をもう一度ひっくり返してなお、アリスは吐き気に襲われていた。

 だが、口の中に広がる苦味も、視界に映る自身の吐瀉物も、鼻に付く酸っぱい匂いも、酸がかかって痒みを訴える手も、ましてやその吐き気でさえも、常人として通常の反応は、もはや安心材料と化し、目の前の光景からアリスを正気と狂気の境界線から連れ戻した。


 未だに襲い来る吐き気に恐怖の淵から引き戻されたアリスは、荒い息を整えながら、真っ白になった思考の中に今やるべきことを浮かび上がらせた。


「ァ……ハァ……そうです…イオりん」


 震える膝に喝を入れ、目の前の光景から一刻も早く逃げるように。

 鳴り止まない心臓の訴えを聞き、暖かい日常に縋るために。

 アリスは走った、愛おしい少年の元へ。


 突如、狂気の淵を覗き込んでしまったアリスはただひたすらにイオを求めた。


 見つけたら思いっきり抱きしめよう。そして思いっきり抱きしめてもらおう。

 極寒の中にいるように止まらないこの体の震えは、彼の温もりで溶かしてもらおう。

 暴れ狂い鳴り止まない心臓は、彼の心音を聞き少しずつ合わせてもらおう。


 いつもどうりの日常へ、愛おしく、騒がしい日常へ。


 そしてアリスは走る。

 木を避け、根を飛び越し、草やツタを振り払い、ただただ一直線にイオの元に走る。


 そして、その茂みを抜けた時ーーー



「ア…アア……」



 ーーーアリスの視界に映ったものは、いくつもの狂気の肉塊と、狼の群れに集り食われているイオであった。











徒然なる日々も、忙しければただの地獄ですね。

つまるところ言いたいことは忙しいがつまらない日々というのは生きたまま死んでいるようで嫌だということでして……社会人の皆様に殺されそうな愚痴でした。


さて、約4カ月、すいませんでした。

色々要因はありますが、まとまった時間が取れなかったというのと、話がまとまらなかったということが重なりました。今回の話は構想がもう3パターンぐらいありましたがどれもしっくりこないで結局こうなりました。

今後についてですが、出来上がり次第投稿します。仕事場も人員が増えて今までよりは時間が取りやすくなったのでペースは上がるかと…


失踪はしませんし、完結はいつになるかはわかりませんがさせるつもりでいますので、その点ではご安心を。


長らく待って下さった方がいましたら本当にありがとうございます。

今後ともよろしくお願いします。



簡略的まとめ


走れアリス。

魔獣の群れ現れた。

アリスの先行。

先行じゃんけん発動‼︎魔獣は死ぬ‼︎コロンビア‼︎


イオくん逃走now!

心に浮かぶアリスへの想い。

すってんころりん、狼「ちゃーす」

狼の先行、「アグロ疾走パンチ‼︎」

イオくん「トラップカード発動‼︎受け流しの構え!」

急所に当たった。

イオくん「まだおれのバトルフェイズは終了していないぜ!速攻物理魔法発動!魔力注入針、相手は死ぬ‼︎」

狼は冒涜的な肉塊へと変化した。

イオくん「コ☆ロ☆ン☆ビ☆ア」

狼の群れが現れた。

イオくん「逃げるんだよ〜〜」

しかし囲まれた。

遠くでアリスの先行じゃんけんの気配がした。

狼は気を取られている。

イオくん「バイトあるんで帰りますね〜(ソロ〜リ、ソロ〜リ)

狼達「今日は休め」


アリス爆走now。

冒涜的な肉塊が現れた!

5d6のSAN値減少。

アリスは発狂した。

吐いた、ゲロゲロゲ〜。

一時的狂気アリスはイオに執着した。(アレ?あまり変わってないような…)

アリスは激走した。


イオを見つけた。

冒涜的な肉塊をいっぱい見つけた。


狼達「お食事now」

イオ「お食事られnow」


以上です。

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