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世界は、狂わしいほど騒がしく、そしてーー  作者: やかやか
一章「ワンダーランドな勇者様」
18/23

第十三話「帰宅は帰り出すまでが時間かかる」

外に出ると日は傾き始めていた。

冬が近いことを考えるとまだ夕方に近いが、屋敷にいた時間からしてもう夜になっていてもおかしくない。だが未だに陽が沈んでいないということは、やはり何か仕掛けがあったのだろう。

少し寒いくらいの風が森の中に不気味な音を立てながら吹き渡る。


「なあ、アリス?」


アリスは屋敷から出る時からからずっと黙ったままだった。

紫陰に言われた言葉が気に病んでるのか、もしくはアリスが怒られ慣れていないというのもあるだろう。もしかしたら生まれて初めての説教だったのかも知れない。


「…イオりん。イオりんにとってアリスは邪魔ですか?」

「そんなわけないだろう」


それだけは即答できる。


「イオりんは優しいのですね…」

「……そうかな」


これは、この気持ちは何か優しさとは違うものであると思う。


「優しいのですよ。紫陰さんが言っていました。イオりんの体には怪我の跡がいっぱいあったって……全部、アリスのせいなのですよね……」

「……さぁ?三つに一つくらいはそうかもな。というか、そんなこと気にしてたのか?」


やっぱりというか、アリスはそこを気にしていたらしい。


実際、アリスが原因のオレの怪我は三つに一つどころでは無いとは思う。

オレはアリスが遊びに来るたびに、かなりの確率で大怪我をする。打撲、骨折はもう慣れたと言ってもいいほどだ。

正直にいうとシスターが回復や治療の魔法のエキスパートじゃ無かったら、オレは死んでいたかもしれない。

リーアの異常な回復魔法習得速度だって、才能や努力だけでは無い。"実践経験"が豊富なためである。

表面上は全く怪我の跡などないのは、オレの持っているチートの一つ、容姿のチートの影響で、美しい容姿を保つため見た目だけは傷一つ残らず治るからである。


「アリスは昔、約束しましたよね、イオりんを守るって…」

「だから、あれはお前が一方的にーー」

「でも、結局、今日、イオりんを守ることが出来なかったのです」

「……いや、無理だろ?相手はラスボスの裏側的存在で魔王すらも片手で相手できそうなやつだぞ。むしろ、今日の結果は上々すぎると思うぞ」


今日のことを例えるなら、チュートリアル前に突如エンディング後のエキストラボスに襲われたようなものだ。

一度死んで(オレは二回)ほとんど奴隷のようなものになってしまったがオレの自由の奪還条件はアリスが獲得した。

生きて帰れただけでも奇跡だというのに、これは十分すぎる戦果では無いだろうか?


「そうではないのですよ……どんな結果であれ、イオりんを守ることが出来なかったのには変わりはないのです」


だと言うのにアリスはうつむいたまま、話つづけた。


「アリスが、イオりんに出来ることは……イオりんを守ることだけなのです……なのに…それさえ出来ないのならアリスは…イオりんのそばにいる資格なんてーー」

「なあ、アリス…さすがにそれはオレも本気で怒るぞ」


オレはうつむいているアリスに向かい合い、思いっきり全力で頬を左右に引っ張った。


「何年お前と一緒にいると思ってる?オレが一度でもお前に守ってくれって頼んだか?頼んでねぇよな!なのに勝手に約束して、たった一度負けたくらいで資格云々言い出しやがって!」

「イオりん〜、いああでいひはん痛いのれす〜」

「うっさい!だいたいお前が抵抗して掴んでる手首の方が100倍痛いわ‼︎」


アリスの言っている"約束"。

それはオレがアリスと出会ってすぐの頃、こいつが一方的に押し付けてくれたものだ。


「だいたいいっつもいきなり来て、好き勝手連れ回してくれるくせに今更資格だぁ?んなもんいるか!むしろ普通こっちが必要だっつうの‼︎」


当時、アリスに会う前、色々あって気が病んでいたオレに対してこいつはいきなり一方的に守ると約束した。

本当に一方的な口約束。

だと言うのにこいつは律儀にもそれを守り続け、たった一度守れなかっただけでここまで落ち込んでいる。


勇者の守護を得る。

一体これが、この世界においてどれほどの意味を持つであろうか…。


「いいかアリス‼︎この際言っとくが感謝はしてるが守ってくれなんてオレはもう微塵も思っちゃいないいんだよ‼︎」


本来、勇者であるアリスが守らなくてはいけない対象は世界そのもの。

だと言うのに、いま、オレはその対象を独占している。


果たして、オレにそれほどの、勇者に守ってもらえるほどの資格はあるのだろうか?

それなのに、こいつはオレと一緒にいるというだけで資格がいるなどと言い出した。


誰がそんなことを望もうか?

感謝はしているし、利用もしてしまっている。

だが、オレはアリスに守ってもらいたくてずっと一緒にいるんじゃない!


「オレはただーーー」


ただ………。


言葉が出なかった。

早口に、思考が追いつかなくなった訳ではない。

勢いに任せて自分から出そうになった言葉に、純粋に驚いた。



「……ただ?」

アリスは少し驚いた様な表情で、涙で濡れた目を見開いてこちらをみてきた。


ただ、ーーーーーーー。

意識か、無意識か、唐突に出て来た言葉を結局オレはアリスに伝えることはなかった。


それを伝えてしまえば何かが変わってしまう気がした。

それを言葉にすればもう引き返せない気がした。

それこそ、オレにそれを望む資格なんてないのだ。


「…イオりん?今なんて言おうとしたのですか?」

「……なんでもねぇよ」

「嘘なのです!なんだかイオりんの好感度が見え隠れする貴重な瞬間だったような気がするのです‼︎」

「…うっさい」

「さあ!言ってみるのです!滅多にないイオりんルートの貴重な攻略フラグな気がするのです‼︎」

「ひとを乙ゲーの攻略キャラみたいに言うな‼︎仮にそうだとしても今お前全力で叩き折ってることに気づけよ⁉︎」


なのに、こっちがボロを出しかけたところをアリスが目の色を変えて食いついて来やがった。

さっきまでの雰囲気とは一変、ほとんど泣き目で話していたアリスが、目を輝かせていつもの雰囲気に戻りやがった…。

…まあ、あんな落ち込んでいるアリスを見ているよりはこっちも調子は狂わないからいいか。


………というか、なんでこいつはルートとかフラグとか知ってんだ?わかって使ってるんだよな?

だいたい何が好感度だ、何がルートだ。

仮にオレが乙ゲーの攻略キャラだとして、こいつがやっていることを例えると、攻略ルートを世紀末式にヒャッハーしながら突き進んでいる。もはや道にはへし折られたフラグの残骸とタイヤ跡で酷いことになっているのだ。


「乙ゲーじゃないのです‼︎イオりんはアリスのお嫁さんになるのですから恋愛シュミレーション「お前マジでその言葉どこで覚えてきたの⁉︎」」


この世界にはオレの知る限りゲームなど存在しない。というか、少なくともまだ恋愛ゲームは絶対ないと思う。

だというのにこいつはそれを何処で知ったんだ⁉︎

たまにこいつから出て来る世界観丸違いな言葉の数々は何処で仕入れて来るんだ⁉︎


アレか?こいつの父さん元日本人だからか?いや、だとしても娘に何教えてるんだよ‼︎


「おとうさまの隠し部屋にあった"ぱそこん"とやらに入っていたのです‼︎」

「なんでこの世界にパソコンあるの⁉︎そしてお前人のパソコン勝手に見たのか⁉︎」


今度はパソコンが飛び出して来やがった‼︎

しかも、想像できる限り最悪な状況で‼︎


「え?ダメなのですか?でもおかあさまに見せたら一緒に遊んでくれたのですよ」

「やめてあげてよぉぉーーー‼︎それ以上いけない‼︎」


ツッコミどころ満載だが、それよりも個人のパソコンをその人の奥さんと娘さんに晒されるという事態に私はもう耐えきれません。

こんど、アリスのお父さんには最悪の事態になる前にそっと教えといてやろう…。


「でも何故か次の日におとうさまは物凄く元気がなかったのです。今考えると"ぱそこん"とやらはもしかして所持者の命で稼働する使い魔だったのでしょうか?だとしたらおとうさまには悪いことをしてしまったのです」


「……南無三」


既に手遅れだったようだ。

ある意味所持者の命そのものであるパソコンは嫁と電波娘に蹂躙された後だったらしい。


というか、アリスのお父さんも奥さんいるのに恋愛ゲームインストールしてんじゃねーよ。

家庭崩壊の火種になりかねーー


「あ、でもでも何故かおかあさまはすっごく機嫌が良かったのです‼︎なんだかお肌もピカピカしていたのです!」


ーーないらしい。

そうだね、アリスのお母さんはそういう人だったね。あの人も変わった人だったよね。


「それで弟と妹どっちが欲しいか聞かれたのです。だからアリスはイオりんを義妹に欲しいって言ったらおとうさまが"かえんびん"とやらをーー」

「やめろぉぉおおお‼︎なにヒトをナチュラルに最悪な状況に巻き込んでくれてるんだテメェー‼︎」


ヤバい。物凄く身の危険を感じる。

さっきまで味方になってやろうと思っていた人物が一瞬にしてラスボスへと変貌を遂げた。

アリスに家族が増えそうなのは置いといいて(オレのことではない、あとオレは男だ‼︎せめて義弟だろ⁉︎)、あの親バカアリスパパが本気でオレを殺しに来そうなんだけど⁉︎あの人、聖騎士が束になっても勝てない人外野郎だよ⁉︎

こいつひとが知らないところでオレの死亡フラグ勝手に立ててんじゃねーよ‼︎マズイ、マジで魚の餌にされ兼ねない…。


「…?まあ、それはともかく、イオりんは結局なんと言おうとしていたのですか⁉︎」

「……いや、兎にも角にも置けない問題が発生しているんですが、それは…」


とにかくどころかもうこれ以上問題が出てこないか小一時間ほど問い詰めたい。

何だかアリスは叩けば叩くほど問題が飛び出して来そうで恐ろしい。


「いいから早く言って欲しいのです。早くイオりんの愛の告白を聞きたいのです‼︎」

「好感度や過程通り越してエンディングに持ってこようとしてんじゃねーよ‼︎」


まずい。

こいつの中でオレの言いかけた言葉のレベルがインフレを起こし始めている。


「大丈夫なのです!アリスはエンディングを先に見て過程を楽しむタイプなので」

「お前の嗜好は聞いてねぇ‼︎」


もう軌道修正不可能である。

もはや一周回っていつものパターンだ……。


「さあ、言ってみるのです‼︎Hey!say!ただーー」


……いつものパターン、か。そうだな。


「…………ただ、いつも通りでいいんだよ」


そう、いつも通りでいい。

今まで通りでいい。


「……本当になのですか、なんか違う気がするのです」


これ以上はなにも望まない。

今でさえ、もう十分恵まれすぎているんだ。

これ以上は、もうなにも望めない。


だから、いつも通りがいいんだ。


「違わねぇよ。ほら、夕方になる前に帰るぞ」


帰ろう。いつも通りの日常へ。


「うぅ〜。わかったのです。でもいつか絶対に聞き出すのですよ!」


シスターがいて、バカどもが騒いで、たまにアリスが来る。

そんな狂わしいほど、騒がしい日常へ。


そして、いざ帰らんと一歩目を踏み出した。


「…………ヤベェ、どっちが街だ?」


だが、早速、緊急事態発生である。


マズイ。非常にマズイ。

ここに来て帰り道が分からないという事態。

来た方向に向かって真っ直ぐ進め、と思うかもしれないがそれすら分からない。

360度、辺り一面森、森、森。唯一真後ろの小屋を除いて全て同じに見えてしまう。


「おい、アリス。どっちが帰り道か分かるか?分かるよな。分かれよ」

「もちろん分からないのです‼︎」

「胸を張って堂々というんじゃねぇ‼︎せめて方向だけでもなんとかしないと‼︎」


こいつ状況わかってるんだろうな⁉︎分かってないんだろうなぁ…。


「こういう時には帰巣本能に従うのがいいのですよ‼︎多分あっちなのです!」

「待て待て待て待て‼︎迂闊に動くな‼︎」


迷ったから適当に歩くのは悪手中の悪手である。

毒を食らわば皿まで喰らおうものなら、解毒のみでなく摘出手術まで必要になる。


ここは確実に帰れる最善の一手を打たなくては、遭難→飢餓→行動不可能→餓死or狼の餌のコンボが炸裂する。

何か…何か手はーー


「そうだ!紫陰!紫陰に聴けばいいじゃん」


ーーそうだ!というか噂では森の外で目がさめるはずだったんだ!もう一度紫陰に会って外に出してもらおう。それがダメでもせめて方角さえ教えてもらえればーーー。


思いったった瞬間、オレは後ろにあった家のドアを再び勢いよく開けた。


「………ファっ⁉︎」

「どうしたのですか?……あ、綺麗なお家なのです」


結果、家はただの家になっていた。

家に戻ったのかも知れないが、とにかく紫陰のいたビックリホラーハウスには繋がっておらず、かわりに窓から覗いた光景と全く同じの、小綺麗で小さな部屋になっていた。

最後の希望も潰え、とうとう途方にくれるのみとなってしまった。


「どうしよう……いやマジで」

「イオりん!見てくださいステキなお家なのですよ!もうここに二人で住みませんか!」

「……魔女どころか魔王がポップしてたまにホラーハウスに化けそうなおかしな家なんてマジ勘弁」

「じゃあ、次に紫陰さんが出てくるまでここに住むのはどうなのですか?」

「おかしの家だったら考えたかもな。ヘンゼルとグレーテルは家が食料じゃなかったら飢え死にコースまっしぐらだったって今知ったよ」


ダメだ。アリスはあてにならない。



「そんなことならイオりん!もし迷った時、例えどんな迷宮でもすぐに抜け出せるとっておきの手段があるのですよ!」

「なんだ?ク◯ピカ理論ならここじゃ通じないぞ」

「クラ◯カ理論じゃ無いのです。まず右手を壁につけてーー」

「それがク◯ピカ理論だよっ‼︎」

「ん?何をいってるのですかイオりん?クラ◯カ理論は迷ったらとりあえず右というものですよ?」

「え?そうなの?」


あれ?クラピカ理論ってそういうのだっけ?右て壁につけて歩き続ければ洞窟出られるやつじゃなかったのか?マジかよ、オレが間違ってたの⁉︎

ていうかーーー


「…何でお前◯ラピカ理論知ってんの?」

「おとうさまが教えてくれたのです‼︎」

「……クラピ◯って誰か知ってんの?」

「ハ◯ターハ◯ターに出てくる目が真っ赤になる人なのです‼︎」

「………何でハ◯ターハ◯ター知ってんの?」

「おとうさまの隠し部屋のベッドの下探していたら奇妙なスイッチがあって、押したら本棚の裏側に出て来た別の本棚に並んでいたのです」

「…………今度貸して」

「いいのですよ〜」


色々ツッコミたい所が山盛りだが取り敢えず楽しみが増えてよかったです。願わくはアリスパパの本当の秘蔵書が日の元に晒されない日を願って……じゃなくて‼︎


「……取り敢えず森から出ないと」

「あっちな気がするのです‼︎」

「だから待て!迂闊に動くな‼︎」

「じゃあ、右手を壁にーー」

「壁がどこにある⁉︎ここ森だよ!森‼︎そうじゃなくてまずは日の向きとかで方角を確認してだなーー」

「イオりん細かいのですよ?なんとなくイオりんは具現化系の気がするのです」

「黙れ強化系‼︎」


ちなみにオレの知る限りこの世界に念能力は無い。


「とにかく、街がどっちにあるかをだなーー」

「街がわかればいいのですね」

「どうするつもり?」

「勇者ジャーーンプ‼︎」


そういった途端、アリスが天高く飛んだ。

木の高さなど優に超え、一瞬、葉に隠れて見えなくなった後、枝を折る音や葉を巻き込む音を立てながら真っ直ぐに落ちて来た……こちらに向かって。


「イオりん!キャッチなのですぅ〜」

「フェ?、ムリ!ムリ!ムリ!ムrっっグギャぁ」


木の高さ(優に5メートルを超える)より高いところから落ちて来たアリスは、そのままオレを下敷きにした。

そして胸元に尻をつけるような体制になった。本日何度目かの肋骨がいやな音を立てた。


「……う〜ん。高いところから落ちてお姫様抱っこしてもらうのは一つの夢だったのですが〜」

「いいから降りて、夢の世界に旅立つ前に」


危なかった、アリスの夢のためにオレが夢の世界に旅立つところだった。

骨が折れた気配のないのは紫陰のお茶の影響か?それともリーアの深淵魔法とやらの影響か?どちらにしろろくなものではなさそうである。


「さてと!イオりん、街がわかったのです。あっちなのです‼︎」

「わかったから引っ張るな‼︎頼むからオレのペースに合わせてくれ〜〜‼︎」


そうしてオレはアリスに無理矢理起こされ、無理矢理引っ張られる形で帰宅を開始するのであった。


〜〜〜〜〜


「あ、そうだ。狼狩らなきゃ……」


森を歩いて約10分。ここに来てようやく大切なことを思い出した。


「狼を狩るのですか?どうしてです?」

「孤児院の食料と小銭がとうとう尽きてな。食べるものがないのに馬鹿どもが狩に行ったからこのままじゃあ今夜は水だけだ。悪いけどアリス、狼出て来たらできる範囲でいいから出来るだけ綺麗に仕留めてもらってもいいか?」


朝、食料がないというのにガキどもは狩なんぞに出かけてくれやがった。

いくら身体能力が高くても所詮は子供である。

おそらくいつも通り罠や潜伏、作戦など一切考慮せず、獲物を追い回し、飽きて疲れてきたあたりでピクニックにシフトチェンジするに違いない。


故に、今晩は適当にアリスのチートに物を言わせて獲物を狩まくり焼肉パーティーする予定だった。

完全にアリス頼みだが、そもそもオレに狼どころか獣とまともに戦える手段はない。

それどころか草食動物にさえ遅れをとるのだから仕方ない。


「別にいいのですが、狩終えたら如何するのです?アリスは解体とか出来ないのですよ?」

「解体は持って帰って自分でやるよ。ギルド通すと金かかるし、というか自分でやったほうが綺麗にできる」


解体はオレの特技の一つである。

最初は魚なんかから始まったけど、ある日、猟師の人達に教えてもらったあたりから鳥、獣も捌けるようになった。

最初は力不足で一体解体するだけで疲れて一日動けなくなっていたけど、刃物の使い方が上手くなってからはすぐに上達し、今では冒険者ギルドやレンジャーギルドでギルド員が取って来た獲物の解体のバイトとして入ったり、新人猟師や冒険者に教えるため臨時講師として呼ばれるレベルにまでなっている。


「じゃあ、今夜はイオりんたちは狼鍋なのですか〜。ところで狼って美味しいのです?」


「………人間な、その気になればなんでも食えるんだよ」


肉食獣の肉の味はご察しである。

しかも雑食となればもっと酷い。

さらに血抜きは恐らくこの場で出来ないだろうから味はさらに落ちる。


「なんだか食い詰めていませんか?」

「最近な、何故か礼拝に来る人が少ないんだよ……なんでだろうな」


ここは宗教国である。住民は漏れなくサニア教信者であり、うちは教会なんだからもう少し潤ってもいいのではないだろうか?

礼拝者が少ないせいで、うちの収入は主にオレの内職とオレの各種ギルドでのバイトと、オレの………、というか6割方オレが賄ってるんだよなぁ。後は2割が信者が納める金と定期的に送られる活動資金。もう2割がシスターの花屋である。

全体収入としてはおそらく一般家庭よりはすこしだけ高いのだが、人数が人数である。せめてもう、2倍は欲しい。


治療や学校もやってるからそこからも取ればいいのに、シスターの方針でその二つは完全に無償である。


「ああ!街の人たちが言っていたのです。礼拝で教会が潤うと、イオりんがバイトに出てこなくなって困るってーー」

「オレが原因だったのかよ‼︎」


マジかよ!オレのせいかよ!

というかどんな理由だ‼︎せめて週一の礼拝ぐらいはこいや‼︎

もういっそどこか1箇所に就職しようか⁉︎そうしたほうがーーー


「そういえば回覧板で回っていたのですよ。イオりんをセイシャインとやらで契約するのを禁じるようにとーー」

「あいつら人間じゃねぇぇ‼︎」


どんだけオレに対してブラックな街だよここは⁉︎

それはつまりオレを一箇所で独占せずに皆で仲良く使いまわそうということか⁉︎そんなカルテルを裏で結んでいやがったのか‼︎

もうオコだぞ!全箇所で時給銅貨2枚(日本円で約200円)上げてもらうまで許さんぞ!


「でも実際、イオりんいなきゃ回らなくなる店やギルドもあるみたいで……」

「そんなもの街のニートども引き摺り出してこりゃ済む話だろうが‼︎」


ニートどころか、使えない冒険者ギルドの下っ端どもも起用すれば絶対すぐ済む問題だろう⁉︎


「でも、適当な人間10人雇うならイオりんに偶にバイトに入ってもらうほうがいいってーー」

「オレは10人分も仕事をしていたのか⁉︎」

「実際、イオりんって今はどんな仕事をしているのです?」

「えーと…ギルドの解体作業に、商人ギルドの書類整理、商店の売り子や偶にレストランなんかでは厨房に立ったり、掃除とか洗濯の代行。ごく稀に講師や家庭教師みたいなもので呼ばれたり、魔法では治らない風邪なんかの患者の病気を診たり、何回か散髪の仕事もやったけな。後は街の縫い物全般、時々仕立てもやってる」


かなりオーバーワークな気もするが、というか実際オーバーワークだが、なんとか回せている。

数は多いがそれぞれ短い時間だし、そもそも毎日ではない。週に一度以上はは必ず何もない日を作れるし、だいぶん融通はきかせてもらえる。

だから、これでも結構ホワイトだな〜と思っていたが、成る程、オレは10人分の仕事をしていたのか。今度から時給じゃなくて仕事量で給料を払うようにお願いしよう。


「……やっぱり、イオりん一緒に魔王倒しに行きませんか?なんだかイオりん一人いるかいないかで旅の質がだいぶん変わる気がするのです」

「なあ、なんで複雑な表情でオレを見ながら魔王討伐の旅に誘うの?せめて朝みたいに生き生きと誘ってくれ」


完全に馬車要員で誘いやがったぞこいつ!

朝と要求されていることは変わらないのに何故か腑に落ちない、あら不思議。


「だいたい、オレは行かないと朝ーー」



そう、オレが言いかけた時だった。



「ッッ⁉︎4…7…14…。マズイのです」

「…おい、今度は何を受信しやがった?」


アリスは急に立ち止まり、真剣に何かを数え始めた。

それに対してオレは非常に、非常識なほどに楽観的な態度をとってしまっていた。


「イオりん、今すぐ逃げてください」


馬鹿みたいな話をしていたせか、、オレはここが何処だったのかを忘れていた。


「ヤバいのが集団で近づいてくるのです‼︎早く‼︎」


アリスの真剣な態度にオレはようやく状況を理解できた。


「一緒に逃げるのはーー」

「無理なのです。アリスがイオりんはおぶってもすぐに追いつかれてしまうのです‼︎だから早く‼︎」


理解できた……というよりは、ようやく思い出したというべきかもしれない。


「わかった。アリス、無理はするなよ。さっき言ったことも考えないでいいからな」


ここが何処であったのかを、何故、オレがこの森に入りたくは無かったのかを。

来るときには何も無かったから慢心していたのか、あるいは紫陰に会ったことで、恐怖心が薄れていたのかもしれない。


「大丈夫なのです。やっつけたらすぐにイオりんのところに向かうのです!『デコイ』」


それだけ言うと、アリスは敵を引きつける魔法を使って、今歩いて来た道を猛スピードで逆走して行った。


『餓狼の森』

街の猟師や冒険者でさえ行くのを拒む魔の森。

文字どうり、飢えた狼たちが群れ、魔獣化した狼すら出る彼らのテリトリー。


襲って来たであろう狼の群れに対して、友人を守るために立ち向かって行く勇者。

それに対して、今オレに出来ることはただひたすら彼女を囮に逃げることであった。




すいません、本当にすいません


投稿ノルマを自分で儲けておきながらこの始末なのは本当に反省しております。


先月から正社員さん並みに働いているんで許してください



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