第八話「実力の差」
途中から第三者視点に変わります
「『超電流身体起動』‼︎」
紫陰の返答に、アリスの雰囲気が一瞬にして変わった。
相手が魔王と名乗った瞬間、いつものバカみたいに元気で明るい様子が一変、一瞬で殺気を伴い宿敵を今ここで殺さんとばかりに行動を開始する。
詠唱なしで即発動された魔法は、アリスが得意とする雷属性の肉体強化系の魔法。
体内に流れる電流を雷と同レベルにして身体能力のリミッターを外すと同時に、魔力で肉体強化を施す。さらに全身に纏った雷はバチバチと音を立てて青い放電をしている。触れれば文字どうり雷に打たれることになる。
まさに攻守一体の構え。敵はアリスに触れるだけでもお陀仏である。なんせオレで実証済みだ‼︎
紫陰とアリスの距離はテーブルの横幅一個分を隔てて4メートルもない。
アリスは電磁加速された身体で残像を伴いながら音速に近いほどのスピードで一瞬で間合いを詰め、その勢いのまま、雷を纏った手刀を紫陰の首を狙って振り切る。
たったこれだけだが、アリスの勝ちだ。おそらく魔力吸収の結界が発動する前に、仮にしたとしてもこの勢いなら次の瞬間には紫陰の首は繋がってはいまい。アリスの手刀は岩をバターのように切り裂くほどの威力を誇る。
一瞬の出来事、時間にして0.5秒に満たず‼︎
オレが目でとらえられたのはアリスの魔法を発動させたところまでだった。
かつて、アリスが勇者だと知ってケンカを吹っかけた中堅冒険者のパーティがこの技によって一瞬で全滅したことがあったが、今はその時の倍以上の疾さがあるように感じる。これならいくら魔王でもひとたまりもない‼︎
「いい技。でも、甘い」
しかし、紫陰のその言葉のあと、アリスはテーブルの上に立ち、相変わらずに椅子に座ったままの紫陰の首筋に手刀を文字どうり紙一重で寸止めしたまま止まって動かなくなった。
「………(ニヤニヤ)」
「っ⁉︎」
そして、ほんの3秒に満たない攻防とも言えない戦闘。勇者と自称魔王の戦いは一瞬で、両者とも動かなくなるという形で終わった。
まさに刹那、オレに出来たのはただイスから立っただけである。それだけ一瞬で起きた出来事だったのだ。
「……おい、アリス。落ち着いたところで、一応話を続けないか?まだその人が魔王だって証拠はないわけだし…」
この状態のまま二人とも静止して数秒間、全く動かなくなったのでオレはそんな提案をしてみた。
空気ぶち壊しなのは分かっているが、紫陰の冗談の可能性もある訳だしいきなり首を刈りにいくには早いのではないだろうか?
「イオりん、今すぐ逃げてください‼︎コイツ、ヤバイのです‼︎」
「は?何言ってんだ?いいから座れ。いきなり魔法使って首狙ってテーブルの上に乗っているやつのほうがヤバ」
「違うのです‼︎動けないのです‼︎もうアリスに勝ち目は無いのです‼︎早く逃げてくださいなのです‼︎」
え?アリスが自分で止まったんじゃないの?
必殺の手刀を紫陰の喉元に構えたまま動かなくなったアリス。
命の危機だというのに相変わらずにニヤニヤニヤニヤと不気味に笑ったまま、アリスではなくこちらを見ている紫陰。
ああ、どうやらオレの認識は間違っていたらしい。
アリスの速攻により、紫陰は動く前に敗北が決まりアリスの情けで首がつながっていると思っていた。
実際は、アリスは止まったのではなく、動けなくなったのが正解らしい。
「『レイドスパーク』‼︎『ランス・オブ・ボルト』‼︎『ホワイト・シェア』‼︎なんでどれも発動しないのですか⁉︎」
「………無駄無駄無駄」
アリスは即発動できる魔法を次から次へと唱えているが、なぜかどれも発動していない。さっきの結界の一種か?
……どうやら、早くも勝敗は決していたようだ。
「あのさ、紫陰、アリスがいきなりバカな真似して悪かった。見ての通りヤンチャなやつでな。冗談くらい軽く受け流せってちゃんと言い聞かせておくから離してやってはくれないか?」
アリスが負けた、つまり魔王に勇者が負けたという現実。
全く実感はないが、どうもそういうことらしい。
さて、この事態にオレはどう動こうか。
とにかく、最も優先することは…
「イオりん⁉︎何を言っているのですか!コイツは魔王なのですよ⁉︎早く逃げてください‼︎」
「アホか。フラッと立ち入った森で魔王とエンカウントするくらいラスボスに簡単に出てこられたなら、道中でメタル狩りも出来ねーよ」
逃げる?確かに正解だ。
仮に本当に紫陰が魔王だとしたら、勇者と魔王の決戦にただの街人は隣に並んでいるだけで命はないだろうし足手まといだ。だから正解。
じゃあ逃げるか、アリスを残して。
そうすればオレだけは助かるかもしれない。アリスならこの状態からでもなんとかして数秒は稼いでくれるだろう。だから、それを無駄にしないためにも逃げるべきだ。
……じゃあ、残されたアリスはどうなる?
「紫陰、見ての通りだ。お前のブラックジョークを間に受けて勇者さまはやる気スイッチが入ってしまったらしい。いきなり命を狙うようなバカな真似をしてしまった。謝って済む問題じゃないが、代わりに謝る。すまなかった」
もし仮に紫陰が本物の魔王だったら、きっとアリスは助からない。
魔王に捕まったらどうなるか、拷問されるか奴隷にされるか、はたまたあの人形部屋に並ぶことになるのか、少なくともろくなことにはならないだろう。
だが、アリスを犠牲にすればオレは、オレだけは逃れられるかもしれない。
だから、アリスを見捨てて逃げる、それがこの状況において一人だけでも助かるという一番賢い選択肢である。
『イオリんは一人でも大丈夫ですか?』
『いっしょに皇都で暮らしませんか?』
…そうだな、オレがするべきこと、そんなもの答えは簡単だ。
どんなことをしてでもーー
「イオりん‼︎早く逃げてください‼︎アリスがなんとかして時間を稼ぎます‼︎その間にーー」
「話の途中で悪かったな。この勘違いバカはなんとかするから座っていてくれないか?」
ーーここから、アリスだけでも逃すことである。
「………(クスクス)」
例えオレが犠牲になってでもアリスを逃す、それだけだ。
その行動に、勇者を生かすことで人類のためとか、勇者の身代わりとして名誉の死とかそんなつもりは一切ない。
ただ、アリスがオレのために死ぬことだけはオレが許さない、それだけのことだ。
「勘違いしているのは、あなた」
相も変わらずに紫陰は座ったままだ。
余裕たっぷりだな、チクショー。こっちは余裕どころか使える手も限られているっていうのに…
「わたしは、一度たりとも嘘はついていない。わたしが魔王なのは本当、アリスちゃんの行動は正しい。あなたは早く逃げたら?こんな状態でも勇者は勇者、もしかしたら、もう数秒は稼げるかもしれない」
「冗談が過ぎるとオレもついていけなくなるぞ。今日はもう疲れてるから走りたくないんだ。これ以上鬼ごっこに付き合う体力は残ってないからな」
さて、この会話で稼いだ短時間で整理した情報。
逃げ道は食堂から廊下に続く扉一枚。距離はおよそ70メートル、部屋広すぎだろ…
アリスはなぜ動けないか?たぶん、見えないくらい極細の糸じゃないかな。さっき着せ替え人形にされていた時に、マリオネットのように操られていたからそれと同じものと考えていいだろう。
糸の強度はアリスが全力で引っ張っても千切れなかったからかなり強いはずだ。現に今、魔法で身体能力を大幅に強化したアリスの力を持ってしても身動き一つ取れていない。
そして、紫陰はずっと座っていただけ。
あと、本当に魔王っぽいことかなぁ。
情報が少なすぎるな…
唯一、使える情報はおそらく紫陰は糸を操っているということだけ。
というか本当に魔王だとしたら無理ゲー乙。糸使いとか前世の娯楽作品じゃクソ強いポジの奴しかいないというのに…
…でもまあ、勝機が無いわけじゃ無い。
「残念。せっかくアリスちゃんが稼いでくれた時間も無駄にしちゃった」
「そうだな。ところで、オレ達はこの後どうなるか聞いても?できればもう帰して欲しいんだけど」
「魔王に捕まったらどうなると思う?」
「おいしくいただかれる?」
「残念、カニバリズムの趣味は無い。もっといいこと」
…とりあえず、喰われることは無いらしい。
とにかく、隙を見て近寄らなければ勝ち目が無いんだけどどうしたものか…
「イオりんに何かしたら絶対に許さーー」
「うるさい」
「っっ⁉︎っ〜〜〜」
アリスが糸で首を絞められた。
その時である。
オレの中で何かが吹っ切れた。
〜〜〜
(っ⁉︎)
アリスを黙らせるために、紫陰は操っていた糸でアリスの首を絞めた瞬間である。
目の前の戦闘力など無い無害のこの少女のような少年から感じられる魔力が変わった事が、紫陰を戸惑わせた。
《魔力が変わる》その現象は、決して珍しい事では無い。
運動すると血流が速くなったり、食べるものによって血の質が変わるように、魔力の質や流れかたなどが変わる事など日常的なものだ。
だが、紫陰が驚いたのはその変化の異常さだった。
神にすら匹敵するが決して荒々しくもなく、むしろ美しくさえある、それがイオの魔力を調べた紫陰の感想だった。
その魔力が、触れてもいないのに感じられるほど、攻撃的なものに変わっている。
例えるなら、海が一瞬にして火の海に変わる、それほどまでの劇的な変化を紫陰は感じていた。
そしてそれは、紫陰にほんの一瞬の隙を与えた。
イオが伺っていた一瞬の隙。唐突に恵まれたチャンスにイオが動く。
「神のラッパ‼︎」
イオには紫陰がなぜ驚いているかわかっていなかった。
だが、そんな事はどうでもいい。
唐突に訪れたチャンスをものにするために、イオがとった行動はまずスマホを上空に向かって投げることだった。
「っ!させない‼︎」
紫陰は上空のスマホが、タチの悪い悪演奏をする事を事前に知っている。故にまずはそれを防ぐための行動を始める。
紫陰が上空に手を伸ばすと、大量の糸がスマホに向って発射された。スマホはその糸で繭のような状態になったあと、重力に従い床に落ちた。
即興で作られた繭だが糸と糸の間にミクロサイズの隙間も無い。それは音の波さえ外に漏らさないほどである。
神のラッパを封じて、目の前の少年は無害になった。
「………っ⁉︎」
はずだった。紫陰がスマホからイオに視線を戻した瞬間、イオは紫陰の目の前にいた。
紫陰は油断していたつもりは無い。
スマホの危険性に気を取られてはいたが、イオが紫陰に近付こうものなら不可視の糸が絡みつき動きを封じる罠を張っている。勇者すら動けなくなる糸をこの少年が突破してくるなど思ってもいなかったのだ。
机の上から、アリスを死角として利用し、さらにアリスの通った後なら罠はあるまいと、半ば博打で特攻したイオだったがその賭けに勝った。
イオの手には針が握られ、それは紫陰に向って突き出された。一度焼けて錆びかけていて、さらには焼けた血液がこびりついっている十数センチほどの針を。
針は反射的にそれを防ごうとした紫陰の手に刺さる。
数時間前、イオが手首の止血に使った特殊な針。
それはミスリルをベースに作られた魔力伝導率がほぼ100パーセントの合金であり、高級魔導具の回路として職人たちに好んで使われる金属である。
そしてそれはイオの核燃料並みの異常な魔力を直接相手に流し込む必殺の毒針であった。
長らく期間を空けてしまい申し訳ありませんでした。
理由というのは、ちょっと人生を左右する試験がもうすぐあるのでそれに向けての期間でした(が、半分諦めかけています)。
もう少ししたら再開するつもりでしたが、久しぶりに見たら見てくれている人が増えていたので投稿することにしました。心の底から感謝です。
来週くらいにはもう終わりますので、もう少しだけお待ちください。




