第七話「森の奥には魔女がいる、いいえ〇〇デス」
ほとんど説明会な気が…
過労でもう動けないのに、さらに手足を拘束され、自由を失い身動きの取れない身体。
「フフっ、次は、こっち」
「ぁぁ…ぁぁ…、イ、ヤだ…」
次から次へと持ち込まれ、女の私欲を満たすために使われるそれらの数々。
「抵抗しない。すぐに終わる」
「イヤだっ…もうイヤだ‼︎やめてくれ‼︎」
なけなしの力を振り絞って抵抗しても身体は言うことを聞かず、女の思うがままに操られている。
「大丈夫、恥ずかしく無い、恥ずかしく無い。そのうち、いつの間にか平気になっている」
「無理だよ‼︎こんなの恥ずかしいよ‼︎もう、やめてください‼︎どうしてこんなことをするんだ‼︎」
オレはあれから、蜘蛛の巣に捕まった蝶のごとく、理不尽な屈辱を味わっている。
「そんなの、決まっている。あなたがこんなにカワイイから……じゃあ、今度はこっち」
「っ⁉︎イヤだ‼︎それだけは…それだけはやめてくれ‼︎」
オレの懇願は聞き入れられず、結局女の思うがままに弄ばれる。
「うっ…うっ……。もう、お婿にいけない……」
「今さら、何言ってるの?もうこんなにたくさんやったのに。ほら、写真だってたくさんある。どれも、かわいく写ってる」
「ええっ?いったいいつの間にか撮ったんだ⁉︎ていうか返せ‼︎返してくださいお願いします…」
「ダメ、これは渡さない。ちなみにアリスちゃんが協力してくれた」
「裏切ったなアリスーーー‼︎‼︎」
最後の希望だったアリスも、すでにこいつ側に堕とされてしまったらしい。
「どうして……こんなことに……」
「勝手に入ってきたのはそっち。それにあなたのせいで部屋が一つ壊れた。なら、償いは必要。だから、身体で償ってもらう」
「もうこんなにやったんだ‼︎十分だろう‼︎もう解放してくれ‼︎」
「あら、涙で濡れた顔もカワイイ。ますますそそられちゃう」
「や、やめろ‼︎来るなーーー‼︎」
人形部屋で力尽き奴に捕まってしまってから、かれこれ一時間以上、オレは……
「やっぱり、フリフリのスカートは欠かせない。キラキラロッドも捨てがたい。この青いリボンも付ければ……はい、魔法少女マジカル☆イオリンの完成。あとはポーズを決めて…」
着せ替え人形にされていた。
奴に捕まった後、オレとアリスは手足を見えない糸のようなもので吊らされ操り人形にされた。
糸はアリスの馬鹿力を持ってしても引き千切ることは叶わず、これでオレの人生もとうとう終わりかと思っていたら、次に奴が持って来た大量の衣装を見て別の意味での人生の終わりを悟った。
人形部屋で生きたまま人形にされることを勝手に恐れていたりいたが、まさか本当にされるとは思ってもいなかった。
次から次へと持って来られる完全に美少女系衣装の数々。
喜々として着せ替えていく目の前の女。
オレが男だと主張すると奴はなぜか余計に嬉しそうに女物の服を着せていく。
手足は見えない糸で操られていて勝手にポーズを決めてしまう。
よくよく耳を傾けてみればどこからか魔導カメラのシャッター音が鳴り響いている。いつの間にかいなくなっていた裏切り者アリスが見えない位置から写真でも撮っているのだろう。
オレは今、フリフリのミニスカートとセイラー服もどきの空色の服を着て、星のデザインが特徴的なロッドを持ち、目元にピースを持ってきた、クール系魔法少女という、男として屈辱的なポーズをさせられていた。
「オレじゃなくてアリスでもいいだろう⁉︎なんでオレばっかりこんな目にあうんだ⁉︎理不尽だ‼︎」
「アリスちゃんにも、きちんと後でやってもらう。でも、その前にあなた。こんなに芸術的な素材、他にない」
「じゃあせめて男物にしてくれませんか⁉︎これ、着せられるたびに何かオレの中で大切なものがガリガリと音を立てて削られていくんですけど⁉︎」
「イオりんとってもカワイイのです‼︎やっぱりこんな服がとっても似合うのですね‼︎ところでシカゲさん、この写真もらっても良いですか?」
「いい。フィルム式だから、いくらでもやき直せる」
「よくねーよ⁉︎やめろ‼︎というかアリス!さっさと助けろ‼︎助けてくださいお願いします‼︎」
「ありがとうなのです‼︎宝物にするのです‼︎」
その後は、アリスも交えて一時間以上撮影が続いた。
オレは魔法少女だけでなく、メイドやゴスロリ、セーラー服、ドレスにお姫様衣装、などなど女物ばかり着せられまくったというのに、アリスは逆の男物も着せてもらっていたのはおかしいと思う。
必死の抗議の末、オレにも同じ男物を着せてもらったが、アリスより似合わなかったことが今日一番の悲しみであった……
〜〜〜〜〜
場所は変わって大食堂。服装はいつもの男物の修道服。
さっきまで何があったか憶えていない。憶えていないったら憶えていない‼︎
いまオレたちがいるこの部屋は、馬鹿でかいロングテーブルがいくつも並び、その上を薄汚れたテーブルクロス敷かれ、三又のキャンドルが壁に掛けてあったランプと同じように不気味な青い火が闇を淡く照らしている。
そして壁には相変わらず大量の蜘蛛の巣、だがさっき気づいたがどの巣にも蜘蛛はいないようだ。でもむしろそれはそれで恐怖が増す。
正直、こんなところで食事なんて取りたくはないなと思うような空間だ。
オレたちはこんな食欲も吹っ飛ぶような食堂のテーブルの一つを挟んで、先ほどリアルホラゲーを体験させてくれた奴と一緒に三人でティータイムを楽しんでいる……ようにみえるだろうが楽しんでいるのは電波とホラー女だけだ‼︎
なんでこいつらはこんな場所で平然とお茶なんて飲めるんだ⁉︎おかしいだろ⁉︎それともオレがおかしいのか⁉︎
それに未だにオレは身体中の疲労と痛みで食欲なんて出るわけがない。
というか一番ツッコミたいのは二人の前に置いてある飲み物は普通に紅茶なのに、なぜかオレの前だけ毒々しい紫色の液体が置いてあることなんだが⁉︎
「こんなに美味しい紅茶はじめてなのです‼︎どんな葉っぱを使っているのですか?」
「ふふ、企業秘密。ちなみに美容の効果あり。おかわり、いる?」
「ぜひ欲しいのです‼︎」
「こんなおどろおどろしい紅茶はじめて見たんだが……どんな素材を錬金したんだ?」
「ふふ、企業秘密。ちなみに疲労回復に絶大な効果あり。味は保証しない。おかわりはいっぱいある」
「…できれば錬金について否定してほしかったです」
疲労回復ね…たぶん、オレが火事場の馬鹿力使いまくって死にかけてたから、その回復のために作ってくれたのだろう。
その心遣いはありがたいのだが、この謎の液体Xはないと思う。
ドス紫の粘性を持った液体はオレの目の前に置かれてすでに5分くらい経っているというのに、未だにゴボゴボと謎の沸騰をしている。臭いは嗅いだ瞬間、一瞬で吐き気を催す前に嗅覚を破壊してくれたため何も感じない。
「早く飲んで、じゃなきゃ話に移れない」
「…………これを飲まないという選択肢は?」
「ない、飲むまで家に帰さない」
「飲んだら飲んだで家に帰れなくなりそうなんだが…」
飲んだ瞬間、別の場所に還ることになりそうである。
「きっと美味しいのですよ、イオりん!ゲテモノは美味だって相場が決まっているって、おとうさまが言っていたのです‼︎」
「いやこれゲテモノじゃないからね⁉︎劇物だからね⁉︎」
「良薬口に苦し、効果は保証する。喉元過ぎればなんとやら、一気に飲んでしまった方がいい」
「むしろ喉元過ぎてからが本番の色をしているのですが、それは⁉︎」
無理!飲めない‼︎絶対ムリ‼︎
だってコレ飲み物じゃないもん‼︎コレが飲み物なら、ジャイ○ンカレーは食べ物と言っていいレベルだぞ⁉︎
「往生際が悪いのですよ、イオりん‼︎そんなに嫌ならアリスが飲ませてあげるのです‼︎シカゲさん、イオりんを押さえておいてくださいなのです‼︎」
「わかった」
「やめろ‼︎オレを殺す気か⁉︎」
「大丈夫なのですよ、イオりん‼︎勇者センサーがコレは薬だから身体にいいってアリスに教えてくれているのです‼︎」
「は?勇者センサー?まさかそれが電波の根源なの…ゴフっ‼︎やめろ!離せ!それをオレに近づけるなぁぁぁぁ‼︎」
「諦めて、抵抗しない。一気に飲んだ方が死亡率は低い」
「死亡率⁉︎やっぱり死人でてるじゃねーか‼︎考え直せアリス‼︎それは薬じゃない、毒だ!猛毒だ‼︎」
「薬も一種の毒なのです!さあイオりん、一気に飲み干すのですよ。一気!一気!一気!一気!」
「一気、一気、一気、一気」
「お前らそれがやりたかっただkゴボボボボォォォ……」
何コレ⁉︎
甘くて辛くて酸っぱくて苦くて渋くて美味くて不味い。
味の宝石箱とかじゃない。パンドラの箱だ。希望という味が失われた絶望しかないパンドラの箱だ。
その劇味により味覚という味覚が全てフルに反応して脳内回路に脳細胞を焼き尽くす勢いで尋常ならないほどの電流が送り、とうとう脳が処理できずに気を失った瞬間、また同じ反応により強制的に覚醒させられる。
口の中でドロドロとした粘り気のある奇妙な液体が流れていく。その中にたまに何か怪しい固形物が混ざっているのが喉を通るたびに感じる。
無駄に質量を持った液体は胃に落ちて溜まっていくのがハッキリと認識できてしまう。
胃は、馬鹿な身体の主人が飲み込んだ異物を追い出そうと収縮をしていたが、液体Xに蹂躙され、そのうちなんの反応も示さなくなってしまった。きっと麻痺する成分が入っていたに違いない。
もしこれが拷問なら、どんな一流の仕事人でもこれ一杯で信念も忠誠心も何もかも忘れ、知っている情報をありったけ吐き出すと思う。
オレは幾度と無く気絶と覚醒を繰り返し、液体Xを飲みきったのだがその頃には意識も薄れ、何か見覚えのあるレストランの幻覚のようなものが見え始めていた。
「イオりん、起きてください‼︎終わったのですよ?」
「ダメ、彼は、起きたくても、もう……」
「イオりんったら、いつもどこでもすぐ寝ちゃうのですよ〜。ほらイオりん、早く起きるのです‼︎」
「……また失敗。いい薬なんだけど、やっぱり死んじゃったか。………『リターン・スピリット』」
「………………はっ‼︎ここは⁉︎さっきまでファミレスにいたはず」
「おはようございますイオりん‼︎」
「御還りなさい」
「なんかデジャビュを感じる…おい、オレ今死んでなかったか?」
「そんなことは、どうでもいい。それよりどうだった?」
「どうでもよくねーよ‼︎たぶん死んだよ‼︎まさかこの世にアリスの手作り弁当より危険な味が存在するとは思わなかったぞ⁉︎」
「味じゃない、体調」
「…は?」
オレはそう言われて今の自分の状態に気づいた。
軽い。火事場の馬鹿力で無理してあんなに走り回って、鉛のように体が重くなって死にそうだったのに、疲れも痛みもまるで何事もなかったかのようにすっかり抜けていた。
今ならどんなことでも出来る気がする、そう思えるくらい調子もいい。
本当に空でも飛べそうなくらい爽やかな気分だ……でもなんでだろう?さっきまで空を飛んでいた気がするのは…
「効き目はバッチリ。効果は期待以上。あとは死亡率の問題か…」
「おい、聞こえたぞ。『あとは』じゃ無くて先に解決しなくてはいけない問題が」
やっぱりさっきまで空を飛んでいたのは間違いじゃないようだ。
「おかわりいる?」
「いるかーーー‼︎‼︎」
〜〜〜〜〜
「さて、一息ついたところで質問」
「一息ついたっていうか一息尽きたところなんだけど…」
物資Xを無理矢理飲まされてから数分後、女が入れてくれた普通の紅茶で口直しをしたが味覚がとことん破壊されていたせいでなんの味もしなかった。
アリスが本当に美味しそうにしていたから結構楽しみにしていたのだが残念だ。
その後、オレが紅茶を飲み終わってから、女が会話をきりだしてきて今に至る。
「あなたたちは何者?」
「質問されていて悪いが先に名前だけでも聞いていいか?オレだけ正確にあんたの名前知らないんだけど…」
向こうはこっちの名前を知っているし、アリスはこの人の名前を聞いているらしいがオレだけ知らないから会話がしづらい。
素色と言われる薄い灰色に近い色のフード付きコートを着た女。
追いかけていた時はフードを被っていたが、今は外してその顔が見えている。
目元まで隠れる長くて白い髪は、毛先だけキミの悪い紫色をしている。
後ろ髪はコートで隠れてわからないが、多分かなり長いはずだ。
髪の間から見える眼は毒々しい青紫色をしていて暗く、常にジト目でこちらを見つめてきている。
相変わらずニヤニヤニヤニヤ笑っていてなんだかマッドな研究をしている悪の科学者みたいである。
背丈は160弱といったところだろうか、あまり高くは無く身体の太さはオレより少しだけ太いくらいだ。
なんだか病人みたいで全体的に不気味である。街にいたら絶対声をかけたくない、というよりかけてはいけない人だ。
なんでオレはこんな奴と自己紹介しなければいけないのだろうか?
「シカゲ、漢字で書くと『紫陰』って書く。あなたならわかるでしょ?」
「……もしかして日本人の転生者?」
「違う。父が、日本人だっただけ。そしてあなたは元日本人でしょ」
……驚いた。まさか日本を知っている奴だったとは。
実はこの世界には意外と転生者は多い。
前世の記憶は人によって覚えているレベルは違うが、自分が前世持ちだと認識できるだけのレベルから含めると20人に1人くらいは転生者がいる。
クラスに一人か二人くらいの割合だが、記憶を完全に覚えているとなるとその中でも100000人に1人くらいでほぼいない。
オレは前世を完全に覚えていたわけではないがだいたいの記憶と知識を持ち、人格形成に大きく影響したりしている。このレベルですら転生者のうち50000人に1人ぐらいの割合である。
基本的にほとんどの転生者は昔の名前や世界、思い出深いシーンなどをうっすらと覚えているだけである。
オレは今までに何人もの転生者にあったことがあるが、元日本人は1人しかあったことが無く、ほかは更に別の世界からの転生者ばかりであった。
だから、転生者ではないが日本を知っている人に会ったのは久しぶりでなんだか感動してしまった。
「なんでわかったんだ?」
「そのスマホ、日本語で書かれていた。アレ、読めるのわたしの家族か日本人だけ」
「なるほど、スマホか。どうりで戻ってくるのが遅いと思っていたらあんたがいじってたのね」
アラームで神のラッパを使ったあと、手元に戻ってくるのがいつもよりやけに遅かったが変な故障とかじゃなくて良かった。
「それじゃ、質問。あなた達は何者?」
「わたしはアリス・リテル‼︎勇者なのです‼︎そしてこっちが」
「イオ。姓はない。ただの街人だ」
「……じゃ、なさそうね」
「なんか言った?」
「『王』と『姫』?何のことなのです?」
何か紫陰が呟いたようだがオレはよく聞こえなかった。
アリスは聞こえたようで『王』と『姫』と言っていたようだ。一体何のことなのだろうか?
もしかしてここに国のトップでも来る予定があったのだろうか?
「何でもない。わからなくてよかった。この質問は、終わり。ところで、アリスちゃんは勇者だったんだ…だったらイオちゃんは『賢者』か何か?」
「なんかさっきの言葉が引っかかるんだが…まあいいか。ちなみにオレは本当にただの街人だ。あんたがオレを『賢者』と思った理由はオレがこの屋敷に入ってから、なんの体調不良も起こさなかったからだろ」
結局、『王』と『姫』とはなんだかよくわからないが、紫陰がわからなくてよかったというのなら知らない方がいいのだろう。もし本当に文字どうり『王』や『姫』なら絶対関わりたくない。上位身分の連中なんていい思い出がほとんど無いのに最高身分となると絶対ろくなことが無いに決まっている‼︎
それに現状、オレ達と紫陰はお友達になった、というわけではないから下手に藪をつつきたくはない。もし話が拗れて戦闘にでもなろうものなら、オレの推測が正しければアリスがいてもこの屋敷では圧倒的にこちらの分が悪いからだ。
そしてオレが『賢者か』という質問からおそらく、オレの推測が正しいことを確信している。
「そういえば、イオりんはなんでこの家に入ってから何もなかったのですか?」
「イオちゃん、考えを聞かせて。当たったらいいものあげる」
「そのいいものってさっきの液体Xじゃないだろうな?」
「違う。ちゃんとしたもの」
……本当かなぁ。
「…それじゃ、まず、ここに入った時に現れたアリスの症状。確か病気の時みたいにまず頭痛、次に寒気、そして回復してからもしばらく、身体にろくに力が入らない、だったよな」
「はい、そうだったのです」
「その症状で考えられるもっとも可能性が高いもの…『魔力切れ』だろ」
「正解」
「ええ⁉︎でもアリスは魔法も何も使ってなかったのですよ⁉︎なのに魔力切れなんておかしいのです⁉︎」
やっぱり正解か…なら、何もおかしくないんだよな。
アリスが患ったそれらの症状は全て魔力切れの時の症状と一致する。
この世界の者は誰もが必ず持っている、魔力。それを一定量以上持っているものは魔力持ちと言われている。
魔力とは、ファンタジーでお馴染みのMPみたいな物だが、体に対する影響は血液に近い。
『魔力切れ』とは魔法などを使って魔力が枯渇したとき、貧血の時みたいに体に異常が出始め、回復をしたり休んだりしなければどんどん悪化していく。具体的にはアリスの症状のような形だ。
どれくらい魔力減れば魔力切れが起こりはじめるかや、症状の具合は個人差はあるが、基本的に本人の魔力量の6割ぐらい消費すると起こり始める。
治すには体内の魔力の回復を図ることだが、それが遅くなると魔力が体に巡り廻るまで動けなくなったりする。
「毒の線も疑ったが、それならオレが無事なはずがない。大方、侵入者の魔力を強制的に吸収、もしくは発散させる結界でも張っていた…というところか?」
これなら街で流れている噂に家に入ってすぐに意識がなくなるというのも頷ける。一般人の魔力なんて多くても勇者の100分の1にも満たないはずだ。入った瞬間一気に魔力切れを起こし気絶したのだろう。
勇者の魔力を短時間で枯渇に追い込むということはかなり強力な結界が張ってあったに違いない。
つまり、その結界がある限り紫陰はいつでもアリスを魔力切れに追い込めるため、おそらく勝ち目はないのだ。
「大正解。じゃあ、次の質問。あなたが倒れなかった理由は?」
「あんたならもうオレが転生者ってことから見当がついているだろう。『ギフト』だよ、チート級の」
おっさん神の言葉からおそらく、ギフトとは転生者の特権…というわけでは無いようだが、一部の記憶持ち転生者が転生時に神からギフトをもらったことを憶えていたために『転生者=ギフト持ち』という認識が噂話程度のレベルで広まっている。
オレが転生者とわかった時点で紫陰は見当がついているはずだ。
オレが魔力切れを起こさなかった理由、それは転生時にもらったギフトの一つ『魔力チート』である。
勇者が一般人の100倍近くの魔力があるのならオレはその一万倍近くの魔力量とその生産速度をほこる。
更に魔力量だけでなく、その質も桁違いにいい。血液に溶け出したわずかな魔力で勇者の魔力切れが回復するぐらいに。
その差を例えるなら一般人の魔力がライターオイルだとしたら、勇者はガソリン、そしてオレは核燃料ぐらいの差がある。
そう、オレの魔力はまぎれもないチートなのだ‼︎
こうなってしまったのはチートの影響だけでなく、全く動けなかった赤子の時に暇な時間を全て費やした魔力トレーニングの成果でもある。
赤ちゃんプレイからの現実逃避も兼ねて、『動けないし、テンプレ的な魔力トレーニングでもやってみるか!』という軽いノリで始めたのだが、体内の魔力を感じとるところまではよかったが、どうしても体外に放出させることが出来なくて行き詰まってしまった。
他に何かできないかと試行錯誤していると体内で魔力を燃やすようなことが出来ることを発見し、更にその時発生したエネルギーを使って魔力を生産できることを発見し、さらに生産される魔力をより純度の高く濃密で質のいいものにしようと改善しまくった。
その結果、約半年でオレの中に一種の永久機関が完成した。そう、夢の『永久機関』である。
そしていつの間にか、オレが何もしなくても魔力が生産、消費、改善され続けていた。つまり、オレは息をしているだけで今も永遠と魔力トレーニングが行われているのである。
これがオレがこの家で異常なく動けた理由である。
永遠に働き続ける魔力の永久機関は、この家の結界をものともしない量の魔力を生産しまくっているのである。
「ヘェ、なら賢者よりすごい。でもなんで、逃げる時、魔法使わなかったの?」
「……使わなかったんじゃなくて、使えないんだよ。魔法どころか魔術も魔導具も…」
魔力の永久機関とか俺TUEEEE!!とか思っていた時期がオレにもありました。
問題は魔力持ちとされる一定量以上の魔力保持者が、必ずしも魔法の才能があるわけではないというわけである。
魔法、それは体内の魔力を言葉や動きで変質させたり、代理者として精霊や神に送ったりして、超常現象を引き起こすことを言うのだが、まず体外に魔力を自然に出すことのできない者は使えないのだ。完全に才能の問題で後天的に身につけることは不可能と言われている。
つまり、体外に魔力を出せなかったオレは魔法の才能がなかったのだ…
だが、それを補うための人類の技術、『魔術』と『魔導具』
これは、魔法の才能がないものでも同じことをしたいと試行錯誤した先人達の血と涙と努力の結晶である。
魔法で起こる現象を理論的に解明し、それを線や点、立体、図形、媒体、材料、機材etc.etc.で再現するという魔法の世界ならではの技術である。
出来上がった魔法陣や魔導具に魔力を吸わせて魔法を発動させるのが一般的だ。
これにより魔法の使えない者も、魔法に比べると時間も効率もクソ悪いが同じことが出来るようになった。
ゆえにオレは魔法使いや魔法師の道を諦め、魔術師か、魔導師の道を目指そうとしたらさらに別の問題が発生した。
オレの魔力は他人とは比べ物にならないくらい質がいい。
だが、そのせいで魔術も魔導具も使えなかったのだ。
例えばだ、ライターの中にオイルの代わりに核燃料が入れられていたらどうなるだろうか?
地球では核燃料で動いていた乗り物が一つでもあっただろうか?いや、ない。
始めて魔法陣を描いて魔術を使った時、回路が一瞬で焼き切れた。
始めて孤児院に魔導コンロが来た時、オレがつけた瞬間大爆発が起こった。
地球では電化製品は雷が落ちると複雑な電気回路は全てパーになる。
ガスコンロは決して核エネルギーで動くものではない。
つまり、オレは鍛えすぎたのである。
オレの魔力の質と量に耐え切れる術も道具もこの世にはなかったのだ。
唯一使えるのは魔力の籠った魔石を電池代わりにして動く、オレの魔力は全く関係のない魔導具の類である。
後に、もし何もしなければチートだけなら今のアリスと同じくらいの魔力量と質でギリギリ魔術も魔導具も使えたはずだった、とおっさん神から聞いた時は涙が出そうになった。
「ちょっと握手」
「…魔力量でも測るのか?やめたほうがいいぞ」
昔、同じ方法で無理矢理オレの魔力量を調べようとした変態魔法師がいたが、やった瞬間気絶して、起きてからは脳みそがところてんになった。
オレはこれでも危険物なのである。
「平気。無理はしない」
「……もし死んだらちゃんとオレたちをこの家から出してくれよ」
何と言っても聞いてくれなさそうだから仕方ない。
死なれたりしたら目覚めが悪いが、そういえばさっきオレは殺されたのだからもし死んでもこれでおあいこだろう。やっぱむしろ死ぬがよい。というか氏ね。
そんなことを思いながらオレは、紫陰の大きくない手と握手をした。
その瞬間、オレの魔力が微量だけ吸い取られたのを感じた。
「熱っ‼︎」
だがすぐに、紫陰は手を離してしまった。
でもむしろ熱いで済んだのはすごいと思う。オレの魔力を直に吸えばあの量でもほとんどのやつは廃人コース直行なのに…
「すごい、神に匹敵する…あなた種族は?」
「……人間100%だよ」
種族判別の血液検査みたいなものがあり、それで自分の種族がわかるのだが、純粋な人間と知った時は驚いた。
孤児院に捨てられた子はそのほとんどが接触禁忌種族同士の混血ということが多いからだ。
しかし純粋な人間なんて絶対もっと面倒な出生に違いない。
その時は、実は親なんていなくて転生者特典でこの身体は神が直々に作った器なんじゃないか、などと思いもしたが、おっさん神はオレにはちゃんと親がいると言っていた。
「………3つ」
「は?」
「あなたのギフト。全部で3つ、すべて最上級」
「…ステータスでも鑑定したのか?」
やられた…
紫陰が唐突に何を言い出したのかと思っていたら、オレのギフトの数を当ててきやがった。ただ魔力を測っただけじゃなさそうだ。
「鑑定やステータスなんて、旧時代の遺物、よく知ってるわね」
「え⁉︎この世界ってステータスとかそんなゲーム的なやつあるの⁉︎」
鑑定はむかし似たようなことをしてきたクズがいたからあるとは思っていた。でもステータスとかは適当に言葉を並べてみただけだったが思いもよらない答えが返ってきた。
初耳だ‼︎この世界には魔法の概念はあるが、ゲーム的な現象はないと思っていた。
「もしかしてレベルとかもある⁉︎修羅場をくぐり抜けたり修行を積んだりすれば経験値入ったりするの⁉︎」
「言ったでしょ、旧時代の遺物。むかしはあったけど今はない」
「無いのかよ‼︎というか旧時代ってなんだよ、聞いたことねーよ⁉︎」
「神々が人間使って遊んでた時代のこと。とてもむかし、誰も知らなくて当然」
何それ怖い。なんか触れてはいけない歴史の闇な気がする……というか、そんなことを知ってるってこいついったい何者なの?
「そんなことより質問。あなたのギフト。魔力と……多分、容姿?」
「正解」
この二つはわかりやすいからバレても仕方ない。
だがギフトの所持数を知られた以上、もう一つはどうにか隠してもしもの時の牽制にしておきたい。それも戦闘には全く使えないが知らなければ相手には十分警戒対象になり、慎重に動かなければならなくならはずだ。
紫陰がいつでもあの強力な結界の効果を発動させることができる以上、アリスには期待できない。
頼れるのは自分だけだ。何としてもこれ以上手の内をさらけ出すわけにはいけない。
「あと一つは?」
「言わなきゃダメ?」
「さっきの紅茶、おかわりいっぱいある」
「裁縫がやたらと上手くなるやつです」
奴の一言にオレは一瞬で最後の情報を吐き出した。
クッソ‼︎この女、なんて汚い手を使ってきやがる‼︎
「どれくらい器用?」
「えっと…この世界で上から数えた方が早いと思うくらい、だと思う…」
どれくらいって言われてもなぁ…
少なくとも街ではオレに勝る人はいないと思う。
そして地味だけど一応コレもチート級だからヘタしたら世界一の可能性もある。
「すごい、最上級ギフトが3つ」
「いや、そのうち二つはあるだけで迷惑なんだけどね〜」
言わずもがな『容姿』と『魔力』のチートである。
容姿はまだ子供なのに見ての通りの絶世の美女です、男だけど。
チート級の美貌とは、もう歩いているだけで老若男女も種族も問わず誰もが一目惚れするレベルである。
おかげで昔は、誘拐されるわ、売り飛ばされかけるわ、貴族は目をつけてくるわ、変態は湧くわetc.etc.そのせいでいろんな人に迷惑をかけてしまった…特にシスター。
それだけでも大変だというのに、さらにいらない魔力チート。
まだ、魔法も魔術も使えないだけなら良かった。使えないだけなら一般人にはザラにいる。
問題は持っている魔力の希少性で、どこから漏れたのかその情報はあちらこちらに拡散し、どこかの独裁国や怪しい魔術結社、裏社会などでオレは『貴重なサンプル』として拡がっているらしい。質のいい魔力持ちは質のいい素材だそうだ。
直接命を狙われたり、黒魔術の実験に使われかけたりとろくな目に合わない。
結局、役に立つのは『裁縫』チートだけである。
主に諸事情で幼い頃から内職で裁縫ばっかりしていたら恐ろしく腕が上がった。
あとはその副産物で手先が器用になり料理で包丁がうまく使えるようになった。
たぶん、手品とかやったらプロを目指せるんじゃ無いかな…それくらい手先が器用だ。
「役に立つ立たないは問題じゃ無い。持っていること自体が異常」
「いやいや、オレだけじゃ無いよね、結構いるでしょ?」
「いない。そのレベルのギフト持ちは、普通は生まれる前に死ぬ」
「…え?」
どういうこと?オレ、今生きてるよね?
「考えてみて。神に匹敵する魔力を身体に宿してただの人間が無事だと思う?神でも無いただの人間の赤子がそんな異常な力を持って無事だと思う?」
「………言われてみれば」
「そのレベルのギフトが3つもある。普通は魂も身体も保たない。なのに、あなたはここにいる。だから私はあなたが人間だと聞いて驚いた。多種多様な種族の混血ならまだしも、純粋な人間が耐え切れるとは思えない」
「…じゃあ、オレはいったいなんなの?」
……今まで、特に考えもせずに面倒なギフトだと思っていただけだったが、実は異常だったらしい。
「ギフトとは、神が『与えた』ものであって、本人のもともと持っていた才能じゃない。本質的には得体の知れない異物と変わらない。影響の大きすぎるギフトは身体も魂も拒絶する。でも、あなたはそれをすんなり受け入れている。だからこそ異常。あなたが人間ではなく、全種族の混血だと言ったほうがまだ説得力がある。それなら耐え切れる可能性もあるから。でも、そうではないのならあなたがなんなのかわからない」
…知らなかった。
つまり、強すぎるギフトはアレルギー反応が起こる、というような認識でいいのだろう。ギフトが何気に危険なものだったとは……
おっさん神はそんなことは言ってはいなかった。いや、天界法度とやらのせいで言えなかったのか?
なら、紫陰はなぜ知っている?というか、こいつは本当に何者なんだよ?
まてまて、こいつが言っていることがすべて正しいとは限らない。そもそもこんな得体の知れないやつの言葉が正しいこと前提で話していること自体がおかしいではないか?
でも、もしすべてが噓偽りなく正しかったとしたら?
オレはいったい……
「う〜〜、イオりんもシカゲさんも難しい話をしていて楽しくないのです‼︎さっきからアリスだけ置いてきぼりなのです‼︎」
あっ、そういえば珍しくアリスが静かだったな。
アリスを見てみると必死に理解しようとしていたのか頭から知恵熱で煙が出そうになっている。
アリスは普段の言動がおかしいだけで実はバカではないが、この話についてこれなかったらしい。
まあ知識の前提が違うからしかたないだろう。ギフトとか言葉としてはともかく、その意味を正確には知らないのだから。
「アリスだけ魔力切れになったのはなんとなく理解したのです‼︎その先からずっと二人だけで話していてつまらないのです‼︎」
「ワルイワルイ」
そういえばその辺から静かだったな。
「それに、シカゲさんばっかり質問していてズルイのです‼︎今度はアリスが質問する番なのです‼︎」
「いいわよ」
アリスが紫陰を指差しながら大声でそんなことを言い始めた。
できればオレも聞きたいことが山ほど出てきたから先に質問しておきたいんだけどなぁ…
「じゃあまず最初の質問なのです‼︎シカゲさんはいったい何者なのですか?」
あっ、それオレも聞きたかったことだ。ちょうどよかった。
「そうね、一言では言い表しにくいけど…あなた達には、こう答えたほうがいいかしら」
アリスの質問に紫陰がめちゃくちゃ楽しそうにニヤニヤニヤニヤと不気味な笑顔を浮かた。
オレはさっきまで聞きたかったことだというのに、急に聞きたくなくなってきた。絶対ろくな返事が返ってきそうな気がしない…
「『魔王』よ。世界の希望のかわいい小さな勇者さんたち」
………返ってきた返事は本当に、ろくなことではなかった。
しばらく空いて申し訳ありませんでした
ここ一週間忙しかったです
バイトとか、車校とか。特にバイト先の人手不足がヤバイです…
もうしばらく忙しそうです。




