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世界は、狂わしいほど騒がしく、そしてーー  作者: やかやか
一章「ワンダーランドな勇者様」
10/23

第六話「セーブできないホラゲは無理ゲー、つまり現実は無理ゲー」

ブックマークありがとうございます。増えるたびに泣いて喜んでおります。

 何だか、嫌な予感しかしない…

 突然現れた不気味な人物はフードと白くて長い髪のせいで口元しか見えないが、その口がニヤリと笑っていて怖い。

 で、でも、突然現れたっていうのはどっちかって言ったらオレたちの方だし、一応この屋敷?の住人っぽいし、まずは挨拶を交わしたほうがいいよね!コミュニケーションが取れるならきっと分かり合えるはず‼︎人類皆家族って偉い人が言ってたし‼︎


「こ、こんにちわ〜?す、すいません。森の中で迷っちゃいまして…す、素敵なお屋敷ですね〜。よろしければ少し休ませていただけないでしょうか?」

「………(クスクス)」

「あ、あの〜?」

「……(ニヤニヤ)」

「え、えーっと…」


「ーーふふ、いい素材が、ふたつも………」



 OK!レッツ、ラン、アウェイ‼︎



 オレはアリスを背負ったまま全力で廊下を駆け抜けた。

 折れかけている肋骨の骨にメチャクチャ響くし、体力の無さに身体が悲鳴をあげているが知ったことではない。


 あれはヤバい、分かり合えない。

 さっき一瞬だけ髪の間に見えた毒々しい青紫色の目が、完全に捕食者が獲物を見る目だった‼︎捕まったらヤバい‼︎

 ここで食われるのか?いや、素材とか言ってたぞ、黒魔術の実験とかに使われるに違いない。残念ながらそうされる心当たりも、されかけたこともある。

 いっそ生きたまま黒魔術の実験材料にされるくらいならここで首を搔き切って自害したほうが楽に死ねる気もするが、アリスがいるからその選択肢は使えない。勇者は首掻き切ってやったくらいじゃ死なないのだ!アリスだけ残してオレ一人天に向かってフライアウェイするわけにはいけない。


 人間、緊急事態には自分でも信じられないくらい力が出るものだ。アリスを背負っているというのに前世も含め今まで生きてきた中で一番早く走ってる気がする。火事場の馬鹿力とはこのことだったのか!


 かなり走った気がするが逃げ切れただろうか、と思って後ろを振り返ってみると奴がいた‼︎

 奴は走ることなく足音をトン…トン…トン…と鳴らしながら一歩一歩近ずいてきていた。

 怖い!走ってきているわけではないのにそこが逆に怖い!

 チクショウ‼︎完全にホラゲーじゃねぇか!苦手なんだぞ!イージーモードプリーズ‼︎セーブポイントはどこだ⁉︎あ!ここ現実だ‼︎



 〜〜〜〜〜




 今、オレは永遠と続くような長い廊下を全力で逃げ続けているが、奴は相変わらず一歩一歩ゆっくりと歩いてこちらに近づいてきてい………え?近づいてきている?

 おかしい?オレはこれまでに無いくらい全力で走ってるんだぞ⁉︎あいつ歩いているんだぞ⁉︎なぜ近づいてこれるんだ⁉︎

 というか、この廊下、いったいどこまで続くんだ?

 …なんだか日本にいた頃にこんな感じの場面、映画とかで見た気がする。


 何となくお馴染みのホラー現象が頭に思い浮かんできたので、オレは確認のためにスマホを取りだして目の前に向かって全力で投げた。

 すると、スマホは放物線を描きながら『足元』に落ちた…何が起こっているかわからないかもしれないがオレにもさっぱりわからなかった。

 ただわかることは三つ。

 一つ、オレが全力で走りつづけているとスマホは定期的に足元に落ちていてその姿を表すということ。

 二つ、スマホの紛失盗難防止機能にそんな機能はなく、ちなみに機能が発動する条件には触れていないということ。

 三つ、今も後ろから奴が音を立てて近づいてきているということ。

 以上のことから考察すると……


「やられた‼︎廊下無限ループか⁉︎」


 よく見たら見える景色も繰り返している。壁にかかっているランプと蜘蛛の巣とドアがずっと同じものであって…………ドア?


 後ろを見てみる、奴との距離、地球単位で約25メートル。

 廊下は一直線で逃げ道なし。


 前を見る。

 近くのドア、約5メートル先。

 他、迂回可能スポット、なし。


「ここしかねぇぇええーーー‼︎」


 オレは急ブレーキをかけてドアを少し追い越したところで止まったあと、扉を開けて飛び込んだ。

 行き止まりでゲームオーバーな可能性もあるが他に選択肢は無い。

 とにかくまず部屋の確認を……


「ゼェ…ゼェゼェゼェ…ゼェ……」

「イオりん、大丈夫なのですか?これまでに無いくらい呼吸が荒いのですが?」

「だい、じょう、ぶじゃ、ぬぇ……」


 確認をしなくてはいけないが床に突っ伏てオーバーヒートしたまま動けない。

 ついさっきまで疲れなんて知らないとばかりに走りまくっていたのに、部屋に飛び込んで止まった瞬間一気に押し寄せてきやがった。

 冬だというのに身体中が暑くてたまらない。さっきから汗が滝のように流れたあとすぐさま蒸発して蒸気が煙のようになっている。

 足が痛い、腕が痛い、腰が痛い、腹が痛い、首が痛い、頭が痛い、喉が痛い、肺が痛い、心臓が痛い、内臓が痛い、骨が痛い……全身が痛い。特に肋骨が痛い。

 さ、酸素を‼︎とにかく酸素を‼︎グオォっ⁉︎息をするたびに肋骨が⁉︎


「イオりん、まずは呼吸を整えるのです。落ち着いてほら、ヒッヒッフー、ヒッヒッフー」

「ゼェ…ゼェ…ハァ…ハァ…、何で、ラマーズ法、なんだよ……というか、いったん、降りてくれ」


 なんでこいつは虫の息のやつの上に乗ったままラマーズ法を指示してくるんだ?早く降りろよ‼︎


「アリスも体に力が入らないのです。動きたくても動けなくて…ごめんなさいなのです」


 そうだったね〜、あの症状じゃしばらくは動けなくなるのが普通だよね〜。むしろ回復してすぐに一回でも立ち上がったこと事態異常だったもんね〜。

 チクショー、どうすんだこれから?もう指一本動かせねーぞ⁉︎


 というか、本当に死にそう。火事場の馬鹿力のリターンが大きすぎる。

 クッソ‼︎この先の人生何があっても絶対火事力なんて出してたまるか‼︎というか、オレはそんな状況に追い込まれないようなもっと普通の生き方をしたいんだ‼︎どうしてこうなった⁉︎そもそもなんでここにいるんだっけ?あ…電波か。電波がホラーハウスに服を強奪しに行くとか言い出したからだっけか?おのれ電波め‼︎こんな状況に追い込みやがって‼︎だからオレは服屋に行けばいいじゃねーかとあれほどーーー


 ……トン…トン…トン…トン…



 火事場の馬鹿力発動‼︎


 やっばい!忘れてた‼︎外の奴すぐそこまで来てやがった‼︎足音からしてもう時間がねぇ‼︎

 オレは急いで立ち上がると部屋の観察を始めた。


 狭くは無い部屋の中央にテーブルが一つ、イスが四つ。壁に家具がいくつか…


 道が無い…結局行き止まりだった。

 床にはカーペットの類もなく剥き出しで、隠し階段のようなものは期待できない。

 テンプレ通りなら壁の家具は移動させれば何かあるかも……どうやって?

 いくら火事場力発動中だって言ってもオレじゃまず無理だし、頼みの綱のアリスは動けない。というか家具の後ろに隠し扉がなんてベタな展開が都合よく起こるわけ無いし、そもそも動かしている時間も無い。


 どうする?どうすればいいんだ?

 一次的に奴を止める手段が無いわけじゃ無いが、それには少し時間がいる。今からじゃ間に合わないかもしれない。

 なら、隠れるか?せめて隠れられる場所は?


 何か?何か?何か?何か無いのか?

 あ!アレは⁉︎


 それは部屋の奥ばかりを見ていたオレが、ふと右側を見たときに見つけた。

 縦長、長方形の衣服などを収納するために木で造られた箱。

 下の半分くらいは引き出し型になっているが上半分は開く扉タイプ。

 間違いない!こ…これは⁉︎


「たけし城‼︎たけし城じゃ無いか‼︎」

「何を言ってるのですかイオりん?ただのタンスなのですよ?」

「タンスじゃなくてクローゼットだよ‼︎そこ間違えんな‼︎」

「え〜、どっちも同じなのですよ」

「全然違うわ‼︎」


 オレが見つけたものそれは、追い詰められた者の最後の希望『たけし城』であった。決してタンスでは無い。

 一か八かの最後の希望、でもコレっていけるのか?普通に見つかりそうな気が…。

 いや、とにかく時間稼ぎが優先だ。時間を少し稼げれば一瞬だけなら奴を止めることが出来る。その間に部屋から出て逃げ道を探せばいい。あわよくば見つからずに奴が出て行くかもしれない…。


 とにかく急がねば‼︎

 オレはたけし城の門を開けるとアリスを放り込んでから自分も入った。

 運のいいことに先客どころか何も入っていなかった。

 某ホラーゲームでは定員は一人で限界だったが、さすがに子供二人なら入れるようだった。


「う〜、イオりん痛いのです、いきなり放り込まないでくださいなのです」

「膝抱えて静かにしろ!もしくはガタガタ震えてろ。話していい言葉もガタガタだけだ!それがこの城でのマナーだ‼︎」

「ガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタ」

「うるせぇ‼︎オレが悪かったからやっぱ黙ってろ‼︎」


 アリスを静かにさせたあと、オレは一時的に奴を止めるための手段のため、ポケットからスマホを取りだして設定を始めた。

 急げば30秒あれば終わる設定だ。早く終わらせなくてはいけない。


 真っ暗な城の中、スマホの光だけが輝いている。

 クソ!手汗で滑ってうまく操作ができない!

 ちなみにアリスはオレがスマホを持っていることを知っているので静かに見ているだけである。


 トン…トン…トン…トン…


 外から聞こえる足音がだんだん大きくなってきている。

 そろそろ来るかな?


 トン…トン………ガチャン‼︎……バタン‼︎……トン…トン…トン…トン…


 とうとう部屋に入ってきやがった‼︎ヤバイ、まだ準備が終わってねぇ‼︎


 トン…トン…トン…トン…


 奴が部屋の中をゆっくりと探し回っている足音がする。

 怖い、めちゃくちゃ怖い‼︎


 トン…トン………ガチャン!

「……いない」


 おいおい、なんか開けて探し回り始めたぞ⁉︎


 トン…トン…トン………ガチャン!

「……ここにもいない」


 なんでこんなどこの映画にでも出てきそうな探し方してんだよ⁉︎隠れられそうなものってこの部屋にはたけし城しかなかったぞ⁉︎


 トン…トン…トン…トン……ガチャン!

「……どこだ」


 というか、使い古されてシーンの再現のようなものなのに、される方はめちゃくちゃ怖い‼︎

 帰れ‼︎頼むから帰ってくれ‼︎……あ、ここ、こいつの家だ…


 トン…トン…トン…………


 うお⁉︎いよいよたけし城の前にきやがった。

 だがスマホの設定は終わった。いつでも開けてみやがれ‼︎その瞬間、昇天するほどの目に会うことになるぞ‼︎




 ………………………………………………




 ……アレ?おかしいな?まだ開けないのか?



 ……………………………………



 ……急に静かになったな、さっきから自分の心臓がバクバクいっている音しか聞こえない。




 ……………………………………



 どうしたんだろうか?気になるな。なぜか開けて確かめたくなってきたぞ…本当にそこにいるのか?



 ……………………トン…トン…トン…



 ……え?足音?ここまできて開けないのか?



 …トン…トン…トン…トン……………ガチャン、バタン……トン…トン……



 ………え?エ?ヱ?ゑ?

 行ったの?ここまできて確認せずに行ったの?

 助かったのか⁉︎イヤイヤ、もしかしたら開けた瞬間そこにいるかも……でも部屋から出て行く音してたよな⁉︎

 オレたちは本当に見つからなかったのか?でも、たけし城だぞ⁉︎むてきくんでもヒロシに引きずり戻す悪魔の箱たけし城だぞ⁉︎見つからないわけが無いと思うんだけど……


 …………………………………………静かだ…


「……イオりん、もう出てもいいんじゃ無いのですか?」


 アリスが小声でそう聞いてきたが判断に迷っていた。

 出待ちNOWとかされていたら、これ以上は恐怖で心臓がもたない。


「いったん出てみるのです。もういないかもしれないのですよ?アリスは狭いところが苦手なので早く出たいのです」

「おまえさ、この状況で怖く無いの?」


 なんかあまりいつもと様子の変わらないアリスを見てふと疑問に思っていたことを聞いてみた。


「え?なんで怖いのですか?せっかくの冒険なのですよ!ドキドキワクワクしてとっても楽しいのですよ!」

「あ、はい…そうですか」


 アリスはいつもと変わらずにアリスだった。変な雰囲気じゃなくなっただけでもよかったか?

 こっちはまだ悲鳴をあげてないだけでゾクゾクヒヤヒヤでとっても帰りたい気分なのに…


 というか暑い。たけし城の中は狭くて暑い。思いっきり走り続けたせいでクソ暑い!そしてさっきから汗なのか冷や汗なのかわからないが掻き続けて止まらないから余計に蒸し暑い‼︎


「イオりんあったかいのです〜」

「やめろ‼︎触るな‼︎暑苦しい‼︎」


 バタン‼︎


「「…あ」」


 さっきから暑くてたまらないというのにアリスが思い出したかのようにしがみついてきたためオレは抵抗したら、たけし城の門が開いてしまった。


 …………うん、誰もいない。


 やっぱり考えすぎだったか…本当に行ったようだ。


 た、たけし城スゲ〜!本当に助かったぞ⁉︎

 いつも追い詰められた時は諦めて城に籠ることを無駄だと思って怠っていました、すみませんでした‼︎

 まさに救世主‼︎最後の希望‼︎今度、孤児院にも一個置いておこう。感謝の気持ちを示して奉ろう、そうしよう。というか、これ持って帰れないかな?



 まあ、何はともあれ助かった。

 まずは脱出を、そう思ったオレはアリスがしがみついた状態のままたけし城から退城してあたりを見渡して安全を確認したあと部屋から出るためにドアに向かった…


 ……が、ドアの前で、前のめりに思いっきり倒れた。


「大丈夫なのですか⁉︎イオりん⁉︎」

「だい、じょう、ぶじゃ、ぬぇ……」


 しまった、火事場力で動いてたの忘れてた。安全だと思った瞬間、一気に力が抜けてしまった。

 呼吸はある程度楽になっているが全身の痛みが増している。筋肉どころか骨の芯まで痛い。特に肋骨。


「アリス、動けるか?」


 こんな状態じゃ、頼みの綱はアリスだけなのだが……


「ムリなのです、かろうじて手足が動かせるくらいで力が入らないのです…」


 …だろうな。仕方ないからしばらくこのまま休むか。



 オレは床とアリスにサンドイッチにされたまま動けなくなってしまった。

 あ〜、床冷たくて気持ちいい……



 …………ドサッ‼︎



 後ろから何か質量のあるものが落下した音がした。

 ………嫌な予感しかしない。絶対ろくなことじゃ無い。

 どうするんだよコレ、何が来てもオレはもう動けないぞ。


 心の底から見たくも無いが背後から危険を感じるので、オレは痛む身体を無理やり動かしてなんとかその方向に視線を向けると………


「……みーつけた(ニヤニヤ)」


 素色のフードコートを着た髪の長い女。

 奴がいた。



 火事場の馬鹿力発動‼︎


 もう動けないと思っていたが、人間、追い詰められれば案外動けるもんだ。

 オレは勢いよく立ち上がりドアに向かって逃げる。


「逃さない」

「イヤ、逃がしてもらうよ」


 女は今度は逃すつもりが無いのか動きが速く、オレはこのままでは簡単に捕まると判断したので設定していたスマホを取り出し、ボタンを押して機能を発動させて部屋に投げ捨てたあと、ドアを出て全力で逃げた。


「えっ⁇なんでここに…」


 女はスマホを見てなぜか大げさに驚いていたがおかげで数秒稼げた。

 それに部屋から出れたため、わざわざ耳をふさぐ手間も無くなった。


 オレが部屋から出て数秒後、


 ドオオオオォォォォン‼︎‼︎ドオオオオォォォォン‼︎‼︎ドオオオオォォォォン‼︎‼︎ドオオオオォォォォン‼︎‼︎


 壁や扉を挟んでさえも音の衝撃波が伝わるくらいの爆音が部屋から聞こえてきた。

『神のラッパ〜フルオーケストラver.〜』目覚ましver.でさえ窓を割るかの音量を誇る非常に迷惑なラッパ音がフルオーケストラver.になると衝撃波でものが吹っ飛ぶレベルである。…でもラッパなのにフルオーケストラとはこれいかに?

 たけし城の中に隠れている間に、スマホのボタンを押すと数秒後に再生されるように設定しておいた。

 相打ち覚悟で投げつけて、もしオレも気絶したあとはしばらくしたら回復するであろうアリスに任せるつもりだったが思っていたより状況よくて自滅せずに逃げ延びることに成功した。


 奴が何者かは知らないが、神のラッパを至近距離で身体に受けて無事ではあるまい。最低でも今頃白目むいて気絶している頃だろう。


「イオりん?今度はどこに向かっているのです?」

「決まってんだろ‼︎逃げるんだよ〜〜‼︎」



 〜〜〜〜〜



 場所は変わって、ある一つの扉の前にきていた。

 もうどこをどう走ったか覚えていないが、とにかく階段が多かったこととずいぶんと離れたところに来ていることだけは覚えている。

 必死に出口を探したが見当たらず、出鱈目に走っていたらさすがに体力の限界が来て仕方なくそのとき近くにあった部屋に来た次第である。


「もぅ…もぅ…もぅ…もうムリ、シヌ…………」

「イオりん牛さんみたいにモゥモゥ言っているのです、牛乳飲みたいのですか?」

「もう…ここで…休もう…」


 アリスの電波に付き合う気力も体力も、もう無い。

 休まなきゃ、死ぬ、マジで死ぬ。

 この部屋がどんな所でもいいから休もう、そうしよう。


 オレは最後の力を振り絞って部屋の中に倒れるように入り込んだ。

 フラフラと二、三歩歩いてそこで力つきると、部屋の扉が閉まる音がした。


 息をするだけで全身の骨が軋み、いたるところの筋肉が痙攣を起こしていた…

 せ…せめて部屋の中の確認だけでも…


「あ!イオりん見てください!大きな人形さんがいっぱいなのです‼︎」

「いったん…降りて…くれ………シヌ…死んじゃう」

「そんなことより、見てくださいなのです‼︎まるで本物みたいなのですよ‼︎」


 いや、そんなことじゃ無いんだけど‼︎いつまで人の上に乗ってる気なの⁉︎そろそろ動けるだろ‼︎オレの命の危機なんだけど⁉︎

 だいたい人形とか今はどうでも……え?あれ人形か?どう見たって人間じゃ無いのか⁉︎というかいくつか見覚えが…


 アリスに言われて視線だけそちらに向けてみると、部屋の中にはなんだか妙にリアルな人形?がいっぱいあった。

 どの人形も大きさや肌の質感、顔のシワや目などの見た目が人間と変わらないくらい再現されている。着ている服とかは使い古されてる感がとてもいい味が出ている。

 そんな本物と見分けがつかないくらい精密に作られている人形が部屋いっぱいに並んでいた。

 そしてその中に、いくつか見覚えのある人物の人形がが並んでいた。


「なあ、アリス。森の家の噂って、誰が流してたの?」

「え?え〜とですね……たしか、冒険者の方々が流していたのですよ。あの、茶髪ででっかいドワーフのおじさんと白い獅子族の人がいるパーティだったはずなのです‼︎」


 ……だろうね。

 その二人はパルテアで有名な冒険者パーティのメンバーでヒーロー的な存在である。

 お年寄りから子供までパルテアでは知らない人はいないぐらいだから、もちろんオレだって知っている。

 そして、その二人の人形がそこに並んでいたのだ。

 つまり、その二人がここにきたのでは無いか?と予想した。

 確かにあのパーティのメンバーなら、この森くらい二人でも十分探索可能であるだろう。

 狼狩りの仕事でも引き受けて、うっかり森で迷ってしまった結果があの噂につながったに違い無い。


 これで誰があの傍迷惑な噂を流しやがったのか検討はついたが、今の問題はそこでは無い。

 本当の問題は、今そこに並んでいるのが『本当に人形か?』ということだ。


 近づいてみないとわからないが、こっちが本物の可能性があるのでは無いか?

 これだけ精密に作られているとしたら、見分けなんてつかないのだ。

 もしかしたら実は今街にいる冒険者が人形でこっちが本物かもしれない…

 そして、実はもう街の住民のほとんどが人形と入れ替わっているとしたら?

 そんな感じのマンガをむかし日本で読んだことがあるぞ⁉︎


 というか、これだけよくできた人形をどうやって作ってるんだ?

 そういえば、奴はオレたちを見て『素材』とか言ってたぞ⁉︎

 まさか、オレたちもここで人形にされるのか?

 生きたまま剥製にされるのでは⁉︎もしくは何度も皮膚を剥ぎ取られるかもしれない。

 魔法で治療すれば何度だって可能なんだ、そんな生き地獄を味あわされたっておかしくは無い‼︎


 やばい、アリスはもう動けるか?

 もし動けなければ地獄決定だ‼︎オレはもう動けないし、他になに一つ選択肢は無い…



 オレがそんな悪い思考に陥っていると目の前に、コトンっ、と何か落ちてきた。

 さっき奴から逃げるためにオレが投げ捨てたスマホである。

 紛失盗難防止機能が働いて持ち主であるオレのところに戻ってきたのだろうが、なんだかいつもよりも戻ってくるのが遅い気がする…


 そうだ、もう一度アラームの設定を!と思ったが体が全く動かない。

 スマホで使われている文字は日本語なので、アリスにスマホをいじってもらうことも出来ない。


 オレはもう、神に無事を祈ることしか出来無いのか……



 トゥルルルルルルっっ‼︎トゥルルルルルルっっ‼︎トゥルルルルルルっっ‼︎



 こんな時に電話かよ‼︎あのクソおっさん空気読みやがれ‼︎

 こっちは神様に助けてくれって祈っている最中だっていうのに………アレ⁉︎そういえば、あいつ、神様じゃん⁉︎

 ジーザス‼︎神の救いとはまさにこのこと‼︎今まで馬鹿にしまくってまじスンマセンしたーー‼︎


 オレは突然降って湧いてきた希望の光に、嬉しさのあまりもう動かないと思っていた腕が動き、スマホを手にして通話ボタンを押した。

 だが、画面をよく見た瞬間違和感を覚えた。


 そこに表示されている名前が『おっさん神』ではなく『不明』となっていたからだ。

 このスマホの番号を知っている奴なんておっさん神しかいないはずなのに……

 あ、アレだよな⁉︎機種変更して番号が変わったからだよね⁉︎そうだよね⁉︎そうだと言ってくれよファーザー‼︎


「も、もしもし…イオです」


『…もしもし…わたし…メリーさん。…今…扉の前に…いるの』



 通話終了ボタンを全力で押しまくった。


 こんなベタなことあってたまるかーーーーー‼︎‼︎

 なんだよ、メリーさんって!いつの時代だよ‼︎クソおっさんの悪ふざけに付き合ってられるか‼︎というかおっさん神だよね⁉︎なんか声違ったけどおっさん神だよね⁉︎頼むからおっさん神であってください!お願いします‼︎


 トゥルルルルルルっっ‼︎トゥルルルルルルっっ‼︎トゥルルルルルルっっ‼︎


 ………。


 トゥルルルルルルっっ‼︎トゥルルルルルルっっ‼︎


「イオりん、スマホとやらがなっているのですよ?」



 トゥルルルルルルっっ‼︎トゥルルルルルルっっ‼︎


 相変わらず表記が『不明』となっている。正直、出たく無い……



 トゥルルルルルルっっ‼︎トゥルルルルルルっっ‼︎


「動けないのですか?仕方ないですね、アリスが押してあげるのです‼︎確かこのボタンを押せばいいのですね?」

「やめろぉぉぉおおおお‼︎‼︎」


 ピッ‼︎


『…もしもし…わたし…メリーさん』



 チクショウ‼︎馬鹿アリスが電話に出やがった‼︎なんで通話ボタンに限って覚えてるんだよ‼︎こいつ今度絶対神のラッパでブッ飛ばしてやる‼︎


『…今…』


 やめて‼︎こないでメリーさん‼︎今日はおもてなしの準備できてないから帰ってください、通行費あげるから‼︎


 オレは全身を恐怖と疲労で痙攣させながら、扉の方を振り向くと…


『あなたの後ろにいるの』

「ギャアアアアアアァァァァァァァァ‼︎」

「イオりん、うるさいのです」





 扉ではなく反対の方に、素色色のフードコートを着た女がニヤニヤと笑って立っていた。



プロローグにあった兄姉達との年の差を編集し直しました

初期設定では最低でも7つ差があったのですが、その後変えたのを反映し忘れててそのままになっていました。今は3つになっています。

他にあちこち訂正しまくっているところがありますが、ほぼ誤字修正と表現の改善です。

設定変更などは後書きにて報告致します。

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