杖持たぬ者ワムクライ 3
─ 成人するまで生きていられるかどうか
ドアの向こうで父と話す医者の言葉を、ベッドに体を横たえたままで少女は聞いていた。
『どうしてうちの娘が』と神を呪い、啜り泣く母の声がドアの隙間から流れ込んでくる。
バンシュタッド家 ─ 代々優秀な魔法使いを、輩出してきた歴史を持つ名家である。
少女の父親も、王室のお抱え魔法使いの一人であり、重要な位置に立つ人物であった。
(・・・・・・わたしは長くは生きられない・・・・・・そんな事は自分が一番分かっている・・・・・・)
少女は窓の外に視線を移すと、諦めの色が濃い吐息をそっと漏らした。
─ ワムクライ・バンシュタット
若干13歳にして、数百年に一人と言われる魔法使いの才能を有する逸材であり、先の大戦で滅びた古代魔法時代の”失われた魔法”すら思いのままに扱う事が出来る。
それも魔法使いの証とも言える杖を使用する事無く・・・・・・
それ故に周囲の者達は、誰言うともなくワムクライの事を『杖持たぬ者』と呼び、尊敬と畏怖の眼差しで彼女を見ていた。
だが人間族の年端もいかない少女がそれだけの能力を持つ以上、当然のことながら何らかの弊害は現れる。
ワムクライは12歳の誕生日を過ぎた頃から、原因不明の体調不調をしきりと訴えるようになり、一日の大半を自室のベッドの上で過ごすようになっていた。
─ 心臓が弱ってきている
父親の古い友人の医者がワムクライの体を診察し、苦悩の表情を浮かべながら口にした言葉である。
ただでさえ広い屋敷内は火が消えたように寒々とし、母親は神殿に通い奇跡を願い、父親は自室に篭り魔道書を読み漁り治療法を探した。
しかし時間は無慈悲に過ぎ去り、体力が落ちたワムクライは自力で立ち上がることすら出来なくなっていた。
そんなある日、旅の道具屋から偶然父親が手に入れた書物『ワ・グルファード』。
そこにワムクライの唯一の治療法が記されていたのだ。
─ 患部を取り除き、他種族・・・・・・生命力が強ければ強いほど望ましいが、同じ部位の臓器を魔法によって人間の体に適応するように改造を施し埋め込む ─
神をも恐れぬ内容 ─ ”臓器移植”であった。
古代魔法時代にあって、大陸最高の”魔法施療師”として名を馳せた人物ワ・グルファード・・・・・・
この方法によって幾多の治療を成功させてきたと、その書物には記されてあった。
”娘の命を救いたい”と、ただそう願う父親の瞳に狂気の炎が宿った。
ワムクライの為に莫大な私財を投げ打って、父親が準備したのはドラゴンの心臓であった。
国内から優秀な冒険者を数多く募り、活火山の火口の中に棲むといわれていた”ブラック・ドラゴン”の退治を依頼したのだった。
百数十名からなる冒険者の一行であったが、ドラゴンとの熾烈な戦いを経て街に帰り着いたのは、僅か二人だけ・・・・・・しかも彼等は満身創痍で、屋敷の門をくぐった時点で力尽きた。
届けられた木箱に入れられていたのは、切り離されてもなお、力強く脈打つ心臓であった。
友人の医者と共に屋敷の地下に作られた研究室で、前代未聞の移植手術が始まり、まる3日3晩飲まず食わずで手術は続けられた。
性も根も尽き果て、泥のように眠りこけていた父親達が目覚め、最初に目にしたもの・・・・・・
それは全身を白金の輝きに包み、天使の如き微笑みを浮かべて自らの足で立つワムクライの姿であった。
両親は歓喜の涙を流し大いに喜んだが、当の本人は何か釈然としないものを感じていた。
─ 何かが違う
手術後、ワムクライの五感は以前より鋭さを増し、遠く離れた場所の出来事が手に取るように分かるようになり、煩わしい呪文を詠唱する事もなく簡単に魔法を発動出来るようになった。
美少女として名高かった容姿は更に磨きがかかり、13歳にして妖艶さすら漂わせるほどである。
思春期を迎える同世代の他の少女達とは一線を画すように、日を追うごとにその表情は冷たい美貌に支配されていき、体中の色素が抜け落ち陶磁器の如き白い美しい肌になっていく。
─ わたしはもう人ではなくなってしまった
ドクドクと力強く脈打つ胸に手を当て、ワムクライはそっと呟いてみるが、”喜怒哀楽”といった感情が日々欠落していく彼女には、もはやどうでもいいことであった。
通常使用する”黒魔法”に加え、信仰が無いと使う事が出来ないとされる”神聖魔法”すら自在に唱える事が可能となっていたワムクライには、すでに怖いものなど無くなっていた。
そんなある日、城を中心に円形状に広がった街の周囲を、蛮族率いる無数のモンスターが取り囲むといった事件が発生し、街中に緊張が走った時も、ワムクライは慌てる事無く城壁の上へ昇り、指を天高く掲げ、たった一言発しただけであった。
─ 消えろ
ただそれだけで、街を取り囲んでいた無数の凶暴なモンスター達は成す術も無く塵となり、跡形も無く消え去ったのだった。
それは上級魔族や神族にも匹敵する力であり、魔法の発動を目の当たりにした王を始め、街の住人達はワムクライという少女の持つ未知の力に畏怖した。
驚くべき回復力で元気を取り戻したワムクライの元へ、王より書簡が届けられたのは間もなくの事である。
─ ワムクライ・バンシュタット 本日をもって宮廷魔術師の地位を授ける
そこにはこう記されていた。
これにより他に類をみない程のスピードで、大陸最年少の宮廷魔術師が誕生したのである。
ある程度成長すると、外見上は一切年を取らなくなる人種にエルフやドワーフ、フェアリーといった妖精族があるが、ドラゴンの心臓を持つワムクライにも同じような現象が現れていた。
宮廷魔術師になって数十年・・・・・・ワムクライの外見は、二十代後半で成長が止まっていた。
既に両親の骸は墓の下で土へと還り、年相応の外見の同年代の知り合い達は、中年から壮年へと差し掛かっていた。
─ 不老不死の魔女
誰かがワムクライをそう呼んだ。
皆が・・・・・・年老いた王までもが彼女を恐れていた。
その為か、彼女は幾度も暗殺されかけた。
飲み物に毒を盛られた事もあった。
また、城の中に用意されているワムクライの部屋に、短剣を持った賊が数え切れないほど侵入してきた。
だが、毒も剣を彼女を殺す事は出来なかった。
体内に取り込まれた毒は無害な物質へと変化し、皮膚と肉を突き破る冷たい刃の残した傷は、瞬時に跡形も無く消え去る・・・・・・
全てはワムクライの胸の中で、鼓動を繰り返すドラゴンの心臓の成せる業であったのか・・・・・・
もっとも彼女を狙った連中は、首謀者も含めて一人残らず始末された。
それも考え付く限り一番残酷な方法で・・・・・・
─ コロセ・・・・・・コロセ
心臓が邪悪な意思を持って脈打つ。
─ ハカイ・・・・・・ハカイ
魔界の王”邪龍カオス”と、ルーツを同じくするドラゴン族ブラック・ドラゴンの心臓が囁く。
表情も感情も失ったワムクライではあったが、その鼓動と囁きは実に心地良いものであった。
下弦の月の光が、街を優しく照らしていた夜・・・・・・城の尖塔の上に立ったワムクライは、ローブを風にはためかせながら両手を広げ、
─ 無へ!
慈愛に満ちた声で、そう叫んでいた。
「・・・・・・夢・・・・・・か」
ゆっくりと瞼を開いたワムクライは、天井を見上げた。
崩れた天井からは、あの日と同じ下弦の月が、まるで非難するように自分を見下ろしていた。
(・・・・・・そう責めるな・・・・・・自分の犯した罪は理解している・・・・・・ただ・・・・・・)
”どう償えばいいのか?”・・・・・・ワムクライはその言葉を呑み込んだ。
邪悪なドラゴンの心臓に、完全に支配されていたあの頃の自分。
短い言葉で解き放った魔力は、一瞬で街とその周辺を廃墟へと変え、数千人の人命を奪い取った。
ようやく自分が取り返しのつかない事を犯してしまったと悟ったのは、焼け焦げた両親の墓石を見つけた時であった。
罪を背負い、死に場所と自らを殺す方法を探して旅に出たワムクライは、その途中で立ち寄った魔法王国オルフェンの当時の宮廷魔術師アギナ翁にその力を見出され、【13使徒】の一人として迎え入れられたのだった。
彼女の生い立ちを知ったアギナ翁が親身になって世話を焼き、ワムクライは徐々にではあるが人間らしさを取り戻していった。
─ まるで父親のようだな
外見はともかく、それほど年齢は離れてはいなかったアギナ翁の事を、ワムクライはそんな風に思ってたりもしていた。
だが、ワムクライの理解者であるアギナ翁以外の【13使徒】のメンバーの中には、余所者である彼女がいきなり自分達と同列に扱われる事に立腹する者もおり、この国においてもワムクライは孤立に近い立場であった。
今回の”天使の涙”探索については、アギナ翁の後継者としてワムクライの事を王に推薦し易くするための命令であり、他の【13使徒】達が大人しく見守るとは到底思えなかった。
表立って邪魔などはしてこないだろうが、何らかの手は打ってあるはずである。
「・・・・・・一人で行動すべきだったか」
ワムクライは焚き火を挟んで向かいの壁を背に、眠りこけるムーアの寝顔を見つめながら呟いた。
「・・・・・・歩き疲れたのか、気を使いすぎて疲れたのか・・・・・・面白い奴だ」
ワムクライを守るという立場で護衛を命じられた新兵のムーアであるが、当の本人は長槍を抱え込むようにして規則正しい寝息を立てていた。
ふっと笑みを浮かべると、ワムクライは頼りなく揺れる炎の中に薪を入れようと手を伸ばす。
と、ムーアの体がピクッと反応し、その手は槍を握り締める。
「・・・・・・ほお」
寝たふりなどではなく、本気で寝ているはずなのだが、微妙な空気の動きだけでムーアの体は無意識に戦闘態勢を取ろうとしたのだ。
(・・・・・・こいつ・・・・・・案外と出世するかも知れぬな・・・・・・)
感心したようにワムクライは胸中で呟く。
優れた戦士の第一条件は、どんな過酷な条件下であっても”生き延びる”ことであるという。
”狂戦士”と呼ばれる若者は、意識を失ったままオーガの群れを全滅させたと、以前城を訪れた吟遊詩人が唄っていたのを思い出した。
(まあ良い・・・・・・こいつの名を出したのは、他ならぬ自分だ・・・・・・この旅は退屈せずに済みそうだ・・・・・・)
炎に照らされたワムクライの顔に、女神の如き微笑みが浮かんだのだった。




