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キミはボクだけの救世主  作者: ヴぇいn
第一章・前編 歴史を変える者
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第14話 「天咲水音」

 ふたを開けてみれば、たったの一ポイントすらも取らせないワンサイドゲームだった。

 ゲームの激しさが窺えるほど、蓮沼は消耗しきっていた。額から滝のように流れ落ちる汗をリストバンドで拭い、壁際に置いていた水筒を取り、口に含む。


「よ、お疲れ」


 マサシが少し声を大にして口の中を潤していた蓮沼に話しかけた。


「なになに、もしかして今の見てたの!?」


 驚き顔を浮かべ、二人の座っているネット際に歩いてくる。

 すらりと伸びた長身に、スポーツ選手だからこそのほどよく引き締まった肉付き。その外見的ステータスにそぐう豊満なバストを揺らしてマサシの正面で足を止めた。


「完敗だったな、ハハ」


「どの口が言うのかな、それ。雪村だって一年の時、浅輝さんに卓球でストレート負けしてたんじゃなかったけかなあ。私の記憶違いかしらねぇ」


 お返しと言わんばかりに、ひねた物言いをする。


「おいおい、いつの話だよ。それ結構ショックだったんだから、あんま穿り返さないでくれって」


「じゃあ、雪村も言わないでよ」


 ふんっと息を吐いて、胸の下で腕を組む。それによって一際大きな膨らみが強調される。


「わかったわかった。わかったからあっち行かなくていいのか?」


 マサシが腕を上げ、反対側のコートを指差した。

 誘導されてショウと蓮沼は揃って首を回し、今まさに新しくゲームを開始した二人の女子を見た。途端、


「ああああああ!」


 と叫ぶ蓮沼は、投げ捨てるように水筒を地面に置くと走り去っていった。


「いきなり走って行ったけど、何だったんだ?」


 ショウの問いかけに、マサシは即答する。


「あっちの眼鏡かけてる女子いるだろ、あれ蓮沼の親友の北見。よく一緒にいるだろ」


「ああ、そういや、二人で一緒にいるのよく見るな」


 つまりは、応援ということか。


「それよりさ、さっきの卓球で負けたって話、本当なのか?」


「ん、ああ、マジマジ。ほら、覚えてないか、一年の時に球技大会あっただろ」


「あったような、なかったような」


 二年前の記憶を遡り思い出そうと頭の中の引き出しを開けてみるが、埃まみれでなかなかでてこない。


「ほら、ショウが一回戦で卓球部員と当たるとかないだろ。って愚痴ってたやつ」


「ああ……。あったあった。思い出した。一回戦で負けたのに、マサシだけ勝ち上がったから、仕方なく保健室に行ってサボったやつか」


「そうそう、それ。最初どこ行ったのかわからなかったから終わってからショウのこと捜したやつ。で、その球技大会で男子の優勝が俺で女子の優勝が浅輝だったんだよ。そのあと、どういう流れだったか忘れたけど、すっごい盛り上がってエキシビジョンマッチやることになってな。……んで、負けた」


「保健室で寝てる間にそんなことになってたのか」


「まあな。ま、負けたは負けたけど、楽しかったぜ」


 言って、マサシはニコっと屈託のない笑みを浮かべた。


「――しっかし、こうしてると暇だな」


 さっきの白熱した対戦のあとだから余計に物足りなさを感じるのだろう。マサシは今すぐにでも体を動かしたいとうずうずしだした。


「なら、マサシだけでも次参加してくるか? オレはしんどいから嫌だけどさ」


「うーん、どうすっかな。Cのメンツだと俺と張り合えるのいないんだよな」


 言って、ゲーム中のクラスメイトを見やる。

 先ほど戦ったBチームの中に、バスケ部の主将の姿は見えない。視線をずらしていくと、体育教師から少し離れた位置で座っていた。


 あちらも同じ考えのようで、マサシ以外とは試合にならないと観戦に徹するようだ。


「じゃあ、普通に試合観戦するか?」


「そうだなあ」


 物色するように、まずは男子のバスケを見てから女子のバドミントンへ視線を移動させる。ショウもそれに倣い追いかけ、そして――


 目が止まった。

 戦う者。応援する者。雑談する者。色んな人がいるが、あの二人だけが異質だった。


 何かを話しているというところは、他のクラスメイトと同じ。もっと言うなら、ショウ自身もマサシと雑談しているという点で全く相違ない。しかしだ、なぜだかわからなかったが、ただならぬ空気を感じた。


 そんなショウの変化に気づかず、マサシは結局バスケの観戦を始めた。

 視線に気づいたのか、浅輝と目が合った。慌てて顔を逸らすも意味がなく、真っ直ぐ歩み寄ってきた。


「――何か用?」


 今度は目で訴えられるわけではなく、ハッキリと口に出して言われた。


「用ってわけじゃないんだけど、運動神経いいんだなって思って」


 咄嗟にさっきのゲームのことを思い出し、なんとか怪しまれないように返した。


「別に、私は普通にしてるだけよ? そういう血を引いてるってのもあるけど」


「血を引いてるって、親がスポーツ選手とかそういうの?」


 脇を突かれる感触がしたので、ショウが少し首を左に向けると、訝しるような表情でマサシがひそひそと声を発した。


「なんで、浅輝と喋ってんだ?」


「わかんないけど、さっき偶然目が合って、それでなんでかこっちに来たんだよ」


「……つくづく運悪いよな」


 その一言に全てが凝縮されていた。

 耳を澄ませると「なんで浅輝が?」「どうなるか知らないの?」とひそひそ声が聞こえた。


 注目を集めたまま、浅輝は気にせず答える。


「違うわ。スポーツをしてなかったということもないみたいだけど、父はそういう人じゃない。それは私から直接言わなくても、貴方ならわかるでしょ?」


 しかし、その問いかけに反応したのはショウではなかった。


「いや、わからぬな」


 小学生にしか見えない転校生は、浅輝を見据え言い切った。


「また、貴女? 挨拶なら終わったでしょ。私と一緒にいたら――」


 雨宮は浅輝の言葉を遮る形で被せた。


「ファナンが黙っておらぬというものか?」


「ふーん。知ってるなら話が早いわ。今後私に近づかないことをお勧めするわ」


 こうやって、噂が広まっていったんだな。

 ショウは呆れて口を半開きにしながら、二人の女子の成り行きを見守る。


「それなら心配はいらぬ。そんなことよりも、次は妾と勝負をしてもらえぬか?」


「勝負? さっきのゲーム見てなかったの? とてもじゃないけど、勝負にならないと思うけど?」


 これは浅輝の言うとおりだ。さっきのゲームを見る限り、並みの実力では太刀打ちできないだろう。こう言ってはなんだが、見た目からして雨宮に勝機はない。


 ただ、そう思う自分がいる一方で、もしかしたら雨宮なら勝てるのではという矛盾した予感もある。それは、雨宮が魔法使いだということを知っているからだ。


 この二人が戦ったら一体どうなるんだと、珍しく興味が湧いてくる。


「ふむ。それこそ無用の心配というものだ。そなたには悪いが、あの程度の動きでは妾の方が上なのでな」


 刹那、空気が凍りつく。

 面白くなりそうだなどと悠長な構えでいたらまずい。瞬間的に悟ったショウは、止めようと手を伸ばし、腰を持ち上げかけるが一歩及ばず続く言葉を告げられる。


「何、挑発のつもり? 悪いけど、そんな安い挑発に乗るほど暇でもないのよ。転校生なんだから、最初くらいは大人しくしていた方がいいんじゃない?」


 二人の瞳から火花が飛び散り、一触即発というところで、事態を重く見たマサシが仲裁に入った。


「おいおい、何があったかは知らないけど、二人ともやめような。周りも見てるし、こんなところで喧嘩紛いのことはまずいって」


 マサシの言うとおり、体育教師も何事かと視線を送っている。


「ふむ。それならば問題ない。悪いが少し黙ってておくれ」


 雨宮がマサシの顔を見上げた瞬間、異変は起こった。

 仲裁に入ったはずのマサシが、何事もなかったようにもう一度座って、バスケの観戦を始めたのだ。


 それどころか、注目を集めていた二人のやり取りに、誰一人として興味を示さなくなった。生徒はおろか教師までもだ。蚊帳の外という言葉があるが、本当に同じ場所にいないような扱いだった。


 理解の範疇を越えた異常事態だ。

 異様としか言い表せない光景に、狼狽えていると、もう一つの変化が訪れた。


「貴女……」


 低く押し殺した声を発した浅輝の表情に暖かさはなかった。据わった眼光は獰猛な猛禽類を彷彿とさせ、猛獣が牙を剥くかの如く、強烈なプレッシャーを吐いた。


 ショウはあまりの重圧に言葉を失い、身動きが取れなくなった。


「改めて自己紹介しておこうか。妾の名前は雨宮奏。そなたには、天咲(てんさき)水音(みなと)と名乗った方がよかったかの」


「そう……。タイミング的にもしかしたらとは思っていたけれど。まさか、貴女のような見てくれだとは思わなかったわ」


「そう噛みついてくれるな。どれ、そなたの実力が如何ほどのものか見てみたい。ここでは狭かろう、まずは外に出ようではないか」


 浅輝は半拍間を置いてから首肯した。


「いいわ」


「決まりだな。風間翔、そなたもついてくるがよい」


「あ、ああ……」


 反駁する隙を与えてくれないほどの圧が場を支配する。ショウにできることと言えば生返事で返すことくらいだった。

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