うしなしごと
おれは貧しかった。
誰がどう言い繕っても、事実としてそうだった。
収入はある。借金もない。毎月きちんと給料が入り、少しずつだが、貯金も増えている。
都の会社では、むしろ恵まれている方だった。
そんなおれを捕まえて、貧しいなどと言えば、贅沢な悩みだと叱る者もいるだろう。
だが、だから何だというのだ。
牛がないのだ。
おれには牛がない。
それは気分や劣等感の問題ではない。
厳然たる、社会的な事実だった。
おれの暮らす村では、とにかく牛、牛――牛の見栄えと、その頭数、雌雄だけが絶対視されていた。
村で何かにつけて話題に上るのは、牛のことだった。
誰それの家では牝牛が仔を産んだ。誰それは見事な牡牛を手に入れた。誰それのところは十頭を超えたらしい。今年はどこの牧草の出来がいいとか、最近は獣医の費用が上がったとか、来春には仔牛が生まれるとか。
そんな話が、毎日のように飛び交っていた。
おれには、何も言うことがなかった。
(牛なんかなくたって、おれは一人前の男だ)
心の中で嘯くものの、それを口に出すことは憚られた。
何をどう言ったところで、社会はおれのことをそう評価してはくれないし、そんなことを口にすれば、陰で日向で何を言われるかわかったものではなかった。
おれにだって、仕事はある。
毎朝きちんと起き、勤めに出て、日が暮れるまで働いている。誰に迷惑をかけるでもなく、身の丈に合った暮らしをしている。
だが、牛がない。
それだけで、おれは何かが欠けた男として扱われた。
縁談の話になれば、まず聞かれるのは牛の頭数だった。仕事が何であるとか、人柄がどうであるとか、そんなことは二の次、三の次だった。
「いや、あの男は牛を持っておらんからな」
その一言で、すべてが片付いた。
おれは、牛がなくても立派に暮らしている。
そう言いたかった。
だが、そんなことを言えば、決まってこう返されるのだ。
「そりゃあ、牛を持っておらん者は、そう言うしかなかろう」
どうしたことか。
牛を持たぬことを恥じれば、情けない男だと言われる。牛を持たぬことを恥じなければ、身の程を知らぬ男だと言われる。
牛を持っている者だけが、牛などなくとも人間の値打ちは変わらないと、涼しい顔で言うことを許されていた。
村長など、その最たるものだった。
「大切なのは牛の数ではない。人としての誠実さじゃ」
そう言って、村長はいつも立派なことを説いた。
村長の家には、牛が四十二頭いた。
誰も反論しなかった。
おれも反論しなかった。
ただ、思うことはあった。
もし明日、村長の牛が一頭残らず消えてしまったら、村長は明後日も同じことを言っていられるだろうか。
そして村人たちは、それを同じようにありがたく聞くのだろうか。
そんなことを考えても、仕方のないことだった。
村長には四十二頭の牛があり、おれには一頭もない。
それが現実なのだから。
村の男たちが集まると、おれはいつも少し離れたところにいた。
牛を一頭持っている男は、二頭持っている男に対して、何かしらの意見を述べることができた。
三頭持っている男は、十頭持っている男に対して、多少の敬意を払いながらも、同じ牛持ちとして話すことができた。
だが、おれは違った。
一頭と二頭の差は、程度の差だ。十頭と百頭でも、そうだろう。
しかし、ゼロと一頭の間には、決定的な断絶があった。
牛を持っている者と、持っていない者。世の中は、まずそこで二つに分かれていた。そこから先の序列は、牛を持っている者同士の話だった。
おれは、その入口にすら立っていなかった。
「おめえ、都の会社じゃ偉いんだってな」
あるとき、村の年寄りに言われた。
「いえ、そんなことは」
「昇進するって聞いたぞ」
「まあ、そういう話もありますが」
「そりゃ結構なことだ。頑張りなさいよ」
年寄りはそう言って、おれの肩を叩いた。
それから、ちょっと声を落とした。
「で、牛の方はどうなんだ?」
「……まだです」
「そうかあ」
年寄りは、気の毒そうな顔をした。
「あんまり仕事ばっかりしてても、しょうがねえぞ。男はやっぱり、牛を持たねえとなあ」
おれは笑って、その場を離れた。
別に、腹は立たなかった。
年寄りは、ごく当たり前のことを言っただけなのだ。実際、おれは三十路をとうに過ぎているというのに牛がない。
それは、気の毒がられても仕方のないことだった。
*
村から地方線とリニアを乗り継いで一時間半。
おれの働いている会社は都にあって、そこへ毎日通って食いつないでいる。
牛がない。ただ、それだけのために。
朝五時半に起きる。
顔を洗い、身支度を整え、駅へ向かう。村のはずれにある小さな駅から地方線に乗り、二駅先でリニアに乗り換える。
最高時速五百キロ。人類の英知の結晶である。
おれは毎朝、その英知に運ばれて、牛のいない自分を養うために都へ向かう。
勤め先は、都に本社を構える大きな会社だった。
そこでおれは、人事だの組織だの、そういう仕事をしている。
給料は悪くない。仕事もそれなりにできる方だと思う。上司からの評価も上々で、将来は管理職に、という話まで出ている。
都の同僚たちは、おれをそれなりに成功した男だと思っているらしい。
「三十代前半でその年収なら、十分勝ち組でしょう」
そう言われたこともあった。
笑ってごまかした。
その同僚は、まだ若い。牛のことがわかっていないのだ。
都では、牛の頭数を直接聞かれることはほとんどなかった。地位と成績、仕事ぶりを見ればそれなりの人間として扱ってもらえる。
だが、村に帰れば話は別だった。
「おう、帰ったか。ところで牛はどうした」
「……まだです」
「そうか。まあ、頑張れよ」
悪気はないのだ。
村人たちは、おれが都で何をしているのか、よく知らない。人事だの組織だのと説明しても、わかってはくれないだろう。
ただ、毎朝遠くまで働きに出ているのに、三十を過ぎて牛の一頭も持っていないということだけは、誰にでも理解できた。
そして、それこそが問題なのだ。
もちろん、金を貯めて牛を買うことも考えた。
買おうと思えば、買えないこともない。
しかし、買ったところで誰が世話をする?
おれは朝五時半に起きて、都まで働きに出なければならない。
牛は毎日餌を食う。水も飲む。糞もする。搾乳もしなければならない。牛舎も要る。牧草地も要る。獣医代だってかかる。家畜保険だって必要だ。
おれには、そういうものが何もなかった。
そして実際のところ。金を出して牛を買うというのは、世間体が良くない。
父の代から牛を持つ家の息子たちは違う。
幼いころから牛の世話を覚え、牛舎を受け継ぎ、親の牛から生まれた仔牛を分けてもらう。
そうして自分の牛を持ち、一人前の男として認められる。
おれは、そういう家に生まれなかった。だから都で働いている。
都で働いているから、牛を飼えない。
牛を飼えないから、いつまでも都で働いている。
一度、酒の席で、牛を八頭持っている同級生に聞いたことがある。
「おれだって、牛さえ買えばいいんだろう?」
同級生は少し困った顔をした。
「そりゃ、そうだけどよ」
「金ならあるんだ。買おうと思えば、買えないことはない」
「まあ……そうだが。なんだ。でも、おめえ、だとしてもだ。飼えねえだろ?」
「……ああ」
「都まで毎日通ってるんだしよ。牛舎だってねえし」
「そうだな」
「それに、牛は買って終わりじゃねえからな」
わかっている。
そんなことは、言われなくてもわかっていた。
おれは牛を買うために働いていた。
しかし、牛を買ってしまえば、今度は牛の世話をするために仕事を辞めなければならないかもしれない。
仕事を辞めれば、牛を養うための金がなくなる。
では、牛を養うためにもっと働けばいいのか。
働けば働くほど、牛を飼う時間はなくなっていく。
どうすればいい。
同級生は、おれの顔を見て、気まずそうに笑った。
「まあ、無理すんなよ。牛がすべてじゃねえんだから」
おれも笑った。
同級生の家には、八頭の牛がいた。
まったく、何ということだろう。
人類は月へ行き、人工知能を作り、東京と大阪を一時間足らずで結ぶことに成功した。
だが、おれには牛がいない。
*
女房には、もう随分前に逃げられた。
女房とは、学生時代から一緒だった。
二十二のときに結婚した。
大学を出たばかりで、これから都の会社に勤めるというときだった。
あのころだって、おれにとっては牛なんか夢のまた夢だったが……少なくとも、無限の可能性に満ちたあの頃、夢を見るくらいのことは許された。
女房はきっと、大学に行っているおれに、見込みがあると踏んだのだろう。
なにしろ大卒だ。
きちんと働いて、昇進して、金を貯めて。そうすればいつか牛だって買える。
今はなくても、いつか。
たくさんの牛に囲まれて――いや、それは難しかったとしても、一頭、二頭、番にすれば、或いは。
当時の女房は、よく牛の話をした。
「最初は牝牛がいいと思うの」
「そうかい」
「だって、乳が出るでしょう。それに、牡牛も迎えられたら……」
「仔牛も生まれるな」
「そうよ。そうしたら、三頭になるのよ」
三頭。
おれたちは顔を見合わせて笑った。なんという幸福だろう。
まだ一頭もいないというのに、もう三頭の話をしている。
若かった。
若いというのは、そういうことなのだろう。
結婚して三年目、女房が牛の購入案内を持ってきた。郊外にある畜産組合のものだった。
若い夫婦向けの融資制度があり、条件を満たせば、初めての一頭を比較的有利な金利で購入できるという。
おれたちは幾夜も話し合った。
牛の購入費用。牛舎の建設費用。飼料代。獣医代。家畜保険。
電卓を叩いてみると、どう考えても家計が苦しかった。
「もう少し待とう」
おれは言った。
「今買うより、もう少し頭金を貯めてからの方がいい。その方が安心だ」
女房はうなずいた。
あのころは、まだ。
五年目には、昇給した。
六年目には、転職して年収が増えた。
おれは嬉しかった。
これなら、あと何年かすれば牛が買える。今度こそ現実的な話になってきた。
だが、女房はあまり喜ばなかった。
「ねえ、牛舎は?」
「うん?」
「牛舎を建てる土地は、どうするの?」
「それは……まあ、土地も含めて考えないとな」
「あなた、毎日都まで通ってるでしょう。牛の世話は誰がするの?」
「そこは、二人で協力して……」
「私も働いてるのよ」
それは、そうだった。
おれたちは共働きだった。
二人で働いて、二人で暮らして、二人で金を貯めていた。
だが、牛はいなかった。
「あなた、牛を飼うつもりがあるの?」
「あるさ。もちろん」
「じゃあ、いつ?」
答えられなかった。
いつか。
それがいつなのか、おれにはわからなかった。
世間には、牛を持たずに結婚する男女も珍しくない。だが、いつまでも牛がないとなると話は違う。
若いうちはいい。将来性というものがある。
まだ牛がなくても、いつかは持てるだろう。立派な大学を出て、いい会社に入った。将来有望な青年じゃないか。
そんなふうに言ってもらえる。
だが、二十五になり、二十八になり、三十が見えてくると、周囲の見る目が少しずつ変わってくる。
まだ牛がないのか。
あの夫婦には、まだ牛がないらしい。
旦那は都の会社で働いているそうだが。
奥さんも大変だねえ。
誰も面と向かって悪口を言うわけではない。
ただ、少しずつ、少しずつ。女房は友人の結婚祝いに出かけるのを嫌がるようになった。
その友人の家には、立派な牡牛が二頭に、牝牛が三頭もいた。
おれだって働いている。給料だって毎年少しずつ上がっている。いつか牛の一頭くらい、きっと――。
そう言って、何度も喧嘩になった。
女房を責める気には、なれなかった。
いや、嘘だ。
責めたこともある。
どうして待ってくれなかったのか。どうして、もう少し信じてくれなかったのか。
女房は、最初のうちは黙って聞いていた。
だが、ある日、とうとう言われた。
「その、いつかって、いつなの?」
やはり、答えられなかった。
女房が出ていった日のことは、よく覚えている。
春先だった。
いつもどおり都から帰ってくると、玄関に女房の靴がなかった。
居間のテーブルに、封筒が置いてあった。中には短い手紙があった。
「もう疲れました。あなたが嫌いになったわけではありません。でも、私は普通の暮らしがしたかった」
たった、それだけだった。
おれは手紙を何度も読んだ。
普通の暮らし。
おれたちは、普通に暮らしていたではないか。仕事をして、給料をもらって、飯を食って、休みの日には買い物に出かけて。
借金だってない。そんなに贅沢はしていなかったが、貧乏というほどでもなかった。
それなのに。
いや。わかっていた。
女房の言う普通の暮らしには、牛がいたのだ。それも、最初から。
おれたちは、普通という言葉の意味を、ずっと違うように考えていたのだろう。
そうやって夢見がちな二人が夢を見て、そしていつしか大人になった女は、おれを残して出ていったのだ。
それから何年か経った。
おれは歳をとった。
給料は、あのころから随分上がった。
投資も始めた。株式を買い、投資信託を積み立て、将来に備えて資産を増やしている。
家計は健全だ。仕事も順調だ。経済的な意味では、あのころよりずっと余裕がある。
だが、牛はいない。
そして女房もいない。
不思議なものだ。
大学を出て十年。
おれはあのころより、ずっと多くのものを持っている。
持っているのに。
*
都でも結局、牛が全てだ。
さすがに直接口にする者は多くないのだろうが、牛持ちか、そうでないかについて人は皆敏感である。
なんなら、都くらいになれば、牛が働いていることだって珍しくないのだ。
現に、おれの上司は牛である。
そんな馬鹿な?
何をいうか。
断じて馬鹿などではない。牛だ。
立派な牛だった。
黒々とした毛並み。堂々たる体躯。よく発達した肩と胸。頭には見事な角が二本生えている。
職場では、誰もそのことを話題にしない。
当たり前だ。牛だからだ。
今どき、牛が会社で働いていること自体は何も珍しくない。むしろ、一定以上の会社であれば、管理職に牛が一頭や二頭いるのは普通のことだった。
上司――いや、上牛は仕事もできた。
部内の問題を的確に把握し、部下には適切に権限を委譲する。人間の管理職にありがちな、細かなことに口を出して仕事を増やす悪癖もない。
会議中、上牛はよく反芻していた。
物事をじっくり考える性分なのだろう。その点は、おれも尊敬している。
ただ、牛だった。
それも、おれの持っていない牛だった。
ある日、上牛に今度仔牛が生まれるらしいという話が、部内に広まった。
部内の皆で金を出し合い、お祝いをするのだそうだ。
「それで、今回のお祝いなんですけど、一人三千円でどうでしょう」
昼休み、隣の席の女性社員が声をかけてきた。
「三千円ですか」
「はい。部長にはいつもお世話になっていますし」
「まあ、そうですね」
「それに、初めてのお子さんですから」
おれは黙って財布を取り出した。
三千円。
その金があれば、おれは何ができただろう。
牛乳が買える。バターも買える。いや、もう少し出せば、立派な牛肉だって食えるだろう。
だが、牛は買えない。
そして今、その三千円は、牛の仔を祝うために、おれの手元から去ろうとしていた。
一体、おれはなんだって――牛の仔に贈る祝い金を稼ぐために、牛の部下として働いているのだろう。
「ありがとうございます!」
女性社員は明るく笑った。
「部長もきっと喜ばれますよ」
おれも笑った。
社会人として、こういうときに笑顔を作るくらいのことはできる。
何しろ、おれはいい年齢だ。牛はないが、社会人経験はある。
午後、上牛の席に呼ばれた。
来期の組織改編について相談したいという。
おれは資料を持って会議室に入った。
上牛は既に着席していた。
大きな体を椅子に収め、蹄を器用に机に乗せている。
「モォ」
「はい。今回の件ですが、現行の承認階層には問題がありまして」
おれは説明した。
組織構造、業務分掌、決裁権限、各部署の責任範囲。
上牛は静かに聞いていた。ときどき首を傾げ、反芻する。
「モォー」
「おっしゃるとおりです。ですので、この部分は権限委譲した方が合理的かと」
「ンモ」
「ありがとうございます。では、その方向で進めます」
会議は十五分で終わった。上牛は満足そうだった。
おれも悪くない仕事をしたと思った。
帰り際、上牛はふと思い出したように、おれに顔を向けた。
「モォ」
仔牛が生まれることを、たいそう楽しみにしているらしかった。
おれは微笑んだ。
「おめでとうございます。楽しみですね」
上牛は嬉しそうに尻尾を振った。
その姿を見て、おれは思った。
この牛は、おれよりずっと幸福なのだろう。
もうすぐ仔牛が生まれる。立派な体があり、安定した仕事があり、将来を約束された家族がある。
そして何より、この牛は牛なのである。
おれがどれだけ働いても、決して手に入れることのできないものを、この牛は生まれながらにして持っている。
定時を過ぎ、帰り支度をしていると、先ほどの女性社員が話しかけてきた。
「そういえば、まだご結婚されないんですか?」
「ええ、まあ」
「いい人、いないんですか?」
「なかなかね」
「あ、でも、お仕事もできるし、年収だって悪くないでしょう?」
おれは苦笑した。
「それだけじゃ、どうにもなりませんから」
「ああ……」
女性社員は、そこで口をつぐんだ。
ほんの一瞬だった。だが、おれにはわかった。
彼女は思い出したのだ。おれには牛がない。
「あ、いえ、でも、今はそういうこと、あんまり気にしない人もいますし!」
「そうですね」
「人柄が大事ですから!」
「ええ」
「きっといい人が見つかりますよ!」
彼女は善意で言ってくれているのだ。それはわかる。
だが、牛を持っている男に、こんな励ましをするだろうか。
おれは鞄を持ち上げた。
「それじゃ、お先に失礼します」
帰りのリニアは混んでいた。窓の外を、都市の光が猛烈な速さで流れていく。
車内広告には、若い男女の幸せそうな姿が映し出されていた。
二人の背後には、白く輝く牛が一頭。
『ふたりの未来に、はじめての一頭。』
牛の購入資金を融資する銀行の広告だった。
おれは目を逸らした。
スマートフォンを開く。
証券口座には、それなりの数字が並んでいる。何年もかけて積み立ててきた資産だった。
保有株式の評価額が、今日は三万二千円上がったらしい。
三万二千円。
牛ではない。
資産を取り崩して牛を買ったところで、牛舎はどうする。飼料は。世話は。通勤は。
そもそも、金融資産を売って買った牛を、世間はどのように見るだろう。
牛を持っていることに変わりはない。
しかし、代々牛を受け継いできた家とは、違う。
まして、牛として生まれた者とは。
そのとき、上牛から社内チャットが届いた。
来期の組織改編について、今日の説明がたいへん参考になったという。
最後には、丁寧な感謝の言葉まで添えられていた。
おれは、少し嬉しくなった。
上牛はいい上司だ。
本当に、いい牛なのだ。
だからこそ、なおさら惨めだった。
牛を持っていないおれは、牛に雇われ、牛の役に立ち、牛から評価され、牛の仔の誕生を祝う。
そして、月末になると給料が振り込まれる。その金で、おれは生きている。牛のない人生を、もう一か月続けるために。
リニアが減速を始めた。
村まで、あと二駅。
明日も仕事だ。
牛がないから。
*
それからしばらくして、上牛の仔牛が生まれた。
部の皆で集めた金で、小さな贈り物をした。
上牛はたいそう喜んでいた。写真も見せてもらった。母牛に寄り添う、小さな茶色い仔牛だった。
まだ脚が細く、頼りない。それでも、四本の脚でしっかり立っていた。
「かわいいですねえ」
おれは心からそう言った。
嘘ではなかった。
仔牛というのは、本当にかわいいものだ。
上牛は嬉しそうに何度も鳴いた。おれも笑った。みんな笑っていた。
その日の帰り、リニアの座席に座って、おれはふと、昔のことを思い出した。
女房は、最初は牝牛がいいと言っていた。
乳が出るから。
そして、いつか牡牛を迎えたら。
そうしたら。
おれたちは、三頭になるのだと笑っていた。
あのころのおれは、牛を持たない若者だった。
今のおれは、牛を持たない中年に差しかかろうとしている男だった。
同じゼロ頭でも、意味が違った。
十年間という時間が、おれのゼロ頭を、取り返しのつかないものに変えてしまったのだ。
女房は出ていった。今ごろ、どうしているだろう。
牛を持っている男と一緒になったのだろうか。もしそうなら、それでいい。
おれが与えてやれなかった暮らしを、今度こそ手に入れているのなら。そう思った。
そう思おうとした。
村の駅に着いたのは、夜の八時を回ったころだった。
改札を出ると、冷たい風が吹いていた。
遠くの牛舎に、明かりが灯っていた。
おれはしばらく、その明かりを眺めていた。
中には牛がいる。立派な牛が何頭もいる。きっと暖かいのだろう。
やがて一頭が鳴いた。
それに応えるように、もう一頭が鳴いた。
おれは襟を立て、家路を急いだ。
家には誰もいない。
牛もいない。
それでも明日は仕事だから、帰って飯を食い、風呂に入って、眠らなくてはならない。
あと何年働けば、牛を買えるだろう。
いや。
今さら牛を買ったところで、誰と飼うのだろう。
あのころ、おれたちは一頭の牛も持っていなかった。
だが、二人だった。
今は、一人だ。
牛もない。
おれは、何をしていたのだろう。
十年も。
十年も、何を。
*
翌朝、おれはいつもどおり五時半に起きた。
顔を洗い、背広を着て、駅へ向かった。
村の道を歩いていると、牧場の向こうに朝日が昇っていた。
柵の内側では、牛が何頭も草を食んでいた。どれも立派な牛だった。
おれは少しだけ立ち止まり、それを眺めた。
牛たちは、おれの苦悩など知る由もなく、悠々と牧草を食んでいた。あの牛どもは、生まれながらにして牛なのだ。
おれが十年働いても手に入れられなかったものに、あいつらは生まれた瞬間からなっている。
なんという格差だろう。
おれは、牛にすらなれなかった。
しばらくして、おれは歩き出した。
都へ行けば、おれにも居場所がある。仕事がある。上牛はおれを評価してくれる。給料も払ってくれる。
おれには仕事ができる。学歴もある。それなりの知識も経験もある。
世の中の役に立っているという自負だって、ある。
だが、そのすべてを持って帰ってきても、村では牛の一頭にもならない。
おれは貧しかった。
昨日も、今日も。
明日もきっと、そうなのだろう。
リニアがホームに滑り込んできた。
今日も一日、働くのだ。
給料のために。生活のために。
そして、いつか来るかもしれない、牛のいる暮らしのために。
牛を持つ者が、牛を増やしているあいだ。
おれは、牛を持たぬまま、牛を買うための金を稼いでいた。
遠くで、また牛が鳴いた。
他人の牛だった。




