ヘルモードの悪徳領主に転生した2
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「負けイベントを消化したのに、ストーリーが進まない。世界はバグってしまったのか?」
湿気と焦げた糖蜜の酸腐臭が立ちこめる地下工房。
砂糖をある程度納品したら、次のイベントに行くと思い大人しく捕まった男がいた。
高圧的な屋敷の使用人から、製造工程を教えろと脅されたのも、イベントだからと許容したが、時間が立つにつれて苛立ちがこみ上げる。
「チートなんだから精製方法なんて知らねぇっての。
……まぁ、この手形を取ると魔法が勝手に砂糖を量産してくれるアイテムは便利だけど。
しかも、俺の魔力にしか反応しないから不正利用は防止ときた。
楽勝じゃないか! サボり放題じゃん。強制労働なのに人生チョロぉっっ」
銀皿の上に落ちる白い粉の音がぴたりと止まり、次の瞬間には濁流の如くザバザバと音を立て奏でた。
「クソッ、だが何時までも、俺がこんなところに軟禁されるのは不当だ。
この世界に一人しかいない『白砂糖が出せる男』ユキト様だぞ。
砂糖で稼いで、超可愛い奴隷を買って、世界を冒険して、最強ハーレムを築く。時間は待ってくれないんだって!」
自称・天才冒険者の下心小僧、ユキトは、荒くなった吐息とともに鉄製の杵を投げ捨てた。
石床に跳ね返った重い金属音が不快に響く。
監禁されて三日。彼の指先は煤けて黄ばみ、夢見た眼差しは血走った様に濁っていた。
「どうにかして、地下から抜け出さないとな」
その時、重い木扉の隙間から、足音を忍ばせた複数の気配が近づいてきた。
「――しっ、声を落とせユキト殿」
現れたのは、過日、悪徳領主に私財を没収され落ちぶれたはずの商業ギルド組合長、協会の司祭、そして赤足傭兵団長のロイドだった。
身ぐるみを剥がされ、安物の麻布を纏っていたはずの三人は、高級な衣服に身を包み、息をひそめて近づいてくる。
――カチャ、リ。
商人が静かに、扉の施錠を外した。
「お前ら……なんでここに?」
「悪徳領主のスグリの奴が、俺たちの財産を『法』だの何だのとぬかして分捕りやがったがな。そこで終わる俺達じゃないってこった」
赤足傭兵団のロイドが腕を組み宙に向かって嘲笑う。
「あの冷血漢も詰めが甘い。私は隣国の経済連団に太いパイプがありましてな。
砂糖の流通利権を逆手に、監視の目を潜って見事抜けだした次第です」
商業ギルドの元組合長が、ぐひひっと笑い、その横から司祭が手を伸ばし、少年に回復魔法をかけた。
「神は、次の道を示しておいでです。白砂糖を可能な限り持ち出し、隣国で栄華を極めましょう」
ニタリと嗤う司祭が泥で汚れた布袋を叩くと、中からジャリジャリと結晶が擦れ合う重厚な音が響いた。
「今から、此処を抜け出して、白砂糖を隣国の交流都市ポロナドに持ち込むのです」
「向こうの貴族どもなら、この粉一袋に、豪邸が数軒立つほどの金を払うはず。きっと、悪徳領主も悔しがるはずだ」
ユキトの胸の奥で、歪んだ全能感がじわじわと煮滾ってきた。
そうだ……俺には現代日本の知識がある。あんな中世の石器時代領主なんぞに縛られてたまるか。
隣国でこの技術を売れば、今度こそ俺が世界の主役に――!
「乗ったぜ、見返してやんよ。あの気取った煙草野郎を、ぎゃふんと言わせてやるッ」
‐‐
「……相変わらず、微笑ましいほどアホな鼠どもですね」
領主館の執務室。執事のアーディーが手元の報告書を恭しく差し出すのを受け取りながら、伯爵――スグリは刻み煙草の紙巻きに静かに取り出した。
――シュボッ
擦られたマッチの橙色の火花が散り、薄紫の煙が天井の古い木目を這うように広がっていく。
「泥棒が家財を盗んで逃げ出さねば、捕まえにいく口実が作れんからな。逃走経路の警戒網は緩めたか?」
「それはもう、太っ腹に」
自分を「悪徳領主」と認め、意地の悪い笑みを浮かべるスグリは煙草をなじり、さらに一本、火を灯した。
「これで、攻め込む口実が一つ出来た」
執事のアーディは縦に首を振りながら、計略の進度を報告する。
「今晩にでも、ロイド率いる傭兵団の手引きと誤認させたまま、隣国ポロナドへの国境線を通過させる手はずです。
持ち出させた白砂糖は、ご指示通り『少量の本物』と『大量の不良品』を混載させておりますれば」
「結構。食べたら食中毒で、戦どころじゃないだろうな」
スグリは鼻から細く煙を吹き出すと、体内の浄化魔法を緩やかに循環させた。
肺を刺す毒素が涼やかな清涼感へと中和され、脳の奥が澄み切っていく。
「極上の結晶をほんの数粒、ポロナドの豪商達に含ませてみろ。舌が溶けるほどの甘みを知った奴らは、後から持ち込まれる『大量の粗悪な粉』が偽物だと疑う余地もなく、高値で飛びつく」
その欲望を火種に、油を注ぐのは、ユキト何某。是非とも、頑張ってくれたまえ。
「では、隣国都市へ攻め込むのは……」
「10日後だ。兵馬を用意しておけ。奴らの欲望に火が付いた瞬間が、収穫時だ」
‐‐
南北を森林に囲まれた干潟が広がる2か国の緩衝地帯。
交易網を利用して発展した『交流都市ポロナド』の夜は、祭りのように賑わい、一時の熱に冒されていた。
「おお……おお! これが噂の神の奇跡か!?」
大商館の広間で、肥満した都市伯と豪商たちが、銀匙についた白い結晶を舐めて、涎を垂らして強欲の涙を浮かべた。
一粒で銀貨十枚、一袋で金貨数百枚。噂は数日で街中を駆け巡り、貴族も商人も、領主に至るまで、その甘美な毒に当てられた。
経済連団はすぐさま流通と卸先の拡充に利権を割り振り、領主を巻き込むと私財から公金までもが、砂糖の買い占めに投入された。
その狂乱の中心で、ユキトと元組合長らは酒杯を掲げていた。
「ハッ! 見たか悪徳領主のスグリのバカめ!」
「然り、然り。ユキト殿の知識と、力があれば、本来、この栄達はスグリ領のものであったのに。愚かな領主であった」
娼婦を侍らせ、金貨の山に埋もれるユキト。樽酒を飲み干す勢いで消費する傭兵団と、司祭たちが多いに勝利を祝った。
だが、その栄華はわずか四日で終わった。
「な……なんだこの臭いは……腐っているのか!?」
悲鳴が上がったのは大商館の倉庫。劇臭を放つ極彩色のカビと、鼻の奥を突く腐臭が立ちこめていた。
ユキトらが後から持ち込んだ「白砂糖もどきの不良品」は、湿度の高いポロナドの気候が災いし、わずか数日で湿気を吸ってドロドロの酸っぱい黒褐色液へと変化していた。
高級な白砂糖として公金を突っ込み買い占めていた倉庫の袋は、ことごとく全滅。
甘美な夢は、激臭を放つ泥の山へと成り果てたが、事件はそれで終わらない。
続いて悲鳴が上がったのは町中だ。いたるところで食中毒が発生し、病棟はすぐに埋まる喧騒の中、領主館から怒声が轟いた。
「あの詐欺師どもを捕らえろッ。一人残らず、石打ちに処せ!」
ポロナド伯の怒りが町中へ駆け巡る。
逃げる間もなく縛り上げられた元商会組合長、司祭、傭兵団は、石造りの広場に引きずり出され、叫ぶ間もなく粛清された。
「待ってくれ、俺は悪くない、俺はウソをついていない!
異世界から来たんだ!! ほら、砂糖ならこうやって作り出すことが――」
声は喧騒に埋もれ、同時に、城門から警鐘が鳴り響いた。
‐‐
後に、悪徳領主スグリの『怒れる忠犬』ポロナド伯は、こう語ったという。――悪夢のようなタイミングだった。
町中に広がる食中毒と、砂糖事業の準備に大量の公金が都市外に投入された直後。
防衛線が抜け落ちた東の正門から、山林の魔物群――『荒くれた牙猪』の大群が雪崩れ込んできたのだ。
10日近くに及ぶ、浮かれた街の警備網と砂糖の流通の影響により、縄張りを刺激された群れが我慢の限界を迎えた。
「助けてくれッッ、城門が破られそうだ!」
「重装隊が軽装だとッ?! 武器が足りない……何が起きてるんだ!!」
悲鳴と火の手が街の外から上がり、混乱が中心へと波及しそうになっていた、その時――。
――ズスンッッ
「……な、なに…………?」
――ズスンッッ
「外から……何か、聞こえ――」
――ズスンッッ
重厚な鉄蹄の音が、石畳を揺らした。
東の城門、その煙の向こうから現れたのは、黒漆の全身鎧に身を包んだスグリ領の精鋭騎兵隊だった。
洗練された陣形で突進した騎兵たちは、魔物の群れをやすやすと切り裂き、瞬く間に街の外を制圧してみせた。
時間にして、一刻もたっていない。誰かの安堵の声を皮切りに、勝利の合唱が轟いた。
城門に駆け付け、呆けたポロナド領主の前に、一頭の黒馬が人垣を割って近づいてくる。
馬背から降り立ったスグリは、血煙が漂う惨状のなかで、優雅に煙草の吸殻を足元で踏み消した。
その目は、救世主のそれではなく、冷徹な債権者の光を宿している。
「お怪我はありませんか、ポロナド伯」
「お、おお、スグリ伯爵。救援、感謝する。君達が駆けつけてくれなければ、我が都市は……いったいどうやって、ここまで」
「警邏の情報から、魔物たちの変動に気付いたモノでしてな。感謝など不要。今回はただ……『回収』に来ただけですので」
スグリは胸元から、分厚い羊皮紙の束を取り出した。
そこには、追放された元組合長たちが裏で進めていた『違法な砂糖の売買契約書』と、スグリ領の『専売』に対する被害証明、そして莫大な賠償金額が刻まれていた。
「我が領の特許技術である白砂糖を、この領地に持ち込んだ不届き物が居るのだ。
不当な密輸によって買い受けた利益は回収せねばならん。
もちろん、王国通商条約に則り、違約金を併せれば……金貨五十万枚」
「ご、ごじゅ、ごじゅう!? そんな金、今の我が領の年間予算を越えているでは――!」
「支払いが不可能な場合、国際慣習法第十四条に基づき……、貴領の自治権を、我が領が担保として接収することになりますぞ?」
「な……自治権の……接収……!?」
領主伯の顔から血の気が引いた。スグリは煙草の火を消して。
「して、我が領に舐めた真似をした不届き物は、どこに?」
スグリの冷酷な相貌にゴクリと喉を鳴らし、ポロナド伯は部下にユキトたちの行方を確認させる。
すでに事を終えていたのか、返答に詰まった。
悩むそぶりを見せ、周りから様子を見守る貴族たちの青ざめた表情。
嵌められたのかもしれないが、しかし。
狂乱に浮かれて隙を見せた自らの浅慮を呪うほかない。
もとより、中央政権から遠ざけられるように交易都市などを任される前は、戦火で矛を振るった身だ。野心家は好きである。
太陽を背に受け、こちらを見下ろす男が何をしたいのか、興味がわいた。
「苦い砂糖の味は、こりごりだ」
剣を一筋も民衆に向けぬまま、ただ、悪辣な計略をもってして、悪徳領主スグリは隣国から一つの都市を丸ごとその手の中に収めたのだった。
「――アーディ」
「はい、ここに」
静かに、スグリの後ろに老練な執事が現れた。
「……遡れば、処された司祭が、『神の雫』と嘯き、我が都市ポロナドに食中毒をバラまいたって事になるよな」
「いえ、不良品をまき散らしたのは――」
スグリ直下の特務隊の仕業だ。
「これは司祭を寄越した、聖協国の謀略ともいえる」
「いや、企てたのは――」
悪徳領主スグリ自身によるもので。
「『神の雫』を分析したら、ただの果糖だったって、揺さぶりかけないとな」
「あの、まさか――」
「ちょっと、後ろから小突くだけだって。聖協国、攻めようぜッ」
――これが目的ですか?!
青天は霹靂。数日後、聖協国に激震が走った。
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▶第3幕短編はこちは




