第2話:夜明け前の影
薄明かりの街路。
朝焼けの光がルミアの石畳に反射して、冷たい街並みに柔らかさを添えていた。
だが、街の表面は穏やかでも、その裏では権力者たちの思惑が渦巻いている――。
ミナ・ルミナは、まだ声の出ない体を小さく震わせながら、書斎で作った小さな光の音符を手に握った。
音錬――音を通して魔術を操る力は、街の片隅ではまだ秘密だ。
それでも、今日のミナは、何か大きな気配を感じていた。
「――今日も、静かじゃない」
心の中で呟き、指で杖を軽く叩く。
微かな音が、空気を揺らし、周囲の微細な気配を知らせる。
そのとき、扉のノックが静かに響いた。
「おはよう、ミナ」
ルクス・エルダの声。彼は今日も騎士服を整え、穏やかな笑みを浮かべている。
「街で、少し不穏な噂を聞いた。君の力――音錬――を使えるなら、助けてもらえないか?」
ミナは手で文字を書く。
『……噂、って?』
ルクスは眉をひそめる。
「王宮で、不思議な失踪事件があったんだ。若い学者たちが次々に行方不明になっていて……君の力なら、何か手がかりを掴めるかもしれない」
その言葉に、胸が高鳴る。
声がない自分に、できることがある――そう信じたい気持ちが、音を通して体に流れる。
「――わかった」
ミナは杖を握り直し、小さな音符を奏でる。
その音は、微かに共鳴し、ルクスの耳にも届く。
「行こう」
二人は街を抜け、王宮へと続く坂道を登る。
途中、石畳の間に落ちる朝露がキラリと光る。
ミナは音を通じて、風や石、空気の微かな変化を感じ取る。
それはまるで、街そのものが彼女に話しかけているようだった。
王宮の門前。
警備兵たちの視線を避けながら、ルクスは低く囁く。
「ここからは、君の音錬の力が必要だ」
ミナは深く息を吸い、静かに杖を振る。
瓶の中の光が震え、音が空気を振動させる――それは単なる魔術ではなく、街や建物の“声”を聞くための特別な音だった。
微かな軋み、遠くで響く足音、壁の奥から漏れる微光――
ミナの耳ではなく、心で拾った音の全てが、行方不明の学者たちの痕跡を示していた。
「……見つけた」
小さな文字を書き、ルクスに見せる。
彼の瞳が一瞬輝き、静かに頷く。
「君の力があれば、きっと事件を解ける。頼んだぞ」
沈黙の少女と少年騎士。
二人の足音だけが、まだ眠る街に響く――。
音錬が導く未来は、まだ見えないけれど、確かに希望の光が差し込んでいた。




