表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
6/7

第5話|守ると誓った、その日から

王妃を失ったあと、わずか三歳の少女は“母の宮”での生活を続けていた。

主を失い、本来なら閉鎖されるはずだった王妃宮。その奥の三部屋だけを最低限の手直しで整え、王女アリシアの生活の場とした。


仮の王女宮。

いっそのこと、新たな宮を建てるかという話もあったが、時期尚早だと判断された。

なにより、まだ子どもだった彼女にとって、なじみのある場所を離れることは望ましくなかった。

そして父王もまた、この決定に異を唱えなかった。


あれから七年──

アリシアが十歳を迎える年。

仮宮は晴れて、正式に“王女の宮”と認められた。


祝いの食事。装飾の花々。

そして王女としての新たな生活の始まり。

だがその裏で、ひとりの兄は頭を抱えていた。



◇◇◇



「……護衛を、増やす?」



兄──エドワルドは、宮廷文官の進言に驚きを隠せなかった。

アリシアの生活空間が正式な王女宮とされたことで、従来よりも来訪者や使節の目に触れる機会が増える。

王族としての表向きの役割が生じる以上、護衛の体制も見直されるのは当然だった。



「ですが、第四の派遣人数にも限度がございます。夜間の警備にはいっそうの人員が必要とされますし……」

「昼間の来客応対の際にも、控えの近衛が必要です。仮宮時代のように、“兄の顔”だけでまかり通る、などということはできないのですよ」



側近たちの声は穏やかだったが、そこには王族としての“責任”を促す響きがあった。



「つまり──王女付きの近衛を、王家側から先に選んでおくべきだと?」

「いずれ公的な親衛隊の設置も検討されましょうが、今は過渡期です。

それまでは、殿下のご判断で先行して数名を配するという形が現実的かと」



肩にのしかかる重み。

アリシアの兄であると同時に、王太子でもある立場。

私的な感情だけでは動けないとわかっていても──それでも。



(……アリシアを守るのは、自分でありたかった)



だが、それは叶わない。

王太子が日常的に妹のもとに詰めることはできないし、ましてや四六時中そばにいるなど、あってはならないことだ。



(では、誰に任せる……?)



王女の側に、常時控えることを許される者。

信頼に足る存在。騎士としての実力を持ち、礼節をわきまえた人物。


──そんな人間が、果たしているのか



(……いない、はずだった。だが──)



一人だけ、思い当たる顔がある。

まだ若く、学園でも頭角を現したばかり。

実戦経験には乏しいが、何よりその誠実さと目の強さが忘れられなかった。



(……あいつなら、アリシアを見くびることはない。

 だが、任せるには──まだ、早い)



静かに頭を振る。

現実に求められているのは、すぐにでも動ける近衛。

そうなると──次に候補に上がるのは、やはりあいつか。



「殿下。王女付き近衛候補の報告書がまとまりました」



差し出された名簿を受け取りながら、エドワルドは小さく息を吐く。

それは、妹のそばに“誰か”を置くという決断。


誰よりも近くにいた兄が、手放すという選択。

王女宮は、もう“仮”ではない。

妹の歩みは、すでに次の段階に入っている。



(──守るとは、任せることでもあるのだろうか)

淡い苦味とともに、彼は一枚の報告書を開いた。

そこには、見慣れた名前があった。



「……ゼノ、グラナート」



読み上げた名に、自分の声がかすかに揺れる。

自分より一歳上の青年。王立学園で顔を合わせることもしばしば。

そして、次期グラナート当主と目されている男。


剣の腕も、家柄も申し分ない。

学園での評判も穏やかな上級生というすこぶるいいもの。

だが、そこに迷いが生じるのは、何ゆえか。



(……本当に、こいつでいいのか?)



報告書の行を追いながら、エドワルドの指先がぴたりと止まった。

その横で、文官がそっと付け加える。



「殿下。グラナート家からの要請もあり、実地研修の一環としての配属が認められております。

王女殿下付きとしての任命は、あくまで限定的なもの。

しかし、王家との関係強化にも資するとの判断です」



つまり、政治的にも好手。

否定する理由は、どこにもない。



「──わかった。第一候補として、名簿に残しておけ」



それは、“信頼”より“現実”を選ぶという決断だった。

まだ手綱を手放せない兄が、政治と秩序の名の下に、

妹を“誰か”に委ねるということ。


そう告げたとき、自分の声がわずかに乾いていることに気づく。

けれど、それでもいい。

これが“王太子”としての役目ならば。

彼は黙ってペンを走らせた。

その文字は、にじみも、揺らぎもせず、ただまっすぐに名を記していた。




評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ