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第3話

 湊は局内にある、技術部ーー保安業務課を訪ねる。


 公安局では、保安官が使用する装備品の独自開発を行っていた。

 都市内の治安維持業務に使用する装備品は需要が限定的で製造する企業も限られているのだ。


 一方で、都市外で大規模テロのような事態が発生した時は、マキナ・アイが主導する自動兵器群の管轄となる。こうした兵器の開発や委託認可する部署も公安局には併設されていると聞く。


 湊はドアを開けて、オフィスの中へと入る。中はデスクがずらりと並ぶ設計部署のようになっていた。


 しかし、源爺はここにはいない。


 何やら3Dモデルと向き合っている人たちの間を通り抜けて、湊は突き当たりのドアまで進む。


 ドアを開けると、そこは屋外に通じた整備工場となっていた。



 源爺は工場の一画で、ストーブを設置して暖をとっていた。

 ここは無人戦闘機の整備なども行っているため、圧縮機やエンジンの音で騒がしい。油と騒音にまみれたまさしく「工場」と言った様子だ。


 パイプを溶接しているのか、バチバチと火花を散らす工作ロボットの間を通り抜けて、源爺の元へとたどり着く。


「おお、湊か。いらっしゃい」


「源爺、装備をとりにきました。あと、ひとつ相談があるのですが」


「そうか、まあ座れ」


 源爺は作業していた手を止め、ストーブに置いたやかんで湯を沸かし、お茶を作ってくれた。

 寒いので、ありがたく頂く。


「装備はそこに置いてあるぞ」


  源爺が指差した先には、ハンガーラックに掛けられた新品同様のMRSがあった。


「しかしまた派手に壊したなあ。人工筋肉を6割ぐらい取り替えたぞ。

 よく生きてたなあ。そう言う場合は大体中身もお陀仏なんだが」


「中身は死なないように、敢えて装備で耐えています。源爺にはご迷惑をおかけしますが」


「そうか、いや儂も仕事だから修理ぐらいやるんだがな?」


「もっと繊維密度を上げないとなあ」などと呟きながら、源爺は湊をじろじろ調べ始める。つんと機械油のにおいが漂った。


「それで相談なのですが」


 湊は若干の居心地の悪さを感じつつ、話を切り出した。



「電子ナイフの刃渡りを延長してほしいとな?」


「はい。今まで使った感じ、リーチが足りないと思う局面が結構ありました」


「そうか。そのくらいであれば電子ビームの出力を上げれば簡単に出来そうじゃがーーー。

 少し重くなるが、問題ないか?」


「構いません。むしろ扱い安くなると思います。出来れば、リーチを自由に変更出来ると良いのですが…」


「ふむふむ。それもやっておこう」


「ありがとうございます」


 簡単に請け負ってくれたのは、本当に容易な改造なのか、源爺が優秀な技術者であるからなのか。


 リーチが長くなるだけで、ずいぶんと任務の危険性が減る気がする。近づかないだけで、相手の間合いや機械の稼働範囲に踏み込まなくても良くなるのだ。


 ただ、そこまで刃渡りが長くなるのならもはや電子ナイフではなく電子ソードだ。

 さながら、某SF映画の近接武器のよう。振るとブオンブオンと音が鳴るやつ。

 もっとも、電子ナイフは電子ビームを電磁場で偏向して刃型にループさせることでモノを切断する。見た目は棒状ではなく、輪っか状の光線である。それに、銃弾を防ぐことはできない。


 かつて、人類が思い描いた空想の技術を、原形のアイデアはとどめつつ現実的な方法で再現した形だろうか。


 なんにせよ、電子ビームから生み出される莫大な熱量によって、電子ナイフは驚異的な切断力をもっており、湊は気に入っていた。



「源爺、また装備のことでいろいろ頼んでもいいですか?」


「おお、もちろんだ。暇だからな」


「暇なんですか」


「ああ、若いもんが優秀でな。上からの依頼は大体こなしてくれる。わしは少し口を挟むだけだな」


 源爺はそう言って、「少し」の部分を指で示してみせる。


 なるほど。


「なんでもいいのですか?」


「なんでもいい。武装や補助装備、支援電装、足だっていけるぞ」


「足?」


「ああ、あれだ」


 皮の厚い指で示された先を見ると、無人戦闘機が始動運転をしていた。


「昔は、航空機のエンジンなども作っていたのでな。まあ、こっちでは少し畑違いだが…」


 そう言って、耳元をかく源爺。

 だがすごい、技術者のことはよくわからないが、ここまで様々な装備品を扱えるひともなかなかいないだろう。源爺はほんとうにすごいエンジニアのようだ。


「ありがとうございます。また何かあったら真っ先に相談します」


「おう、任せてくれ」


 頼もしい限りだ。今後もお世話になることが多々あるだろう。



 宿直室にもどった湊だったが、午前中はつつがなく業務が終わった。

 トレーニング室から戻ってきた真島にスラスターの使い方をレクチャーしていたぐらいである。湊は逆に、保安官として覚えておくべき法律についてざっくりと講義をしてもらった。

 例えばこんな感じだ。


「湊、例えばね。ある親子がいて、両親が子供を動画投稿サイト、ホロストリームとかに出して、莫大な収益をだしていたとする。でも、朝から晩まで撮影に付き合っていて子供は学校にいけない。こんなとき、警察や公安としてはどうしたらいいと思う?」


「勉強は大事だよな。撮影を自粛させて、学校にいくように促す?」


「だいたい正解。そういうのを定めたのが、平和維持法。そして、日本国憲法よ。

 湊や私はマキナ・アイの指令に従って動くけれど、マキナ・アイのアルゴリズムも大枠はこれらにのっとっていると言われているんだ。

 そもそもマキナ・アイが目指す『平和』にはいくつか理念があって、『生存権』や『自由権』、『教育を受ける権利』、『経済的利益の享受』とかがあるんだけど、これらには優先順位があるの」


「優先順位?」


「うん。さっきの親子の話は『教育を受ける権利』と『経済的利益の享受』がかち合った例。この場合、優先順位は『教育を受ける権利』の方が上だから、マキナ・アイは子供の権利を保護するように、私たちに命令を下すはずよ」


「なるほど。ある程度はマキナ・アイの『判断』を予想して動かないといけない、ということか?」


「普通はマキナ・アイの指令で動くだけなんだけどね。でももしそれができないような状況だったら、『優先順位』を意識して行動しなさい、ということかな」


 むずかしい話だ。

 もし判断を間違ったら、今度は湊自身がマキナ・アイから訴追されることになるのだろうか。

 もっとちゃんと勉強しないといけないと思った湊であった。




「シラビ、いるか?」


『はいはーい!ここに!』


「シブヤ公園への経路を探索」


『はいな! 環状8号線に向かってください!現在、環状9号線は4号シブヤ線に接続されています!』


「了解。駐車場への誘導も頼む」


『おまかせを!』


 午前中の業務を終えた湊は、そそくさと公安局を抜け出した。とはいえ、今日は出動もなく平和な一日だった。蓮が小学生と戯れていたくらいである。


 1月とはいえ、日なたの道路はぽかぽかと暖かい。凪いだ空気のなか、湊のバイクは静かに疾走していった。





「月城さん! 今日は仕事ですかい?」


 シブヤ公園のエントランスで、門の警備をしているおじさんに呼び止められる。保安学校時代から通っていたおかげで、すっかり顔なじみになっていた。


「半休です」


「そうですかい。でも、それは……?」


「トレーニングのときは、たまに着ています」


 目ざとくRMSを見破られる。首元がハイネックになっているため、意図的に隠さなければ知っている人にはすぐにわかってしまう。ばれたところで特に問題はないが。


「そうですか! 何か極秘の任務でもあるのかと思って、心配しましたわい」


「もし本当にそうだったら、こんなところで話しかけないでくださいね」


「はは、そうでしたな!」


 そう言って、がははと笑うおじさん。

 声が大きいせいで、何かと周囲の注目を引き付けてしまう。本当に隠密行動を指示されていた場合、この人ですら欺く必要があるかもしれない。


 湊は苦笑しながら、目立たないうちにエントランスを通り抜けた。


『わ~~、湊さん、雪景色ですよ!』


 園内に入ると、そこは一面の銀世界だった。今日の人工天気は「雪」に設定されているのだろう。見上げると、ガラス張りの天井からひらひらと雪が舞い降りてくる。


 冬場に雪景色を再現する理由については疑問もあるが、都市部では雪が積もることは滅多にない。だからこそ、こうして人工的に降らせているのだろう。


「これだとトレーニングしにくそうだな……」


『湊さん、あちらの方はどうでしょう』


「行ってみるか」


 シラビが視界に示した方角へ向かう。エントランスから少し進むと、小道の両脇には湊の身長を超える高さの雪が積もっていた。


「……ちょっとやりすぎじゃないか?」


 間違って雪中にダイブでもすれば、最悪窒息しかねない。そんなことを考えていると、ふいに少し先の雪壁がもぞもぞと動き出した。


「ばあ~~~!」


『ぎにゃあああああああああ~~~!』


「シラビ、うるさいぞ」


 雪の壁から現れたのは、小学生くらいの男の子だった。顔中が雪まみれで赤くなっている。


 驚いたシラビをなだめながら、湊はハンカチを取り出し、男の子の顔を拭ってやった。


「あんまり雪に潜ると危ないぞ」


「おにいちゃん、驚いた? ね、驚いた?」


 男の子はにこにことしながら、湊の腕や服をぺたぺたと触ってくる。どうやら話を聞く気はなさそうだ。


 湊は軽くため息をつきつつ、男の子の頭をぽんぽんと撫でた。


「驚いたよ。元気だな。今日は誰と来たんだ?」


「お母さん!」


「そっか~。お母さん、心配してると思うぞ? 戻らないのか?」


「いやだ! まだ遊ぶ!」


「そっか~」


 満面の笑顔。湊も釣られて笑顔になった。


「じゃあ、これ。もっておいて。あとで入口のおじさんに返してくれればいいから」


 そういって湊は手元のリングを外して渡す。


「これなにー?」


「秘密だ。でも保安官ならだれでも持っているんだ」


「なにそれ!かっこいい! おにいちゃん保安官なの?」


「そうだ。でもこのことは秘密だぞ」


「わかったー!ありがとう!」


 そういって腕をぐるぐる回す男の子。リングが外れそうだったので、腕を捕まえてサイズを調整してやる。

 男の子はぺこりとお辞儀をして、作った穴の中に戻っていった。

 少しのぞくとだいぶ先まで続いていた。よく掘ったな。穴掘りの才能がある子である。


『ふ~~シラビはまだ心臓がバクバクしています』


「心臓ないだろ」


『言葉の綾ですよ~!」


 ふんふんするシラビをなだめ、湊は先へと進んだ。













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