第5話 試験結果。
「持ってこい。」
「・・・・・」
「レイノは全ての教科、90点以上取ったぞ。」
「まあ!凄いじゃないの、レイノ!やればできる子だったのね!!」
いつものようにお茶を飲んでいるレイノの頭を撫でまわす。嬉しそうに笑っている。
「後は剣術と馬か。ダンスもか。夏休みは勉強のほかにやることが多いな。お前ももうすぐデビューだろう?ダンスとかは大丈夫なのか?」
「え?今さらデビューする気はございません。事が事ですし。社交界中にうちの噂は広がっていますでしょうし。」
「いや、何も。全てもみ消したし。」
さらっと…悪役系の物言いね?
「それにしてもですね、こうして現実にはアークラ伯爵家に何から何までお世話になっているわけですから。それに…そんなに社交界に憧れもありませんし。」
私自身は、無い。
ただ、そこで繰り広げられる噂話は聞いてみたい。現実は小説より奇なり、って言うじゃない?使えそうなコイバナがころがってそう。
いっそのこと…給仕メイドで潜り込むとか?ぐふふっ。
あら?あらあらあらあら、給仕メイドで潜り込んだ令嬢と王子の恋なんてどうよ?
「お前、なんで百面相しているんだ?怖いぞ。」
「・・・・」
あなたに言われたくはない。あなたのほうがよっぽど怖いと思うけど?その眼鏡の上越しに睨むのやめてくれる?
「ドレス代とかなら気にするな。」
「・・・・・」
するでしょ、普通。
「聞いていないのか?お前の父親が騙されて使ったのは、自分の私財だけだ。領地の金は手を付けていない。賢明だったな。適齢期になるお前の持参金を作ろうとしたらしいぞ?」
お父様…。
「まあ、とりあえず、持ってこい!今すぐだ!!」
なんか、これ以上はごまかせそうになかったから、渋々部屋に戻って返ってきた答案用紙を…手を伸ばして待っている先生に渡す。
「・・・ふん…言語系は、大丈夫そうだな。」
はい。
「社会系も…なんだこりゃ?どこにある国だ?」
「ああ、ええと、少し前に読んだ小説とごっちゃになってしまって。少し勘違いしました。」
「まあ…いい。」
サクサクと目を通していらっしゃる。
「経営学は…54点。簿記は…62点…。」
「・・・・・」
「数学に至っては…38点?38点て、初めて見るな。」
「まあ、先生ほどの方でも、初めてだなんて!あるんですね?照れますわ。」
「・・・誉めてはいない。」
「念のため聞くが、数学は50点満点か?」
「・・・・・」
「・・・・・」
レイノが心配そうに私の顔を見る。
ありがとう、心配してくれて。でもお姉ちゃん、もう最大の危機よ。
「・・・と、言うことは…追試か?50点以下は追試だろう?」
「え?ええ、まあ、そういうことになりますかしらね?おほほほほっ。」
「・・・・・」
だからさ、眼鏡の上から睨むの怖いって!
まあ、私が悪いんだけどね。
「いつだ?」
「何がですか?」
気を取り直してお茶を飲んでみる。
夜風が涼しいですわねえ。昼間は暑くなってきたけど。
「追試は、いつだ?」
「・・・来週の、金曜日です。」
「そうか。じゃあ、明日から夕食後はここに来い。机は運んでおく。いいな?」
「まあ!弟とはいえ殿方の部屋に入るなんて!」
「・・・お前が言うか。」
「・・・・・」
デスヨネ。
翌日から私は弟と机を並べることになった。
一週間だ。一週間の辛抱だ。
数学の教科書と、リーサとライラのノートを写したものと筆記用具を持ち込んで、不本意ながら机に向かう。
先生の弟への教え方も観察した。
あの人のことだから、ひょっとしたら鞭とか?罵声とか?と妄想していたが、意外なほど丁寧だった。できたところは大げさなほど褒めている。へえ。
出来たら褒められると嬉しいよね?
「さて、お前はどこでつまずいているんだ?」
「・・・・・」
「どの辺がわからないんだ?」
「どの?なんと言うか、数学がこの先の私の人生に何の役に立つのかがわかりません。」
「は?」
先生…そんなふうに、未確認生物に森の中でばったり会ったみたいな顔をするのは止めてください。さすがに傷つきます。
「例えばですよ?三角形の底辺の角度が、今後の私の人生に与える影響は?」
「・・・はあ。」
「円柱の体積や三角錐の体積が私にもたらす利益は?」
「・・・はあ。」
「以下…同文です。」
「よく、わかった。」
まあ、わかってくれた?うふふっ。
「まずな、領地で道路を拡張するのに領民の農地を潰すとするだろう?」
「・・・はあ。」
「同じ面積分、違うところで農地を与えるとして、お前はそれを、何となくこのぐらい、でやるってことだな?」
「・・・・・」
「あと、そうな、宝石店に行って宝石を見る時、見た目大きい平らな宝石と、きちんとした厚みのある宝石ならまあ、どっちでもいいか、ということ。」
「ほお。」
まあ、宝石を購入する予定なんかはないけどね?
言わんとすることは解った。
「要するに、ビスケットを半分にするぐらいなら適当でもいいだろうけど、土地とかなら困るってことね?」
「まあ、そうだな。」
「ほう。」
「それから、例えば1㎡あたり、このぐらい肥やしを入れて、このぐらいの収益が上がった。それがわかっていれば、来年の収穫の予定量が推測されるだろう?」
「ほう!」
「これはもちろん、気候とかに左右されるがな。推測は可能だ。」
うん、うん。なるほどね、先生。わかりやすいわ!!
「そういう訳で…でももう時間が無いから、公式をまず、まる覚えしろ!!!」
ひえええええっ。