第3話 弟の家庭教師。
「あら、もうこんな時間かあ。お茶でも飲んでもうひと踏ん張りするか。」
部屋着の上にガウンを羽織って、机に向かっていたら結構遅い時間になっていた。ノリノリで書いてたから、すこし肩が凝った。伸びをして、肩を回しながら、台所に向かう。
弟の部屋にもまだ灯りがついている。
そおっと廊下を通り過ぎる。
「あら、ペトラ、まだ起きていたの?」
台所に行ったら女中が一人起きていた。
そうそう、事務方は総入れ替えだったが、そのほかの使用人はアークラ伯爵家の嫡男殿が一人一人面接して、大体の人は残った。何人か新しいメイドも入った。ペトラは私が小さい時からいる、いわゆる古参。
「ああ、お嬢様、お坊ちゃんと家庭教師の方にお茶をお出しするタイミングを計っておりまして…。あんまり変なタイミングで入ると、なんと言うか、」
「怖いんでしょう?怖いわよね、あの方。いいわよ。私もお茶にしようかと思ってたから、私が持って行ってあげるわ。」
「よ…よろしいんですか?」
「うん。ついでだし。取って食われるわけじゃないし。」
ペトラが3人分のお茶をポットに入れてくれている間、ガサゴソと前にリーサに隣国土産に貰ったチョコレートを探し、小皿に盛る。一つ食べて、一つはペトラにあげるのに紙に包む。
「これは寝る前に食べると目が覚めちゃうから明日食べてね。もう寝なさいよ?」
ペトラが台車に載せてくれたので、そのまま弟の部屋の前まで行く。もちろん、チョコレートも持ってきた。
「失礼します。」
ドアを軽くノックして、部屋に入る。
女中だと思っているんだろう、振り返りもしない。
窓際に寄せた勉強机に二人で向かっている。
「お茶をお持ちしました。」
ティーテーブルに二人分のカップとポットと、小皿にのせたチョコレートを置く。
「お茶ですよ?」
あらまあ、温かいうちのほうが美味しいのに。
「あの?聞こえませんでしたか?お茶ですよ?」
弟が…救いを求めるような顔で、私を振り返って、見る。
家庭教師の先生は…振り返りもしない。
「そこに置いて行け。ひと段落したら飲む。」
「あら、だって適度な休憩は、作業効率を上げるのに有効だって何かに書いてありましたよ?それに、折角のお茶も冷めちゃいますし。」
「あ?」
あら、出たわね、振り返りながらの斜め45度の睨み。でも今回はこの方が椅子に座っているので、私の方が少しだけ《《見下ろす》》形。ふっふっ。
「さ、お茶にしてください。チョコレートをお持ちしました。脳みそに甘いものはご馳走だと、何かの本で読みましたから。はいはい。お座りください。」
しぶしぶ勉強机を離れたので、弟がほっと息を吐いている。大変ねえ、跡取りは。ハロネン侯爵家はお前の肩にかかっているんだ!頑張れ!お姉ちゃんは応援だけするよ。
ようやく席に着いた二人に、お茶を入れる。
「お、お前は、」
え?今気が付いたの?あらやだ、今度はメイド服で来てみようかしら?
部屋着だけど、裾をつまんで綺麗にお辞儀してみせる。
「あら、部屋着で失礼いたします。弟がいつもお世話になっておりまして。姉の、ティーナでございます。」
「・・・弟とはいえ、男の部屋に部屋着で来るのか?ここの娘は。」
「おほほっ、メイドが皆怖がってしまって。代わりにお茶を届けに参りましたの。ついでですけど。メイドも寝る時間が無くなってしまいますのでねえ。雇い主としては、健康管理も考えなくちゃですわよね?」
「・・・・」
弟が、二人の会話におびえながら、お茶を飲んでいる。
「チョコレートは私の友人に頂いたもので、買っていませんからね?安心してお召し上がりください。あ、レイノは一つにしなさいよ?眠れなくなっちゃうからね。」
「あ、はい、お姉様。」
「・・・お前は、この時間まで起きているのか?」
「え?ええ、まあ。」
「高等部ももうすぐ前期のテストだろう?答案用紙が帰って来たら持ってこい。俺が見てやる。」
「いえいえ、そんな、私のことまでお気遣いしていただかなくても結構です。どこぞの持参金が要らないようなところにさっさと嫁ぎますので。ご心配なく。おほほっ。」
「・・・・・」
え?無理無理無理!答案用紙って…。
「いいか?どこかに嫁ぐにしてもあまりバカでは嫁ぎ先も迷惑だろう。」
「・・・・・」
あの、もう少し、何かに包んでものを言う事を覚えたほうがよろしいのじゃなくて?
あ。でも、このもの言い、リーサに似てるかもね。バスっと、ザクッとえぐってくる。
「俺の妹は家庭教師が3人もついているぞ。賢く育っている。」
はいはい。
「もうすぐ9歳になるんだが、もういっぱしのレディだぞ。」
はいはいはい。