第2話 現実の壁。
現実は…高等部に上がると、まず、ライラの婚約者が正式に決まった。
地方の伯爵家嫡男。10歳も上。
「まあね。いつかは来ると思っていたけど、来たわね。あなたたちもすぐよ、すぐ!」
「どんな方なの?」
「うーーーーん。10歳年上で、うちの遠縁にあたるの。この前、顔合わせがあったわ。どうも、春の私のデビューを見かけたらしくて。」
なんてことないことのように、サンドウィッチを食べながら、ライラが話す。
私の今日の昼ご飯はロールパンに卵。
リーサのは、さすがに二段のお重。おかずを頂く。
「見初められた、ってこと?」
「うーーーーん。そう言うと、すごくよく聞こえるけど…。実際は、お、丁度いいのがいた、ぐらいなんじゃないかしら?」
「・・・・・」
「それで?ライラはそれでいいのか?」
ガチッ、とフォークを綺麗に盛り付けられたカモ肉のテリーヌに突き刺している。
リーサ、何怒ってんのよ?
「いいも何も、ないでしょう?家同士の決めたことだし。私はほぼ初めて会った方だけど、父は喜んでたわ。来年から行儀見習いをしに、その方の領地の屋敷に行くのよ。結婚式には招待するわね。二人共、絶対来てね!」
「・・・・・」
「行く。絶対に行くからね。歳の差婚のハッピーエンドのお話を書く!挿絵はヨロシク!」
「あはははっ。たくましいなあ、ティーナは。描く、描く!向こうに行ってもね、小説送ってね。」
ライラはそう言って笑った。
「リーサは?大公家だから、隣国の王子様とか?凄い縁談来ないの?」
「私は結婚しない。2年生からアカデミアに行って経営学をやる。父の持っている貿易会社を貰うつもりだ。」
「えええ?」
「さすがリーサね。らしいわ。」
「で?ティーナは?」
「え、ああ、うち?実は…」
お昼ご飯を広げていたガゼボの小さいテーブルで、頭がくっつくぐらい近づいて小声で話す。
あんまり…自慢できる話ではないが、父親は一応侯爵なんだが、投資詐欺にあってすっからかんになった。学院の学費は前払いだったからなんとか通っているが、時間の問題。仕事でも探すか?といった状況だった。
丸ごと面倒を見ると申し出てくれたのは、資産家のアークラ伯爵家。
実は…春から領地の運営や屋敷の事務方も総入れ替え。アークラ伯爵家の嫡男殿が乗り込んできて執務をしている。この方、うちの弟の家庭教師も買って出てくれて、おかげで弟は少し賢くなったみたいだ。ぎゅうぎゅうに詰め込まれている。父は領地に帰り、実質隠居生活だ。変にお金を使い込まれるよりはいい。
このまま乗っ取ったりするのかと思ったら、そんなことをすると悪評が立ち商売に差し支えるんだと。父親の代わりに弟を鍛えて、建て直すんだとさ。今、弟は12歳。この春から学院の中等部に入ったばかり。Bクラス。
伯爵家としては、うちの親戚網やコネクションを商売に使いたいらしい。まあ家は、今お金はないが、無駄に長い歴史といろんなつながりはある。そこの息子の後見人になるわけだな。
弟が爵位を継ぐのは18歳。あと6年もある。
恩を売って、ネットワークを構築する?感じ。
「あらあら、じゃあ、ティーナ、アークラ伯爵家の嫡男殿との婚約?」
「いやあ、無いでしょう?お前、随分と夜遅くまで勉強しているようだが、それであの成績か?バカなのか?って言われた。」
「・・・・・」
「まあ、夜遅くまで妄想小説書いてます、っては言わないほうが良さそうだな?」
「そうなのよ。怖いわ。お前の勉強も見てやる、とか言われたらどうしようかと。」
「ああ、見てもらったら?あなたこのままじゃ、来年はBクラス落ちだよ?」
「リーサ…もう少し、優しく言って。ほんとのことだけど。」
食べかけの、卵をはさんだロールパンを口に押し込んで、お茶を飲む。
ライラがフォローしてくれた。
「アークラ伯爵家の嫡男殿は社交界では注目の的よ?決まった人いないし。お金持ちだし。商売手堅いし。嫁に行ったら贅沢三昧確定。それに、見目だってよろしいのに…なんていうの?近づくなオーラみたいなのを出してて…。」
「そう、怖いのよ。にこりともしないし。まあね、破産寸前の無能な領主の娘に売る媚も無いでしょうけどね?私本当に頭悪いと思われてるみたいなのよね。」
「まあ…あなたには悪いけど、否定はしないわ。弟君だって中等部、Bクラスでしょ?うちの弟と一緒。あの方は確か高等部半年通って、アカデミアに進まれて…首席卒業よ?」
はあ?
うちの弟、レイノはいい子なんだけど、のんびり育ってしまって。
ライラの弟君は、妙に愛想のいい子。人見知りしない、というか、周りの人が僕を愛さないわけがない、と思い込んでいるような面白い子。ニーロ、だったかな?家族に溺愛されて育った伯爵家のお坊ちゃま、って感じね。Bクラスなんだ…。
でもね…実際、あなたたちは見たことが無いから、あの怖さがわからないんだわ。
斜め45度くらいに見下ろして、カチッと眼鏡を上げるのよ。もう、人間を見ているようには見えないわ。なまじっか整った顔をしているから、よけい怖い。まあ、詐欺にまんまと騙された父親が悪いんだけどね。支援していただいているから無下にも出来ないしね。