第15話 婚約者殿。
「・・・もう3日になるのに、まだお迎えは来ないんですの?」
「ああ。まあティーナも気が済んだら帰るだろう。」
「そうですね。家のためには断れない縁談ですものね。それに、家の事情をご存じなので持参金もいらないでしょうし、ある意味、ティーナの思い描いた通りの縁組ですわ。」
「そうなんだけどね、《《で》》と《《が》》のせめぎあい?って感じ?」
いつものように中庭でお弁当を広げる。いつも賑やかなティーナがいないのでことのほか静かですわ。
「ああ見えて、ロマンチストですからね、あの子。」
「そうだな。」
「あの子の書いた世界では、唯一の人に巡り合って穏やかに暮らすんですものね。いつもいつも。」
「ああ。まあ、貴族である以上、そうも言っていられないこともあるけどね。」
「あら、私は最初は10歳も上!!って驚きましたけど、お会いしてみたらいい方でしたわ。ティーナのお話に後押しされた感じではありますけどね。」
「うふふっ。あの話では、お互いに歳の差を気にしていた、ってオチだったな。」
「そうそう。あの子の問題はやはり、婚約者殿のルビーの女、ですかね?」
ガサリ、っと座っていたガゼボの脇の茂みが揺れた。
あらまあ!
メガネを直しながらそこに立っていたのは、ティーナの婚約者、アウリス様
ほんとにいつ見ても、金髪に緑の瞳、お綺麗な殿方だわね。
「お嬢様方、お食事中すみません。あの…。」
「まあ、アウリス様こんにちは。今日も評議会ですの?」
「・・・ええ。まあ。」
「ティーナはお休みしておりますのよ?あら、婚約者ですものご存じでしたわね。ほほほっ。」
「・・・・・」
意外とマメな殿方なのね?今日の差し入れは王都で評判のお菓子屋さんの焼き菓子。並ばないと買えないと聞いたけど、並んだのかしら?
「話を少し…聞いてしまったのですが、《《で》》と《《が》》って何のことか教えて頂いても?」
言いにくそうにアウリス様が切り出す。
わりと…最初のほうから聞いていらしたんですのね??
「ああ、ティーナが言っていたんだがな、例えば貴殿がタイを探していたとするだろう?気に入ったタイが無かった。じゃあ、《《これでいいか》》、と手にしたのが《《で》》。」
「あの子はロマンチストですからね、あれでも。《《お前が》》いいと言われたかったらしいですよ?たとえ貴殿の心に違う女の人がいたとしても。」
「へ?」
「そこで提案なんだがな、アウリス様。いっそのことそのルビーの女を侯爵家の養女に取ってからその女と結婚したらよかろう?」
「は?」
「あら、リーサ、いい考えですわね。侯爵家の顔も立ちますし、アウリス様もそれなりの身分の令嬢を手に入れるという、まさにWINWINですわね!」
しばし考え込んでいたアウリス様が、空いている椅子に座りこんだ。
「そもそも…その、ルビーの女っていうのは?誰の事?」
「おや。貴殿が宝石店で大きなルビーを購入したんだろう?恋人は7月生まれですかね?」
「・・・いや。あのルビーは妹への誕生日プレゼントだ。あいつにもちゃんとそう説明した。」
「10万ガルド金貨サイズのルビーを、9歳の妹さんに?誰が信じると思いますか?」
「そ、そうなのか?うちの父からはダイアモンドだったぞ?」
「・・・・・」
「去年は大きな真珠だった。一昨年はウズラの卵位のサファイアだったし…。」
「・・・・・」
経済力の差なのかしら??
これは…。本当かもしれないけど、めんどくさいわね…。
「どちらにしろ、プロポーズはやり直したほうが良いみたいですよ?ね?お花でも買って。」
「そうだな。菓子じゃないぞ。」
「《《が》》と言うんですよ。」
「自分は悪くないと思っていても、ひたすら謝ったほうが良い。あの子は充分に傷ついたんだからな?ルビーの誤解もちゃんと解かないと、一生口きいてもらえないぞ?」
神妙な顔で私たちの話を聞いていたアウリス様が、カチッと眼鏡を上げて…いい男って、憂い顔もいいのね。
「家出の理由は、俺の言動だけなのか?」
「はい?」
「・・・いや、あいつな、10歳年上の男と付き合ってたんだろう?そいつを忘れられないとか?」
「は?それは私の婚約者の話ですけど?」
「・・・さ、三角関係か?」
「違います!ティーナが応援してくれただけです!」
「その後は、3歳下の侯爵令息に片思いしていたみたいだし…。」
「それも違うぞ。いい男だったがな。」
「最近ではな、どこかの騎士に恋文を書いていたんだ。どこで知り合うんだ?
放課後はまっすぐ家に帰って、家のことをしているし…。昼休みか?君たちとお昼を食べているのだとばかり…。」
「え??」
「そ、そいつと駆け落ちしたのか?妄想なのかと思っていたんだが…。いたのか?駆け落ち相手?」
「・・・・・」
あらあらあらあら?
たまに私たちのお昼に差し入れを入れて下さるのは、そういうこと?綺麗なお顔なのに、眉間に皺が寄っていますわよ?
・・・大方、そのうち帰ってくるだろうと思っていたのに帰らないから、慌てたんですのね?うふふふふっ。




