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アゲハと四葉のクローバー

作者: あずきなこ

こちらは『青とポニーテール』から続く三作に登場しているミリーを主人公にした話となっています。

もちろん単独で問題なく読めますが、読者様が苦手とする、または不快になる何かしらの要素が含まれている可能性がありますので何でも大丈夫という場合に限り、読み進められることを推奨いたします。

 今日は朝から暖かくとても天気が良い。

 濃い水色がどこまでも広がる空とそこら中に舞っている光の粒たち。


 こんな日は森に入り、少し行くと見えてくるクローバーの絨毯が広がるあの特別な場所でゴロンと寝転がって過ごしたいとそう思ってしまう。


 でも今の私はなかなかそのような()()は許されない環境にある。

 十六を迎えたものが通うことになっている高等学園の生徒になってしまったからだ。私は平民で本来その義務はない。だが両親のお勧め攻撃により根負けした形で通うことになったのだ。


 家は幸か不幸か王都の中心である商業地区の中にあり、学園までは魔導式自動車を使えばすぐだが私が徒歩で通うことを懇願したため渋々ながらの了承を得た。そしてほぼ毎日二十分ほどの距離を歩いて通っている。もちろんその貴重な時間は通りにある木々や草花を眺め、時にはコミュニケーションを取ることにも費やされている。


 私は幼い頃から外に出て遊ぶことが大好きだった。だがそれは他の子供たちのように公園などで走り回って遊ぶというわけではなく、単に植物や動物、虫が大好きでそれらの観察やコミュニケーションをとる目的で外に出たがっていただけなのだ。


 要するに私は昔からちょっと変わった子、または人見知りな子として周りから見られていたぼっち体質の女なのである。


 そんな私でもなんとか無事に入園を果たし、一年時は数少ない知り合いともいえる同じ地域に生息する(暮らしている)女の子たちに混ざり、可もなく不可もないといった学園生活を送っていた。そしてとても長く感じていた一年がようやく終わり、二年への進級を迎えると面倒なクラス替えとなってしまった。


 二年時の初日は正直朝からすでに家に帰りたくなっていた。

 それは見事に全員が知らない顔で、まるで異世界にひとりポンと投げ込まれたような恐ろしさを感じていたからである。だから余所余所しいを通り越し、完全に不審な動きになっていたであろう自身に近づいてきた誰かの気配に緊張で心臓が早鐘のように鼓動を打ち始めた。


 「おはよう!私はメグ。あなたが手に持っているのはクローバーかしら?」


 そんな声がすぐ近くから聞こえてきて私はその声色がこの手にあるクローバーと同じように安心できるものだったので顔を上げて彼女に向き直った。


 「おっ、おはようございます。そうです、クローバーです」


 「わぁー!かわいい!しかも四葉のクローバー!」


 彼女は私が差し出して見せたクローバーに目を輝かせじっと見つめていた。

 そして私の名前を尋ねられたので慌てて名乗った。


 「私はミリーです。あの、もしよかったらどうぞ‥‥」


 「えっ!?いいの?これ四葉のクローバーだし大事なものなんじゃないの?」


 「大丈夫です。()()()も嫌がっていないので‥‥」


 私はすっかり口に出してしまってからあっ!と自身の失言に気がついた。

 きっとこれで私のことを気味悪がって変な子だと離れていくに違いない。そう思い俯きかけたところ、私の手を取りすくいあげながら彼女は言った。


 「ありがとう!()()()は大切にするわ」と。


 その日から私とメグは毎日一緒にいるようになった。

 正確にはカレンというメグの一年時からの親友にも紹介され三人で過ごしている。さすがメグの親友とでもいうのか、カレンも私の言動に対して一切ドン引くことなくあくまで普通に受け入れてくれている。実のところこれまではあまり学園を楽しいと思えずに過ごしてきたが、今は毎日学園に来ることが楽しくて仕方がないのだ。親以外に自分という個性を認めてくれる(尊重してくれる)存在が一緒にいてくれるということがこれほど楽しくて幸せに感じるとは知らずにいた。だから学園に通うことを躊躇っていた自身を半ば強引に押し出してくれた両親には今では心から感謝している。


 そんな楽しい日々が続いていたある日のこと、メグが心配そうな顔をしてポツリと言った。


 「リナさんがクラスで孤立しているような気がするのだけれど‥‥‥」


 リナさんというのは同じクラスでいつもライアさんという子と二人で一緒にいる姿を見る人だ。そしてちょっとした有名人というか、一年時から彼女を含めた六人グループで行動しているのはとても目立っていたので他人にはほぼ関心を持たない私でさえも認識していたような稀な人物でもある。二年でまさかのクラスメイトとなったが人見知りの私にも毎日明るく挨拶をしてくれていた。目が合えば優しい微笑みを返してくれる聖母のような彼女が孤立など、まったく想像できない自身であったがカレンは何かを知っているようだった。


 「私、少し前にリナさんとライアさんが話をしている場にちょうど居合わせて聞いてしまったの。リナさんがすごく悲しそうな顔でライアさんにどうして五人に嘘を吹き込みにいったのかって尋ねたのだけどライアさんはものすごく気まずげなだけで無言だった‥‥でも五人からそれで無視されるようになった自分の傍にずっといたライアさんの気持ちを尋ねたら急に笑顔になって大丈夫、私がいるからそんなことは気にするなって意味不明なことを言い出してちょっと怖かったんだ‥‥」


 言われてみれば確かにここ最近では六人ではなく五人グループを見ていたような気もした。ライアさんもあんなにリナさんにべったりだったのによくクラスから出ているようで授業中以外は見かけていない。


 「そんなことがあったとは‥‥私アレクにそのことを話そうと思う。それで提案なんだけど、もしよかったら皆でリナさんに話しかけてみない?私は今までは挨拶程度だったけど、本当はもっと何か話をしてみたいなって思っていたから」


 アレクというのはメグが一年時から交際している別クラスの男子生徒でアレックスさんのことだ。一年時はアレックスさんとリナさんはクラスメイトでとても仲がよかったのだそうだ。


 「そうね、アレックスさんには早く伝えたほうがいいかもしれない。あと私もリナさんとはできれば仲良くなりたいわ!」


 「わっ、わたしもです!いつも私にも優しくしてくれているリナさんですし、仲良くなれたらうれしい!」


 そうして私たちはリナさんとあまりしつこくない(強引ではない)ようにして距離を縮めていき自然と仲良くなっていった。仲良くなってからなぜあのような状況(孤立状態)になったのかそのわけを聞くことができた。


 ある日突然仲のよかった五人から無視されてしまうようになり、話し合いたくても避けられてしまうのでどうしようもなかったのだそうだ。だがしばらくしてそのメンバーの一人であるジュリアさんから呼び止められ無視に至るまでの経緯を知らされた。それはライアさんがわざわざ五人を集めて今のクラスで親友になった自分(ライア)とずっと一緒にいたいとリナが言っているというのと本当は五人のことが嫌いで一緒にいたくないと言っているという話だった。そして五人の悪口も毎日のように聞かされているとも言ったそうだ。それで四人は猛烈に怒り狂いリナの無視を決めた。だがジュリアさんだけはライアさんを疑い反対して四人の説得に当たったが、逆に裏切者呼ばわりされ怖気づいて結局は五人でリナを除け者にすることになったということだった。


 だからあのカレンが聞いてしまった二人の会話につながるのだということもわかったが、私にはまだ納得できないことだらけで心はズーンと重くなっていた。誰のことも害していないただ真面目に生きている人間がどうしてこんな理不尽な目に遭うのだという一種の怒りなのだろうと思う。きっとそんな私の様子は皆に筒抜けだったに違いなく、まずリナが自分はもう過去の事として忘れ、前だけを見ているから心配しないでほしいと言って私の背を撫でた。続けてメグもカレンも私の気持ちはよくわかると言い、人の痛みが理解できるというのはそれだけやさしいということの証明でもあると言ってくれた。そして同調して心を重くしてしまうのはあちらの思う壺だから、そんなのは丸めてぽいっと投げ捨ててしまい今をどうやって楽しいことだらけにしていくかを一緒に考えていくことが先決だと私の手を取った。


 「と、いうことでまずは四人が大好きな甘いものでも食べに行こう!」


 こうして私たちはいつも明るく互いを支え合って過ごしている。

 そして私たちと同じようにリナを気にして話しかけ、仲良くなってランチも一緒にとっているクラスメイトのウィリアムさんとオスカーさんにメグが話をして私たちもその中に混ぜてもらえることになった。


 彼らも()()()同じ安心できるエネルギーを感じ、六人で過ごす昼休憩は毎回短く感じてしまうほどに楽しくあっという間に過ぎてしまうのだ。さらに数日後にはメグの彼アレックスさんとその親友である三人、ジョシュアさんとケントさん、エドワードさんも合流した。これもメグの計らいだったが彼女は自分と似たエネルギーを持つもの同士を繋げられる特技を持っているのだと感じる。私もあの日、メグに見つけてもらえたことは本当に幸運だったのだ。


 それからはほぼ毎日学園の裏庭で十人の楽しい、うれしい、面白いが循環する空間で昼の休憩時間を過ごした。初めの頃は名前にさんを付けて呼んでいた相手も今では全員がさんをとった名前で呼び合うことができている。


 そんな中、メグとアレックスが思いあっていて仲良しなのは皆が知るところだが、リナとジョシュアもなかなかいい感じなのではないかと個人的に思っていたある日、思わず自身も驚くほどの大声「えっ!?」が出てしまうほどの思いもよらない出来事が起こった。私から見たジョシュアはすごくリナのことが好きなのだと伝わっていたので、突然知らない女子生徒と交際し始めたと聞いても驚きて唖然とするしかなかった。私たちの知らないクラスも皆とは違うその女子生徒の方から告白があってジョシュアがそれを受けた形で交際が始まったということだった。


 したがって今後はそのナタリーさん(彼女)も含めた十一人でランチをとることになると考えられていたが、どうやら彼女がジョシュアと二人きりがいいと希望したらしく、最終的にはジョシュアが抜けて九人のランチとなった。そんなことがあってしばらくの間はなんとなく気まずいというような空気も感じられていたが徐々にそれも拡散し、三年に進級する頃にはすっかり以前のような笑いの絶えない心地良い空間に戻っていた。


 三年ともなるとやはり少しずつではあるが皆卒業後に向けて動き出す。

 当然私もどうしようかと考えるわけなのだが、それよりもなぜかケントのことを考えてしまう自分に悩んでいた。


 私は皆のことが大好きなのだとどこでも誰にでもきっぱりと宣言できる自信がある。それなのになぜかケントを思い浮かべるとその大好きが胸が苦しくなるような感覚になり、急激に自信喪失状態になってしまうという現象が起こるのだ。こんな経験は生まれて初めてでものすごく戸惑っていた。ケント限定で起きてしまうこの困った現象について、その原因を探るべくケントと一緒にいる時のことを考えてみた。


 ケントの笑顔は眩く元気いっぱいで、それはまるで向日葵(ひまわり)のようである。

 親友の三人に絡む(いたずらする)ケントは無邪気で可愛らしく憎めない、まるで猫のよう。

 食べることが大好きで、何でもおいしそうにもぐもぐと頬張る姿はつい母親目線でもっと食べさせたくなってしまうし、どんな小さな虫でも害さないように気を遣い、できるだけ逃そうとするやさしさには気づく度に感動させられてしまうし、ぼけーっとしていても話を振られれば即座に反応して答えるのはかっこいいと思ってしまうし、彼の持つふにゃーっとしたやわらかなエネルギーは皆を安心させる癒しである。


 それでももし、自分以外の誰かがそんな風にケントのことを考えていると想像すれば、やはり胸の辺りが苦しくなって嫌だなーなんて思ってしまう。ましてやメグとアレックスのように誰かとカップルになって交際している様子なんて思い浮かべれば‥‥‥‥


 漫画や小説好きな私ではあるが、その中によく登場する恋をして嫉妬という感情により様々な問題を引き起こすキャラクターと自身が同じシチュエーションにあるということに気づき、思わず心の中で『オーマイガー!』と叫んでしまった。そしてこれはもしやとてもまずい状況なのではないかと一瞬焦ったが、一方で冷静に『そんな面倒くさい‥‥』と、思っている自分もいた。それは漫画と小説の中のドロドロな状況に、私にはそんな行動力はない!とそのキャラクターの行動力に感心するだけの完全に他人事な感想を持っていたからである。


 ひとまず私はケントのことが大好きな今の自分のままでいようと思う。

 何もしなくてもただ好きなケントと過ごせる幸せに感謝していればいい。


 それからは多少恋する乙女の不審な言動が見られていたかもしれないが、何も言わずにいつも通りに接してくれた皆は本当によくできた人たちであると感心させられてしまう。


 私たちの長いような短いような愛おしい日々は卒業という名の終止符が打たれ、それぞれがそこから新たな日常へと向かう第一歩を踏み出した。ケントは家のサポートを担うべく、薬師として学ぶために外国へと旅立っていった。私も家を手伝うことになり、昔ながらの伝統製法で無添加味噌と醤油づくりに精を出すのだ。


 私には年が離れた姉がいて、すでに結婚し家から少し離れた集合住宅に住んでいる。家業はまだ両親だけで営まれており、姉も別の仕事に就いているため学園を卒業した私が家に戻っても特に問題はないというのも大きかった。


 毎日手伝いながらふと頭をよぎるのはケントの「味噌の焼きおにぎりが食べ物の中で一番好き」という言葉。私の家が味噌を製造販売していることを知って誰よりも目を輝かせこの言葉を発した。休日にはわざわざ買いに来てくれて、学園寮に備えられている生徒用のキッチンでケントオリジナル味噌焼きおにぎりづくりに奮闘していたことを思い出し、思わずふふっと笑いが漏れてしまう。


 「ミリー、なんだか楽しそうね。学園を卒業して少し寂しそうにしていたからよかったわ」


 母は安心したようにそう言って微笑んだ。

 そんな母の顔を見て、私は以前からずっと考えていたものの、なかなか決断できずにいた家業を継ぐという話を今ここで母にするべきだと思った。


 「お母さん、私この家の味噌と醤油づくりを継がせてもらいたいと思っているの。本当はもっと早くに伝えられればよかったのだけれど、私、こんな性格だから自信が持てなくてずるずるとここまで引きずってきてしまった‥‥でも今はどうしてもこの素晴らしい伝統を廃らせることなく引き継いで行きたいって真剣に思うの。だからお父さんにも認めて貰えるように一生懸命頑張るから!」


 母は最初は驚いて唖然としていたが、父とも話してこれからも私の思いが変わらない限りは継ぐという予定で思うようにやっていけばよいと言ってくれた。両親がすごいのは姉にも私にもこれまで一度も家業を継がせるという話をせず、二人の好きなことをやっていきなさいと言い続けてきたことだ。たとえ自分の子であろうとも、一人の尊重すべき人間であることを忘れてはならないと、常に私たちの希望に耳を傾けてきてくれたのだ。


 その日から私はまず個人的に味噌焼きおにぎりづくりをはじめ、いろいろと試行錯誤し作っては食べを繰り返した。そうして気づいたのは私も味噌焼きおにぎりが相当好きなのでは?ということだった。毎日のように食べても飽きることも嫌気がさすこともなく、むしろこれもいいかも?あれもいいかも?とさらに食べる回数を増やしていった。そしていつも思うのはケントにこれを食べてもらいたい、ケントはこれが絶対好きって言いそう、であった。


 そんな何かを妄想してはムフフとなっている怪しい私の様子を黙ってしばらく見ていた両親がある日、これからお米も仕入れて味噌と醤油の焼きおにぎりも製造販売するのはどうかと提案してきた。切欠としては少々不純気味ではあるが、なかなか良いアイデアではないかと思うのだ。王都の中心で忙しく働いている人たちの中には店に入り座ってゆっくり食事ができないものもいるかもしれない。それになんといってもいつかケントにうちの味噌焼きおにぎりを食べに来てもらいたい。だから両親とも協力して一か月後には焼きおにぎりの販売にこぎつけた。


 そして想像以上に焼きおにぎりを買い求める人が押し寄せ、一切宣伝はしていないものの口伝で噂となり、遠くからわざわざ来てくれる人も増え始めていた。


 それから一年。今日はちょっと特別な日で、私は朝から少しおしゃれをして本を見ながら慎重に初めてのお化粧にも挑戦していた。二十才の誕生日を迎えたので店も今日はお休みにして家族や親せきが集まりお祝いしてくれることになっているからだ。外は快晴で大きく窓を開けるとどこからともなく現れたアゲハ蝶がひらひらと目の前で舞い、窓辺にある植木鉢の花の上にとまった。


 「おはよう!今日も良い天気でとても気持ちがいいわね。今日で私は二十よ。それでね、今からあの森へ行こうと思っているの。あなたも来る?久しぶりに四葉のクローバーのところに案内してくれるとうれしいのだけど」


 静かにとまっていたアゲハはふわりと舞い上がり、そのままやさしい風に乗ってゆっくりと離れていってしまった。どうやら今日は付き合ってはもらえないようだ。私は窓を閉め、部屋を出てリビングにいる両親に挨拶をしてから玄関に向かい、お気に入りのビーズの装飾がかわいらしいぺったんこ靴を履いて森までのんびりと歩いていった。


 いつものように挨拶をしてからここに寝転がらせてもらいますと言って静かにゆっくりとクローバーの広がるその場所に腰を下ろし仰向けになった。濃い水色の空が眩い光と交差していろいろな形を作り出す。私はそれを眺めながらあまりの気持ちの良さに目を閉じうとうととしかけたところでアゲハの気配を感じ、はっとして目を開けた。そこにはやはりアゲハが優雅に舞っていて「あなたも来たのね」と声をかけ体を起こした。


 「うん、来ちゃったよ。ミリーの言ってた通り、アゲハがここまで連れてきてくれたんだ」


 「‥‥‥‥‥」


 私はついに妄想が危険水域まで達し爆発したのだと思った。あまりに会いたいと願っていたばかりにこのやけにリアルな夢を作り出してしまっているのだと思い、それでもどうかこのまま覚めないでと心の中で唱え続けていた。


 「ミリー?ここが例の特別なクローバーの絨毯のところなんだよね?俺もずっとどんな所か想像していたけどもうここが王都であることさえ信じられないくらい静かでただひたすらにきれいなところだ。なんか俺にもここの木々や草花の声が聞こえてくるような気がするし」


 目の前のケントはそう言うと両手を大きく広げて座ったまま私の体を包み込んだ。そして「ミリーただいま。会いたかった」と耳元でささやいた。私は知らない間に涙がいくつも頬を伝っていて、ケントの顔をちゃんと見たくてぼやける目を手でこするとケントはちょっとだけ驚いた顔をしてからあの向日葵のような笑顔で自身のポケットから出したハンカチを使いやさしく拭ってくれた。


 「お化粧したミリーももちろんきれいでかわいかったけれど、俺はミリーがミリーならなんでも好きだしいつもかわいいって思うよ。だからこの目のお化粧がとれてちょっとパンダっぽくなったミリーもすごくかわいいと思う」


 「パンダ‥‥‥それよりもこんな私に都合のいい幸せすぎな夢で、しかもケントに抱きしめてもらい耳元で会いたかったとささやいてもらえる特典までついてるとかもしかして私もうすく永遠の眠りにつくとかそういうことなのかしら‥‥」


 「夢?なんで?俺もミリーもちゃんと起きてるし、俺はただミリーにずっと会いたいと思っていたからようやく帰国の目途がついて真っ先に会いにきたんだ。ミリーの家に行く途中でアゲハが何度も目の前を横切ったからこれはもしかしてミリーのところに案内してくれようとしてるのかと思ってよろしくとお願いしてここまで連れてきてもらったんだよ」


 ケントはそれでもしばらくは夢に違いないと言って惚ける私に頬をつねって痛いでしょ?と確認したり自分の頬をつねって痛がったりして茶番劇を繰り広げていた。


 その後、今日私に会いにくることになったのは偶然だったが、今日が私の誕生日であることは覚えていたのでしっかりとプレゼントも用意してくれていたことがわかった。そして家までの道すがら、何度もかわいいとか好きとかあくまで自然に口にするので堪りかねた私はケントは()()()()だと横目でぼやいたところ、「そんななんかおいしそうな呼び名?どういう意味かはわからないけどみたらし団子みたいでいいじゃん、やったー!」と笑っていた。そういえば学園にいた頃も、私が不思議ちゃんと呼ばれていた話をしたら、不思議ちゃんという言葉には良いイメージしか湧いてこないと言い、とても魅力的な言葉であるし、ミリーにはピッタリだと言ってくれたことで心が温かくなり自信が持てるようになったことを思い出した。


 その日店は休みだったが私はキッチンに立ち、ケントのためだけに愛情込めて作った味噌焼きおにぎりを食べてもらうことができた。彼は後にもうミリーの作った味噌焼きおにぎりしか食べないと宣言したのだが、まさかそれがプロポーズだとは気づかずしばらくスルーしてしまい、のちに皆がケントが落ち込む姿を初めてみたのがその時だったと話題にすることとなる。


 アゲハと四葉のクローバーがつないでくれた大切で愛しい縁はあれからずっと変わることなく固い絆となって強く結ばれている。



 

 


 


 


 


  

読んでいただきありがとうございました!感謝いたします。

次作として『重い女』に登場している第三王子を主人公にした話を執筆中です。

これまでに投稿しているすべての話に共通する国の王族の話でもありますので、国の歴史背景をイメージしやすくなると思います。

明日の投稿予定ですが、異世界恋愛ジャンルではなく、ファンタジージャンルになると思います。興味のある方はぜひ訪問をお待ちしています。いつもありがとうございます。

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