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68:期待通り

「……」

「……」

「………………っ」

「セリーナ、何度見ても同じだ。ないものはない」

「はい……」


 あの嫌な記事が出た翌朝。

 朝食を終えて謝罪記事はどこかとチェックする私の前に、あの新聞社の新聞はなかった。もともと今日は休刊日らしいけれど、あの記事自体わざわざ臨時刊行しているのだから、謝罪記事も素早く臨時刊行してほしい。明日には出してくるのだろうか。


「セリーナ様。この新聞にはお二人の微笑ましいやりとりが記事にされてございました。よろしければ、こちらをどうぞ」


 悲しむ私にエーゼルが勧めてくれたのは、ロマンス記事を出していた新聞社のものだった。さっと目を通すと、昨日アーネスト様が私に贈り物をして、私をとても喜ばせていたと書かれている。仲睦まじさが強調されるような記事に気分が上向くけれど、同時に少し疑問も湧いてくる。


「昨日の夕方の出来事が、もう記事にされているのですね。前から思っていましたが、この新聞社は随分アーネスト様に好意的なようです。王宮内でのことも把握していますし、もしかしてファンセル家が支援などなさっているのでしょうか」

「いえ。当家とは全く関係のない新聞社でございます」

「エーゼル、お前が裏で何かをしているわけでもないのか?」

「わたくしめも全くの無関係でございます」


 エーゼルは平然とそう答えるけれど、それにしてはアーネスト様寄りの記事をタイミングよく出してくる。もしかすると、王妃陛下が手を回してくださっているのかもしれない。真相はどうあれありがたいことだ。


 とはいえ世間から見ると、婚約者同士の微笑ましい一幕よりも、魔公爵の仄暗い疑惑の方がウケが良いのかもしれない。王宮内では悪意を持ってひそひそ噂されている感じもなかったけれど、王宮外の魔爵家はどう思っているのだろう。

 それこそスプレイグ家が幅を利かせている廃域討伐主軸の力ある魔爵家では、スプレイグ家が魔公爵から私を助け出すのだとでも言えば、それを信じてしまうかもしれない。誘拐されないように気をつけなければ。


 そんなことを思いながら他の新聞で主要なニュースなどをチェックしていると、ひと足先に新聞を読み終わったアーネスト様が立ち上がった。2階に向かうアーネスト様とそれについていく猫達を見ると、心が和む。

 少しするとタッと走ってノワが戻ってきたので、目で訴えられるままに膝へと抱き上げた。そのままゆっくり新聞チェックを続けていると、やがて膝で丸くなっていたノワが顔を上げたので、アーネスト様のお見送りのために一緒にエントランスへ向かう。


 こうしていると、何を憂うこともない穏やかで順調な日々が続いていく気がする。スプレイグ当主だって、もうどうにもできないと悟って、昨日の彼のように引き際よく態度を改めてくれるかもしれない。そんな考えさえ頭に浮かんできた。


 まぁ実際は、そんなに単純ではないかもしれないけれど。過度な心配で神経をすり減らすのも、幸せに過ごせる時間を減らしているようで勿体ない。屋敷内でくらいのんびり気楽でいよう。

 そう思っていると、2階からアーネスト様が下りてくる姿が見えた。アーネスト様を出待ちしていたバーリィが、ピンと尻尾を立てて得意げにその後をついてくる。


「いってらっしゃいませ」


 微笑ましく思いながら頭を下げると、アーネスト様は私の前で立ち止まった。顔を上げると、穏やかな赤の双眸がこちらへと向けられている。


「何かあればすぐ君のもとへ向かう。護衛から離れないように」

「はい。気をつけます」

「いってくる」


 その言葉を残して、美しい魔術式と共にアーネスト様の姿が掻き消えた。

 最後まで心配する言葉をかけてもらえて嬉しくなる。何があってもアーネスト様が来てくれるのならば、きっと心配なんていらないだろう。これほど心強いことはない。


「ふふ」


 何かあればすぐ君のもとへ向かう。なんて素敵な言葉だろう。その言葉の魔法で、すごく良い気分のまま午前中を過ごした。









「お迎えに上がりました。本日もよろしくお願い致します」

「こちらこそ、よろしくお願い致します。今日はミリアーナも来てくれたのですね」


 馬車で迎えにきてくれたのは、馴染みのある護衛の魔術師とミリアーナだった。

 昨日はアーネスト様と転移で王宮出勤したし、考えてみれば天人の瞳の件が判明してから初めての馬車移動になる。スプレイグ家の件もあって、体制を強化したのかもしれない。


 今日は以前から予定していたダンスレッスンの件で王宮訪問だけれど、レッスン自体は今回で終わりなので、こうして護衛の方に来てもらうのも最後かもしれない。明日以降王宮へ行く時には、アーネスト様に伴われて朝から出勤だ。


 今後あの馬車に乗る頻度も下がるだろう。そう思うと少し寂しさも感じる。しんみりした気分でいると、護衛の魔術師は御者の隣に、ミリアーナは私と共に馬車へと乗り込んで、やがてゆっくりと移動が始まった。

 そしてミリアーナが同行の理由を話してくれる。


「昨日の件を憂慮されたファンセル閣下からの依頼で、王妃陛下の命を受けるという形をとり、私もセリーナ様の護衛補佐として同行させていただくことになりました」

「そうだったのですね。ミリアーナがいてくれると頼もしいです」

「お任せください、と申し上げたいところですが、残念ながら私は修行中の身です。ですがファンセル閣下にメモを飛ばせるよう訓練しましたし、近距離でしたらセリーナ様と一緒に転移も可能ですので、精一杯努めます」

「よろしくお願いしますね」


 よく知る人が一緒にいてくれると、安心できる。

 とはいえ体制の強化をするということは、それだけ何かしらが起こる可能性が高いことを意味した。安易に喜んではいられないだろう。


「ミリアーナも、スプレイグ家の方がまた接触してくると思いますか?」

「はい。昨日の伝言はそうとしか取れませんので、皆気を張っております。馬車を襲撃するようなことは流石にないと思いますが、備えあれば憂いなしです。御者も魔術師ではありませんが、要人警護のベテランですのでご安心ください」

「色々ありがとうございます」

「それと昨日のように偶然を装って接触してくる可能性は高いかもしれません。直接的な動きがなければこちらも相手を排除し難いので、ある意味襲撃よりも厄介です」

「そうですよね……」


 魔侯爵という相手の身分を考慮すると、疑念だけで礼を失した対応をすることはできない。護衛の身としても、あからさまな挑発や侮蔑の言葉でもない限りは間に割って入りづらいだろう。

 ともかく、相手の出方を見る他ない。


 本当は今日の予定を変えようかとも検討したけれど、こうして近くに護衛の人がいてくれる方が安全という結論になった。アーネスト様不在時にお屋敷を訪問されたら使用人達が対応に苦慮するし、相手の魔術の技量を考えると抵抗も難しい。明日以降は基本的に王宮にいられるよう、アーネスト様が王子殿下に話を通してくれる予定だ。

 色々考えていると、ミリアーナがコホンと咳払いをした。


「とはいえ何か起こると決まったわけではありません。一方で、今日はエディリナ殿下がセリーナ様にお会いできるのを楽しみにしておいでなので、美味しいものが待っているのは確実です」

「ふふ。来るかわからない厄介ごとよりも、楽しいことを考える方がいいですね」

「ええ。なにやら珍しい紅茶も仕入れられたそうで……」


 少し重くなった空気を、ミリアーナが明るい方へ持っていってくれる。それに乗って王宮のスイーツが美味しいだとかドレスの流行だとか、そんな取り止めのない会話をミリアーナと交わすうちに、やがて馬車は王宮近くに辿り着いたようだ。


 馬車を停められるところから王宮の入り口までは少しだが歩く必要があるので、ミリアーナの雰囲気が緊張を帯びる。

 馬車が止まり、ミリアーナの手をとって馬車を降りると、爽やかな風が頬を撫でた。

 春の日差しが優しい。


 この清々しい気持ちのまま、今日を終えられたらいいのにと、そんなことを思いながら王宮入口へと歩き出した。

 けれど、ある意味期待通りというべきなのだろうか。


「セリーナ・サバスティ伯爵家令嬢」


 もう王宮入口は目の前というところ。

 急に縁のなくなった家名付きで名を呼ばれて、反射的に振り返った。


 視線の先には、こちらに近づいてくる見知らぬ年配男性の姿がある。その紺碧の双眸に昨日初めて会ったスプレイグ家の彼が重なって、息が詰まった。


 聞こえないふりをしてさっさと王宮に入れば良かったと後悔する間に、近づいてきた彼はにこやかな笑みを浮かべて私の前に立つ。


「お初にお目にかかります。スプレイグ魔侯爵家の当主、ディナルドと申します。前々から、ぜひお会いしたいと思っておりました」

「……ファンセル魔公爵の婚約者で、セリーナと申します。どうぞお見知り置きくださいませ。大変申し訳な……」

「ああ! あの祝賀会の件は耳にしておりますとも。強引な所業で伯爵家との縁を切らされるなど、さぞやお辛い思いをされたでしょう」


 大変申し訳ないけれど予定がありまして、と言いたかったのに、素早く言葉を遮られてしまった。その目は昨日の涼やかな彼の瞳とは異なり、どこかぎらついた強欲さが垣間見えて落ち着かない。


「ですがご安心ください。不正は正さねばなりません」


 そして反論する間も無く、言葉を続けられてしまう。意味ありげに視線を向けられた先を見て、一瞬呼吸が止まった。


「ああ、セリーナ。ずっと心配していたよ。無事で何よりだ」


 気味の悪い猫撫で声を上げながら現れたのは、なんと私をずっと虐げていた叔父、サバスティ伯爵その人だった。


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