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64:警戒対象

「緑が目に優しいです……」


 疲れた目に、陽の光のもとでそよぐ緑がいっそう美しく見える。ミリアーナを伴って息抜きの庭園散策に勤しみながら、ぼんやりと先程までのことを思い返した。


 緊張しながらアーネスト様とともに王宮を訪れた私を待っていたのは、100年以上かけて国に預けられてきた遺物っぽいもの(のほんの一部)だった。

 とりあえず魔術式が描かれている可能性の高い石板のような遺物候補のみ集めたのだと見せられた部屋で、私は先ほどまでせっせと魔術式の描かれた本物の遺物とそうでないものを選り分ける作業に従事していた。


 次の検査用遺物候補も考えないといけないのだけれど、吟味するのは後日にして、とりあえずおおまかな選別だけを急いだ。

 言ってみればただの単純作業で難しい事もない。一安心してアーネスト様にも大丈夫そうですと伝えて別れたものの、埃っぽいそれらに囲まれて行う選別作業は思ったより疲れてしまった。ゆっくりで良いとは言っていただいたので、お昼をとってもうひと頑張りした後、息抜きに庭園へと足を運んでいる。


「皆、とりあえず廃域で遺物の可能性があるものは拾ってくるので、長期間貯まると量が凄まじいですね」


 ミリアーナが同情するように声をかけてくれるのに、深く頷いた。


「本当にそうですね。あれで全部だと言われたら少しは楽なのですが、石板のようなもの以外にもまだまだあるようです」

「大変な思いをされているセリーナ様には申し訳ないですが、魔術師としては遺物の数だけ新しい魔術が発見される可能性が上がると思うと、心踊るものがあります」

「ふふっ」


 楽しそうな様子のミリアーナに釣られて、少し気分が明るくなる。確かにそう考えると、たくさん遺物がある事はいいことのように思えてきた。物は考えようとはよく言ったものだ。


 そんなことを話しながら庭園をゆっくり歩く。

 この一角は美しい噴水を中心に、それを少し離れても眺められるよう背の低い花壇で周りを囲んだ見通しの良い場所だ。噴水から放射状に整えられた道を歩いていると、不思議な開放感を感じる。


 同時に見通しの良さが災いして、私達の姿は注目を集めてしまっていた。あの祝賀会から、私は結構な有名人になってしまったのではないだろうか。悲劇の伯爵令嬢から天人の瞳を持つ者へと、段々良い意味で名が載るようになっているのでまだ良いと言えるかもしれない。

 私が周りを気にしていることに気がついて、ミリアーナが微かに苦笑を浮かべた。


「魔爵家の者は、セリーナ様と交流を持つきっかけを探っているようです」

「まだ全く遺物の解読には着手できていないのですが……」


 どうやら私は、交流を持ちたい人物に格上げされたらしい。

 けれどアーネスト様から聞いた独占権の話を思い出すと、魔爵家が私を気にするわけも理解できる。当の私だって、ファンセル家の集めた遺物から新しい魔術を見つけられないかと密かに期待しているのだから。


 こっそりとため息を吐いていると、私達がゆっくり歩く道の先に1人の男性の姿が見えた。王宮に通い始めてからずっと、当たらぬ蜂には刺されぬとばかりに道ゆく人にも避けられていたので、ごく普通にすれ違いそうなその人が却って新鮮に映る。

 そう思っていたのだけれど、その男性は距離が縮まると、急に足を止めた。


「こんにちは」


 そして蕩けるような笑顔で私に挨拶してきたので、私も驚いて思わず足を止めてしまったのだった。








「……ごきげんよう」


 まるで知り合いにするような気軽な挨拶を受けて、一瞬戸惑いを隠せなかった。この人は誰なんだろう。とりあえず挨拶を返して、こっそりミリアーナに視線を向ける。

 ミリアーナも若干困惑した様子ながら、特段動きはなかった。まぁごく普通に挨拶をされただけなので、それも当然かもしれない。


 改めて目の前の彼を見ると、豊かに波打つ蜂蜜色の長髪に、鮮やかな紺碧の瞳が美しい美男子だった。右目の下の泣きぼくろが印象的で、その甘い雰囲気はとても女性にモテそうだ。アーネスト様の美貌に目を慣らされていなければ、思わず見惚れてしまったかもしれない。


 そして気のせいかもしれないけれど、彼自身も自分の見目の良さを十分に分かって活用している印象を受けた。

 再び歩き出すタイミングを掴めずにいるうちに、彼からにこやかに言葉を向けられる。


「高貴なる瞳をお持ちの方が、このように可憐で美しい女性だとは。私はスプレイグ魔侯爵家のデュアンと申します。この偶然が、私共に良い縁を運んでくれることを祈ります」


 優雅な一礼を披露した彼は、その言葉から推測するに天人の瞳目的の方らしかった。歯の浮くようなセリフも似合っていて、なぜか嫌味に感じない。


 けれど残念ながら、スプレイグ魔侯爵家は私の中で良いイメージがなかった。アーネスト様達に警戒すべき魔爵家を事前に教えてもらっていたのだけれど、その名は最警戒対象に入っていたからだ。出会ったのも絶対偶然ではないと思うし、少し気が重たくなってしまった。


「ファンセル魔公爵の婚約者で、セリーナと申します。以後お見知り置きくださいませ」


 とはいえ名乗られて無視をするわけにもいかないので、なんとか和かに挨拶を返す。絶縁されて家名を持たない私だけれど、こうしてアーネスト様の婚約者と名乗れることにはくすぐったいような嬉しさと誇らしさを感じて、先程沈んだ気持ちが少しだけ浮上した。

 そんな私を見て、彼は穏やかに言葉を続ける。


「あなた様のことは噂でしか存じませんでしたが、お辛い目に遭われましたね。あの祝賀会にいたのが私であれば、もっと幸福な選択肢を示してあげられたのかもしれないと、心を痛めておりました。いえ、たとえ今からであっても、遅くはないかもしれません」

「え?」

「お時間が許すようなら、この後我が邸でお茶でもいかがでしょう? こうしてお会いできたのも何かのご縁、もう少しセリーナ様のことを知りたいと願うのは、私の我儘でしょうか。もちろんセリーナ様が望んでくださるのなら、そのままずっと我が邸に滞在していただくのも歓迎ですよ?」


 蠱惑的な笑みと眼差しが、怖いほど様になっている。彼の美麗な容姿と相まって、恋人のいない年若い女性であればうっかり「是非!」と言う人がでてもおかしくないほどだ。


 でも私としては反応に困る。

 フリエ達のおかげでだいぶマシになったとはいえ、私は棒切れパサパサ髪から回復中の身だ。そんな私にこのような言葉を向けてくる理由は天人の瞳しか考えられないし、うっかりお茶に行ったらそのまま監禁されそうで怖い。


 内心引きつつお断りの言葉を考えていると、これまで隣で様子を見守っていたミリアーナが、硬い声を彼に向けた。


「スプレイグ卿、お戯れが過ぎます」

「おや、クシュレ嬢。戯れと断じるなんて悲しい。私はセリーナ様を心配する気持ちもあって、そう申し上げているというのに」


 心底困ったように言葉を返した彼は、私にまっすぐ視線を向けた。


「実は今朝の新聞を読み、心配を募らせていたのです。ファンセル閣下とのご婚約は、やはりセリーナ様の本意ではなかったのではないか、と。もし本当に意に染まない形で婚約を強いられたのであれば、私にそこから抜け出す手助けをさせていただけないでしょうか」


 訴えかけるような切実さを宿した瞳が私を映す。思いがけない言葉に、思わず息を呑んだ。


「セリーナ様さえ望んでくださるのなら、私はあなた様の憂いを晴らすべく、その手を取り相応しい場所へとお連れすることを誓います。ですからどうか、お聞かせください。セリーナ様は心から、今の境遇を受け入れていらっしゃるのですか?」


 心の底から私を救いたいと思っているかのような言動は、いっそ見事で感心してしまう。まるで現実離れした舞台でも見ている気分になりながら、同時に浮かんだのは『君は選ぶ側になったということだよ、セリーナ』というアーネスト様の言葉だった。


 天人の瞳を持つ可能性が浮上した時、アーネスト様が私を試すような言葉を放ったのは、魔爵家がこうして甘い誘惑を仕掛けることを予測していたからなのかもしれない。


 そして、今朝の新聞記事も頭に浮かんだ。あの記事が出たタイミングで、この遭遇、このセリフ。勘繰るなという方が無理だと思う。王家の対応と天人の瞳のせいで、魔公爵位を狙う人達が焦ることは容易に想像できた。


 少し不安になるけれど、逆に付け入る隙なんてないのだと知ってもらう、いい機会と捉えることもできる。スプレイグ家は魔公爵位を狙う筆頭だと聞いた。つまり目の前の彼が諦めてくれれば、他の家も現実を受け止めて早々に諦めてくれるかもしれない。

 

 アーネスト様の憂いが少しでも軽くなるよう、私も自分にできることをしなくては。そう色々考えを巡らせながら、ゆっくりと口を開いた。



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