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61:趣味

「セリーナ様、朝でございますよ。おはようございます」


 マリアの優しい声で、夢の中から現実へと意識が浮上する。まだ少し眠い。でも起きなくては……。


「おはよう、ございます」


 渋々身体を起こすと、マリアがどうぞとサイドテーブルにティーカップを置いてくれた。嗅ぎ慣れない香りがふわりと広がる。


「これは?」

「ジンジャーティーです。身体が温まって、お目覚めに良いそうですよ」


 どうやら、また新しい飲み物を仕入れてくれたらしい。微笑みながらカップを手に取る。

 そっと口に含むと、生姜の独特な味をハチミツとレモンがほんのり和らげてくれていて、なんとなくホッとする味だ。ゆっくりと味わっていると、飲み終わる頃には身体がぽかぽかしてきた気がする。


「ありがとうございます。確かに身体が温まりますね」

「それはようございました。ミントティーとどちらがお好みですか?」

「こちらの方が気分よく目覚められそうです」

「では、今後はこちらをお出し致しますね」


 どうやら私があまり好きではないミントティーをわざわざ飲んでいることを、使用人の皆さんは気にしてくれていたらしい。心もぽかぽかと温かくなる。


「いつもありがとうございます」


 天人の瞳のことを真っ先に伝えに行った時、マリアは涙ぐむほど安堵していた。心配をかけてしまったけれど、今またこうして穏やかな時間を過ごせていることを喜びたい。


 一昨日、天人の瞳を持つことが王家から発表されて、昨日は各新聞が私の話題で持ちきりだった。プレッシャーが凄まじい。でもアーネスト様の立場をより盤石なものにできたかと思うと、そのくらい耐えてみせようという気になる。

 ちなみに、天人の瞳の所有者といっても能力にはやはり差があるらしい。私に何ができるのかは少しずつアーネスト様と探っていく予定だ。ちょうど今日はアーネスト様がお休みの日で私も王宮には行かないので、いろいろ確認できればいいなと思う。


 私自身は発表の日からお屋敷にこもっていたので、遺物や天人の瞳について書かれた本を読んで予習しているのだけれど、初めて知るようなことも多く思ったよりも大変だった。魔爵家と地爵家では必要とされる能力も知識も異なるので、それも致し方ないと思おう。逆の立場で言うと、魔爵家のミリアーナには領地経営の知識なんてきっとないはずだから。


 とりあえず明後日は検査用遺物の選定を王宮で行うことになっているし、忙しくなりそうだけれどできることから頑張るしかない。未来はきっと明るいはず!

 清々しい思いで、ベッドから離れた。








 アーネスト様に朝はゆっくり過ごせと言われたので、のんびり新聞記事を確認したり猫部屋で猫達と戯れたりと、久々にゆとりのある時間を過ごした。最近いろいろと気を張っていたんだなぁと気がついて、屋敷のことも何もするなと言ってくれたアーネスト様に感謝する。


 ちなみに新聞記事の切り抜き作業は、王宮等へ通うようになってしばらくして、エーゼルの担当に戻ってしまった。王宮で恥をかかないように朝主要な情報は頭に入れておき、時間のある時に趣味でエーゼルの保管した記事を確認している。その中でもロマンス記事の新聞社は相変わらず楽しそうで、見ているこちらも自分達の記事ながら微笑ましく思ってしまう。


 そんな感じでのんびりとした午前が過ぎ、あっという間に昼食の時間になった。


「ゆっくりしたか?」

「はい、お気遣いいただきありがとうございます。ノワ達と一緒になって、少しうたた寝してしまいました」

「そうか」


 赤の双眸が優しく細まって、とても幸せな気分になる。ゆっくりと昼食を口に運びながら、穏やかに会話を続けた。


「アーネスト様も休まれましたか?」

「ああ」

「ならよかったです」


 じっとアーネスト様の顔色を観察するけれど、いつものように涼しい表情だ。少なくとも疲労は溜まっていないのだろうと思い、安心する。ここに引き取ってもらってからアーネスト様に心労をかけている自覚はあるし、特にここ数日は負担をかけたので、私もアーネスト様の事が心配だった。


 アーネスト様はあまり弱音を吐かない。だからこそ、変化に気がつけるようしっかり見つめていたかった。私がきちんと自立すれば、甘えてもらえたりするだろうか。そうであれば、天人の瞳の所有者としての仕事にも身が入るというものだ。


「午後からはどうしますか?」

「そうだな、天人の瞳を持つ者の能力について、まずは軽く話そうか。その後裏の訓練場で、君の能力を試してみよう」

「良い結果になるといいのですが……」

「まぁ、ほどほどが一番じゃないか? あまり周りからあれこれ要求されても疲弊するだろう。遺物が読めるだけでも十分だ。そういえば、天人の瞳の所有者というだけで国から手当をもらえるはずだが、君の部屋にも金庫を置くか?」


 そう言われて、パッと心が明るくなる。


「手当ですか!?」

「そうだが、なにか欲しいものでも?」


 私の食いつきが予想外だったのか、アーネスト様が軽く目を見開く。


「お金はとても大切です! それに私のお金でアーネスト様に贈り物ができるかと思うと、とても心が躍ります。アーネスト様の欲しいものや好きなものを、ぜひ教えてください!」

「君はなんというか、ぶれないな」


 アーネスト様がちょっと視線を外す。この反応はたぶん、喜んでくれているのだろう。


「お手当とはどの程度のものなのでしょう。たくさん働いたらたくさんもらえたりするのでしょうか」

「働くのが好きで仕方がないというのなら止めないが、ほどほどにしておけ。あと言っておくが、個人では依頼を受けないように。どんなに親しい相手でも、必ずファンセル家を通すように言え。最初に曖昧にすると、後で大変なことになるぞ」

「かしこまりました」


 確かに天人の瞳の価値がよくわかっていない私がほいほい依頼を受けると、こちらに不利益な条件だったり、後から収拾のつかない事態を招いたりすることも考えられる。こうして先回りして考えてくれるアーネスト様は本当に格好いい。思わずニヤニヤしてしまう。


「とりあえず、アーネスト様の欲しいものと好きなものは知りたいです」

「欲しいものねぇ」


 なぜか難題を突きつけられたかのように眉間に皺を寄せるアーネスト様は、昼食を取る手も止まってしまった。


「好きなものとか、ご趣味とか」

「趣味……」


 そんなに考え込むようなことだろうか。とはいえ、普段の様子や殺風景だったアーネスト様の部屋を思うと『趣味は仕事だ』という答えが返ってきてもおかしくはない。一月半以上一緒に暮らしているけれど、強いていうと猫くらいしかアーネスト様の趣味に当たりそうなものは思いつかなかった。


「君はどうなんだ?」


 そして結局、質問を投げ返されてしまった。


「今はアーネスト様の新聞記事を眺めるのが趣味でしょうか。魔術を習うのも結構好きです。欲しいものは、今満たされていてこれといったものは思いつきません。好きなものは、そうですね、甘いものとかでしょうか。一般的に女性が好むものは割と好きです」

「なるほど」


 そして少し考えたアーネスト様は、ゆっくりと口を開く。


「今は君を観察するのが趣味かな。よく驚かされるが、それも嫌いじゃない。欲しいものは君と同じで特にない。好きなものもこれといって思い浮かばないから、君が仕事に熱中して家を空ける方が、僕にとっては好ましくないかもね」


 それは、要するに私にそばに居ろと言っているのだろうか。ふふっと笑みが溢れる。


「では、仕事はほどほどにいたします」

「そうしてくれ」

「エーゼルに贈り物の資料はお願いしておきます」

「山積みにされても知らないぞ」

「望むところです」


 どんなものがアーネスト様に相応しいか自分で選ぶのも悪くない。いっそ、なにか揃いのものとかを買ってしまおうか。期待が膨らむ。


 天人の瞳の所有者として仕事に出てもいいけれど、お休みはアーネスト様に合わせてもらえないだろうか、なんて身勝手な希望を抱きつつ昼食を終えて、アーネスト様とともに部屋を移動した。

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