表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
59/77

56:答え

「隠している、こと……?」


 まるで尋問のような雰囲気と、アーネスト様の示す私の隠し事に思う当たる節もないことで、困惑する。

 きっとマリアや帰宅時のアーネスト様の反応からするに、魔術のことだろうとは思う。でも何が彼らに疑いを持たせているのかが分からない。


「私は何も、隠す気はありません」

「なら問おう。君はどこで魔術を習った?」


 私がどこかで魔術を習っていたことを前提とした言葉に、困惑が大きくなる。

 それほど焼却の魔術を成功させたことは不自然だったのだろうか。でもそれがどれほど普通から外れているのか、魔術に触れて間もない私には判断がつかない。


「伯爵家では、魔力を抑える指導しかされていません。魔術を学び始めたのは、こちらに連れてきていただいてからです」

「なるほどねぇ」


 それまでどこか楽しそうにこちらを見ていた赤の双眸が、すっと細まる。


「確かに君の言葉は、僕が事前に君を調べていた内容とは一致する。君はごく普通の地爵家の娘で、魔術にはほぼ触れずに過ごした。適性は火と雷、天人の瞳を所有しておらず、またここ数代の血縁者には魔爵に叙されるほどの能力者はいない」


 淡々とした口調で語られる言葉に、私の認識との齟齬はない。なのに冷たい視線が、不安を強くする。


「なら何故、君はこの短期間で準上級魔術まで習得できた? あれは幼い頃から魔術を学ぶ魔爵家の者でさえ、習得に一月近くかかるものだ」

「ひ、一月?」


 数週間ではなかったのか。しかも準上級魔術という言葉からも、容易に習得できるものではないことが想像できる。

 それを魔術自体を学び始めてから一月程度の私が5日で習得したとなると、この疑いのこもった眼差しを向けられることも納得できる。明らかに不自然だ。


 けれど実際、私には何の裏もない。でも裏がないことを、どうやって証明したらいいというのか。

 泣きそうになっている私を、アーネスト様は尚も淡々と追い詰める。


「君は、本当にセリーナ・サバスティか? 本物は両親と共に亡くなっていて、魔爵家の者が成り代わっていると言われた方がまだ信じられる。だが、成り代わった理由は、さらには4年も大人しく虐げられていた理由はなんだ? そしてなぜ今更こちらに疑念を抱かせるような露骨な襤褸を出す? 魔術のこと以外、君の擬態は完璧だった。それこそ今まで僕を信用させるほどに」


 そこで初めて、アーネスト様の顔が苦しげに歪んだ。


「正直に言え。事情によっては、このまま僕が守ってやる。それとも今まで口にしたこと全てが、君の心さえ、まやかしだったとでも言うのか?」

「違います!」

「なら何故隠す!!」


 厳しく叱責されて、反射的に身体が強張る。

 凍りついた私を見て、アーネスト様が一瞬唇を噛んだ。そして、やりきれないと言うように、苦い息を吐く。


「僕は君を、王家にも引き合わせた。疑惑のある者をそのままにしておくことは、僕には許されない」


 じわりと、涙で視界が滲んでいく。

 アーネスト様はきっと、最大限譲歩して私に向き合ってくれている。私のすべてを嘘だとは決めつけず、事情によっては守ってやるとまで口にしてくれた。


 でも、私にはアーネスト様を納得させる術がない。己の潔白をどう証明すれば良いのだろう。『ない』ことの証明は、とてつもなく難しい。

 魔術なんて、学ばなければよかった。


「セリーナ」


 促すような口調はどこか懇願さえ孕んでいて、余計に苦しくなる。


「私は何も、隠していません。なんの嘘もありません。私がセリーナである証明は、領地の者に確認してください。ですが魔術は、本当にここへ来てから学び始めたのです。真実を話せと言われれば、私はそうとしかお答えできません」


 堪えきれなくなった涙が、冷たく頬を伝う。


「何が、悪かったのでしょうか。私はただ、アーネスト様に少しでも相応しくなりたかったのです。それだけ、なのです。焼却の魔術だって、早く覚えたら、お役に立てるかも、しれない、とっ、……っ」


 苦しさと悲しさが、喉を詰まらせる。いっそ、私の心をすべて見せられたらいいのに。そこに一欠片の嘘もないことを、確認してもらえたらいいのに。ただ信じてくれとしか言えない自分が、無力で無様で嫌になる。

 現実から逃げるように閉じた瞼から、また一筋涙がこぼれ落ちた。


 小さな嘆息が、耳に響いた。


「泣きたいのはこちらだ」


 私を囲うようにソファの背もたれについていたアーネスト様の手が、離れていく。すっと心にも隙間風が入り込むようで、余計に苦しさを感じた。


「君が単に魔術の経験を隠していた、天人の瞳を持つことを隠していた、伯爵家の意図または君自身の都合からセリーナに成り代わっていた、伯爵家自体が世間の目を欺くために君を偽装した。あれこれ考えても、どれも証拠にもそうする理由にも欠ける。僕が君を引き取ったのは本当に偶然だ。そしてサバスティ伯爵家は王都とも魔爵家とも関わりは薄く、少し探ったところで怪しむべきところも出てこない。君の話も一貫していて、矛盾がない。魔術の件、以外では」


 アーネスト様の声が苦さを含む。


「僕は君を、どうすべきだろうね。僕は君の今までの言動に嘘を見出せない。だがもし君が僕や王家を騙そうとしているのなら、君は僕の手には負えない、本物の役者だ」


 そう言われて、恐る恐る目を開いてアーネスト様を見上げる。滲んだ視界の先、仄かな笑みを浮かべたその顔は、どこか優しくさえ見えた。


「セリーナ」

「……はい」


 白く細い指が私に伸びてきて、まっすぐに視線が合うように顎を捉えられる。その表情をしっかり見たくて、瞬きして涙を散らした。


 赤の双眸は相変わらず美しく、けれど複雑な感情に揺れていた。でもなぜか、その目に私への信頼を見た気がした。こうして疑われているのにそんなことを思ってしまうなんて、ただの都合のいい幻覚かもしれない。それでも私も、アーネスト様を信じたかった。


「君はサバスティ伯爵家当主夫妻の間に長女として生まれたセリーナで、間違いないな?」

「はい」

「7歳の時に王都で受けた検査で、天人の瞳の所有者ではないとされている。その検査の際に金色の魔術式を目に映しながら、何も見えないと偽りを口にしたわけではないな?」

「はい」

「魔術はここへ来てから学び始めた。その習得速度は異常な程だが、それには何の裏もなく、純粋に君の才能と努力によるものであると。それが事実か?」

「はい」


 信じて欲しくて、まっすぐにその瞳を見つめ返す。張り詰めた緊張感は、呼吸すら憚られるほどの重圧を感じた。そしてその永遠にすら感じる緊迫は、やがて唐突に緩んだ。


「…………はぁ」


 重たいため息と共にその赤の双眸が瞼に隠れ、私の顎を捉えていた手も離れていく。

 そしてアーネスト様は疲れ切ったように、私の隣にどさりと腰を下ろした。片手を額に当てて俯くその表情は、長い黒髪に隠れてまるで分からない。


「アーネスト、さま……」


 信じて、くれたのだろうか。

 恐る恐る呼びかけた私に、アーネスト様は俯いたまま掠れた声を返した。


「焼却の魔術を習得したことは、人に話すな。それ以外の魔術の習得具合も。今後あの見習いと魔術に関する会話をすることも禁じる」

「……はい」

「国王陛下にだけは、このことを耳に入れておく。僕は事を荒立てる気はないが、陛下の判断によっては、君を守れない可能性も否定はできない」

「はい」


 返事をしながら、新たな涙が頬を伝った。

 アーネスト様はこれからも私を側に置いてくれる。それがアーネスト様の、答えだった。


「信じてくださって、ありがとうございます」


 ぐずぐずと泣き出した私に、アーネスト様はようやく顔を上げてこちらを見た。


「君は本っ当に性格も能力もわけが分からないやつだな」


 面倒くさそうな、詰るような口調なのに。その手は優しく私の頭にまわり、引き寄せられる。

 その仕草に余計に涙が止まらなくなって、甘やかされるまま、しばらくその胸で温もりを感じていた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[気になる点] 唐突すぎ 間者?とかなら最初から魔術練習しないでしょ。バレるリスクしか無いのに しかも、最初から疑うモード全開での対応とかさ、今までの積み上げた流れが全部ご破算になるじゃん この…
2024/08/12 18:18 退会済み
管理
[良い点] 良かった、これで信じてもらえないバッドエンドルートいったらどうしようかとーーー! [一言] 最初のつまづき具合(魔法使えなかった)を知ってるからこその信頼とは分かりますが……演技とか思わ…
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ