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51:取り巻く環境

 若干寒さの残るこの時期。

 まだ花は少なめではあるけれど、綺麗に整えられた緑や豪奢な噴水、そこから広がる池や水路が緻密で美しい庭園は、歩くだけで不思議な満足感を感じる。


 そんな素敵な場所を女性2人で歩いているのに、なぜか話題は華やかさの欠片もないものだった。


「麻痺の魔術は極め甲斐があります。私も幼い頃に随分時間をかけて、いついかなる時も死角へ向けてでさえ正確に術を放てるよう訓練したものです」

「見えない方へ向けて素早く、というのが難しいですよね。なんとなく魔術を放つ方へ手を向けてしまいそうになります。それに慣れるまで何日もかかりました」

「対魔物であれば威力重視になりますし、術に集中するという意味で手を向けるのが主流です。しかし対人では周囲に被害を及ぼすことなく、相手に気づかれる前に素早く生捕りにする必要があります。そのように魔術の使い方が異なりますので、私の家の一門のように要人警護を主とする家は、他の家と魔術の学び方も違うのです」

「魔爵家にも色々あるのですね」


 一口に魔爵家と言ってもそれぞれ得意分野があるとは最近少し学んでいたけれど、こうして魔術の使い方から違ってくるものらしい。


「ですが、魔爵家の出ではないと伺っていたセリーナ様が魔術をお使いになられるとは、少し驚きました」

「まだ習い始めて一月ほどで、使える魔術も多くありません。最近は麻痺の魔術に時間を費やしていましたし……」


 その麻痺の魔術は、四苦八苦してようやく実戦でも使えないことはない程度に習得できた。できればアーネスト様が適性を持たない火魔術をたくさん覚えたいのだけれど、理想通りにはいかないものだ。


「一月でもう麻痺の魔術を習得されているのですか? でしたら十分過ぎるほどです」

「そう言っていただけると慰められます。それに少しはコツを掴めてきたようで、最近魔術を習うのがとても楽しいのです」

「それは何よりです」


 ミリアーナの深緑の双眸が優しく細まって、なんだか嬉しくなった。

 そんな会話を通じて少し和んだところで、恐る恐る聞きづらい事も口にしてみる。


「その、ミリアーナから見てアーネスト様はどう見えるのでしょう。私は世間に疎く、アーネスト様を取り巻く環境をしっかりと把握できていないのです」

「ファンセル閣下、ですか……」


 先程和んでいた深緑の瞳が宙を泳ぐ。


「そうですね。非常に実力のある優れた魔術師でいらっしゃり、魔公爵として相応しいお方と思っております。私的な事を申しますと、王宮魔術師の人事権を握っておられるので、極力敵対したくありません」

「まぁ」


 最後の率直な一言に思わず笑いが込み上げる。第一王子殿下付きの魔術師さん達も、きっと同じように思っているのだろう。


「王宮にお勤めの魔術師の方々は、基本的には魔公爵とは敵対しないという事ですか?」

「正確には王家の意向に沿う、でしょうか。十魔侯爵の中でも私の家と王妃陛下の生家は王族付きの魔術師を輩出することが多く、言ってみれば『王宮派』なのです。王家がファンセル閣下を支持する今、その2家も同様に閣下を支持するでしょう」

「……裏を返せば、先王陛下が中立を保つ間は中立の立場を取らざるを得なかった、という事ですね」

「左様です」


 王妃陛下とアーネスト様のお母様の生家であるペルデン魔侯爵家とは、交流がある様子を感じられたことがない。私に見せないだけなのか、こういった事情でそもそも交流が希薄なのか。

 いずれにせよ、ペルデン魔侯爵家は今まで表立ってアーネスト様を支持することはできなかっただろうと思うと、アーネスト様の孤独がより深く感じられた。


 少し気持ちの沈んだ私を励ますように、ミリアーナが言葉を続ける。


「ファンセル閣下は、逆境から己の力のみで今の地位を取り戻された実力の持ち主です。話題にも事欠かない方ですし、他の家に配慮して表に出せないだけで、憧れる者も少なくはありません。対して十魔侯爵家の者は、ファンセル閣下が未成年の間に有事対応や廃域討伐の年間計画など一部の権限を交代で付与されていたにも関わらず、大した功績をあげられませんでした。むしろ魔物の侵入を許したり、その討伐にも手こずったりと、ややマイナス評価となった家もあるのです」

「そう、だったのですか」


 ミリアーナは明確に口にしなかったけれど、おそらく私の家族の事故も大きく関係しているのだろう。


「そのような背景に加えて、今回王家が明確に方針を示されました。今後ファンセル閣下のお立場は、より盤石で憂いのないものになるはずです。もともと新王陛下とファンセル閣下の繋がりは知られていましたし、昨年の即位の段階で、身の丈に合わない望みを捨てた者も多かったですから」

「それを聞いて少し安心しました。アーネスト様にとって良い方向へ流れが変わってくれることを、私は願っています」


 そう言うと、なぜかミリアーナは一瞬そわっと言葉を躊躇ってから、恐る恐る口を開いた。


「ファンセル閣下は周りに人を寄せ付けない方でしたので、セリーナ様とのご婚約は皆大変驚いておりました。あの祝賀会での宣言が本当に実行されると予想した者は、ほとんどいないでしょう。しかもセリーナ様は明るい様子で王宮に通われておりますし、マニュール紙の記事が正しいのか、いや何か裏があるのではと、魔爵家では様々な憶測が飛び交っているのです」

「何の裏もないのですが、確かに不思議がられてもおかしくはないですね」


 あの出会いや婚約までのスピードを考えると、王家と魔公爵家の関係を目立たせるための話題作りとして、私を使ったのだと思う人もいるかもしれない。

 そういえば庭園をゆっくり歩いている今も、遠巻きな視線をそこかしこに感じる。ミリアーナが口にしたように、多くの人の興味関心をひいているのだろう。


「アーネスト様との婚約は、2人で話し合って決めた事なのです。その報告を差し上げた後、王妃陛下から王宮へ通う事をご提案いただきました。私のような者がアーネスト様の婚約者となることに疑問を持たれる方も多いでしょうが、私自身も婚約者にしていただけた事が幸せすぎて、たまに夢を見ているのかもしれないと思うくらいです」

「セリーナ様は、ファンセル閣下を慕っていらっしゃるのですね」


 私の言葉を受けたミリアーナの目が、安堵の色を浮かべる。婚約の件を口にしたのは、私が望んで婚約者の座にいるのか心配してくれたのかもしれない。


「ええ。ですが私がお慕いするのは何の不思議もないと思います。新聞に書かれていたように、私は両親の死後引き取られた先と折り合いが悪く、あげくに祝賀会で絶縁を宣言されてしまいました」


 久しぶりに叔父一家のことを思い出して、少し胸が重くなる。あのもがけばもがくほど泥の中に沈み込んでいくようだった日々は、2度と体験したくない。


「そんな絶望的な境遇の私に、アーネスト様は手を差し伸べてくださったのです。そのうえ優しくされたらもう、どうして好きにならずにいられるでしょう」


 そう言うと、ミリアーナの目が納得の色を浮かべた。


「マニュール紙が正しかったのですね」

「全て正しいわけではありませんが……」


 あのロマンス記事から始まる一連の記事は、実際よりロマンス成分が随分と多い。


「セリーナ様の境遇も新聞で拝見しましたが、随分お辛い思いをされていたのですね。当主に従うのが貴族に生まれた者の定めとはいえ、やり切れない気持ちになります」

「良い当主であれば領地経営方針の一貫性や迅速さなどでの利点もありますが、逆の場合は救いがないのだと実感しました」

「魔爵家でも似た事例を耳にすることがあります。この国では当主が一族の者を害しても外聞が悪いだけで罪には問われませんが、ファールーン国では法で裁かれることもあるそうです。第一王子殿下の婚姻で、この国も良い変化が生じることを祈ります」

「ええ。そうすれば理不尽に泣くものも少なくなるかもしれません」


 そんな事を語らいながら庭園を歩いていると、いつの間にか庭園を挟んで王宮と反対側にある王国管理事務所の近くまで来ていた。


 庭園の雰囲気も少し変わって、所々に置かれたベンチには息抜き中の事務官の姿もちらほら見える。なんだか新鮮だ。

 結構歩いたし、帰りも考えると今日はこの辺りにするべきだろう。


「ミリアーナ、そろそろ……」


 王宮へ戻りましょうかと、言いかけた時。


「あら、セリーナじゃないの」


 忘れられない声が少し遠くから響いて、反射的に身体が強張った。噂をすれば影とは言うが、こんなところで遭遇するなんて誰が予想できるだろう。


「マリエラ様……」


 反射的に敬称付きで口から溢れた名前は、ほんの一月ちょっと前まで私を冷遇していた、あの従姉妹のものだった。

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