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46:慌ただしい日々

 王妃陛下がお忍びで来られて1週間ほど経ったけれど、私もお屋敷の皆さんもあれからずっと慌ただしい日々を過ごしていた。


 取り急ぎ、王宮に通うに相応しい外出用ドレスを増やす必要が出てきたため、靴やドレスの商人を屋敷に呼び寄せたり、今後に備えて夜会用のドレスもオーダーしたり、それだけで結構時間が取られる。

 また、王妃陛下がファッションや礼儀作法に詳しい側仕えを1人ファンセル家に派遣してくれることになったため、その受け入れ準備も進めていた。陛下の側仕えともなると丁重にお迎えする必要がある。短期間であるが住み込みのため、私が以前使っていた客間を急いで整え直していた。


 その方は今月終わり頃から約10日間、私の相談役兼フリエさんを始めとした上級使用人の教師役になってくれるらしいので、私の周りは緊張しつつ大いに期待している様子が窺える。以前ののんびりした生活からすると忙しくはなったけれど、気持ち的には充実していた。


「雷魔術はどうだ?」

「ロナードには、筋が良いと褒めてもらえました」

「それは何より」


 夕食時。

 アーネスト様に今日あった事を話す時間を、私はとても楽しみにしている。


 話題になっている魔術訓練については、本当はマリアさんも色々忙しくしているし、お休みすべきかとも思っていた。けれど火魔術ではなくて、低難易度の魔術に護身系が多い雷魔術を先に習得するようにと言われて、今はマリアさんの夫であるロナードさんが教師になってくれている。


 ロナードさんは若い頃は王宮の警備官として働いていたそうだが、今はファンセル家で庭師として働いている面白い経歴の持ち主だ。以前庭で剪定作業をしているのを見かけた時、スパスパと風の刃で高所の枝を切るなんて、こんな魔術の使い方もあるのかと感心した記憶がある。

 ちなみに二人の娘のルーシィさんはお屋敷勤務で、たまに私にもついてくれる。そして息子のロウエンさんは、王族護衛官として勤務しているらしい。王宮に通ううちに、もしかしたら出会えるかもしれない。


「今は麻痺の魔術を習っているのですが、雷魔術は火ほど視覚的に効果がわからないので、その点は難しいです。さすがに人に試す気にはなれませんし」

「まぁ万が一のための知識と思っておくといい。実際に使用する機会はほぼないだろうからね」

「そうですね……」


 今習得中の人を痺れされる魔術は、効果がイマイチ分からなくて困っている。強くて相手に重傷を負わせるのも怖いし、弱すぎて相手を逆上させるだけなら逆効果になってしまう。

 とりあえず実戦経験のあるロナードさんと全く同じ魔力量で、安定して魔術を発動できるよう訓練中だ。ちなみに目眩しの閃光の魔術はわかりやすくて、すぐに習得できた。


 まだ低難易度の魔術ばかりだからか、思ったより順調に魔術を習得できていて嬉しい。それに日が経つごとに、金色に浮かぶ紋様から魔力の操り方を想像できるようになってきた。

 王妃陛下が来られたため、楽しみにしていたアーネスト様との魔術訓練は実現していないのだけど、次の機会が来るまではもっと色々身につけて褒めてもらいたい。


「一応言っておくが、もし実践する機会が訪れたら躊躇わないように。相手のことなど考えず、自分が助かることだけを考えればいい。もしマズい相手を殺してしまっても、僕が廃域に捨ててくるから気にすることはない」

「アーネスト様にそんな事はさせられませんので、常に一定の魔力で術を発動できるよう頑張って訓練します」

「そうか?」


 冗談なのかそうでないのか分からない物騒な言葉をもらうけれど、アーネスト様が私を心配してくれるのは嬉しい。王宮への移動についても、普段王族に仕えているような警護のベテラン魔術師をつけてくれるそうだから、きっと危ない目には合わないだろう。

 こうして安心して過ごせるのもアーネスト様のおかげだ。感謝をしつつ、夕食を口に運ぶ。


 最近忙しくしているためか、自然と食事の量も増えてきた。でも元々がそれほど食べる方でもないので、意識して間食もとりつつ体型改善に取り組んでいる。頑張って見窄らしく見えないようにしなくては。

 出された夕食をきちんと完食し、アーネスト様と食後の飲み物を楽しむ。この穏やかで満ち足りた空気が疲れを癒してくれるようで、いつもほっとするのだ。


 アーネスト様も私と同じような気持ちでいてくれたら嬉しいなと思いながら、ミルクたっぷりの紅茶を口に含んだ。









「まぁ! この髪型も素敵ですね」

「セリーナ様の選ばれたドレスにもよく似合いそうです」


 華やいで楽しそうな雰囲気の中心にいるのは、昨日屋敷に迎え入れた陛下の側仕えの方だ。

 フェドナ夫人は30代後半くらいの穏やかで優しい気質の女性で、夫は伯爵家の後継だと聞いた。そんな方に伯爵家から絶縁された私が髪を整えてもらうなんて、少し落ち着かない感じがする。


 そもそも身分なしになってしまった私にとって、本来であればこのお屋敷の使用人の皆さんも格上の存在なはずなのだ。アーネスト様の客人(妻もどき)、改め婚約者というだけでこの待遇なのだから恐ろしい。


 そして今日は早速、来月末の夜会の装いについて相談させてもらっていた。使用人の皆さんを私の部屋に集めて、こうして流行も押さえたおすすめの髪型をいくつか実践してくれている。


「ハーフアップにするのであれば、セリーナ様の髪質の場合、強めに巻いた方が夜会では映えると思います。明日はハーフアップのヘアスタイルについてお教えしますね」

「よろしくお願い致します」

「楽しみにしております」

「セリーナ様、髪型はこのままに致しましょうか?」


 じっとしている時間が終わって内心ほっとしていると、フェドナ夫人に声をかけられた。今は小花とパールのラリエットを編み込んでまとめ上げた、ふわりとした雰囲気のアップスタイルになっている。


「せっかくですので、このままにしてください。素敵な髪型をたくさん紹介してくださって、ありがとうございました」


 そうお礼を伝えると、フェドナ夫人は優しく微笑んでくれる。

 以前フリエさんが口にしたように、20年近くも女主人が不在のこの屋敷では、流行に沿った貴族女性のファッションを学ぶ必要がなかっただろう。なんの予習をする間もなく突然私が現れて、かつこんなに早く世間にお披露目されるなんて思っていなかったに違いない。


 私の部屋には比較的若い層の上級使用人が集められていたけれど、皆こうして最先端で活躍する方から学ぶ機会を得られたことに喜びと共に安堵を覚えているようだった。フリエさんもにこにこと満足そうにしている。


 そうする内にあっという間に午前中が過ぎ、やがてマリアさんが昼食の用意が整った事を知らせに来てくれたので、フェドナ夫人と共に食堂へと向かった。


 朝食と夕食は緊張するし一応使用人ですのでと別に取られているフェドナ夫人だが、昼食は私の話し相手兼マナーの確認のために共にしてくれる事になっている。昨日マナーは問題なしとされたので、今日は貴族間の流行の話題や魔爵家同士の関係性など、今後役に立ちそうな話を聞かせてもらいたい。


 こうして落ち着いて相談できる相手と環境を整えてくれた陛下に感謝しつつ、貴重な時間を過ごした。


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