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37:目標

「今日もよろしくお願いします」


 昼食を終えて本棚にあった屋敷管理の教本を復習がてら読んでいると、マリアさんが魔術訓練に誘いに来てくれた。

 昨日いい感触を掴めたし、今日こそ魔術を成功させたい。いいことが続いていることもあり、とても前向きな気分で訓練場所に到着した。


「ではまず、昨日のおさらいを致しましょう」


 マリアさんの言葉から始まった訓練。蝋燭にも木の枝にもすんなり火をつけることができて、これなら魔術でも同じことができるかもしれないと明るい気持ちになる。


「だいぶ魔力の扱いに慣れていただけましたね」

「ええ、初めは魔力を使うことが怖かったのですが、これくらいなら魔力を使っても大丈夫という感覚が分かってきてからは怖さも薄れてきました」

「それはよろしゅうございました。ではこのまま魔術も試してみましょうか」

「はい!」


 やる気を見せる私に、マリアさんは微笑みながら頷いてくれる。


「では先に私が魔術をお見せしますので、感覚を掴めたらセリーナ様も試してみてください」

「分かりました」


 マリアさんが見せてくれるお手本を、じっと観察する。すると今になって、金色に浮かんで見える異国の一文字のような紋様と魔力の動きが、同じではないことに気がついた。

 魔力の流れを読むとは、金色の一文字を成すための魔力の動かし方を学べということかと、やっと理解する。


 初日に魔力を扱えたとしても、あれでは火が灯らなかったに違いない。なぜマリアさんは何も説明してくれなかったのだろう。いや、きっと魔爵家では言うまでもない常識なのかもしれない。そもそも『魔力の流れを読め』と指示されていたのだから。

 アーネスト様にも魔力の流れは見えるだなんて的外れなことを言ってしまったけれど、私のやる気を削がないように黙って見守ってくれていたのだろうか。変なことを言ってしまって恥ずかしい。


 そんな羞恥心を抑えつつ、もう一度マリアさんのお手本を見る。そしてもう一度。そうやって魔力の流れと金色の一文字と同時に追っていると、なんとなく頭にイメージが浮かんでくる気がしてきた。

 さらにもう一度見せてもらう。


 すると、ふっと。

 不思議なほどに、火の灯るイメージが脳裏に浮かんだ。まるで異国の一文字の意味と表し方を、唐突に理解できたかのように。


「試してみてもいいですか?」


 その感覚が消えないうちに試してみたい。


「はい。魔術を通すと必要な魔力量は大幅に下がりますので、先程火をつけた時の半量弱ほどに抑えてください」

「わかりました」


 火を消された蝋燭に向き直る。そして手の先に必要量の魔力を集めて、頭に描いたそのままに魔力を動かした。


 魔力を扱うことは手足を扱うのと同じようなものだ、とアーネスト様が口にしていた言葉が脳裏をよぎる。魔力は使えるものだ、という意識ができると、その言葉通り不思議なほど抵抗なく魔力を動かせる。

 

 そんな自身の変化を感じると同時に、ふわりと金色の一文字が目の前に浮かんだ。


 それに呼応するように蝋燭には火が灯り、ゆらゆらと微かな風に靡く。


「あ……」


 揺れる炎は幻ではない。私にも、魔術を使えたのだ。


 魔力のみで火をつけた時とはまた違った、数式を解けた時のような、異国の言葉を訳せた時のような、不思議な達成感を感じた。

 まるで新しい扉が急に開かれたようで、言葉にできない感動が胸を満たしていく。


「マリア、見てください! 成功ですよね? 私にも、魔術が使えたのですよね!?」

「ええ、おめでとうございます。本当に素晴らしいです。セリーナ様は魔術感覚がとても優れていらっしゃいますね」


 嬉しくて思わず声を上げてしまったけれど、マリアさんもニコニコと一緒に喜んでくれる。そして褒めてもらえた。嬉しい。


 ひとしきり2人で喜んでから、改めて蝋燭の炎へと視線を向けた。


「魔術を通すと、本当に魔力が少なくて済むのですね」

「ええ。特に威力の高い攻撃魔法などでは顕著です。大昔の魔術が発達していなかった頃は、そのせいで魔術師の負担が大きく、魔物に対等に渡り合うことが難しかったと言われています」

「そうなのですね……」


 脳裏に天人の瞳を持って生まれたアーネスト様の祖先のことが浮かんだ。

 天人の遺物から新しい魔術を解読するということは、私が思うよりもずっと価値のある行いなのかもしれない。魔力の効率化ももちろん、魔術でできることも格段に増えるはずだ。例えば火魔術で火をつけることは想像できても、闇魔術で転移しようなんて、遺物に記載がなければ思いつかないかもしれない。


「この後の時間は、蝋燭と木へ交互に火をつけてみましょうか。少し魔力の必要量が違うことに気づいていただけると思います」

「はい、試してみます」


 そして残りの時間は、魔術に慣れるためにひたすらに火をつけてみた。マリアさんが言ったように、意思の力のみの時程ではないけれど、確かに蝋燭と木では火をつけるのに必要な魔力量が違う。

 少なすぎると魔術が上手く作動しないし、木に火をつけるのに多めに魔力を込めて術を発動させると火の勢いが強くなる。


 試すうちにあっという間に時間は過ぎて、すぐに終わりの時間が訪れた。


「30分は短いですね……」


 ちょっと物足りなくて、思わずそんな言葉が口をついてしまう。


「そうでございますね。ですがセリーナ様がもう少しお食事の量を増やせないことには、アーネスト様から時間延長の許可は下りないかと存じます」


 マリアさんに申し訳なさそうな顔で言われて、ちょっと悲しくなった。これでもだいぶ食事の量は戻ってきたし、身体も言うほど悪くはないと自分では思っているのだけれど、周りからは違う評価らしい。

 けれど心配してもらえるのは素直にありがたいし、マリアさんを困らせたいわけでもない。


「ではまず、アーネスト様に健康だと認めてもらえるように頑張ります」

「ええ。それにセリーナ様の魔術の目標はそれを極めることではなく、次の世代の魔術教育に対する理解を深めることでよろしいかと存じます。魔術は術が複雑になるにつれて難易度が飛躍的に上昇します。その時の苦悩に対する理解がある方が、悩める相手に寄り添えますから」


 そう言われて、はっとする。

 私が今から寝る間を惜しんで魔術の特訓をしたとして、マリアさんを追い抜き魔公爵家の水準ほどの魔術師になるにはきっと長い年月が必要だろう。魔術を学びたいと言うきっかけになった子への魔術指導も、恐らく私ができるのはほんの初歩で、高難度の術は無理である可能性が高い。そしてマリアさんもアーネスト様も、初めからそこを私に期待していたわけではないのだ。


 もしアーネスト様との間に子どもを授かったとしたら、その子は魔術師として生きていく可能性が非常に高い。その時私に魔術に対する理解がないと要らぬ軋轢を生じかねないから、こうして私が魔術を学ぶことを許してくれたのだ。

 自分にできることと、それを踏まえた上での目標をもう一度自分の中で整理する。


「そうですね。できるだけ魔術、特に火魔術をたくさん使えるようになりたいとは思いますが、同時にマリアの教え方や褒め方の方をより学ぶべきかもしれないと思えてきました」

「恐れ入ります。ですが私は魔術を学び始めた頃からは随分と時間が経ってしまって、もう学び始めの記憶が薄れてしまいました。きっとセリーナ様が今の体験を踏まえて指導される方が、よく伝わるでしょう」


 マリアさんが冗談めかすように笑って、言葉を続ける。


「火付けの魔術はもう問題なさそうですので、明日は消火の魔術をお教えしますね。今のペースで一歩ずつ進んで参りましょう」

「はい、引き続きよろしくお願いします。火を消す魔術は学ぶのが楽しみです。それを覚えれば、間違えて火をつけてしまっても被害を抑えられますね」

「ふふ、そうでございますね。消火の術は火系の魔物の攻撃を打ち消すにも使われるのですが、消す対象の威力や規模に応じて術を使い分けるのです。まずは一番難易度の低いものからお教え致します」

「はい、明日を楽しみにしておきます」


 できれば消火の魔術だけは高難度のものも習得したいけれど、あれこれ言わずマリアさんが教えてくれるものを順に学ぶ方がいいだろう。


 部屋に戻って着替えた後、フリエさんが出してくれた紅茶で一息ついた。一緒に出されたナッツのプチタルトを食べながら、この後の時間を考える。


 アーネスト様が帰ってくるまではまだ時間があるので、読みかけの屋敷管理の教本を読み進めよう。4年の間に薄れていた知識を取り戻すのに丁度良かったし、魔爵家仕様なのか資金の投資や融資についてが結構細かく書いてあった。土地を持たない魔爵家では、そうしたお金の使い方で他への影響力を強めているのだろう。


 婚約の話し合いのことを考えると何も手につかなくなってしまいそうなので、それはあえて考えない。でもアーネスト様の帰りが待ち遠しい気持ちは消せなくて、根性で平静を保ちながら教本に向き合う。


 そうするうちに、待ちに待ったアーネスト様の帰宅時間が近づいてきた。

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