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3:ファンセル魔公爵

 王子殿下が主催とあって、祝賀会は驚くほどに盛大で華やかなものだった。


 結婚相手探しを兼ねていると言ったマリエラの言葉は本当だったようで、色とりどりのドレスが目に眩しい。年若い娘を持つ家が、優先的に参加者に選ばれたのだろう。

 もしかしたら私の参加も、マリエラの意向のみでなく、祝賀会の趣旨として要請されてのことだったのかもしれない。


 遠くで王子殿下が主役であるファンセル魔公爵に労いと賞賛の言葉を贈り、次いで乾杯が執り行われる。自分が場違いすぎて、夢でも見ているかのようだった。


 叔母もマリエラもこうした華やかな場を好むが、どうやらサバスティ伯爵家の評判は年々下降しているようで、これほど盛大な会への出席経験はほとんどなかったはず。浮かれて問題を起こさなければ良いけれど。


 真っ先に立食形式の食事を楽しみに行ったマリエラ達をいいことに、皆と離れすぎない壁際でひっそりと息を殺す。そして何となく周囲の会話に耳を傾けていると、魔公爵へ祝いの言葉を述べに行くのを恐れる声が多いことに気がついた。


 新聞でも頻繁に取り上げられるほど優秀で、見目も麗しいと聞く魔公爵だ。普通であればそれこそ引く手数多で、魔爵位を持つ家から優秀な女性を選んで娶るだろう。


 それなのに、この様子。

 こうしてわざわざ王子殿下が機会を設けたのも、魔爵家に限らず幅広く相手を募るのも、それだけ魔公爵が忌避されているからなのかもしれない。それほどに、恐ろしい人なのだろうか。


「セリーナ!」


 しばし考え事をしていると、叔父に鋭く名を呼ばれた。

 はっとしてそちらに目を向けると、魔公爵の方を顎で示された。そのまま3人が主賓席へ向かうのに、慌てて一歩後ろに付き従う。


 どうやら挨拶へと向かうようだが、本気でこんな格好をした私を伴うつもりなのだろうか。引き立て役どころか、サバスティ伯爵家の非常識ぶりをアピールすることにしかならないと思うのに。


 不敬だと魔公爵に罰せられたりしたらと考えると、怖くて仕方がない。けれど大人しく後をついていくことしか、私にはできなかった。








 挨拶の列はサクサク進む。


 どうやらファンセル魔公爵は会話を好まないようで、祝いの言葉に一言返して手早く終わらせているようだ。

 挨拶を終え主賓席から離れていく者たちの目には、義務を終えた安堵が滲んでいる。遠目に見える魔公爵は気だるげに足を組んで椅子に座しており、この祝賀会を楽しんでいるようには見えなかった。


 これなら問題もなくすぐ終えられる可能性が高い。

 祝賀会の終了時刻まではまだしばらく時間があるので、運が良ければ人の途切れたタイミングでこっそりと食事をとりに行けるかもしれない。そう思って、少しだけ気分が上向いた時だった。


 叔母と楽しげに会話をするマリエラが身振りで何か伝えようと伸ばされた左手と、ドリンクを持ったまま横切ろうとした年若い令嬢の手が当たった。


 パリンッと甲高い音を立てて床に散らばるグラス。中に入っていた飲み物はマリエラのドレスにかかり、裾にシミを作る。


「なっ、!」


 驚いたマリエラの目がその令嬢を捉えて、瞬時に怒りの炎が揺らめいた。


「あんた、メラニーじゃないの。よくもまぁ、さすが愛人の子ね。こんなところで私に恥をかかせるなんて!」

「ひっ、も、申し訳っ……」


 まずい、と思った。マリエラとぶつかったのは、少し前に子爵家に引き取られた娘でマリエラとも顔見知りだ。愛人との庶子だった彼女は、マリエラにとって心置きなく虐げられる格下の存在で、常ならば彼女がこんな事をしでかそうものなら泣き崩れるまで声高に詰るだろう。


 けれどここは、高貴な方々も参加する祝賀会だ。事を荒立てず穏便に済ませるのが貴族の作法。揉め事を起こすなんてもっての外だ。

 けれどマリエラの目にはすでにメラニーしか見えておらず、叔父夫妻も糾弾は当たり前だというように構えている。


「平民上がりの分際で、私のドレスにシミを作るだなんてどういうつもりなの!」

「本当よ。あなたみたいな娘を参加させるなんて、子爵家の方は何を考えているのかしら? ああ、可哀想なマリエラ。ドレスを台無しにされるなんて!」


 叔母まで声高に嘆いてみせて、その様子に周囲が何事かと眉を顰めた。


「娘がとんだご無礼を。申し訳ございません」


 気づいた子爵が慌ててメラニーに駆け寄るが、マリエラはさらに言葉をぶつける。


「本当に、なんでこんな人たちを招いているのかしら。信じられないわ。あなた達も、身の程を弁えてさっさと消えてはいかがかしら?」


 その言葉に血の気が引く思いがした。この祝賀会の主催が誰かを忘れたのだろうか。招待客の選別を大っぴらに非難するなんて、信じられない。

 これ以上何かを口にされる前に、どうにかしなければ。周りの非難がましい視線が痛いほどに刺さっているのに、なぜこの人達は気が付かないのだろう。


 咄嗟に子爵たちとマリエラの間に身を滑り込ませる。


「マリエラ様、落ち着いてください。ここは王子殿下主催の……」

「うるさいっ。セリーナは黙ってなさいよ!」


 よほど頭に血が昇っていたのか、マリエラは私を強く押し退けた。予期せぬ衝撃にふらついた身体は、立て直すこともできずに床へ倒れる。


 周囲がどよめいた。

 慌てて半身を起こす。その視界の端に警備の人が駆けてくるのが見えて、不安と安堵が胸に入り混じった。

 その瞬間。


 キンッと空気が凍りついた。


 カタカタと身体が震えるほどの冷気が一瞬で会場内に満ちて、その異変に皆が動きを止める。冷気と共に感じる震えるほどの威圧感に、息をすることさえ苦しい。


 一体、何が……?

 なんとかこわばる首を巡らせて、辺りを確認する。すると凍りついた会場内をただ1人、ゆっくりとこちらへ向かってくる姿があるのを視界に捉えた。


 サラリと流した長い黒髪。爛々と輝く赤の双眸。細身で小柄ながら、その存在感は他を容易に圧倒する。

 その人は唇を歪めて、嘲るように嗤った。


「おやおや。僕の祝賀会で揉め事を起こすだなんて、どういうつもりだろうね? もしかして、退屈している僕を慰めようとでも? それとも……」


 間近まできた彼が、床の私をちらりと見た後マリエラに視線を向けた。その美しい顔から、貼り付けていた笑みが剥がれ落ちる。


「それとも、死にたいのかな」


 ゾッとするほど冷たい声音に、再び空気が凍りついた。



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